「いっちごぉおおおおお!」

自室のドアを開けると小さな影が一護を襲撃した(笑)










抑えきれない!!











通常であれば難なく受け止められる筈のその襲撃者を、一護は受け止めきれずにそのまま背中から床に倒れこんだ
ごん!!
という盛大な音付きで・・・

「いっ・・・・・てぇぇぇえええええええ!」
「あははははははは」
「笑ってんじゃねぇ!!」

小さな襲撃者は一護の痛がる様を見て腹を抱えて笑う
一体誰のせいだ?と一護は後頭部を擦りながら怒鳴りつけた。だが、怒鳴られた本人は全く気にならないようで、どんどんと床を叩いて笑い転げていた
一護はじろりと襲撃者・日番谷冬獅郎を睨みつける
一方の冬獅郎は、もう駄目 と涙を流して笑い続けていた

冬獅郎がおかしい・・・
一護は頭痛を覚えた

十番隊隊長の日番谷冬獅郎といえば、冷静に物事を見渡せる高い見識を持った常識人。職務態度、真面目。性格、クール。などが挙げられる
恋人である一護の前では全くの別人であるが、それでも決してこんな風に笑い転げるタイプではなかった
それなのにこの状態
考えられることはただ一つ

「お前・・・酒飲んでるだろっっ!!!」

致命的に弱いアルコールを摂取しているに違いなかった





「ほら、ごめんなさいは?」
「ふぇっ・・・」

一護に頬をぎゅーーーーーーっと引っ張られた冬獅郎は目に涙を浮かべて「ごめんなさい」と謝る

「あぁ?聞こえねぇよ」
「ごめんなさぁい」
「・・・何度目だそのセリフ・・・」
「もうしないから」

その言葉も何度も聞いてる と半ば呆れながら一護は手を放した。真っ赤になった頬を擦りながら冬獅郎は一護の胸に飛び込んだ
ごめんねぇ とすりすりと頬を寄せる冬獅郎に、甘いな・・・と思いつつ一護は冬獅郎を赦した
これも惚れた弱みだろう

「で、なんでこっちに来たんだよ?」

先ほど挙げたように冬獅郎は基本真面目人間である。誰かを訪問する際は必ず連絡を入れてから訪ねる性格だ
勿論それは一護の所だろうと同じ事。最低でも前日までに遊びに行っても良いかという連絡をいれる
今回はそれが無かった。つまり突発的な行動の結果なのだ

「えっとね、一護に聞きたい事があってきたの」
「聞きたい事?」

うん と冬獅郎は勢いよく頷く
こういう所は子供だよなぁ と頭の片隅で思いながら、一護は冬獅郎の話を聞く事にした




****


「ほんっと、男って嫌よねぇ」

それは一番隊舎から十番隊舎への帰り道
八番隊前で京楽と別れ、浮竹と雑談をしながら九番隊舎前を通りかかった時に聞こえてきた

「ねぇ、イヤラシイったらないわ」

盗み聞きのようで嫌だったが、自然と聞こえてくる大きさの会話であった為、なんとなく聞いてしまった

「これは男の聖書なんだ!とか精神衛生上必要なもんだ!とか、本当に呆れちゃうわ」
「モテナイ男の愛読書の間違いじゃない?って感じよね」

冬獅郎の頭に「??」が無数に浮かんだ
精神衛生上に必要なもの?男の聖書?
一体何の話なのだろう
隣の浮竹もその会話が聞こえていたようで「あぁ」と何処か納得したような表情を浮かべていた

「浮竹」
「ん?」
「男の聖書ってどんなものなんだ?」

聖書とは、現世で信仰されている宗教の経典の事ではなかっただろうか
昔、書庫で経典の内容を解説してあった本を見た事がある
だがそれには男女で聖書が分かれているなどとは書かれていなかった
まだまだ自分の知らない事がいっぱいあるんだな と感心しつつ、とりあえずどんなものなのか浮竹に訊ねてみたのだ

「・・・・・冬獅郎はまだ知らなくて良い物だ」

冬獅郎の質問からたっぷり五十二秒
暑いのか調子が悪いのか、汗を大量に流し始めた浮竹が口にした言葉はこれだけだった

「・・・まだ?・・・じゃあ、いつになったら知っても良いんだ?」
「あー・・・・そうだなぁ」
「浮竹は知ってるのか?」
「まぁ・・・発病する前はそれなりにお世話になった・・・って冬獅郎っ」

顔を真っ赤にして怒る浮竹に冬獅郎は首を傾げる
何故そんなに怒るのか
宗教の本なのではないのか

「浮竹?」
「あ!ほら冬獅郎、十番隊舎だぞ」
「あ、ああ・・・つか、俺の質問に「乱菊君も待ってる。急いで帰らないとな、うん」

早く行けと言わんばかりに背を押された冬獅郎は、なんとなく浮竹がこれ以上この話をしたくないのだという事を察し大人しく十番隊舎へと帰った
話したくない事なら無理に聞きだすつもりはない
いくら知りたい欲求があったとしても無理強いはいけない。その辺は解っているのだ

無理矢理駄々を捏ねて聞き出すのは子供のすること
冬獅郎はそう自分に言い聞かせて納得させた


「だがどうしても知りたいんだ。だから吐け!阿散井、吉良」
「なんで俺たちなんスか?」

だんっと両者の前に酒瓶を置いた冬獅郎は二人の顔を交互に見つめる
他者に聞く前に自分で調べるべきだ と冬獅郎は蔵書室で徹底的に調べた
だが、やはり聖書とは男女共通の宗教の経典であり、『男の聖書』等という書物は何処にも存在しなかったのである
困った冬獅郎は浮竹以外に訊ねようと考えた
初めに浮竹と同期の京楽
だが、冬獅郎は思い出す。『男の聖書』について質問した時の浮竹の反応を・・・
それを踏まえた上で冬獅郎は京楽を諦めた
万が一冬獅郎が他者にこの話の事を聞けば、なんらかのやり取りの中で浮竹が過去に『男の聖書』に関わっていた事を知られてしまうかもしれない
そしてそれが浮竹にとってもの凄い恥ずべき事であったなら・・
それはやってはならない事だと冬獅郎は判断した

(自己中心的に動くのは子供のすることだ。だが俺は違う。俺はオトナ、オトナ)

うん と冬獅郎はもう一度自分を納得させた


だがどうしても知りたい
知らないことは知っておきたくなるのが人というもの



「だから教えろ」
「顔が怖いですよ、日番谷隊長」
「元からだ。無駄口叩く前に教えろ吉良」

知りたくて知りたくてどうしようもなかったらしい
冬獅郎の機嫌は最悪に悪かった
(ほとんど八つ当たりのようなものであったが・・・)

「ってか、『聖書』ってあれだろ?」
「うん。あれだよね」
「・・・お前、持ってる?」
「そりゃ・・まぁね」
「だよな」
「だよねぇ」

恋次と吉良はなにやら二人だけで解る会話を始めた
後でどんなのを持っているのか見せ合いっこしようと約束までしてしまう
その会話を冬獅郎はイライラしながら聞いていた

「だから!それが何なのか聞いてんだっつってんだろう!?」
「た・・隊長、声が大きいですよ」
「こんな話居酒屋じゃできねぇッスよ」

だったらどこで出来るんだよ と冬獅郎はふーっふーっと肩で息をする

「まぁ、とにかく落ち着いて」
「そうですよ。水でも貰いませんか?」

まぁまぁ と冬獅郎を落ち着かせ、吉良は水を貰いに席を立つ
恋次は「はぁ」とため息を吐いた



「日番谷隊長」
「?」

漸く落ち着いた冬獅郎の元へ一人の死神が近寄ってきた
その人物に冬獅郎も恋次も見覚えがあった。五番隊に所属する隊員だった

「日番谷隊長、阿散井副隊長、お疲れ様です」
「・・・ああ」
「おう」

にこにこと人当たりの良さそうな笑顔で挨拶する隊員を見つめながら二人とも首を傾げた
確かにこの死神を見たことはある
だが自分達は隊長格、彼はやっと席次につけたばかりの下位の死神
すれ違ったことはあっても会話等した事がなかった

「・・・何か用か?」
「あ・・・すみません、お邪魔しましたか?」

五番隊隊員はすぐに消えますから と申し訳なさそうに頭を下げながら冬獅郎にある物を渡した

「?なんだこれは?」
「現世で流行っている『背を伸ばすクスリ』ですよ」
「!?」

背を伸ばす
この言葉に冬獅郎は反応する

「実際ウチの隊でも何人か飲んだ奴がいて、本当に伸びてたので隊長にお知らせしようと」
「・・・・本当に伸びたのか?」

本当に伸びた という言葉に冬獅郎の心は奪われる。恋次の「インチキですよ」という言葉は全く耳に入ってなかった

「いつも日番谷隊長には五番隊を助けてもらってます。これはそのお礼です」
「お前・・・良い奴だな」
「いいえ。感謝の気持ちですよ」
「ありがとう」
「日番谷隊長」

ぎゅっ と硬く握手している二人を見て恋次はため息を吐く
背を伸ばす薬
インチキに決まっているのだ


「そんなモン、本当に試す気ですか?」
「伸びたってアイツは言ってたじゃないか」
「それはただタイミングが良かっただけなんじゃ・・・」
「成長期が来たら自然と大きくなれます・・・ってアンタ!」

五番隊隊員が去った後、止めろと何度も恋次が忠告するが冬獅郎は全くその薬を放そうとしなかった
戻った吉良も呆れて止める様に言っていたのだが、冬獅郎はさっと一粒飲み込んでしまう

「あ、何錠飲めば良いのか聞かなかったな」
「何してんスか?」

さっと恋次が薬のビンを奪い取る
冬獅郎は文句を言っていたが、怪しげな薬を飲むのを指を咥えて見ていたと後で乱菊や一護に責められるのは御免だ

「阿散井!」
「駄目ですって」

後で一護に怒られても知りませんからね と恋次に忠告され、冬獅郎は動きを止めた

「・・・?隊長?」
「一護 か」

なぁ と冬獅郎は何か思いついたようにニヤリと笑った

「一護は『男の聖書』について知ってると思うか?」
「「え?」」
「知ってるよな?」

そりゃ一護だって男なんだから・・・と二人が現世の死神代行を思い浮かべる
二人が答えを返す前に冬獅郎は「だよな〜」と楽しげに言うといそいそと帰り支度を始めた

「た・・隊長?」
「お前らさんきゅ、な」

代金は払っとくから と冬獅郎は瞬歩で二人の前から消える
残された二人は呆然としながら冬獅郎の座っていた椅子を見つめた

「なんだったんだ?」
「隊長の様子が・・・・・ああ!阿散井君!!」

最初と変わってしまった冬獅郎の様子に二人が困惑していると、吉良がある物を見つける
それは吉良が貰ってきた水の入った湯のみ

先ほど冬獅郎が薬を飲むときに一緒に飲んだものはこれだと思っていた
しかし湯飲みの中の水位は全く変わっていない
変わったのは恋次が使っていた方
そちらに注がれていたのは・・・

「「酒」」

あー!!という悲鳴にも似た叫びが瀞霊廷に響き渡った





****


「と、言う訳で一護に男の聖書について聞きに来たー」
「・・・そうか・・・」

ぽんぽん と銀色の頭を優しく叩きながら一護はため息を吐く
知りたい欲求は結構な事だが、内容が内容だ
恥ずかしくて教える何処ろの騒ぎではない

「ねぇねぇ、一護ももってる?」

なのに、この酔っ払いの恋人はそんな事お構い無しだ

「・・・まぁ・・・な」

ない と嘘のひとつでも言えば良いのだろうが、全開の笑顔を前に嘘などつける筈がない
一護は言ってしまった後で激しく後悔しながら、冬獅郎から一歩後ずさる

「見せてっ」
「見せてって・・・見せられるか!」
「駄目なの?」
「駄目っつーか・・・」
「俺、見たい!欲しい!」

逃げる一護を冬獅郎が追いかける
ねぇねぇ と冬獅郎は一護を壁まで追い詰めた

「一護っ」
「なんでそんなに見たいんだよ?」

知らないから知りたいのだろうが、どうしてここまで拘るのか
一護の問いに冬獅郎は頬を膨らませて話す

「だって、『男』のでしょ?」
「ああ」
「『男の子』のじゃないでしょ」
「まぁ・・・そうだな」

子供には必要のないものだ
一護くらいか一護より少し歳下くらいの、思春期の少年から必要なものだろう

「それって『オトナ』ってことじゃないの?」
「・・・」
「『オトナ』になるのに必要なものじゃないの?」

がくり と一護は脱力する
早くオトナになりたいと切望するこの小さな恋人は、『男の』という言葉から、それが大人の男性に必要なものだと理解し、どうしても手に入れたかったらしい
手に入れるのはそれがどんなものか知る必要があったし、どのような外見的特徴があるのか見ておく必要があった
その為に恋次や吉良、一護に聞いてまわっているのだ

「ねぇ一護、俺に見せて」
「・・・冬獅郎」
「お願い」

うるうる と目を潤ませた冬獅郎の破壊力は半端なかった
あー!もう!!と一護はクローゼットを開ける
半ばやけくその様に持っていた『男の聖書』を冬獅郎の前へ放り投げた
そして、さささっ と壁に張り付いた。いくら恋人でも自分のオカズにしていた物を他人に見られるのはなんだか照れる
そんな一護の動きを冬獅郎はきょとん とした表情で見た後、嬉しそうに数冊の本を手に取った

「言っとくけど」
「?」
「そんなに使ってないからな!」
「何に?」

うっ・・・と一護は言葉に詰まる
何に?と問われても素で答えられるはずがない。それに言った所で冬獅郎にはまだそういった生理現象もないだろうから、理解出来ない筈だ
一護が「あー・・・うー・・・」と困っている間に冬獅郎は本のページを捲る

「・・・・・」
「・・・どうだ?」
「・・・・・・・・・」
「冬獅郎?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

ぱたん と冬獅郎は丁寧に本を閉じると、難しそうな表情で一護に向き直った

「・・・・冬獅郎?」
「なんで女の人の裸が載ってるの?」

オトナの男の本じゃ無かったのか?冬獅郎は明らかに落胆の表情をとった
何が書いてあるんだろう?
何か大人になる方法が書いてあるんだろうか
わくわくしていた冬獅郎の期待は見事に打ち砕かれた
はぁ・・・と一気に暗くなった冬獅郎に、一護はかける言葉が無い

「オトナの男の人はこれを何に使ってるの?」
「ゲッ!」
「一護は何に使ってたの?」

一番聞いて欲しくない事を聞かれた
先ほど一護が「使ってない」と行った時は、冬獅郎の意識が殆んど本へ向かっていた為にそれほど重要視されていなかった
だが今度は違う
この『男の聖書』を大人の男は何に使っていたのか。それに疑問を抱いてしまった

「ねぇ一護」

一護は目の前の冬獅郎が悪魔に見えた
にっこりと笑いながら冬獅郎は四つん這いになってにじり寄ってくる

「ね、いちご」

恋人が

「何に使ってたの?」

ほんのり頬を桜色の染めて(酒のせい)

「教えて」

甘い声で囁く(酒のせいで滑舌が悪くなっている)

「ねぇ・・一護」


こんな状況で紳士的でいられるか!!



「冬獅郎ぅ!」
「ぅわ!?」

がばっと冬獅郎を抱きしめ、一護は冬獅郎の顔中に口付けをおとす
そして、薄く開いた唇を重ねするりと口内へ入り込んだ

「ん・・・んぅ・・」

冬獅郎が小さく声を漏らす。たったそれだけの事が一護を刺激する

「・・・冬獅郎・・・」
「んっ・・・い・・ちご?」

一護は冬獅郎の首筋へキスをする
ぴくり と冬獅郎が反応する
少し戸惑っているようだった。だが一護は構わず口付けを繰り返しながら冬獅郎の衣服へと手を忍ばせる

「あっ!」
「・・・冬獅郎・・・何に使うか・・・」

教えてやろうか?


◇◆


「・・・・・」

なんて言えるわけ無いだろう!!!
一護は冬獅郎を放り投げ、床に額をこすりつけて身悶えた
冬獅郎は「なぁにぃ?」と首を傾げた

「一護、使い方教えて」
「!!」
「教えてってば」
「・・・」

ねー と冬獅郎が近づいてくる
一護は今日ほど冬獅郎が子供であることを恨んだことは無かった

「いちごぉ」
「・・・・も・・・勘弁して」

にこっ と冬獅郎は輝くような笑顔で微笑む
ごくり と一護は唾を飲み込んだ

ああ・・・・誰かこの悪魔の歩みを止めてください

「ねv」

誰かこの俺の、今にも冬獅郎を押し倒したい気持ちをとめて下さい

「ねvいちごぉ」

「とぉしろおおおおお(泣)」

もう赦してぇぇ 


空座町に情けない悲鳴が響いた




◆◇




「おはよう冬獅郎」
「ん・・・おはよ、一護」

結局あのまま一護の部屋に冬獅郎は泊まった
慌てて帰ろうとしない事から今日は休日だったのだろう
一護は冬獅郎の手を引いて体を起こす。冬獅郎はニコニコ笑いながら一護の腕の中に飛び込んだ


「で、お前『男の聖書』はどうする?」

あれほどどんな物か知りたくて、一護の部屋まで来てしまうほど求めたモノ
本当は持ってほしくは無いが、本人が持ちたいと言うのなら仕方がない

「・・・」

冬獅郎は一護の顔を暫く見つめた後、頭を左右に振った

「いいのか?」
「だって俺には使い方が解んねぇし」

ほっと一護が胸を撫で下ろす
こちらの勝手な理想を押し付けて悪いが、出来る事ならこれからもずっと持って欲しくない
冬獅郎があんな物をオカズにしている姿なんて見た日には、きっと自分は地の底よりも深く沈んでしまうだろうから

なにはともあれ一安心
一護が肩の力を抜いていると、冬獅郎が思わぬ言葉を口にした

「でもいつか大人になったら使うかもしれないな」
「・・・は?」
「だから一護がちゃんと保管しててくれるか?」
「ほ保管?」
「お願いv」

こてん と首を傾げて愛らしい笑顔で微笑む冬獅郎
朝っぱらだというのに、どくん と体中の血が騒ぎ出す

「一護」

ああ・・・やっぱりこいつは悪魔だ

「いーちごv」

ああ・・・俺はいつまでコイツを押し倒さずにいられるだろうか



もう!抑えられない!!・・・?








小悪魔冬獅郎とそれに振り回された一護のお話
少しはオトナになれそうかと思いきや、ヘタレ一護のお陰でまだまだお子様のまま