「は?バレンタイン?」
スザクが非番の日に珍しく読書をしていると、アレクシスら子供達がパタパタと駆け寄ってきた
そして子供達はスザクに「バレンタインが楽しみだ」と告げたのだった
ニコニコしている子供達には悪いと思ったがスザクは思い切りその事を忘れていた
(そうか。もうじき二月十四日か・・・)
まだ日本で父と暮らしていた頃はまだ子供で、しかも自分は男子であったから貰う立場であった
敗戦後はそんな状況でもなかったし、軍人になってから特派に配属されるまでそんな余裕すらなかった
特派に配属されたらされたで、あのセシルの作る得体の知れない料理のせいでバレンタインなどというイベントなど危険極まりない催し物として恐れていた
そしてルルーシュの秘書官となった頃は毎日走り回っていたし、落ち着き始めた最近では落ち着きすぎたのかこういったイベントに疎くなっているようだ
「母上v手作りですか?」
「は?・・・ええ!?僕??」
「はいv」
子供達が声を揃えて頷いた
どうやら子供達はスザクからチョコレートを貰えると期待しているようである
しかしバレンタインが間近に迫っている事すら忘れていたのだ。当然と言うべきか、スザクは子供達にチョコレート等用意していなかった
まずい・・・スザクはにこっと笑いながら焦っていた
「母上からチョコレートを貰うなんて初めてですからね。僕達、嬉しくてしかたがないんです」
「そ・・・・・そう・・・あはは・・・」
実の親子であると発覚してから初めてのバレンタインだった
『母親から貰うチョコレート』という事で子供達の期待は天にも届く勢いのようだ
(まずいまずいまずい!どうしたら良いんだ??)
助けてルルーシュ!
スザクは執務室にいるであろうルルーシュに助けを求めた
そしてそのルルーシュはちょうど執務が一段落した所だった
「もうじきバレンタインですね、陛下」
今日はスザクが非番であった為、執務室にはルルーシュとジノの二人だけだった
そしてそのジノはルルーシュの前にお茶を出した
ルルーシュは小さく頷くとカップを手に取る
「そうだな。もうすぐだ」
「殿下方は今年はスザクにチョコレートを貰うんだと張り切っておいででした」
「スザクに・・・・ねぇ・・・」
クックッとルルーシュが笑うとジノもクスリと笑った
「アイツと俺の付き合いも長いが、これまで一度ももらった事がないんだがな」
「日本では女性から男性へ、ですものね」
「それどころかバレンタイン自体頭から消去されているんじゃないのか?」
「かもしれませんね」
ルルーシュとジノはクックッとここにはいない茶色い髪の青年の事を思い出し笑った
「それはそうと陛下」
「ん?」
「今年も『また』チョコレートフォンデュですか?」
ジノの言葉にルルーシュは数秒間考える
そして「あたりまえだ」と笑いながら答えた
星降るバレンタイン
****(八年前)****
「は?今夜・・・ですか?」
一日の執務を終え自室へと戻ろうとしていたスザクのもとへ先に帰ったルルーシュから連絡が入った
その内容は『夕食を一緒に食べないか』というものであった
『ああ。七時にダイニングに来てもらえるか?』
スザクは暫し考え込んだ
この頃のスザクはルルーシュに対し未だに距離を置いていた時期であり、出来る事なら執務以外で顔を合わせたくなかった
しかしそんなスザクの望みは会いたくないルルーシュによって打ち砕かれていた
ルルーシュによって無理矢理自室を彼の隣室にされ、また無理矢理彼の夜の相手をさせられている
最近ではこの二人の関係が噂として影で囁かれ始めており、スザクとしては迷惑この上ない状態だった
「・・・・了解しました」
会いたくない相手からの誘い
別に断っても良かったのだろうがこれという断る理由も思いつかなかったし、嘘をついて断っても結局自分の部屋は皇宮内にあるのだ
戻れば彼に捕まるか、どこかで時間を潰して戻った所で捕まるかのどちらかだろう
そう考えたスザクは大人しくルルーシュの誘いを受ける事にした
そんな事を考えていたとは思ってもいなかっただろうルルーシュはスザクの返答に微笑んで通信を切った
「・・・はぁ・・・今日はいつ頃解放されるかな」
ぽつりとスザクは呟いた
何が楽しいのかルルーシュは即位してからというもの、スザクだけを夜の相手としているようだった
まだ十代だから良いものの、皇帝であるのだから何れは後継者が必要だろう
さっさと誰かと結婚でもすれば良いのに。そうしたら自分は彼の相手をしなくて良い筈なのに
そして自分はぐっすりと睡眠を貪れるのに
ふぅ・・・とスザクはため息をはいた
今夜もルルーシュの相手をせねばならないのかと、ため息は非常に重かった
「あれ?これ何??」
重い気分を引き摺りながら自分の部屋へと戻ったスザクは、自分の机の上にピンク色の包みが置かれている事に気がついた
それを手にとって首を傾げる
「・・・誕生日・・・はまだ遠いし・・・クリスマスは過ぎちゃったし・・・」
なんだろうと思いつつ、添えられたメッセージカードを開いた
『枢木スザク様
愛しい従兄殿へ愛を込めて
皇神楽耶』
それは従妹の神楽耶からの物であった
愛を込めて?
スザクは意味が解らず、彼女が何を言っているのか理解出来ぬまま包みを開いた
取り合えず神楽耶が何かを自分にプレゼントしてくれた事だけは理解できたからだ
「チョコレート?」
中身はハート型をしたチョコレートであった
何故チョコレートを?と中身を見ても従妹の行動が理解出来ないスザクであったが、取り合えずこれは彼女の好意である事だけは理解し、神楽耶に感謝の手紙を書く事にした
ブリタニアから独立を許された日本に住む彼女とはもう長い間会っていない
一時は彼女が黒の騎士団側に加担した為に敵となっていたが、いまではこうして時折便りやプレゼントを送ってくる
神楽耶はスザクにとって唯一残された身内と言ってもよかった
そんな神楽耶への手紙を書き終えたスザクはちょうど頃合も良かった為、ルルーシュに指定されたダイニングへと向かった
途中で何人かの女官とすれ違う
彼女達はスザクに頭を下げて挨拶をする
そしてそれにスザクは答えて小さく頭を下げた
流石皇帝の住居である皇宮に勤める女官と言うべきか、彼女達はルルーシュとスザクの関係を知っていても口にはしない
またスザクに対して陰口や表立っての嫌味を言ったりもしない
それどころか寧ろスザクに好意的であった
望まない皇宮での生活だったがスザクはその全てを嫌ってはいなかった
「時間通りだな、スザク」
「遅れると君は酷く怒るからね。時間には正確になるよ」
執務中とは違い、スザクはルルーシュに敬語を使わない
それはルルーシュが望んだ事であったが、スザクもそれはありがたいと思っていた
「それにしても・・・」
「ん?なんだ?」
「いや、別に・・・」
ルルーシュに勧められるまま席についたスザクだったが、テーブルに乗せられた夕食であろうそれを見てつい呟いた
(ここでもチョコレート・・・か)
いったい今日はどうしたというのか
遠く離れて暮らす従妹はチョコレートを送りつけてくるし、目の前の男は夕飯だといってこんな物を用意させているし
スザクはルルーシュに気がつかれないように息を吐く
目の前に用意された夕食
察するに『チョコレートフォンデュ』であった
「夕飯にこれか?と思っているだろう?」
当たりだろう?とルルーシュは得意げな表情をする
それは当たっていたのだが、スザクはあえてそれを口にはしなかった
ただ苦笑して答えの代わりにした
「俺も普段ならこんなものを夕食にはしないが、今日だけ・・はな」
「今日だけ?」
「ああ・・・・・・解らないのか?」
「??」
「・・・・・・・・・・・いい・・・」
ルルーシュは疲れた というようにため息をはいたが、それがどういう意味であるのかスザクは確かめようとはしなかった
聞いても教えてくれそうにないと感じたからだ
最初はどうなのだと思っていたチョコレートフォンデュだったが、意外と食べれるものだとスザクは内心驚いていた
ルルーシュもそうだった様で、「今度はホワイトチョコでやってみたらどうだろうな?」と笑いながら訊ねてきた
こうして二人で夕食を共にする事はそれほど珍しくない
別にルルーシュがそうしろと命じたわけではなく、スザクもそうしてほしいと望んではいない
皇宮に務める女官達が判断し、こうして二人の食事がダイニングに用意されるのだ
用意されれば食べないわけにもいかない
顔を合わせたくないからと言って二度も食事の用意をさせるのも気の毒だ
スザクは自分に好意的な女官たちの事を想って大人しくルルーシュと一緒の食事を受け入れていた
「・・・・意外と夕飯としても有りだったが」
「しばらくはチョコレートは食べたくないね」
「全くだ」
食事の後、運ばれてきた珈琲を口にしながらクスクスと笑いあう
複雑な事情のある二人で、いまだに二人の間には溝があるものの、元々は友人同士
こうして何もなかったように笑いあう事もある
こういった穏やかな時間の中にある時、スザクはふと思う
何故自分達はあの頃のままにいられなかったのか
(あのまま戦争が起こらずにルルーシュとナナリーが枢木神社で暮らして、僕も父さんを手にかけていなかったら・・・)
何も起こらなかったとしたら・・・という自分達の現在の姿を想像しかかってスザクはそれを中断した
想像しても現実にはならないし、過去は変えられない
スザクが意識をルルーシュに戻すと彼は外を眺めていた
それに習い、スザクも外へと視線を移す
日はすっかり落ちて夜の闇が広がっていた
いつもどおりの景色
これといって何か変化があるようには思えない
一体何を見ているのかと再びルルーシュへと視線を戻そうとした時、スザクはルルーシュに手を握られた
「え?」
「外に・・・出ないか?」
そしてルルーシュはスザクの返事を聞く前に、スザクの手を引いて外へ出た
二月であるし先程まで温かい室内にいた為、外へ出た瞬間スザクは身を震わせた
「寒い」
「ほら、これでも被ってろ」
寒さに身を震わせるスザクに毛布を掛け、ルルーシュはコートを羽織った
自分だけずるい
とちゃっかりコートを用意していたルルーシュを恨めしく思いつつ、毛布で自分の体を包んだ
「・・・・ブリタニアの星空も捨てたもんじゃないな」
ルルーシュの言葉を聞きスザクは空を見上げる
空には星が輝いており、スザクはその光景を見て気がつく
自分はいつから星空を見上げていなかったのだろう
それほど自分には余裕がなかったのだと思い知らされた
「思い出さないか?こうして二人で夜空を見上げた事」
「・・・ナナリーを起こさないようにこっそり抜け出して、二人で毛布に包まって・・・」
「そうだ。そして俺があの星やこの星が地球からどれだけ離れているかと説明したら、お前は夜中だというのに大声を出して驚いてたっけ」
「それで大人達に見つかって二人して怒られたんだよね」
それは懐かしい思い出
決して戻る事出来ない過去の自分達
「・・・・今日だけは・・・戻らないか?」
「え?」
「怨みも憎しみも忘れて、ただのルルーシュとスザクに」
あの頃の自分達に戻って空を見上げて話をしよう
そんなルルーシュの言葉にスザクは自然と頷いていた
****
「//////」
スザクは八年前のバレンタインの事を思い出し顔を真っ赤に染めた
子供達に何を作れば良いのかと悩みながらお菓子の本を見ている時に『チョコレートフォンデュ』のページがあったからである
子供の頃の自分達に戻って話をしよう
そう言ったルルーシュに従い、スザクは彼ともに芝生の上に座り込んで肩を並べて話を始めた
小さな頃の話や、アッシュフォードでの思い出
様々な話をして楽しく過ごしていたにも拘らず、最終的にはスザクはルルーシュに組み敷かれてしまった
事に及んだ場所が外であった事
巡回の警備兵もいるし、女官達もウロウロしている時間帯である
スザクは一応激しく拒否した
しかしルルーシュが聞く筈がなく、あっけなくスザクはルルーシュに頂かれてしまったのだ
その際、いつもと違う状況であったからなのだろうが、スザクもいつもよりは興奮してしまったようだった
それ以来スザクは『絶対に外でなんてするものか』と抵抗し、ルルーシュは『外のほうが燃えるんだろう?』とからかう
その事を思い出したのだった
そしてもうひとつ思い出したことがある
それはチョコレートフォンデュの事だ
あの日出されたチョコレートフォンデュは、その翌年にも同じ日に用意された
そしてその次の年にも
そんな事が数年続けばいくらスザクでもおかしいと思いだす
こうしてアレクシスが生まれた後のバレンタインデーにスザクはルルーシュにやっと訊ねた
『なぜ毎年この日の夕食がこれなのか』という質問にルルーシュはあっさりと『バレンタインだからな』と答えた
そしてスザクは知った。
毎年食べてきたチョコレートフォンデュは女官の用意した夕飯などではなく、ルルーシュが作ったバレンタインの贈り物だったのだ と
「・・・・・チョコレートフォンデュにしようかな・・・・」
あの日、二人で過ごしたあの時間はスザクにとって良い思い出になっている
その後にあった事はさておき、それは事実だ
ひょっとするとルルーシュと自分の距離が近づいたのはあの時だったかもしれない
そして二人の距離が縮まり、想いを一つにした結果が子供たちなのだ
なら
「うん。チョコレートフォンデュにしよう」
バレンタインのディナーはチョコレートフォンデュ
そしてその後は皆で星空を見よう
皇帝も騎士も忘れて
ただのルルーシュとスザクに戻って
大切な大切な子供達と共に
終