「こんにちわ〜」




一護が訪ねたのは十三番隊 雨乾堂
今日は冬獅郎と会う約束をしていたのだが、待ち合わせ場所である冬獅郎の部屋に姿は無く
暫く待ってみたのだが帰ってこない
何かあったのだろうか?と執務室に行ってみれば、いたのは乱菊だけ
その乱菊に冬獅郎の行方について訪ねると、クスクス笑いながら浮竹のところだと教えてくれた
この『クスクス笑う乱菊』を少々不審に思ったが、冬獅郎に会いたい一護は何が可笑しいのかを問うこともせず
十三番隊へと向かった


十三番隊
浮竹が隊長を務めルキアが所属する隊
一護が死神の力を手に入れたのはルキアがいたから
だからなのか単に世話好きなのか、浮竹は一護に色々と良くしてくれる
病弱なのが残念でならないが一護は浮竹の事は気に入っている

また、冬獅郎も浮竹を気に入っているという
隊長就任以前から面識はあり、就任後もまだ不慣れな冬獅郎のサポートをしてくれていた
会うたびにお菓子をくれるのには困っていたようだが・・・


時々冬獅郎と話をしていると仕事の話になる事がある
それが嫌いではない
むしろ自分が側にいない時の冬獅郎の様子が聞けて嬉しく思う

その中で冬獅郎の口から頻繁に出る名前が『松本』と『浮竹』
勿論他の十番隊隊員の名前や、恋次を始めとする他隊の隊員の名前もちゃんと出てくるのだが
この二人の事を話す時、どこか冬獅郎の顔が優しいように思える
(『松本』に関しては怒っている事の方が多いが・・・)

なので、冬獅郎が十三番隊にいると聞いた時
一護は少しだけイラついた

恋人との待ち合わせ時間を忘れるほど浮竹との時間は楽しいものなのか・・・ と








「はいはい・・・って君は・・・」
「あ・・・アンタは」


一護の呼びかけに答えたのは八番隊の京楽
何故?とも思ったが、京楽は浮竹と同じ隊長格
そして霊術院での同期だと聞いたことがある
遊びにでも来ていたのだろうか


「・・・もしかして日番谷君かい?」
「はい。いるんですよね?」


ここに来るまでに一護は冬獅郎とすれ違わないように気をつけていた
行き違いになどなっていないだろうが
一応確認する
すると京楽は「いると言えばいるんだけどね」とはっきりしない

その態度にむっとした一護は眉間の皺を深くした


「ごめんごめん」


気がついた京楽は一護に謝る
そしてぽりぽりと頭をかきながら「浮竹のフォローをするわけじゃないんだが・・・」
と話し出した


「京楽さん?」
「まぁ・・・ほんの悪戯って事で許してあげてよ」
「??」


何のことだか解らない一護
どういうことなのかと訪ねようと口を開きかけた時、部屋の中から笑い声が聞こえた




聞こえた声は二人分
一つは浮竹のもの
そしてもう一つは


(子供?)


一護の探している冬獅郎も子供であるが
聞こえてきたのはそれよりも更に幼い声
浮竹の身内か部下か誰かの子供でも来ているのだろうか?
首を傾げる一護を見た京楽は「まぁ入れば解るよ」と中に入るように促した






「お邪魔します」
「ん?・・・ああ一護君」


部屋にいたのは浮竹
ニコニコと「久しぶりだね」と笑っている
そしてその腕には一歳ぐらいの幼児が抱っこされていた


「あ〜」
「ん?はいはいVv」


その子供は浮竹の意識が一護に向いたのが気に入らなかったのか
浮竹の腕をぺしぺしと叩いた
叩かれた浮竹もすぐに子供へと笑いかけ、その頬にキスをする


「・・・・」
「十四郎く〜ん、それはちょっとやめといた方が良いんじゃない?
一護君も固まってるよ」
「何故だ?ほら、こんなに喜んでるじゃないか」


浮竹の言うとおり、子供はきゃあきゃあと喜んでいた
それを見た浮竹は再度頬にキスをする


ああ、そうか
さっきの笑い声は、キスされた子供が大喜びし、それを見た浮竹も大喜びしたからか・・・


「って!納得してる場合じゃねぇだろ、俺!」
「一護君・・・」


京楽が気の毒そうな表情をし一護の名を呼んだ
一護もまた京楽にキッと視線を合わす
浮竹の意識は子供に向いている
話を聞けるのは京楽しかいない


「あの子供について聞きたいんですけど?」
「・・・君が考えてる通りだと思うんだけど・・・」


子供は銀髪をしている
眼は美しい翡翠色
何より、この子供から感じるすっかり自分に馴染んでしまった霊圧


「やっぱり冬獅郎なのか!!?」













「一護君は『敬老の日』『母の日』を覚えてる?」


まぁまぁ落ち着いて
と京楽はお茶を入れてくれた
それを啜りながら京楽から話を聞く

ちなみに浮竹と冬獅郎(幼児)は二人でご機嫌に遊んでいる


「敬老の日は総隊長さんが冬獅郎のお爺さんで、母の日は卯ノ花さんがお母さんになるってやつですか」
「そう。山じぃも卯ノ花君も、その日は日番谷君に懐いてもらえるから毎年楽しみにしてるんだよね」


冬獅郎にしてみれば強制的にやらされている所もあるのだが、
二度とやりたくないと言っていないところをみると
意外と気に入っているのかもしれない


「幼くして護廷に入った日番谷君とやちるちゃんに、その日限定とはいえ家族が出来るのは良い事だと思うんだ
ボクらも見ていていい気分だしね」
「まぁ・・そうですね」
「・・・だけど、たった一人。それを面白く思わない男がいてねぇ・・・」


ちらり
と京楽は浮竹に視線をやる
一護もそれに倣う
視線の先の浮竹は、冬獅郎を「高い高い」と持ち上げている所だった


「『どうして父の日に俺が冬獅郎達のお父さんになれないんだ!』って言い出してね」
「はぁ・・・」
「どうしても父の日をやるんだって聞かなくて」


だが、一つ問題が生じた

敬老の人と母の日は毎年の事、そして総隊長と陰の実力者卯ノ花が係わっているからか
冬獅郎達の予定は調整され、この日は非番、もしくは一切仕事がまわって来ない様にされている
だが、父の日はそれがされていない
なのでやちるは虚討伐に更木達と出ていたし
冬獅郎は非番ではあったが、すでに一護との約束を交わしていた

そう
子供たちは浮竹(お父さん)に構っている暇は無かったのである


「でね、やちるちゃんは仕方ないとしても、日番谷君は瀞霊廷にいるわけでしょ
最初はお願いしようって思ってたらしいんだ・・・けど・・・」
「けど?」
「・・・どうせならやりたい事をやってしまおうって考えたらしくて・・・」


お願いすれば冬獅郎は聞いてくれるかもしれない
だが、一護君がやって来る以上、丸一日は付き合ってくれないだろう
短い時間で「お父さん」が実感できるようにしたい(←趣旨が変わってることに気がついていない)
そうだ、先日マユリが面白い話をしていた
あれをわけてもらおう
そうしよう


「『あれ』って?」
「それがね、涅が『若返りの薬』を貴族に頼まれて作ったらしいんだ
だけど失敗作でね
体だけが若返るように作ったはずが、一緒に精神年齢も若返っちゃうらしいんだよ」
「・・・つまり、今の冬獅郎は・・・」
「見た目どおりのおこちゃまって事」


勿論記憶もその年齢まで戻っているので、当然一護の事など知らない
というか、今の冬獅郎には浮竹はおろか、幼馴染の雛森でさえ解らないだろうが・・・


「・・・元に戻るんですよ・・・ね?」
「涅の話では寝たら戻るらしいよ」


被験者全員がちゃんと元に戻って、以後問題なく生活してるヨ
とは開発者の言葉である

この若返りの薬は液体で、一滴で十年若返る
それを昨夜遅く冬獅郎の部屋を訪ね、隙を見て出されたお茶(冬獅郎の分)に入れたのだという
浮竹の予定では幼稚園児ぐらいのつもりだったのだが、誤って多く入れてしまった為
こんなに幼くなってしまったらしい

どういう原理でそうなるのかは作った本人にしか解らないが
飲んで寝ると若返り、また寝ると元に戻る
起きてから寝るまでの、僅かな時間だけ
その間だけでも浮竹は冬獅郎の父親でいたかったのだ


「・・・・」
「やっぱ・・・怒ってる?」


黙ってじーっと二人を見ていた一護は、ふるふると頭を横に振った


「ビックリしたけど元に戻るなら別に俺は・・・ってか、戻った冬獅郎に知られたら怖い事になるんじゃ?」
「若返ってる間の記憶は残らないって言ってたから、誰かがばらさない限り大丈夫でしょ」


冬獅郎が幼児になっている事を知っているのは浮竹と京楽
そして一護
マユリには薬を分けてもらったが、誰に使うかまでは話していない
冬獅郎の副官乱菊には、今回は内緒にしている
彼女にバレれば写真を撮ったり映像に残したり、とするからである
今回の事は極秘なのだ

(だが、一護に冬獅郎の居場所を教えたのは乱菊である。実は彼女はとっくにこの事を知っていたのだ
父の日だということで浮竹の邪魔をしなかっただけで・・・
「私が隊長の事で知らない事は無いのよ」
と後に一護が尋ねた際、語っている)


「浮竹も誰にも見つからないように、ちっちゃくなった日番谷君を連れて瞬歩でここまで帰ってきたらしいし」










「冬獅郎、俺の事『お父さん』って呼んでみな」
「??」
「『お父さん』」
「あぅ?」


一護が事情を説明されている間
浮竹は冬獅郎に『お父さん』と呼ばせようと必死になって教えていた
だが何度教えてもその言葉を言わない


「うぅ〜・・・お父さんって言ってくれよぉ・・・」
「・・・浮竹、無理強いしちゃ駄目だろ」


その様子を見ていた一護はクスっと笑うと
二人の側へと近づいた


「冬獅郎、『パパ』は言えるか?」
「ぅ?」
「『浮竹ぱぱ〜』って」
「そうだな。パパでも良いか・・・冬獅郎、『パパ』ですよ〜Vv」


一護と浮竹の二人で『パパ』を教えたが、結局冬獅郎が『パパ』と言う事はなかった




そのまま暫くは冬獅郎と浮竹に付き合って遊んでいた一護だったが
すっと立ち上がった


「?あれ?どうしたの?」


京楽が不思議そうに一護を窺う
一護はニコリと笑って十一番隊に行くことを告げた


「・・・一護君・・・」
「せっかく冬獅郎が子供になってるんだし、お父さんと水入らずした方が良いんじゃないかな
と思って」
「・・・・すまない・・・ありがとう」
「いえ。・・・もし冬獅郎が戻ったら十一番隊にいるって伝えてくださいね」
「ああ。勿論」


じゃ、と一護が一歩部屋を出た時
冬獅郎が急に泣き出した


「え?日番谷君?」
「どうしたんだ?いきなり?」


小さくなって一度も泣くことなく、機嫌良くしていた冬獅郎が泣き出した
浮竹と京楽は酷く慌てた
一護も心配になって戻ってくる


「いきなりどうしたんです?」
「さぁ?」


「あーぅ」
「・・・冬獅郎・・・」


抱っこしていた浮竹は気がついた
冬獅郎が必死になって一護に手を伸ばしている事に

(ああ・・・解るのか)

例え記憶がなくても
自分が一番側にいてほしい人が
愛している人が誰かという事が

そして、その人に
黒崎一護に行かないでと泣いて
抱きしめてと手を伸ばしている

(なんか・・・複雑だなぁ・・・)

結局、本当の父親ではない自分は恋人には勝てないのか

浮竹はため息をはくと、困った顔をしている一護に冬獅郎を抱っこするように頼んだ


「え?でも・・・」
「良いから。・・・この子は君を求めているんだ」


半信半疑で一護は冬獅郎を抱き上げた
ぽんぽんと数回背をたたいてやる

すると、まだひっくひっくとしゃくりあげているが一応泣き声は止まった
ぎゅっと一護の服を握り締めている冬獅郎を見て、浮竹はふっと笑った


「きっと、布団に寝かせれば寝ると思う」
「浮竹さん?」
「一護君、冬獅郎を寝かしつけてくれる?」


冬獅郎を寝かせる
それは元に戻すという事だ
本当に良いのか
という意味を込めて一護は浮竹に視線を送る


「もう、十分だ」
「・・・解りました」


寝て起きる直前に元の戻るらしいので、目覚めた場所が自室ではなく
雨乾堂では疑問に思うだろう
という事で一護は冬獅郎の部屋に向かうことになった


「じゃ、失礼します」
「頼む」


一護が浮竹に背を向けた時
腕の中の冬獅郎が身をよじって暴れだした


「ちょ!・・・冬獅郎、危ないだろ?」


一護が注意しつつ抱えなおすが、冬獅郎はやだやだと頭を左右にふる

どうしたんだと浮竹が二人に近づいた
そしてその姿が冬獅郎の視界に入った時
冬獅郎は浮竹に手を伸ばした


「ぱぁぱ」


それは何度教えても言ってくれなかった言葉
先程一護にしたように、懸命に手を伸ばしながら「パパ」と浮竹を呼んでいる


なんだ、そういうことか


と京楽と一護は笑う


「冬獅郎は『パパ』とも一緒にいたいんだな」
「両手に華って事かい?欲張りさんだねぇ」


「ぱぱ」と呼ばれて固まっている浮竹に
一護はクスクス笑いながら冬獅郎を差し出した


「ぱぱぁ」


ニコニコと笑う冬獅郎を浮竹は受け取った
そしてきゅっと小さな体を抱きしめる


「そうだな、冬獅郎の望みどおりにしよう」
















珍しい川の字だよね
とは先程ここを後にした京楽の言葉
父と子、そして子の恋人の三人が並んで寝ている
子供である冬獅郎は二人が両隣でいることに安心したのか
それとも相当眠かったのか
横にさせるとすぐに寝付いてしまった

いつ目覚めるか解らないので、早く冬獅郎の部屋に運ぶべきなのだろうが
浮竹が優しい笑顔で冬獅郎の頭を撫でているのを見てしまった一護は
「起きたら起きた時で、なんとかなるだろう」
とそのままにしておいた

どうせだから俺も寝てしまおうかな
と一護が眼を閉じようとした時
浮竹が話しかけてきた


「今日は、すまなかった」
「・・・いや、俺は別に」


京楽に「怒っているか」と聞かれた時にも答えたが
一護は怒ってなどいない
冬獅郎が元に戻らないなら話は別だが、元に戻るのだ
もし、元に戻らないと言われても一護にとって冬獅郎が大切な存在であることは変わらないのだが


「・・・ただの嫉妬心なんだよ」
「?」
「先日、今度君と会う約束をしているんだ と楽しそうに言う冬獅郎を見て
君に嫉妬してしまってね」


浮竹は冬獅郎が霊術院に入った頃から知っていた
将来有望な生徒に学生時代から「卒業したらウチにおいで」と勧誘するのは当たり前で
実際、冬獅郎も十三隊すべての隊から勧誘を受けていた

結局、一番隊に配属された冬獅郎だったが、浮竹は山本の所に良く顔を出していて
その時に冬獅郎に声をかけ、頻繁に十三番隊へと招待していた
だからなのか、冬獅郎は隊長就任後も他の隊よりは浮竹の所に顔を出すようになった

「お前の斬魄刀が流水系だからか、お前の側にいると疲れが流されるようで、落ち着く」

かつて一度だけ冬獅郎がこぼした言葉
それに喜んだ浮竹だったが、一護と冬獅郎が出会って変わった


「君と出会った冬獅郎には俺はもう必要じゃなくなっていた
これからは、冬獅郎の疲れも悲しみも苦しみも、君が癒してくれている
俺は、いなくても良いんだと・・・わかった
そのことが、寂しくて・・・悔しくて・・・」


ずっと息子のように思ってきた
学生時代から、死神になり隊長になった現在まで見てきた
そう、長い間ずっと見てきた
なのに、彼はあの子を僅かな時間で奪ってしまった

「一護に会うんだ」と自分には見せない笑顔で告げられた時に
邪魔してやろうと決めた


「本当にすまなかった」








浮竹の話を聞いて、一護は眼をパチパチさせた
まさか浮竹も嫉妬していたなんて

冬獅郎と話をしていて頻繁に出てくる名前は『松本』と『浮竹』
『浮竹』の話をするときの冬獅郎は優しい顔をしている


「俺も・・・浮竹さんに嫉妬してた」
「え?」
「だってそうでしょ?俺が冬獅郎と会ってどのくらいだと思います?
これからずっと俺が冬獅郎と一緒に居たとしても、浮竹さんが冬獅郎と過ごした時間に勝てるわけがない」


『浮竹はあったかいんだ・・・もし・・・父親がいたら・・・こんなヤツだったのかなって思う時がある』


それは肉親にむける愛情だったかもしれない
でも、好きなヤツが自分以外にむけて
そんな表情を、感情を向けているのは許せなかった


「俺、結構必死なんですよ。冬獅郎に好きでいてもらう為に」


一護の言葉が意外だった浮竹だが
すぐに二人で笑いあう


「断っておくが、冬獅郎は簡単にはやらないぞ」
「多少邪魔されても諦めたりしませんから」



























ぅお!びっくりした


(五月蝿いな・・・せっかく良い気持ちでいたのに・・・)


ぽんって一瞬で戻るんだなぁ・・・どういう原理で?


(五月蝿いっての!・・・・あれ?・・・・この声は確か・・・)








「・・・・いち・・・ご?」
「おう。俺だ、おはようさん」


眼を開けた冬獅郎に飛び込んできたのは橙色の紙が特徴の恋人の顔
あれ?現世に泊まりに来てたっけ?
と記憶をたどる


「・・・・・!!い・・・いいい一護?」
「ん?」
「今何時だ?」
「午後・・・三時・・・半くらいかな?」
「!!」


慌てて冬獅郎は跳ね起きる

確か今日は一護と会う約束をしていた
昼前に部屋に来てくれと言ってあった
一護が部屋に来ている時点で昼前なのだろうと思っていたが
まさか三時半だとは!!


「なんで起こさなかったんだよ!?」
「だって気持ち良さそうに寝てたし」
「だからってこんな時間になるまで・・・」


ばたばたと慌てて出かける用意をする冬獅郎を一護はクスクスと笑って見ていた
笑う一護に「覚えてろよ」と悔しそうに言いながら、なぜこんな時間まで自分が寝過ごしたのかと考えていた

たしか、昨夜遅くに浮竹が訪ねてきた
なんでもない話をして、一時間ぐらいで浮竹は帰っていった
それから就寝
別に夜更かしした覚えはないのに・・・
もっと遅くに床についてもいつも同じ時間に眼が覚める筈なのに・・・


「お・・・お待たせ・・・」
「そんなに慌てなくても・・・まぁ、良いか」


遅くなったが昼でも食べるか?と言う一護に
冬獅郎は「行く所がある」と告げた


「行く所?」
「本当は一護が来る前に行くつもりだったんだけど・・・」


寝過ごした為に行けなかったと悔しそうにしている冬獅郎
一護はそれが可愛くて、またクスクスと笑う


「どこ?」
「今日、俺が一護と会うからって拗ねちまったおっさんのとこ」













「浮竹、邪魔するぞ」


「おや?日番谷君」
「冬獅郎?」


戻ってきた京楽と話をしていた浮竹のところに冬獅郎がやってきた
もう元に戻ってしまったんだな
と寂しく感じてしまったが、起きたらそのまま一護と出かけるのだと思っていた為
この訪問は驚いた


「なんだ、京楽もいたのか」
「なんだは酷いよ〜」
「サボリか?伊勢が探してるんじゃないか?」
「七緒ちゃんは今日は非番。だから自由の身なの」


伊勢が休みだからこそお前が仕事しなきゃならんのだろうが
と言い放ち、冬獅郎は浮竹の側に座った


「どうした?今日は一護君と出かけるんじゃなかったか?」
「まぁ、そうなんだけど・・・その前にお前に用があってな」


これ
と冬獅郎はある包みを浮竹に差し出した


「今日は・・・父の日・・・だろ?」


やちると二人で用意したというその包みは
アルバムだった
表紙の部分に窓がついていて
そこに写真を一枚入れることが出来ている
アルバムとフレームを兼ねている様だ

表紙をめくると一枚だけ写真が入っていた


「これ・・・」
「ああ。少し前の花見の時に松本がたくさん撮ってたろ?その一枚」


それは、満開の桜の木の下で浮竹と冬獅郎とやちるの三人だけで写った写真
浮竹とやちるは満面の笑み
そして、いつも不機嫌そうな冬獅郎が珍しく笑っている
そんな一枚だった


「・・・ありがとう、冬獅郎。うれしいよ」
「お前、松本にいろんな写真を貰ってはそのまま仕舞い込むらしいじゃねぇか
それを使って整理しろよな」


いろんな写真
それは殆どが冬獅郎の隠し撮りなのだが
それを彼は知らないのだろう


「ああ・・・でも、折角三人で写ってる写真が一番前なんだから、二人の成長記録に使おうかな?」
「・・・ページ足りねぇんじゃねぇ?」
「その時はまた買ってくれるんだろ?」
「・・・・考えておく・・・」




一護を待たせてあるから、と冬獅郎は席を立った
それを知っている浮竹は引き止める事はしなかった


「あ・そうだ」


出る直前で足を止めた冬獅郎はさっきまで見ていた夢の話を始めた




夢を見た
自分は小さな子供になっていて父親と遊ぶ夢だった
その父親とは浮竹の事で、その長い髪を引っ張ったり高い高いしてもらったり
とたくさん遊んでくれた

そしてそのうち、一護が現れた
その事に自分は喜び、今度は三人で遊んだ




「・・・・」
「お前にソレ渡さなきゃって思ってたからかな。そんな夢を見たんだ」
「へぇ・・・その夢にボクは出なかったの?」


京楽が「ボクもいたはずだよ」と言うので思い返してみたが
いたように思えない
それを告げると、ガックリと肩を落とした


「・・・つまり、パパと彼氏しか目に入ってなかったって事か」
「んな!!」


顔を真っ赤にする冬獅郎をまぁまぁと落ち着かせて浮竹は気になっていた事を聞いた


「冬獅郎、その夢を見てどう思った?」


少しでも楽しんでくれただろうか
少しでも父親だと思ってくれただろうか


「・・・幸せだった・・・」
「・・・そうか」




その一言でもう十分だった













「記憶に残らないはずじゃなかったっけ?」
「さぁ?でも良い父の日のプレゼントを貰ったよ」




幸せそうだねぇ十四郎君
と笑われながら、浮竹はアルバムを開く

そこに写っている三人
これからこのアルバムにはここに写った二人の子供の写真と、それを見守る浮竹の写真が収められていく事だろう







三人の写真が
ずっと