気がつかなかった
いえ、本当は気がついていたの
あの人の気持ち
あの人の私を見る目
あの人はずっと私を代わりにしていたの
あの人が好きなあの人の代わりに
あの人、ジノ様が好きなのは
あの人、お母様
あいするひと
聞き耳なんて真似、するんじゃなかった・・・
マリアンヌはとぼとぼと廊下を歩いていた
茶色い髪に翡翠の瞳の第四皇女は、13歳になっていた
美しいというよりは可愛らしい印象の彼女の噂は少しずつ広がり、彼女に会いたいと貴族や外国の要人から申し込みが相次いだ
しかしルルーシュはそれの全てを断り続けた
そしてマリアンヌもすでにたった一人の人を決めていた
「ええ!?まだ『好き』って言った事無かったんですの?」
「嘘っ!だってあなた達七年もお付き合いしてたんじゃないんですの?」
双子の姉、ユーフェミアとユージニアは妹の告白に驚いた
「マリアンヌが16になったらジノと結婚したりして」
「そうしたらお父様は絶対泣きますわよ」
等と冗談を言っていた所、妹は意外な言葉を発した
「私とジノ様は結婚の約束なんてしていませんよ?」と
それどころか、一度も「好き」と言った事も無ければ、言われた事もないというのだ
「マリアンヌはジノの事をどう思っているんですか?」
「好きです。大好きです」
「それは男性として好き?」
「はい。もちろんです」
マリアンヌははっきりとジノが好きだと言う
姉二人は顔を見合すとため息をはいた
「マリアンヌ、こう言ってはなんですが・・・ジノはモテますのよ」
「ナイトオブワンですし、貴族ですし。独身で背が高くて、顔も良くて人懐っこくてとにかくモテますの」
「・・・はぁ・・・」
「「ですから!ちゃんと告白すべきです!!」」
「・・・・はぁ・・・・」
こうしてマリアンヌは姉に強く説得され、ジノの元へ向かった
ジノの所・・・といっても、彼が今いる所は父のいる所
つまりは執務室
きっと話なんてさせてもらえないだろうな・・・と思いつつ、マリアンヌは執務室へ
そしてここを曲がれば執務室前 という所で大きな声を聞いた
「ばぁーーーーか!!ルルーシュのばーか!ばーーーーかっ!!!」
ばたーーーん!!と思い切りドアを閉めるスザクだった
とっさにマリアンヌは物陰に隠れる
スザクはマリアンヌに気がつかず、怒りながら廊下を歩いていった
(きっとまたお父様と喧嘩したんですね)
それも恐らく自分の事で・・・
マリアンヌはしゅんと肩を落とした
両親はよく喧嘩をする
それは一晩で仲直りするものもあれば、周囲を巻き込んだ大きなものまで様々だ
そんな二人の最近の喧嘩の理由のひとつが『マリアンヌとジノの関係』だ
なんとか二人を会わせたいスザクに対し、ルルーシュは引き離したいと考えていた
その意見の食い違いから、二人は頻繁に喧嘩するようになった
両親に仲良くしてもらいたいマリアンヌにとってそれは辛い事だったのだ
(・・・はぁ・・・どうしてお二人が喧嘩されるんでしょう・・・)
こそっと物陰から出たマリアンヌはため息をはいた
そしてゆっくりと執務室の扉の前へたどり着いた
『全く、あいつはどうしてああも頑固なんだ?』
執務室の扉の前でマリアンヌはもれ聞こえた声にギクリとした
やはりこの中にはルルーシュがいる
『お前のせいだぞ、ジノ』
『・・・今のは私のせいでは・・・・』
ルルーシュの声に続いてジノの声も聞こえた
マリアンヌは思わず扉に耳をつけて中の会話に耳を傾けた
「お前が何時までもマリアンヌとデートなんてしてるから」
「どうしてその話に?・・・・・それにそれを望まれているのは、殿下のほうです」
「フン・・・マリアンヌが・・・な・・・嘘を言うな」
ルルーシュは「望んでいるのはお前だろう?」と続けた
「・・・・」
「マリアンヌがお前を望むなら私は反対はしない。だが、それはお前がマリアンヌを想っているならば・・・だ」
「・・・私は殿下を敬愛していますよ。お優しくて笑顔が素敵で、素直で愛らしい方です」
ジノの言葉にマリアンヌは微笑む
だが、次のルルーシュの言葉に凍りついた
「違う。お前はマリアンヌがスザクに似ているからアイツと会っているんだ」
(!?私がお母様に似ているから?)
ジノの答えは無い
マリアンヌはそれこそがジノがルルーシュの言葉を認めている証拠なのではないかと思った
「お前はマリアンヌを通してスザクを見ている」
だから二人の邪魔をするんだ
だから認められないんだ とルルーシュは言い切った
「・・っ・・」
マリアンヌはこれ以上ここには居られないと、慌てて走り去った
****
子供の頃は解らなくても大きくなるにつれ解りだした
彼にとって自分は主君の娘。皇女でしかないと言う事
それでも彼に会いたいと願っていたのは、彼と共にいたのは、いつかジノが自分を一人の人間として見てくれる日が来るのではないかと思っていたから
自分を見る彼の眼が、辛そうに、時には優しげに細められるのには気がついていた
しかしそこに込められた意味は気がつかなかった
『お前はマリアンヌを通してスザクを見ている』
信じたくなかった。しかしジノは否定しなかった
似ていると言われていたし、自分でも似ていると思う
「・・・ジノ様・・・酷い・・・」
彼は一度も自分を見ていてはくれなかった
彼は自分の中の母を探しては微笑み、そして悲しんでいたのだ
母は父の物
決して手に入らない人だから
「・・・マリアンヌ、どうしたの?」
ドアの向こうからその母 スザクの声が聞こえた
ぱたぱたと走りながら自室に戻る際、スザクとすれ違った。きっとその時に涙を流すマリアンヌの顔を見たに違いない
「あのさ・・・入っても良いかな?」
大好きな母親
いつも辛い時、悲しい時、嬉しい時、楽しい時、いつだってマリアンヌはスザクに抱きついていた
優しくてあったかい母親
それがスザク
しかし今は会いたくなかった
「・・・ごめんなさい・・・お母様には会いたくありません」
「・・・っ・・・」
スザクが扉の向こうで驚いて息をのんだのが解った
その後も何度かスザクはマリアンヌに入室の許可を求めたが、彼女は決して頷く事はなかった
****
「何やってんだ、お前は・・・」
「るるぅぅぅ」
ひっくひっくとマリアンヌの部屋の前で蹲って泣いていたスザクの顔は酷いものだった
マリアンヌが部屋に入れてくれない というスザクの言葉に、ルルーシュは悟る
あの時娘が扉の向こうにいたのだと
『だから二人の邪魔をするんだ。だから認められないんだ。私は』
『・・・・・・・っ!お待ちください陛下!』
それまで黙っていたジノがルルーシュを制した
ルルーシュが眉を顰めるとジノは席を立ち、扉を勢い良く開ける
・・・だが誰もいない
しかしジノは誰かがいたのだと報告した
その時はあまり気にしなかったが(国家機密を話していたのではないから)マリアンヌがあの会話を聞いたのであれば大問題だ
「るるっ・・・僕・・・」
「ああ・・・・はぁ・・・そんな顔するな。大丈夫だ」
ぼろぼろと涙を流すスザクを抱きしめると、ルルーシュは彼を寝室へと連れて行った
大丈夫大丈夫 と繰り返しながらスザクの背を擦る
それでもルルーシュに抱きついて涙を流すスザク。そんな彼を見ながら、ルルーシュは心の中で舌打ちした
ジノの気持ちには最初から気がついていた
だから邪魔をした
その度にスザクとも喧嘩になったが、すべてはマリアンヌとスザクを守る為だった
自分がスザクの代わりとして見られていると知ればマリアンヌは傷つく。そして自分のせいで娘が傷ついたと知ればスザクが傷つく
二人の泣き顔等見たくなかった
(・・・・くそっ・・・だからジノなど地方に左遷しておけば良かったんだ)
だが実力的に彼はこの国最強の騎士
その最強の騎士を皇帝から離すという事は、ルルーシュを殺してくださいと言っている様なものだった
そんな事をする程ルルーシュも愚かではない
「ひっく・・・るる・・・しゅぅぅ・・・・」
「泣くな・・・頼むから・・・」
ルルーシュはスザクの両頬にキスをするとゆっくりと彼をベットへと横にさせた
****
「マリアンヌ・・・あの・・・ね・・・」
翌日も何度か娘の部屋の前までやってきているスザク
しかしマリアンヌは何も答えない
「・・・・」
スザクはしゅんとして廊下を歩く
ルルーシュにマリアンヌは暫く一人にしてやった方が良いと忠告されていた。だが娘がスザクに会いたくない等と言ったのは初めてだった。子供達の中で一番小さなマリアンヌはいつだってスザクの側にいたのだ。心配するなと言うほうが無理である
「・・・はぁ・・・」
せめて原因が解れば何とかできるかもしれないのに
(ルルーシュに相談してみようかな)
どうやら彼はマリアンヌがこうなっている原因を知っているようなのだ
善は急げと皇帝の執務室へと向かっていたスザクの前にアーニャが現れた
彼女はスザクの顔を見ると、不愉快そうに眉を寄せた
アーニャがどうしてそんな顔をするのか、スザクには思い当たる節がある
「・・・久しぶりに大泣きしたんだ。でも、大丈夫だから」
「スザクの大丈夫は当てにならない。皇帝が原因?モルドレッドでお仕置きする?」
流石にKMFでお仕置きしたらルルーシュが死んでしまう・・・
スザクは「ルルーシュのせいじゃないよ」と微笑んだ
そう・・・?とアーニャは納得していないようだったが、思い出したように一枚の紙をスザクに差し出した
「?何?」
「辞令」
「辞令?誰の?」
「スザクの」
「僕?」
そんな話は聞いていないと、スザクはその辞令の内容に目を通した
だだだだだだだだだだだだっ!!
「ルルーーーーーーーーシュ!!」
「扉が壊れる。静かに入れ」
扉を破壊するかのような勢いで執務室へと入ってきたスザクに、ルルーシュは冷静に注意する
するとスザクは「あ、ごめん」と謝った後、「そうじゃないよ!」と怒鳴りながら机の前にやってきた
「これはどういうことなんだ!?」
ばん!と机に叩きつけられたのはアーニャが持ってきた辞令
ルルーシュはそれをチラリと見た後「そのままだが?」と不思議そうな顔をする
「何がそのままだよ?僕が今日付けでナイトオブセブンに復帰ってどういう事!?」
「お前は騎士として十分な能力をもっている。私は皇帝として当たり前の人事をしただけだが?」
「僕を高く評価してくれて有難う。けど、その後の『ラウンズ統括とブリタニア軍総司令官』というのは?」
現在、ラウンズの空きはスザクが就任していたナイトオブセブンのみ
これまでルルーシュは一度も誰もセブンに任命してこなかった
ジノもアーニャもそしてスザクも、これはいつかルルーシュがスザクを騎士としてラウンズに戻す意思の現れだと信じ、不思議には思っていなかった
しかし『ラウンズ統括・ブリタニア軍総司令官』という役目。それはセブンの仕事ではない
「これはナイトオブワン・・・・つまりジノの役目だ」
「期間限定だと書いてあるだろう?」
「確かに・・・半年間だね。その半年、ジノは何をするの?」
「・・・」
「ここに来る前にラウンズのラウンジに顔を出したら、ジノは半年の任務に出かけたって聞いたよ?」
「知っているんじゃないか」
「だから、『どういうことなんだ!』だよ。ルルーシュ」
ラウンズが長期の任務で皇帝の側を離れる
良くあることだ
だがジノはナイトオブワン。帝国最強の騎士。皇帝の最強の剣、そして盾
その彼を自分から離す。それがどんなにルルーシュにとって、ブリタニアという国にとって危うい事か、知らない筈がない
「ルルーシュ!?」
「だからお前をセブンにした。ラウンズは皇帝の騎士。お前は私を護る騎士だ」
そうだろう?と訊ねられ、スザクはコクリと頷いた
確かに、ラウンズ12人全員がルルーシュを護るルルーシュの騎士だ。それに騎士でなくともルルーシュを守るのはスザクの役目。いや、スザクの存在意義の一つ
「なら、ジノが私の側にいる必要はない」
「っ!?ジノを・・・どうしたんだ?」
「ジノには南部へと遠征に出てもらった。このところあの地域は強力なレジスタンスが現れているからな」
「ルルーシュ?」
だからといって、ワンを行かせるほどの組織なのか?
スザクには納得がいかない
「君、何を考え「ナイトオブセブン」 っ!」
スザクの言葉をルルーシュが切る
「今は公的立場の時間だ。私は誰で君は何者だ?」
「・・・貴方はこの国の皇帝陛下・・・自分はナイトオブセブンです」
「枢木卿、この話はこれで終わりだ」
「っ・・・しかし・・・」
一度は辞めた自分が再びラウンズへ。しかも同じ日に後任であるジノが南部へ長期の遠征。これではジノが左遷されたようではないか
この人事にスザクは納得がいかない
唇を噛み締めてスザクが机の上の辞令を睨みつけていると、クスリとルルーシュが苦笑した
「唇を噛むな。痕になるだろう?」
「・・・だけど・・・」
「とにかく。ジノは首都を留守にする。軍はお前に任せた、アーニャを補佐に付ける」
「どうして、ジノを・・・?」
「・・理由はいずれ話す」
「・・・・今言ってくれないのか?」
「・・・・今は駄目だ・・・」
ルルーシュは手を伸ばしスザクの頬を撫でた
「信じろ。お前にもジノにも悪いようにはしない」
「・・・信じて・・・いいの?」
「何年私と一緒にいる?信じて良い男かどうか、まだ解らないか?」
スザクは頬を撫でるルルーシュの手に自分の手を重ねた
「・・・信じるよ、ルルーシュ・・・」
****
ジノが遠征に出かけて一ヶ月が経った
落ち着いたマリアンヌは以前通りスザクやルルーシュと会話している
しかしそれが表面上のものである事は誰もが解っていた
「あ。じゃあ僕行くね」
「ああ、また後でな」
「いってらっしゃい、お母様」
ジノが不在の間、スザクはラウンズとブリタニア軍を指揮せねばならない。補佐としてアーニャがいるが、真面目な彼が人任せに出来る筈がなく、午前は国軍本部に出勤し午後は王宮に戻りルルーシュの側で補佐官としての仕事をしている
それがスザクにどれだけ負担になっているか、それを思うとマリアンヌは心が痛んだ
ジノが南部へ半年間の遠征に出た事。マリアンヌはジノがいなくなった翌日、ラウンズの騎士服を着たスザクから聞いた
もしかして、とルルーシュの元へ行ってみると、予想通り父はあの時マリアンヌがルルーシュとジノの会話を聞いていた事を知っていた。
『ジノ様が悪いわけではありません。勝手に私が・・・』
彼はマリアンヌを好きだとは一言も言った事はない。そしてマリアンヌもジノを好きだと言ったことも
自分達は恋人同士でもなんでもなかったのだ
ただの騎士と皇帝の娘
それだけの関係
『だからジノ様を戻してください』
マリアンヌはルルーシュに懇願した
しかしルルーシュの答えは「否」だった
『何故です?』
『元々この遠征は予定されていたものだ。ただ、その指揮官が決まっていなかっただけ』
そしてその指揮官がジノになっただけだとルルーシュは言い切った
『っ・・・』
『それに・・・必要だろうと思ったからだ』
『何が・・・ですか?』
『考える時間が、だ』
「・・・・」
マリアンヌは隣に座るルルーシュをチラリと伺う
考える時間が必要だと思った
ルルーシュはそういった
だが、ジノの事を考えると一ヶ月経った今でも涙が出てしまう
そして泣いている自分を見るとスザクが辛そうな顔をする
そんな顔をしてほしくなくて笑うが、きっと上手く笑えていないのだろう。スザクが泣きそうな顔をして微笑むのだ
「・・・なにか言いたい事でも?」
ルルーシュはマリアンヌに優しく微笑んだ
マリアンヌも父に笑いかけると、頭を左右に振った
****
「こんにちは、マリアンヌ様」
「ロシリエル義姉さま?」
ルルーシュの言った考える時間はあっという間にすぎていく
しかしマリアンヌには答えが出ない
自分はジノとどうなりたいのか
ジノをどう想っているのか
考えたいが悲しい
涙がこぼれてしまう
ジノがいなくなって四ヶ月
そんなある日、アレクシスの妻であるロシリエルがマリアンヌの元を訪れた
「アレクがマリアンヌ様が元気がないんだって心配してたから、気になって」
自分と同じ茶色い巻き毛の髪
彼女もスザクに似ているといわれる女性の一人
聞くつもりなどなかったのに、ついつい聞いてしまった
「義姉さまは嫌ではありませんでした?お母様・・・枢木スザクに似ていると言われて・・・」
夫であるアレクシスは自他共に認めるマザコン。枢木スザク溺愛者だ
妻は母に似ている
そう声を大にして言う夫を、嫌になったことはないのか・・・?
「嫌に決まってるじゃない」
義姉の答えはあっさりとしていた
そして彼女は続けた
「アレクはね、二度目に会った時から「母上に似ている」とか「母上が笑った時と目じりの角度が二度違うが許容範囲だ」とか言ってね、口を開けば母上母上なんだよ」
「・・・・」
「僕だって馬鹿じゃないから、彼が僕に母親の姿を探しているのには気がついたよ。嫌だったなぁ」
さすがに角度まではジノは追求しないと思うが・・・兄は超がつくほどのマザコンだったのだとこの時マリアンヌは実感した
だが・・・とマリアンヌは思う
ではどうしてロシリエルはアレクシスと結婚したのだろう
皇帝の長男との決して反故には出来ない婚約
仕方なくだろうか?
しかしロシリエルは自分の意思だと答えた
「僕ね。アレクが大好きなんだ」
アレクシスはルルーシュに良く似た外見をしている
さらさらの黒髪。アメジストの瞳
頭も良く、冷たそうだが優しい少年
「たしかに僕は彼にとってお義母さまの代わりかもしれない。けどそれはきっかけであって、後は僕がいかに彼に僕自身を好きになってもらうか、だったんだよ」
婚約当初はアレクシスが「母上」と言う度に優しい彼の母親を憎らしく思った
だがある日気がついたのだ
彼の中で自分を義母以上の存在にすればいいのだと
「何度も喧嘩したよ。『僕は君の母上じゃないよ!』って」
けれど嫌いにはなれなかった
大好きだったから
「あいしてる。だから僕を見て、僕を知って、僕をあいして」
「・・・・」
「ずーーーっと言い続けて、五年くらいかかったかな?やっとアレクが僕を見てくれたんだ」
彼の基準はスザクだった
プレゼントにしても「スザクが似合うだろうからロシリエルのも買ってきた」というのが理由だった
だが、彼はある日ロシリエルにプレゼントを持ってきた
それはあまり飾りのついていないシルバーのブレスレットだったのだが、ロシリエルだけに買ってきたのだといった
その日からだ
アレクがロシリエルの前で「母上」を連呼しなくなったのは
そしてやっと言ったのだ
「『ロシリエルは母上よりも可愛いな』ってね。お義母様は童顔で確かに可愛らしい方だけど男性だよ?僕は一応女なんだから、酷い言葉だよね」
「・・・はぁ・・・」
「でも、その時に初めて彼が『僕』を見てくれたんだって解ったんだ」
やっと手に入れれたと感じた とロシリエルは微笑んだ
マリアンヌは義姉から顔をそらした
微笑む彼女の顔は本当に幸せそうで、今の自分と比較してしまい羨ましく思ってしまったからだ
「・・・・」
ロシリエルはそんなマリアンヌの気持ちを察したようで「・・・同じ思いをしてるんだね・・・」と小さく呟いた
「諦めちゃ駄目だよ。本当にその人の事が好きなのなら」
ロシリエルはマリアンヌの額に口付けると、そう言い残して部屋を後にした
****
諦めちゃ駄目
本当に好きなのなら
ロシリエルの言葉を聞き、マリアンヌは考えた
自分はジノをどう思っているのか
あの時の事を思い出すと悲しく、涙が出てしまうがそれでも考えた
(私は・・・・ジノ様が・・・・)
やっと出てきた自分の気持ち
それはジノが帰ってくる一週間前の話
「ジノと話す時間をくれ?」
「はい。明日中には帰ってらっしゃるんですよね?その後に少しでいいのでお時間をいただきたいんです」
夕食後の一時、ルルーシュと二人だけになったマリアンヌは父にジノとの対面の許可を求めた
するとルルーシュは一瞬眉を寄せて不機嫌そうな表情になったが、「いいだろう」と頷いてくれた
「ちゃんと考える事ができたようだな」
ルルーシュは穏やかに微笑んでいた
その笑顔にマリアンヌも微笑んで「はい」と頷いた
もうじきジノが帰ってくる
そうしたらちゃんと伝えよう
自分の気持ちを、想いを
しかし物事はそう簡単に上手くいかない
『ルルっ・・皇帝陛下!大変です!』
それは軍本部にいるスザクからの連絡だった
****
ジノの遠征期間は半年。それは今日で終わり昼には軍を率いて首都を目指していた
ブリッジの指揮官席に座ったジノはぼぅっと考えていた
前々からあった南部遠征
その指揮官に急に任命され、まるで追い出すかのように首都を離れさせられた
途中の通信であの時執務室の向こうにいた人物がマリアンヌであり、会話を聞かれたのだとルルーシュから聞かされたジノは慌てた
酷く傷つけてしまったと感じたからだ
彼女を通してスザクを見ていた
それを知られると、彼女が傷つく。それが解っていても止められなかったのは、あの愛らしい少女が自分に美しい笑顔を向けていてくれたから
昔から自分の隣には常にスザクがいた
けれど彼はルルーシュのもの
どうやっても自分の手には入らない
諦めるべきだと解っていた。諦めた、筈だった
『マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアです』
少し怯えながら挨拶をした小さな皇女
スザクに良く似た風貌を持った小さな女の子
ジノは彼女を護ろうと思った。この小さな女の子が笑っていられるように、幸せでいられるように
かつてジノはスザクにそうしたいと思っていた。けれどスザクを本当に幸せに出来るのは自分ではないと悟ってしまった。それが出来る人物と彼がすでに出会っており、お互い愛し合っていると知ってしまった
スザクに出来なかった事をマリアンヌにしよう
そう決意し、ジノは小さなマリアンヌの前に跪いた
この時、ジノは自分がまだスザクを想っているのだと痛いほど思い知らされたが、その気持ちを心の奥深くに閉じ込めてこれまで通りに行動した
『まだ諦めていなかったのか』
バレていない
そう思っていたのに、ルルーシュはあっさりと気がついた。そして彼は自分がマリアンヌをスザクの代わりにしている事にも気がついていた
『スザクは私の物だ』
ええ・・・知っていますよ
『マリアンヌは私の娘だ』
けど、その半分はスザクの血だ
『私は私の大切なものを傷つける奴は許さない・・・だから、お前はマリアンヌと会わせない』
宣言どおり、ルルーシュはジノとマリアンヌの邪魔を必ずしてきた
だがそれでも娘は可愛いのか、彼女が望めば途中で手を引きジノとマリアンヌの一時を邪魔することはなかった
きっとルルーシュもマリアンヌがジノの想いに気がつくような年齢になるまでは、子供の間だけは・・・と思っていたのかもしれな
そしてマリアンヌは気がついてしまった
それはルルーシュやジノが予想していた年齢よりも早かった事が災いした
自分達は油断していたのだ
「・・・帰れるのは嬉しいが・・・私の椅子は残っているだろうか・・・」
ククっと自嘲気味に笑いながらジノは目を閉じる
浮かぶのは茶色い髪に翡翠色の瞳を持った .
「ヴァインベルグ卿!」
ジノの意識は部下の慌てた声で現実へと引き戻された
****
「『レジスタンスと交戦中。想定よりも敵機の数が多い』これが最後の交信です。時間にして30分程前の事です」
執務室でスザクの報告を聞いたルルーシュはチッと舌打ちした
そして援軍を送るように指示したが、スザクは「もう一つあります」とキツイ表情のまま続けた
「首都の東側からこちらに向かってくる一団が」
「なんだそれは?」
「御丁寧に宣戦布告してきています。まだその組織かわかりませんが、レジスタンスのようです」
「・・・・」
「ヴァインベルグ卿よりも、自分は首都防衛を優先する事を提案します」
「・・・・」
それはスザクらしくない言葉だった
だが今のスザクはブリタニア軍総指揮官の任がある
個人的感情で軍を動かすわけにはいかなかった
「・・・解った。ナイトオブセブン 枢木卿、このネオウェルズの土を薄汚いレジスタンス共に一歩も踏ませるな!」
「Yes, Your Majesty」
国を守る為に友を棄てなければならない
スザクもルルーシュも血が滲み出るのではないかと思うほど、きつく拳を握り締めていた
「ほ・・・本当にお母様がそんな事をおっしゃったんですか?」
「うん。だけど一応避難しなさいって。僕に君を頼むって言ってたよ」
マリアンヌを迎えに来たのだとロシリエルは言った
そしてスザクとルルーシュのやり取りも
「し・・・信じられません」
あの母がジノを見捨てるなどと言うとは
「では・・・ジノ様はどうなるの・・・?」
誰も助けに行かないのであれば、きっと・・・
「っ!」
キッとマリアンヌは表情をきつくするとロシリエルの制止を振り切って駆けて行った
****
「お母様!」
「っ!?マリアンヌ?」
首都防衛の為の第一陣を見送ったスザクの元に、避難させた筈の娘が現れ、彼は非常に驚いていた
「ここで何をしている?ロシリエル達と一緒じゃなかったのか?」
「お願いです!ジノ様を助けてください!」
マリアンヌの言葉にスザクは息をのむ
だが彼の答えは「駄目だ」の一言だった
「どうして?」
「今、首都も危機に晒されている。俺はナイトオブセブン。首都と皇帝陛下とお前達を含めた国民を護る使命がある」
「その為にジノ様を見捨てるんですか?」
「・・・・そうだ」
酷い!とマリアンヌはその場に蹲った
自分を身代わりとする程ジノはスザクを想っていた
長い間側にいた仲間で友人である筈なのに、使命一つで簡単にジノを棄てるスザクが信じられなかった
「・・・お前はただ泣いているだけか?」
スザクはマリアンヌの側に立ち、娘に言葉を投げかけた
「そうやって、一番安全な場所でジノを助けてと祈るだけか?」
「・・・お・・・お母様?」
「俺は昔、ルルーシュを助けに行った。お前はその俺の娘だろう?」
マリアンヌはゆっくりと顔を上げた
するとスザクはクイっと顎で方向を指す
「アヴァロン?」
そこにはアヴァロン
そして二人から少しはなれたところに長男と三男を除いた兄と姉達がいた
「行ってこい」
「で・・・でも私が行っても」
足手まといになるだけです と続けようとしたマリアンヌにスザクはあるものを差し出した
それはかつてスザクがロイドから貰ったもの
「・・・ランスロットの起動キー?」
「行ってジノを助けてやれ。彼が誰を好きでも・・・お前はジノが好きなんだろ?」
スザクの言葉にマリアンヌはジノを思い出した
優しい笑顔
温かくて大きな手
いつも側にいてくれた大好きな人
「はい!」
マリアンヌは力強く返事をした
****
追い出されるように首都を出発させられたジノ
そこで相手をする筈のレジスタンスはジノの赴任期間中に全く姿を現さなかった
少々つまらないと不満をこぼしつつ帰路に着くと、何処からともなく大軍で挑んできた
彼らは強さはない
強さならばかついていた紅蓮や黒の騎士団の方がよっぽど上だ
しかし数が多い
敵のKMFの半分は撃破したものの、こちらの被害も眉を顰める程になってしまった
そしてトリスタンもエナジーが残り少ない。もって後十分
一応軍本部に交戦中であることと、敵の数が多いことは連絡した
だがその直後から交信が出来なくなっている
こちらの声はあちらに聞こえないようだが、あちらの声は聞こえていた
「援軍は・・・期待できないな」
漏れ聞こえた情報
首都東方面から近づく一団
恐らく今ジノを襲っている敵と係わりのあるレジスタンスだろう
スザクの性格上、ジノを助けに軍を裂くかもしれない
しかしそれは軍人として、司令官としてはやってはならないこと
今のスザクは皇帝と首都を護る義務があるのだから
万が一スザクが強硬手段でジノを救おうとしてもルルーシュが止めるだろう
ならばこちらへの援軍は『無し』だ
昔もこんな状況だったな・・・とジノは苦笑した
『昔』
かつてシュナイゼルが起こした叛乱でジノとルルーシュが危機に陥った時
(あの時はスザクがやってきて状況をひっくり返したんだっけ)
あの頃、自分はまだスザクが好きだった
だがジノに抱かれかけたスザクの口から出たルルーシュの名前に、「ああ・・・もう無理なのだ」と悟った
そしてルルーシュを助ける為に文字通り飛んできたスザクの姿を見た時、これで彼は幸せになれると確信した
悔しいがそれが一番なのだと言い聞かせた
『こんな事になるのなら、一言伝えておきたかった』
あの時のルルーシュの言葉
今の自分にならその気持ちが解る
「こんな事になるのなら、一言伝えておきたかった」
こんな状況でも思い出せる
『君』に
「私は・・・・君が・・・・」
『ジノ!』
「っ!?」
突然呼ばれた自分の名前
それと同時に空を閃光が引き裂いた
「なっ!?」
まさか!とジノはモニターを確認する
映し出された機体
白と金の、長い間見続けてきた最強の騎士の名を持つ
「ランスロット?」
『ジノ!無事ですか!?』
パッと画面に一人の少女の姿が映し出された
ここに一番来る可能性の低い人物
ジノは絶句し、その姿を見つめる
『ジノ!?』
ジノが返事をしない事で不安なのか、その声に僅かながら嗚咽が混じる
「・・・・・・」
ジノは大きくため息をはいた
そしてなんだか急に笑いたくなってきた
「ククク・・・」
『?ジ・・・ジノ・・・様?』
「クク・・・あはははははははは」
画面の向こうで笑い出すジノに、マリアンヌは心配げに声をかけた
ジノは「いや、可笑しくて」と必死で笑うのを堪えながら返事をした
「殿下、トリスタンはもうエナジーがもたないのですよ」
だからアヴァロンで保護していただけますか?と笑いかけると、マリアンヌは力強く返事をした
****
「ジノ!」
トリスタンから降りたジノは慌ててランスロットの足元へ
するとマリアンヌはランスロットのコックピットからジノに向かって飛び降りた
それをジノはかろうじて受け止める
「っ!殿下・・・・危ないでしょう?」
「ジノ様ならきっと受け止めてくれると信じていましたから」
にっこりと笑うマリアンヌに、ジノは微笑むと彼女を下ろした
「・・・それにしてもまさか貴女がランスロットに乗ってくるとは・・・」
「助けに来たんです。貴方を」
ジノは自分を見上げてくる少女を見つめた
彼女は本当に嬉しそうにジノを見て微笑んでいる
自分は彼女を傷つけた筈なのに
「私・・・ジノが好きです!」
「っ・・・殿下」
マリアンヌは笑顔のままジノへと告白した
「お母様の代わりでもかまいません。いつか、私を好きにさせてみせます。ですから・・・・・」
私の側にいてはもらえませんか?
「・・・・」
ジノはまさかこんな事を言われるとは思ってはおらず、瞬きを何度もして言われた言葉を頭の中で繰り返した
「・・・・本気で?」
「はい」
だめですか?と不安げな瞳で見上げるマリアンヌにジノは微笑んだ
「・・・残念ですが・・・私はもう貴女をスザクの代わりには見れませんよ」
「っ・・・・そう・・・ですか」
ジノの返答にマリアンヌはグッと拳を握った
やはりジノはスザクを愛しているのだ
自分に全てを知られた今、彼はもう気持ちを隠すつもりがないのだろう
「だって・・・君はスザクじゃない。マリアンヌだから」
ジノは硬く握られたマリアンヌの手をとると、指を一本一本解いていく
「これまで、君を代わりにしていてすまなかった。陛下に首都を追い出されている間、ずっと考えていたよ・・・自分の気持ちを」
「・・・・」
「確かに君はスザクにそっくりだ。でも・・・それは姿形だけ。・・・君は君、スザクはスザクだ」
ジノはマリアンヌの前に跪いた
「なのにどうして私は君の側にいたんだろう?そう考えたら、解ったよ」
「・・・何を・・・ですか?」
ジノはニコリと笑うと、握ったままのマリアンヌの手の甲に口付ける
「マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア」
「はいっ」
「君を愛しています。だから・・・君も私を愛してくれないか?そして、一生私の側にいてほしいんだ」
「っ////」
半年の間ジノが思い出していたのはスザクではなかった
目を閉じれば浮かんできた人は
死を予感したときに、一言言っておきたかった人物は
「全て君だった」
「・・・ジノ様・・・」
じわりとマリアンヌの目に涙が浮かぶ
ジノはクスクスと笑いながら「返事は?」と意地悪そうに訊ねた
「Yesです!ジノ!」
マリアンヌはジノに抱きついた
ジノは飛び込んできた少女を抱きしめると、彼女の長い髪に口付けた
うう〜ん・・・上手くラストが纏められませんでした