日番谷が隊長となり一年が経った
史上最年少での隊長就任
各隊の隊長格や上位席官は日番谷の才能のからいって当然であり、不思議ではなかった
だが、下位席官や平隊士にしてみれば日番谷の存在は面白くなく、嫉みや中傷は日常茶飯事だった
今日はマズイかもしれない
日番谷は焦った
「おおおおおお大人しくしてろよ」
自分と共に十番隊の新副隊長となった松本は何処かの誰かのようなサボリ魔だった
その為、本来ならば定時に終わるはずの仕事が終わらず、残業となった。終わったのは深夜二時。明日は休日の為、このくらいの時間になっても問題はない
だが、問題はその帰り道
ただ自室に帰るのもつまらなかったので散歩でもしようと思ったのがいけなかったのか、人気のない修練場裏で襲われた
日番谷が襲われる事、それ自体は珍しい事ではない
霊術院生だった頃から日番谷は襲われていた
理由としては「生意気だ」「小さいくせに」と日番谷の才能に嫉妬しての事だった
上級生に絡まれる度、親友の草冠が助けに来てくれていたっけ・・と日番谷は過去の記憶を思い出す
懐かしいが辛い思い出
(って、過去の記憶を思い出してる場合じゃないな・・・)
現在の日番谷は地面に倒されていた。両手を抑えつけられ声を出せないように猿轡も噛まされ、霊圧も霊具で封じられてしまっていた
(こうなると通常の子供程度の力しか出ねぇ・・・悔しいところだが・・・)
日番谷を襲った男には見覚えがあった。確か九番隊の十四席だったはずだ
彼には嫌われてはいないと思っていた為、気づいた時には少々ショックをうけた
「ささ叫んでも無駄だからな」
「おい!早くしろよ!」
なんだ一人じゃなかったのか
と実に冷静に日番谷は数人の死神の気配を察知する
(こんなに大勢で・・・暇なんだな)
彼らは全員で五人いた
そのうちの四人が日番谷の手足を一本づつ押さえ込み、最初に日番谷を押し倒した男がそのまま日番谷に跨っていた
(・・・・あれ?おかしいな・・・?)
ここにきて、漸く日番谷はいつもと違う事態に陥っている事に気がつく
これまでならすぐに殴られたり蹴られたりしていたはず
なのに、彼らはそういった事は一切行わず、日番谷の衣服を緩めた
(????なんだ?何をする気なんだ?)
日番谷が訳がわからず少しばかりの恐怖感を抱いている間、彼らは「早くしろ」「後が詰まってんだよ」とか言っている
どうやら自分が今までに経験した事がない事態が起きようとしていることだけは理解できた。非常にまずい事が起きようとしている・・・と
「はぁいwそこまでや」
「「「「「「!?」」」」」」
突然聞こえてきた声
(この声は!)
日番谷は自由にならない身体を必死で動かした
彼らが聞こえてきた誰かの声に驚き、力を緩めていたお陰だろうか日番谷の拘束は解け、男達の下から這い出ることが出来た
「アカンなぁ・・・隊長さん襲ったらアカンよ?殺されても文句言えへんからねぇ」
「・・・い・・・市丸隊長」
男の一人が恐怖で震えた声で「彼」の名を呼ぶ
そして市丸がにっこりと笑うと蜘蛛の子を散らすように一気に逃げていってしまった
「・・・ぷはっ・・・あ〜苦しかった」
「危ない所やったねぇ」
日番谷は口の中に詰め込まれていた布を取り、深呼吸を繰り返した
振り返れば市丸がクスクスと笑っていた
「ああ、ありがとうな市丸」
「どういたしまして」
ぽんぽんっと羽織の汚れを叩き落としてやった市丸は「油断したらアカンよ」と注意する
すると日番谷は「そうだな」と頷いた
「ここ最近はこんな虐めはなかったから気を抜いていたようだ」
「そう・・・って、虐め?」
市丸は思わず聞きなおした
すると日番谷は「ああ」と頷いて、新手の嫌がらせともいうか?と市丸に逆に聞き返した
(虐めって・・・あれはどうみても強姦未遂やろ・・・)
押さえつけられ、衣服も乱されていた
彼らは日番谷に性的暴行を行おうとしていたのだ
(てっきり怖くて動けんのやとばっかり・・・)
日番谷が残業していたのに気がついていた市丸は、彼に夜食でも届けようと十番隊へと向かっていた
途中、日番谷の霊圧がぷっつりと途切れてしまったので慌てて途切れた場所に来て見るとあの光景
想いを寄せる日番谷が何者かに押し倒されていて、市丸は怒りで心がいっぱいになる
本当は殺してやりたかったが、刀を使えば彼が汚れる
市丸は理性を総動員して彼らに声をかけた
「・・・やのに、本人は理解してないし」
「あ?なんか言ったか?」
きゅっと服の乱れを直した日番谷が市丸に振り返る
市丸は頭を左右に振ってなんでもないと答えた
彼はまだ子供なのだ
性衝動すら起こらない・・・
(はぁ・・・乱菊に忠告しとこ)
「アンタ、隊長に気があるんじゃない?」
「・・・・・・・・・・・・・・なに言うてんの」
昨日の話を乱菊にすると、彼女の第一声はこれだった
「だって、アンタが誰かの事をこんなふうに気にかけるなんてなかった事だし」
それに・・・と乱菊は日番谷と市丸が頻繁に顔を合わせ、日番谷の修行に昔から付き合っていた事を話した。日番谷と毎日会話する中で彼から聞いたのだという
「・・・天才児やって言われとったからどれだけ成長するんか見たかっただけや」
「ふぅん」
「なに?その返事」
信じていない事が解る返事だった
女と言う生き物は勘が鋭い
市丸は「とにかく、忠告したからな」と逃げるように十番隊を後にした
それから数日後
市丸は行方不明だった朽木ルキアが発見された事を知る
そして藍染は動き出し、市丸は瀞霊廷から去らねばならない時を迎えようとしていた事を悟った
「五番副隊長さんをお大事に」
「!待て!市丸!!」
もしかしたら初めてではないだろうか
お互いの斬魄刀を開放しての戦闘
それを終わらせたのは市丸の幼馴染
彼女と倒れている彼の幼馴染の下へ駆け寄る日番谷に市丸は声をかけた
すると彼は市丸を追いかけた
「待て!・・・・待てって言ってんだろ!!」
振り返らない市丸に日番谷は腕を掴んで強引に自分へと向かせた
市丸は口元に笑みを張り付かせて日番谷を見つめる
「・・・っ・・・」
「まだ何か用ですの?十番隊長さん」
これまでこんな顔で相手をされたことがなかった日番谷は一瞬怯む
「・・・・用がないなら行かせてもらいますよ?」
「まっ待て!」
ぐっと腕を再び掴み、市丸を引き止める
日番谷には解らなかった
何故こんな事をしたのか
何故怪しい動きをするのか
何故自分にこんな態度をとるのか
「・・・・市丸・・・・何故・・・?」
日番谷は市丸を見つめる
すると市丸はクックッと笑い出した
「・・・いち・・・まる?」
「もぉええやろ?」
市丸は「ハハハ」と笑い出した
日番谷は訳が解らず、何も言うことが出来ない
「今までよぉ騙されてくれましたな」
「・・・だま・・・す?」
そぉや と市丸はにやりと笑う
「霊術院で天才児やと言われとる子供。その子供を手なずけて三番隊に入れようと思ってたんよ。有能な生徒を卒業前に・・って良くある話やろ?」
「・・・・」
「せやけど、それだけやったらつまらん。なら、手なずけて信頼させて裏切ってやろうと思いましてな」
「・・・・な・・・・んだと」
「君は一番隊に入ることが決まってて、三番隊へっちゅー目的は果たせんかったけど、もう一つのはまだやれる」
だから卍解の習得にも手を貸した。隊長になってもまだ自分に懐く日番谷に、いつ裏切ってやろうかと心の中でほくそ笑んでいた事
市丸は日番谷の反応を見ながら、時折大声で笑いながら伝えた
「う・・・・うそだ」
「嘘やない。これが僕の本当の姿や。君がどう思っとったか知らんけどな」
「・・・・・」
日番谷は今にも泣きそうな表情をしていた
市丸の心に痛みが走る
だがそれを無視し、続ける
「いい加減子供の相手も飽きてたところや、お芝居はもう終わりや」
「・・・・・・・」
「消え!」
市丸が強く言うと、日番谷は瞬歩で姿を消した
「・・・・」
市丸は暫くその場で夜空を見上げ、彼もまた瞬歩で姿を消した
「・・・それで、決めたのかな?」
市丸が向かったところは中央四十六室
そこには藍染が居り、市丸を笑顔で出迎えた
「・・・何をですか?」
「解っているくせに」
藍染は読書をしながらお茶を飲んでいた
市丸はその向かいに座り、じっと藍染を見つめた
「もう時間は少ない。彼を連れて行きたいなら騒ぎになる前に手に入れたほうが良いと思うんだが?」
「・・・あの子は・・・連れて行きません」
おや?と藍染は視線を本から市丸へと向ける
「意外だね」
「・・・そうですか?」
「死ぬ事になるかもしれないんだよ?」
「・・・・死なせません」
市丸はジッと藍染を見つめる
藍染はフッと笑うと「解った」と短く答えた
「本当に連れて行かないんだね?」
「はい。今のところは・・・・」
市丸は倒れた日番谷のもとへ向かう
銀色の髪を撫でながら、氷輪丸の氷が彼の傷を塞ごうとしていることに気がついた
「流石としか言いようがないね。主を死なせまいとしているようだよ」
市丸はそれにホッと息をはくと、力なく投げ出されていた手を握った
「堪忍な・・・痛い思いさせてごめんな。でも・・・・」
連れて行きたいという思いはまだ残っている
だが・・・・
「君には君らしく生きていてほしいんよ。自由に生きていてほしいんよ」
それが日番谷との別れを意味していたとしても
市丸は日番谷を残していく事を決めた
連れて行っても日番谷は藍染らに加担する事はないだろう。そうなれば日番谷を閉じ込めるか、藍染に洗脳させるしかなくなる。それは避けたかった
市丸が愛したのは『日番谷冬獅郎』
霊術院で出会い、ずっと見てきた彼なのだから
「・・・でも、世界が終わるときが来たら」
他の死神や人間達と同じように死なせはしない
矛盾しているかもしれないが、死なせるくらいなら日番谷を歪めても構わないと考えていた
「そん時は・・・迎えに来るな・・・・」
市丸そして藍染が卯ノ花の気配を感じた
全て彼らの予定通り
「さよなら・・・日番谷はん」
君にとって日番谷冬獅郎はどんな存在なのか?
藍染に一度だけ訊ねられた事がある
それに市丸は答えなかった
藍染はクスリと笑っただけで何も言わなかった
「・・・・こないな所に、珍しい」
市丸は虚圏の砂漠に咲く、一輪の花を見つけた
こんな世界に花などあるのだと意外に思った
小さいけれどまっすぐ茎を伸ばした花の色は白
「・・・・」
小さくて白い存在に市丸はあの子を思い出す
「・・・・日番谷はん」
このままでは虚達に踏み潰されてしまうかもしれない
枯れてしまうかもしれない
だが、ここから何処かに移動させる気にはなれなかった
「・・・このままここで・・・自由に」
君にとって日番谷冬獅郎はどんな存在なのか?
「あの子はこの花と同じや」
「乾いた僕の心の咲いた、たった一つの・・・」
砂漠に咲く花
終