お酒は程ほどに
「てめぇ・・・なんで現世にいやがる」
一護と共に浦原商店に呼び出された冬獅郎は、暢気に浦原とお茶を啜っていた金髪の美女を忌々しげににらみつけた
「やだ、隊長
その顔可愛くないですよ」
美女・・・松本は冬獅郎の怒りなど気にした様子も無く、ぐいぐいと上司の眉間の皺を伸ばすようにさすった
「止めろ!
ってか、松本!何故ここに居る?仕事はどうした!?」
再度、冬獅郎は松本に問いただした
すると彼女はきょとんとした後、ニッコリと笑った
檜佐木辺りならば見惚れたであろう微笑だった
「そんなの隊長の任務完了祝いに決まってるじゃないですかVv」
「は?」
「ですから、お・い・わ・いv」
パチリと松本がウィンクしたと同時に、奥の部屋から恋次とルキアが顔を出した
「・・・・お前らまで・・・」
「どーも」
「失礼いたします」
副隊長が二人に隊士が一人
暢気に現世に出向いてくるなんて・・・
尸魂界は平和なようだ と安心した反面
呆れた
(特に・・・・)
「ってかお前、俺がいねぇのに隊を離れてんじゃねぇよ」
「あぁ、大丈夫ですよ
うちのコ達は皆優秀ですから」
「それを今更俺に言うか?」
言われなくとも十番隊の隊員がどれだけ優秀か
隊長である自分がよく解っている
ふぅ・・・と冬獅郎はため息をはいた
そして自分はこの副官の事もよく解っている
今更帰れと言っても大人しく買えるわけがない
こうなった以上、さっさとそのお祝いとやらを済ましてもらうしかない
上司がやっと腹を決めてくれた事を察した松本は
ニコニコを笑っていた
彼女も隊長の事をよく解っているのだ
(一応は怒るんだけど、最後は許してくれるのよね〜)
結局は松本の思惑通りになってしまった事に少し腹を立てつつ
部下に甘い自分に反省した
「・・・馬鹿野郎が・・・」
それは誰に対しての言葉だったのか
「資金は総隊長からですから、じゃんじゃん買っちゃいましょうVV」
冬獅郎の任務完了のお祝い と言いつつ
実際はお前が飲みたかっただけなんじゃねぇの?
と聞きたくなるほど、松本は次々と酒を籠に入れていく
先程、松本が言ったように総隊長から『日番谷を労わっておいてくれ』と現金を貰っていたらしい
それは、忙しい中現世出張させた挙句
目標の虚が冬獅郎が出るまででもないほど小物であった事
後、純粋に孫可愛さからの行動だったのだが
冬獅郎よりも松本を労わる事になりそうだ
「あ、乱菊さん
コレも入れといてもらっていいっすか?」
「はいはい」
買出し班は松本と一護と冬獅郎
松本一人に行かせたら帰ってこないだろう
と心配した冬獅郎がついて行き
何となく一護が冬獅郎についてきた
しかし、ついて来るんじゃなかったかも
と冬獅郎は後悔していた
一体どれだけ貰ってきたのかは知らないが
端から順に籠に入れていく様は
店員じゃなくても心配になる
本当に買えるんですか?と
「隊長はどれにします?」
「・・・あぁ・・・コレなんかどう「お前は酒禁止!」」
冬獅郎が桃味のチューハイを手に取った瞬間
奪い取られ、棚に戻された
一護だ
「アルコールに弱いんだから、飲むんじゃねぇって言ってるだろ?」
「・・・ぅ・・・」
「う、じゃねぇの!
ほら、ジュース選んで来い」
ほらほら と酒コーナーから追い出された冬獅郎は
ソフトドリンクコーナーでウーロン茶とコーラーを選んだ
「相変わらずラブラブですねぇ」
「!だ・・誰が!!」
「言ってほしいんですか?」
抱えきれないほどのおつまみの袋を持った松本が
ウーロン茶とコーラーを抱えた冬獅郎に話しかける
「でも、まだオトナの関係ではなさそうですねぇ」
その松本の言葉を
オトナの関係ではない=コドモ
と取った冬獅郎は「・・・勉強中だ」と答えた
「勉強中?」
「ああ、一護に教えてもらってる」
だから自分は子供じゃない
と訴えた
そんな日番谷を見て、松本はクスクスと笑った
「それで良いんですよ」
「あ?」
「一護なら隊長に合わせてくれるって解ってたから
ああ言いなさいって言ったんです」
ああ言いなさい とは
『俺をオトナにして』という言葉の事
冬獅郎と一護が恋人同士である以上
いつかは身体の関係を持つ日が来る
子供である冬獅郎と違い、一護はそうなりたいと特に思っているはずだ
ずっと側にいた
大切な大切な小さな上司
その彼を黒崎一護は傷つけるような真似をしないだろうか
無理強いしないだろうか
松本はちゃんと見てきた
そして出した結論
一護は冬獅郎を傷つけない
冬獅郎がちゃんと理解し、そうなりたいと望む日まで
教え、そして
待ってくれるだろう
「一護はちゃんとアナタを待っててくれてますよ」
「・・・言ってる意味がわかんねぇ」
「少しずつオトナになってくださいねって事です」
「良く解らんが・・・おう、と言えば良いのか?」
「はい」
「あら、一護は何処に行ったのかしら?」
二人は一護が待っているであろう場所に着いた
しかし、一護の姿が無い
「あそこだ、松本」
冬獅郎の指差した方向に一護の後姿があった
丁度棚の陰に隠れていたせいで見えなかったのだ
何をしているんだろう
そう思いつつ冬獅郎は一護に近づいた
「意外だったなぁ、お前がここでバイトしてるなんて」
「そう?時給良いんだよ、ココ」
一護は誰かと会話しているようだった
そんな必要も無いのに
冬獅郎は気配を消して近づく
松本も面白がって同じように近づいた
「久しぶりだよなぁ、卒業式以来だっけ?」
「高校は別になったもんね」
知り合いか
無意識にほっと息をはく
(隊長、ほっとした?)
(なっ!俺は!・・・別に・・・)
(一護とあの子の関係が気になったんでしょ?)
(そんなん・・・じゃ・・・)
(中学の同級生ってトコですねぇ)
乱菊の予想通り、二人の話は中学時代のものになっていた
自分の知らない(今も良く知っているとは言い難いが・・・)
中学時代の一護を語られて、冬獅郎は心にもやもやとしたものが広がるのを感じた
「ねぇ・・・・知ってた?」
「あん?」
「私、一護の事好きだったんだよ」
(!)
(あら〜)
冬獅郎の頭の中が一瞬真っ白になる
松本は面白がっており
一護も驚いているようだった
「・・・・知らなかった」
「だろうね、隠してたもん」
二人はニコニコしながら話を続けていた
そんな二人を見ながら冬獅郎は不安でいっぱいだった
(もし、一護があのコの思いを受け入れたらどうしよう)
「でも、それは昔の話 だよな?」
「勿論
だって彼氏いるもん」
「俺も・・・何より大切な奴がいる」
「・・・そっか」
「ああ」
結局、二人は『昔の思い出の一つ』として片付けてしまったようだ
冬獅郎はこのままそこ居たくなくて
ふらりと離れた
その後を松本が追う
「隊長、どうしたんです?」
「・・・なんでもねぇよ」
振り向かず、冬獅郎は低い声で答えた
「もしかしてさっきの会話の事ですか?
あのコには彼氏がいるって言ってたじゃないですか
それに一護だって『大切な奴がいる』って
あれって隊長の「なんでもねぇっていってるだろ!」」
私に八つ当たりしないでくださいよ〜とブツブツいう松本を置いて
冬獅郎は先程追い出された酒コーナーへ向かった
年齢はすっかりじぃさんだが
外見は小学一年生
そんな冬獅郎が虚も裸足で逃げ出すような目つきでお酒を選んでいる
出来ることなら関わりたくないが
声をかけない訳にもいかない
店員は覚悟を決めた
「あのぅ、お父さんかお母さんはどこ行ったのかなぁ?」
未成年にはお酒は売りませんと表示してある以上
例え大人が飲むのであったとしても、子供に販売するわけにはいかない
やんわりとそう説明した
「死にたくなかったら、何も言うな!」
しかし、そんな事が不機嫌な冬獅郎に通じるわけが無く
店員は涙を流していた
「たいちょ、人間を怖がらせちゃ駄目ですよ〜」
「・・・・」
たいちょ?人間?
何を言っているのか解らないが、どうやら知り合いのようだ
助かった と店員は逃げるようにしてその場を離れた
「お酒、駄目だって一護に言われてませんでしたっけ?」
「記憶に無い」
さらりとそう言った冬獅郎はアルコール度数の高いワインを一本松本に手渡した
そして「帰る」と一言言い残し
店を出て行った
「記憶に無いわけないでしょ
天才児なんだから・・・」
「でわ、日番谷隊長 任務ご苦労様でした!
かんぱーい」
「「「「かんぱーい」」」」
冬獅郎を覗く全員が声を併せて乾杯をする
冬獅郎はチビチビとコーラーを飲んでいた
「・・・よぉ?」
「・・・・・」
「冬獅郎?」
「・・・・」
何度このやり取りをしただろう
一護はがくっと肩を落とした
冬獅郎達と買出しの途中
中学時代の同級生と久しぶりに再会した
懐かしくてついつい話し込んでしまっていた
相手が仲間の店員に呼ばれた所で話は終了し
松本の所へと向かうと冬獅郎の姿は無く
どうしたのかと尋ねれば
『先に帰った』と言われた
調子でも悪くなったのか?と心配し、急いで帰ってみれば
隠すことなく不機嫌な様子
何もした覚えは勿論ない
ジュース買って来い と行かせた時まではこんな状態ではなかった
だとしたらその時から「帰る」と言い出すまでの間
事情を知ってそうな松本も、苦笑いを浮かべるだけで何も教えてくれない
そして冬獅郎はひたすら一護を無視し続けている
「「「・・・・」」」
恋次もルキアもこの空気はすでに読み取っていた
このままでは折角のお酒が不味くなってしまう
二人は目で会話をし、松本に振り返った
「・・・・はぁ・・・」
松本はため息をはいた
(しょうがないわねぇ)
「ねぇ、一護」
「は・・はい?」
意識を冬獅郎に集中していた一護は
松本に話しかけられて少しビックリしたようだ
「アンタ、今日、告白されてたでしょ」
「え?あ「「ええ!告白!!?」」」
「・・・・(ムカッ!)」
恋次とルキアはビックリして大声をあげ
一護は何だ見ていたのか と頷いた
「可愛い子だったじゃない
つきあっちゃえば?」
「何いってんすか
アイツには彼氏がちゃんといるし
俺にだって」
チラっと冬獅郎に眼をやると俯いてしまっている
この時「もしかして」と一護は冬獅郎の不機嫌の理由に思い立った
「でも、相手は女の子よ
恋愛相手としては自然じゃない?」
一護には松本の真意がつかめなかった
このままでは更に冬獅郎を不機嫌にしてしまう
「乱菊さ 」
一護が松本を止めようとした時
すくっと冬獅郎が立ち上がった
「と・・・冬獅郎?」
「日番谷・・・隊長?」
一護たちが声をかけるがそれを無視し冬獅郎はキッチンへと向かった
「アハハハ!」
「ちょ・・・乱菊さん!」
「あれじゃ冬獅郎がますます不機嫌になるじゃないですか!」
一護たちが抗議しているとそこへ冬獅郎が帰ってきた
その手には一本のビン
「とうし・・・ってまさか、お前!?」
そのビンの中身が何であるか
一護は一瞬で理解した
あわてて駆け寄ろうとすると冬獅郎がビンを投げつけてくる
「ぅお!」
「危ねぇ!」
ひょいっとよける一護と(その近くにいた)恋次
「冬獅郎!危ないだろ!」
一護が一言怒ると冬獅郎が勢い良く顔をあげた
その顔は真っ赤で「やっぱり飲んじまったか」と一護にため息をはかせた
そして
「いちごのばかぁ!!」
「え?」
いちごのばか と叫びながら冬獅郎は一護の胸に飛び込んだ
「冬獅郎?」
一護は小さな身体をそっと抱きしめる
「いちごはおれのなの!
いちごはおれをすきでいなくちゃいやなの!
いちごはおれといっしょじゃなきゃいやなの!」
怒鳴りながらも嗚咽が混じってくる
「・・・ひっく・・・だれにも・・・いちごをあげない
わたさないの・・・ぅえっく・・・・」
「いやなの・・・・こわいの・・・
ふぇっ・・・・」
とうとう泣き出した冬獅郎の髪に一護はキスをすると
その身体を抱き上げて二階へと向かった
残された者達は呆気に取られた後
ぷっと吹き出した
「可愛い!可愛いすぎ、隊長!」
「初めて見たぜ、あの人のあんな姿」
「一護には勿体無いです」
「ひっく・・・・ひっく・・・」
「大丈夫・・・俺は冬獅郎のモノだ」
一護は冬獅郎を抱っこして背中を優しく叩く
それは、幼子をあやす時にするのと同じであるが
今の冬獅郎にならしても大丈夫だろう
「どうして泣くんだ?何がそんなに怖いんだ?」
「うぇ・・・いちご・・・」
「ああ・・・俺だよ」
一護が話しかけると「いちご」と名前を呼んでくれるのだが
しがみついて離れようとしない
もう少し落ち着かせてからかな と冬獅郎をあやし続ける
「いちご・・・」
「ん?」
名を呼んだその声が眠そうだ
酒の力もあってだろうか
このまま寝てしまうかもしれない
冬獅郎と話をしたかったが、無理かもしれない
そう思っていると冬獅郎が「あのね」と話し始めた
「こわかったの・・・いちごがあのこのきもちをうけいれたらって」
「うん」
「おれはおとこで・・・尸魂界にすんでて・・・・いちごとまいにちあえない」
「そうだな」
「いちごやまつもという、おとなのれんあいもわからないの」
「誰でも最初はそうだよ・・・俺もよくわからねぇし」
「いつか・・・いちごに・・・・さようならをいわれるひがくるかも・・・」
「そうおもったら・・・こわかったの」
ぎゅっと一護にしがみつく冬獅郎
そんな日は来ない
自分には冬獅郎だけだ という意味を込めて一護はその身体を抱きしめる
「そしたら・・・あのこがきらいになったの」
「・・・」
「こころのなかにいっぱいもやもやができたの・・・
いやだった・・・」
「・・・そうか・・・」
冬獅郎は一護の中学時代の同級生に嫉妬した
自分の知らない一護を知っている
彼女は女性で一護と同じくらいの年齢
きっと一護の恋人だと言えば、皆が納得するだろう
そして、同じ現世の人間
一護と同じ世界で生きる事が出来
一護と同じ時間で老いていく事が出来る
彼女は一護と共に歩いていける
自分は歩いていけない・・・
『お前なんか嫌い!
一護と話さないで!
一護に笑いかけないで!』
『お前なんか虚に襲われても助けてあげない!!』
(え!?)
最後に思ったことに冬獅郎はショックを受けた
まさかこんな事を考えるなんて
死神で
隊長である自分が・・・
このまま二人を見ていたらきっと自分はもっと嫌な自分になってしまう
醜くなってしまう
だから急いでその場を離れた
「・・・・こんなじぶんは・・・いや・・・
だけど、いちごとさようならするのは・・・・もっといや」
一護はそっと冬獅郎の髪にキスをする
「俺も・・・冬獅郎がいろんな人と一緒にいるだけでもやもやする
冬獅郎にさようならを言われる日がくるかもって思うと・・・怖いよ」
「・・・いちごも?」
「ああ・・・」
冬獅郎は気がついていないが
かなりモテる
老若男女問わず だ
だからきっと
冬獅郎が誰かに嫉妬するより
一護が誰かに嫉妬している回数の方が多い
実は必死なのだ
ずっと冬獅郎に好きでいてもらえる自分でいよう と
見詰め合って、二人で笑う
「・・・おんなじだね」
「ああ、同じだよ」
「・・・よか・・・た・・・」
安心したのか冬獅郎はすぅっと眠りについた
その顔は穏やかで一護は優しく微笑んで見守った
冬獅郎が嫉妬してくれて・・・一護はとても喜んだ
『誰にも一護は渡さない』
それは、冬獅郎にとって一護は『失いたくない大切な存在』だと認識されている事
「愛してるよ、冬獅郎」
一護は、眠る冬獅郎の柔らかそうな銀の髪に口付けをおとした
しかし・・・
「酒は禁止だっていったよなぁ?」
「・・・・(汗)」
「しかもワイン一本一気に飲みやがって」
「・・・・(滝汗)」
「ごめんなさいは?冬獅郎君?」
「ごえんやひゃい〜(涙)」
翌朝
言いつけを破ってお酒を飲んでしまった事に対するおしおき
(両頬をつねられる)
されている十番隊長がいたそうな・・・
終