両親の話を聞かせてください
茶色い髪のお姫様は美しい翡翠色の瞳をキラキラさせてほほえんだ
「・・・御両親のお話・・・ですか?」
「はい。ジノ様とお母様はラウンズで一緒だったのでしょう?」
「はぁ・・・」
宮殿のテラスでマリアンヌとお茶をしていたジノは、突然の目の前のお願いに汗を流した
確かにスザクとはラウンズで一緒に戦った戦友だ
現体制でも共にブリタニアのために働いている
だが、彼女の両親は一時期は敵同士だった
ルルーシュが皇帝になってからもお互いの気持ちを伝えるまでギスギスした関係だった
和解した後はラブラブのバカップル
そんな彼らの話・・・どれから話せばいいのか
「ジノ様?」
「・・・殿下はその・・・陛下とスザクが・・・」
「昔は仲が宜しくなかったんですよね?あと・・・・お父様が『仮面の男』であった事も聞いています」
彼らは子供達が10歳になった日に自分達の過去を、罪を話すのだと言う
スザクは10歳の時に実の父を殺した
ルルーシュは10歳の時に自分の国を潰す決意をした
成長した二人は再会し、ブリタニアを滅ぼし世界を変えようとする者と、ブリタニアの中から世界を変えようとする者とに別れた
「お父様の力の事も。そのせいで起こってしまった悲しい出来事も・・・すべて」
「そう・・・ですか」
ジノは長い長い息をはいた
彼らはどんな思いで子供達に全てを話したのだろう
罪を、悲しみと苦しみを話したのだろうか
きっと自分達の様になってくれるな
道を、選択を間違うなと言いたかったのだろう
なら、自分がやるべきことは一つ
(私も二人のようにマリアンヌ殿下の為に話をしよう)
「では、殿下がまだ生まれる前のお話を」
「はい」
「『生きろ』という呪いを御存知ですか?」
「生きろ・・・というのが呪いなのですか?」
「少なくともあの時のスザクにとっては・・・彼は言っていました。『これは呪いだ』と」
◆◇◆◇
『生きる』と言うこと
それはルルーシュがシュナイゼルから妃を娶らないかと勧められた二週間後の事だった
その日、ルルーシュはスザクとジノを伴って地方へ視察に出かけようとしていた
(・・・ふらふらしているな・・・)
それは注意して見なければ解らないほどだが、スザクの体が僅かにふらついている
ジノはその原因を知っている
ここ毎日となったルルーシュとの夜が原因だ
スザクはそれだけじゃないと否定するが間違いないと確信していた
(一度陛下に言ってみた方が良いか?)
このままではスザクが倒れてしまう
そうなれば苦しむのはきっとルルーシュ自身なのだから
だが予想外の事件が起こる
宮殿から空港へ移動する為に外へ出た時だった
スザクがルルーシュを突き飛ばしたのだ
突然の彼の行動にジノも見送りに出ていた者も驚いて言葉を失う
「・・・スザク?」
「・・・で・・・・る・・・・」
ルルーシュがスザクの名を呼ぶ
彼からの返事は小さく、何を言っているのか誰一人として聞けるものはいなかった
だが、次の瞬間
スザクは血を吐いて倒れた
「っ!」
「スザク!?」
ジノが彼を抱き起こすと胸からも血を流している
そこには傷があり、軍人であるジノには見慣れた傷だった
(銃!)
「陛下!宮殿にお戻りください!」
それが銃による傷だと気がついたジノは全てを理解した
何者かによる狙撃
恐らくはルルーシュを狙ったもの
ジノは部下に命じてルルーシュを護衛させつつ宮殿の中へと連れ戻させた
「犯人を捜せ!それと医療班を呼べ!」
スザクの顔は真っ青で目は硬く閉じられている
呼吸はかろうじてしているという状態だった
「死ぬな・・・死んじゃ駄目だ!」
血を止めようと押さえるが止まる気配がない
担架が到着するまでの僅かな時間が、ジノには数十分にも感じられた
スザクの手術は六時間にも及んだ
受けていた銃弾は三発
その一発は肺を、もう一発は心臓の近くに命中していた
スザクの居た位置や傷から狙撃場所が特定されたが犯人はまだ見つかってはいない
当然ルルーシュの視察は中止
彼は宮殿の自室に戻るとそのまま篭って出てこないらしい
「・・・」
ジノはスザクの病室で彼を見つめていた
スザクは真っ青な顔で眠っている
その身体にはさまざまは生命維持装置がつけられており、近くのモニターが彼の命の動きを知らせていた
「・・・奇跡・・・か」
それはスザクの手術担当医の言葉
本当なら死んでいてもおかしくない傷。だが彼はギリギリの所で命を保っている。何度も止まった心臓。けれど必ず動き出した
『死にたくないと頑張っておられるようで・・・・奇跡です』
「お前、そんなに生きたいと思ってたっけ?」
ジノはスザクの手を握ると小さく笑った
ナンバーズという身分からラウンズにまで上り詰めた少年
初めて顔を合わせた時、その顔には表情というものがなかった
『笑わせたい』
そう思い彼に近づいた
そして次第に気がついた
彼は何処かで自らの死を望んでいる と
****
「私は君が解らないよ」
「・・・なんですか、それ」
ラウンズのスザクの部屋でジノは常々思っている事を口にした
まだスザクがラウンズに入って間もない頃で、初めてジノと戦闘に参加した後の事だった
「そのままさ」
「意味が解りません」
スザクは何処か怒っているようだった
まだジノの『笑わせたい』という望みは叶っていない。だが怒りでもこうして感情を見せてくれるようになったのは良い傾向だと思った
「君の動きだ」
「・・・?変でしたか?」
「変だね」
先程の戦闘
スザクは最初に敵軍に突入し、一番功績をあげていた
彼の機体『ランスロット』は機動力のある機体。単機での突入を得意とするナイトメアだ
スザクの動きは間違ってはいないし、おかしいところはない
だがジノには不思議に見えた
「スザクは時折『さぁ殺してください』というような動きをする。だが敵にやられそうになるとそれに抗うように相手を倒していくんだ」
「っ!」
「それが私には解らない。死を望んでいながらどうして死を拒否す・・・・スザク?」
ジノは真っ青な顔をして震えだしたスザクに気がついた
「おい?どうした?」
慌ててスザクに近寄ると彼の肩を抱いた
スザクは『嫌だ・・・嘘だ』と呟いていた
「スザク?」
「・・・・い・・・・だ」
「え?」
「・・こ・・・れは・・・・」
****
「『呪いだ』」
ジノはあの時のスザクの言葉を口にした
何が呪いなのか、彼は教えてはくれなかった
だが、それが彼のあの不思議な動きに繋がる事なのだとは理解できた
死を望むスザクを死なせない呪い
それが昔も今も彼を生かしているのだ
「スザク・・・これはきっと呪いではないよ。何故なら今君は生きている」
その呪いをかけた相手に感謝したいくらいなんだよ と握っていた手のひらに口付けた
だがスザクはピクリとも反応しない
「『生きろ』スザク。私や・・・君に呪いをかけた『誰か』の為に」
この五日後にスザクは目を覚ました
◆◇◆◇
「この時もスザクは言っていましたよ。『呪いは解けていなかったんだ』と」
「・・・あの・・・もしかしてその呪いをかけた誰かって・・・」
「ええ。父君ですよ」
ジノの答えにマリアンヌは「やっぱり」と呟いた
「お父様は私達にギアスをかけたくないと仰っていました。そのお父様が・・・」
愛しい子供達
だからこそ、人の意思を捻じ曲げる力を使いたくないのだとルルーシュは言った
その父が母にギアスをかけていた事にマリアンヌはショックを受けていた
ジノは苦笑すると「仕方がなかったのです」と告げた
「どうしようもない状況だったらしいです。父君は御自身とスザクの命を助ける為に仕方なくギアスを・・・」
「・・・」
「『生きろ』と・・・スザクを死なせたくないと咄嗟に・・・」
だがそれは死を望んでいたスザクには呪いにしかならなかった
他人を傷つけたくないのに、死にたいのに、命の危機にソレは姿を現す
意思に反して生きようと体が勝手に動き、生きる事を邪魔するものを排除する
「まるで呪いだ と、死んでもおかしくない状況から生きて帰るたびに彼は泣いていました」
「お母様を死なせたくない・・・それはお父様の心からの願いだったのでしょう?」
「ええ。それは間違いありません」
「・・・悲しいです・・・」
生きていて欲しいと思っての行動
なのにその人は死を望む
「死ぬより生きている事が幸せだと誰が決めた?」
「え?」
「私が生き残った事を嘆くスザクに『死ぬよりいいだろう』と言ってしまった時の彼の言葉です」
そういった時の彼の表情
怒り、悲しみ、憎しみ
全てが入り混じった、感情をどう処理していいのか解らないといった表情だった
「私がこの事を貴女に話したのは、これからも貴女の言動に責任を持ってほしいからですよ」
「責任・・・」
「貴女は皇女です。多くの人が貴女の言葉を聞く事でしょう」
「はい」
「貴女の言葉が、行動が人々に様々な影響を及ぼす事を忘れてはなりません」
「良かれと思い口にした言葉が、助ける為の行動が、誰かを傷つけることになるかもしれないという事を覚えておいてください」
****
日も暮れ始めた頃、ジノはマリアンヌと室内へと入った
マリアンヌを彼女の自室へ送る際、質問があった
「今のお母様は・・・やはり死を望まれているのでしょうか?」
だとしたら悲しいです とマリアンヌは不安な目をジノに向ける
ジノは頭を左右に振って笑った
「大丈夫。スザクは生きる意味を知りましたから」
「生きる意味?」
『・・・やっと解ったよ・・・・』
実の父を殺した
多くの命を奪った
友を裏切った
その自分がどうして生きているのか
その意味が
『奪った命の分まで生きて、次へとその命を繋げる為だったんだね』
「生物として当たり前の本能です。ですがスザクにはそれが解っていなかった」
だがそれを彼に解らせたのは
「あなた方子供達です」
「私達・・・」
「ええ・・・ですから貴女も繋いでいかなくてはいけませんよ・・・命を、次の世代へ」
「・・・はい、ジノ様」
マリアンヌは微笑むとジノの手を握った
ジノもその手をしっかりと掴んで優しい笑顔を彼女に向けた