宇宙で一番の愛








広いブリタニア皇宮の一画
普段誰も近寄らない森の奥にその場所はあった


「・・・・久しぶり、だね」


ユフィ と声に出さずその名を呼んだ

ブリタニア皇女 ユーフェミア・リ・ブリタニア
若くして亡くなった彼女であるが、彼女が死ぬ前に起こした事件が原因で歴代の皇族の墓所へは葬られる事ができなかった。しかし彼女の兄で当時宰相であったシュナイゼルの言葉で殆んど誰も来ない森の奥に葬られたのである
その事に異を唱えた者も多かったが、仮にも皇女であった者を平民と同じ墓地に埋葬するわけにも行かず、またそのまま何処かに置いておくわけにも行かず、最終的にはここへ葬られる事となった

彼女の起こした事件は今では殆んど口にするものはいなくなった
それは多くの者がそれを思い出したくないからであるのと、それを知らぬ者が増えてきたせいであるだろう




「お父様」
「マリアンヌか・・・どうかしたか?」


書斎で一人読書をしているルルーシュの元へ末娘のマリアンヌが駆け寄ってくる
マリアンヌはルルーシュに以前貰ったぬいぐるみ『ぜろ』を抱いて「あのね」と続けた


「『ぜろ』に家族をつくってほしいんです」
「家族?」
「はい」



「昨日、日本で慰霊祭があったんだよ。・・・式典とブラックリベリオンでの犠牲者の・・・」


今では日本のTOPであるスザクの従妹神楽耶が開催した慰霊祭
当時の事を知っている者、家族が犠牲者となったもの、日本の政治を行っている者
多くの者が参加したという


「神楽耶が言ってた。みんなの表情が違ってたって」


悲しみも痛みも時が薄れさせてくれたのだろうか
参加した者達の多くが以前の様にブリタニアへの恨みの言葉を口にしなくなったというのだ
中には本来のユーフェミアの姿を知っている者もおリ、あの時の彼女は正気ではなかったと言っている者もいたと言う
そして現在の皇帝ルルーシュが何度も日本を訪問し、この時の事や戦争と占領について謝罪している事も大きいといえる


「世界は変わっていってるんだね、君が望んだように・・・・優しく・・・」




「私にはお父様もお母様もお兄様もお姉さまもいます。でもぜろには私がいるだけです
ぜろと私はずぅっと一緒ですけど、きっと寂しいと思うんです」
「・・・・ふぅん」
「だからお父様、ぜろに家族を作ってください」


お願いします と頭を下げた末娘にルルーシュは微笑んで頷いた


「だったらマリアンヌも手伝ってくれ。きっとぜろも喜ぶ」
「はい」




ユーフェミアの墓は普段誰も来ない森の中
しかも記憶しているものはごく僅か
そして墓碑には名前さえ彫られていない

ユーフェミアをここへ埋葬した時分
世界の彼女へ向ける目はとても冷たく、これまで彼女に頭を下げていた者達の中にも彼女を批判するものが多く存在した
流石にそんな者はいないだろうが、ここにユーフェミアの墓があると知った何者かが墓を荒らすかもしれない
それを恐れたユーフェミアを慕う者たちが墓碑に名を刻む事を良しとしなかった


スザクは何も書かれていない墓石を撫でる
もっと頻繁にここへ訪れたいがスザクにも職務があり、また育児もある
結局墓を訪ねる事ができるのは彼女の命日くらいとなっていた

ここへ来ている事をスザクは家族の誰にも言った事はない
しかし何も言わなくともルルーシュは解ってくれている
何も聞かず「おかえり」と微笑んで抱きしめてくれる


「・・・・・はぁ・・・・独りになると駄目だね」


余計な事を考えてしまう
これだとまたルルーシュに怒られてしまうな

スザクは苦笑して肩を竦めた





「良かったですね、ぜろ。奥様とかわいい子供ができましたよ」


マリアンヌはぜろとぜろに似せて作ったぬいぐるみとそれらよりは小さいぬいぐるみをソファに並べて喜んでいた
マリアンヌ曰く、お父様のぜろとその奥さんとその子供という家族構成なのだそうだ
ルルーシュは楽しげにぜろに話しかけるマリアンヌの後姿を見てクスリと笑う
そして何気なく外を眺めた


「・・・・暗くなってきたな」


ポツリと呟き、まだ帰ってこないスザクを思った


「・・・お父様?」


父の様子が変わったことに気がついたのか、マリアンヌが首を傾げながら側に近寄った
ルルーシュはフッと微笑むと末娘の頭を撫でた



はたして自分は幸せになっても良いのだろうか
守ると約束した人を守ることが出来ずに
多くの人を傷つけて悲しませて


「・・・本当に・・・僕は馬鹿だね」


ね、ユフィ
とスザクは再び墓石を撫でた


「まったくだ」
「っ」


誰もいない筈のこの場所に他者の声
その声に驚きはしたものの、スザクの心は穏やかになった

スザクは振り向かずクスリと笑った
すると「何がおかしい?」とその人物は少し拗ねたような口調で近寄ってくる
そしてユーフェミアの墓の前で座ったままのスザクを背後から抱きしめる


「・・・お前はいつになったらその考えを改めてくれるんだ?」
「・・・ルルーシュ・・・」


スザクは目を閉じ僅かに背後のルルーシュへと寄りかかる


「お前は幸せになっても良い」
「ん」
「お前にはその権利、いや義務がある」
「義務?」


ギュッとルルーシュは抱きしめる腕に力を込めた
スザクもその腕に自分の手を添える
ルルーシュはスザクを立たせて自分と向き合わせた


「この私に愛されているんだ。お前は幸せにならなくてはならない」
「・・・・」




アレクシスがリビングのドアを開けた瞬間、どんっと足に何かが絡みついた


「おにいさまぁ」
「マリアンヌ??」


それは一番下の妹マリアンヌ
彼女は目をうるるっとさせて兄に訴えた


「お父様もお母様も帰ってこなんです・・・もうご飯の時間なのに」


話をよく聞いてみると、スザクは昼過ぎ辺りからルルーシュは一時間前くらいから姿を消したのだという
アレクシスはマリアンヌに気がつかれないようにため息をつくと窓の外へと視線をやる


(何をやってるんです、母上・・・とクソ親父)


暫く考えたアレクシスはマリアンヌン手を取った


「僕らで母上を迎えに行こう、マリアンヌ」





「愛してるスザク」
「・・・ルルーシュ・・・」


ルルーシュとスザクは抱きしめあっていた
スザクは自分を包むルルーシュの体温と言葉が心地良くてうっとりとした表情で微笑んでいる
ルルーシュもまた僅かに微笑んで時折スザクの髪に口付けていた




「おかあさまー!お父様!」


聞こえてきた声に二人はハッとしながらそちらへと顔を向けた
見えたのは走ってくる末の娘
そしてその後ろには最近では全員揃う事がなくなった子供達


「お母様っ!」


がしっとマリアンヌはスザクの足にしがみついた
スザクはにこりと笑うとマリアンヌの髪を撫でる


「お母様、愛しています」


マリアンヌの言葉にルルーシュとスザクは顔を見合わせる
マリアンヌだけでなく、ヴィ家の子供達は皆がスザクが大好きだ
アレクシスはそれを公然と口にし、態度で示している
しかしマリアンヌは「大好きだ」と言った事はあるが「愛している」と言った事は無かった


「世界で一番愛しています」
「・・・マリアンヌ」


スザクは娘を抱きしめた
するとマリアンヌは隣にいたルルーシュへ向かってこう言ったのだった


「お父様より私の方がお母様を愛してます」
「っな!?」
「ほぇ?」


ニッと笑ったマリアンヌの表情がどこかアレクシスに、つまり自分に似ている様でルルーシュは背中を冷たい汗が流れたような気がした
そうだ
この娘は確かにスザクに似ていてスザクの血を引いている
しかし紛れも無く自分の血を引いているのだ
それを理解したルルーシュはすぐさま反撃に出る


「私はお前よりもスザクを愛してる!!」


ルルーシュはマリアンヌにそう宣言しながらスザクに抱きついた


「いーえ!私です!」
「私だ!」
「あの・・・二人とも・・・」


もしかしてこの二人がこんな風に言い合うなんて初めてじゃないか?
スザクは苦笑いしながら二人を止めようとする
しかし止まらない
それどころか・・・


「何言ってるんです?母上を一番愛しているのはこの僕です」


ガシッといつの間にか側まで来ていたアレクシスがルルーシュとは反対側からスザクに抱きつく
正面から足にマリアンヌ両手をルルーシュとアレクシスに抱きつかれ、スザクがため息をはく


「これじゃ身動き取れないじゃないか・・・」
「マリアンヌ、アレクシス!お前達は父親に譲るという気持ちが無いのか??」
「父上こそ、大人気ないですよ?ここは子供に譲るべきです」
「お兄様こそ妹が可愛くないのですか?遠慮してください」


言い争う家族を見ながらスザクは再びため息を吐く
どうしてウチの旦那と子供はこうなのだと呆れた
しかしスザクを呆れさす出来事はまだ起こる


「父上も兄上もマリアンヌもなにやってるんです?」
「・・・・・ディミトリアス?」
「母上を誰が一番愛しているか?」
「ク・・・クリスティアナ?」
「そんなのは決まっています」
「ええ。解りきった事です」
「ユーフェミア・・・ユージニア・・・?」
「母上を一番愛している人物。それは・・・」
「フェリックス??」


がしがしがしっっとスザクに更に五つの重みが加わる


「「「「「私です!!」」」」」


残りの子供達が一斉にスザクに抱きついてきたのだ


「・・・お・・・重い・・・・」
「つ・・・潰れてしまいます〜お兄様〜お姉さま〜」
「スザクから離れろ!このクソガキども!!」


人気の無い森の奥
ユーフェミアの墓の前にルルーシュの叫び声が木霊する
ルルーシュがどれだけ怒気を込めて怒鳴っても誰一人離れようとしない
自分が一番だとそれぞれが主張する


「母上!僕が一番愛していますよ!」
「だからそれは私です」
「僕です!」
「あら?私ですわ」
「ごめんなさい、ユージニア。私ですよ?」
「・・・・違います!私です!ってクリスお姉さま少し離れてください」
「・・・聞け!この馬鹿ども!」


ぎゅうぎゅうと全員から抱きしめられてスザクは「苦しい・・・」と息も絶え絶えに訴えた
しかし誰も聞いてくれない
どこが愛しているだ
このままではその愛している自分を殺してしまうではないか
スザクが『死んだら化けて出てやる』と固く心に誓っているとルルーシュが「良いかお前たち」と叫んだ


「私はスザクを愛している!どれだけ愛しているかと言うとだな!!」


すぅっとルルーシュが大きく息を吸う
子供達とスザクはそんなルルーシュを見詰めた


「「「「「「「「宇宙で一番愛してる!!」」」」」」」」


その言葉はルルーシュ一人のものではなかった
スザク以外の八人全員のもの
全員が声を揃えて同じ言葉を叫んだのだ


「「「「「「「「「・・・・・」」」」」」」」」


スザクもルルーシュも子供達もそれぞれがそれぞれを見つめあう
そして全員で笑い出した





「さて、帰るか」
「うん」


そうだね とスザクはマリアンヌと手を繋ぎルルーシュに頷いた
ルルーシュは空いているスザクの片方の手を取るとしっかりと繋いだ

それを見たアレクシスたちは談笑しながら歩き出していた
スザクもルルーシュとマリアンヌに促されながら歩き出す



私も皆に負けないくらい愛しています、スザク



「っ!」


ふと聞こえた声
スザクは慌てて振り返る


「どうした?」
「・・・・・」
「お母様?」


スザクは目を大きく開いてユーフェミアの墓を見詰める
十数秒それを見詰めた後、スザクは微笑んだ


「・・・・・なんでもないよ、帰ろう」


スザクは心配げに様子を窺う二人に笑いかけると先を行く子供達の後を追った








幸せになっても良いのだろうか
そんな事で悩む必要は無かったのだ
何故なら自分はこんなにも愛されているのだから
ルルーシュや子供達
ロイドやセシル、ジノやアーニャ、ナナリー、神楽耶
そして・・・


こんなに皆から愛されているのだ
幸せにならなくてどうするのか


(僕は幸せになるよ。そしていつか僕が寿命を終えて君と再会できたら、どれだけ幸せだったか話してあげる)



だからそれまで見守っていて




ユフィ




「・・・おい・・・マリアンヌに余計な事を吹き込んだのはお前だな?」

ルルーシュはアレクシスを捉まえて説明を求めた
マリアンヌの『お母様愛してます』宣言はあまりに唐突でこれは何者かに吹き込まれたに違いなかった
そしてそれを尤も言いそうな人物。それはアレクシスしかいなかったのだ

「・・・本当は僕が一番に言うつもりだったんですけどね」



マリアンヌの手を引いて皇宮を出た二人の前に他の兄弟が次々と姿を現した
皇族としてそれぞれがそれぞれの公務に就いている自分たちは最近では全員揃う事の方が珍しくなってきていた
アレクシスが簡単に説明し、スザク達を迎えに行くのだと告げると彼らも共に行くと言った

『お兄様、お父様とお母様は何をしているんですか?』

それとなく悟っているほかの兄弟と違ってマリアンヌは二人が何処にいるのか見当もつかない
しかしそれを自分が教えて良いものであるのか
アレクシスは悩んだ
そこで・・・

『僕らの目を盗んで二人でラブラブしているんだよ』
『らぶらぶ・・・ですか?』

決して嘘を言っているわけじゃない
アレクシスは誰に言うでもなく言い訳のように心の中で呟いた

『父上が僕らがいない事を良い事に、母上にキスしたり抱きしめたり愛を囁いたりしているに違いない』

きっとこれは間違いではないだろう
ルルーシュはスザクにキスして抱きしめて「愛してる」なんていっているに違いないのだ

『母上は父上の伴侶だ。だけど僕らの母上でもあるんだ。独り占めなんて赦せるものじゃないだろう?』

兄の言葉に暫く考えたマリアンヌは『はい』と力強く頷いた
そしてアレクシスも驚く言葉を口にした

『でもねお兄様。お母様は私のものです。お父様にもお兄様にも渡しませんよ?』

こうして母の元にたどり着いた小さな妹は誰よりも先に母に抱きつき『愛しています』と告げたのだった



「ひやりとしました。母上そっくりの顔であんな事を言われるとは・・・」
「全くだ。スザクに似て可愛い顔をしているのに、憎たらしいお前みたいな部分が隠れているとは・・・」
「そのままお返ししますよ、父上」
「なら三倍にして返してやる」
「・・・・・クソ親父」
「・・・・・馬鹿息子」
「「・・・・・」」

にらみ合う二人
そこへスザクが二人の名を口にしながら現れた

「なにやってるの?ご飯だよ?」
「スザクv」「母上v」

にこっと笑うスザクにこれ以上はないという極上の笑顔を向けて二人はスザクに答えた
そして家族の待つダイニングへと向かったのであった