霊術院五年生の時、友人達と共に十番隊舎へ見学へ行った
入りたいと希望していたのはその友人の一人。自分はその隣の十一番隊への入隊を希望していた
だが、その姿を見てしまった
流れる銀の髪。美しい翡翠色の瞳
心を奪われた
何処か遠くを見詰め寂しげな表情の彼を見て、どうしても傍へ行きたくなった、抱きしめたくなった
一目惚れしたのだと解った
そして十番隊へ入った
過ぎ去りし思い出 中編
月一度の全隊員を集めての集会
そこで自分はある行動を起こす
一番から十三番まで集まった死神たちの前で、壇上に上がり言葉をかけるのは総隊長山本。普段は使わないマイクが壇上中央に置かれている
一番前に隊長・副隊長が並び、その後ろに上位席官たちが席次順に並んでいる
本来なら自分はこの列の一番後ろにいるはずだった
だが
「もう・・・後には引けないんだ」
腹を括る
よし と気合を入れると、誰もいない壇上へと駆け上がった
「!?」
「なんだ?」
ざわざわと死神たちざわめく
十番隊の並ぶ辺りから自分の名を叫ぶ声が聞こえる
だがそれを全て無視し、マイクの前へ立った
「俺は十番隊隊士 黒崎一護!」
大声で叫んだからか、きーーーん と嫌な音がスピーカーから流れる。それも無視して、一護は十番隊を指差した
「十番隊隊長 日番谷冬獅郎!!」
十番隊の一番前、隊長の冬獅郎の肩がゆれた
「好きだ!俺と付き合ってくれ!!」
しーーーーん と静まり返る会場。皆の視線が冬獅郎と一護に集中する
「っ何言ってやがるお前は!」
一番最初に我に返ったらしい冬獅郎が一護に壇上から降りるように指示する。一護は頭を左右に振り「返事をくれ」と真剣な表情で冬獅郎を見詰める
「・・・」
「返事をくれ。俺は本気だ。本気でアンタが好きなんだ」
冬獅郎はぎりっと歯を食いしばる。誰もが次の冬獅郎の怒鳴り声を想像した。だが、冬獅郎の言葉は静かなものだった
「俺は・・・誰とも付き合わない。そう決めている」
「なんでだよ!?・・・あの噂は本当なのかよ!?」
噂。冬獅郎と市丸が恋人であったという例の噂。黙って事の成り行きを見ていた死神たちは一斉に冬獅郎へと視線を向けた
冬獅郎は静かに頭を左右に振った
そして、自分を見詰める視線のうち、一つへ目を向ける
「っ!」
目が合ったその人物は、コクリ と頷くと一瞬で壇上へと移動した
「ッ痛!」
「このっ馬鹿野郎が!」
壇上へ上がった恋次が一護を取り押さえる。一護は拘束を解こうと暴れるが、遅れてやってきた吉良や檜佐木によって更に押さえつけられた
ざわめく壇上から引き摺り下ろされた一護は、そのまま一番隊の隊舎牢へと放り込まれた
二番隊隊長の砕蜂からお説教を喰らい、牢から追い出されたのは翌朝の事だった
「ああ・・・酷い目に遭った」
自業自得であるのに、一護はブツブツと文句を言いながら一番隊を後にする
出された時間が、ちょうど出勤時間と重なっているからか、すれ違う死神たちにクスクスと笑われたり、「身の程知らず」と嫌味を言われつつ、一護は十番隊舎を目指した
「お?来たな、馬鹿ガキ」
「あぁ?」
十番隊の隊舎門の前に赤い髪の死神が待っていた。良く見るとそれは昨日一護を取り押さえた死神の一人で、彼が六番隊の副隊長である事に気がついた
「ああ・・昨日の」
「阿散井だ」
恋次は一護に顎でついてくるように合図すると十番隊舎内へと入っていく
何で他隊のお前が我が物顔で・・・と文句を言いながら一護はその後をついていった
「少しは隊長の面子って物を考えろよ、てめぇ」
「あ?」
「あ?じゃねぇよ。あの後日番谷隊長が全隊員の前で頭を下げたんだぞ?」
「・・・・マジ?」
「当たり前だろ!・・・あの人はそういう人なんだよ」
恋次が一護を案内したのはいくつかある修練場の一つだった
「ここであの人が待ってる」
「!」
一護が牢から出る時間は冬獅郎の元に前もって知らされていた。それにあわせて恋次にここまで連れてくるように頼んできたのだ
本来なら副官の乱菊に頼むべきなのだろうが、昨日一護が冬獅郎に恥をかかせた事で非常に機嫌が悪いらしい。もし彼女を迎えにやれば、一護が殺されるかもしれないと心配しての人選だった
「一つ聞きたい」
「なんだ?」
「昨日のアレは、本気か?」
アレ=好きだという言葉
一護は大きく頷く
恋次は溜息をはくと、ニッと笑った
「命拾いしたな」
「は?」
「もし『冗談だ』なんて言いやがったら、俺がここでてめぇをぶっ殺す所だった」
恋次は一度だけ『トン』と修練場の扉を叩くと、その場を離れた
一護は去っていく恋次の背を見詰めながら「ありがとう」と声をかけた
一護は修練場の扉に手をかけた
この向こうに冬獅郎がいる
数年前に偶然目撃して一目惚れした彼が
入隊して見詰め続けた彼が
自分を待っている
ごくり と唾を飲み込む
大きく息を吸って思い切り扉を開けた
修練場の中央で、冬獅郎は目を閉じて待っていた
一護がきたことでゆっくりと瞳が開く
現れる翡翠の瞳に見惚れながら、一護は「やっぱり好きだ」と己の気持ちを再確認する
冗談なんかじゃない
本気だ
本気でこの日番谷冬獅郎が好きなのだ
彼の事など何も知らない
何が好きで、何が嫌いか
休日には何をして過ごすのか、どうしてあんな寂しそうな表情をするのかも知らない
だが彼が好きだ
心から好きなのだ
「・・・やっと来たか」
自分をまっすぐ見つめる瞳を見詰め返し、一護は冬獅郎の正面に立った
そして、冬獅郎が口を開く前に頭を下げた
「?」
「悪い。お前に恥をかかせちまった・・・それだけは謝る」
「・・・なら、あんな場所であんな事するんじゃねぇよ」
ふぅ・・・と冬獅郎が溜息をはいた
一護は顔を上げ、「ホント悪い」と再び頭を下げる
もういい と手を挙げて冬獅郎は一護をとめる。そして何故あんな事をしたのか訊ねた
「俺、お前が好きだったんだ。マジでだ」
「・・・」
「憧れて十番隊に入った。強くなって、お前に認められようと思った」
だが死神になって一年目。始解は愚か、まだ自分の斬魄刀すら手にしていない状態では、いつまで経っても隊長の冬獅郎の傍にはいけない
悩む一護は噂を耳にする
冬獅郎と市丸が恋人同士であったという噂だ
寂しげなのも時折悲しげなのも、市丸をその手で殺した事を後悔しているからだという話だった
「俺、お前のあの表情が嫌だ」
「・・・」
「何とかしてお前にあの表情をさせないようにしたかった。けど・・・俺は末端の死神、隊長の冬獅郎になかなか会う機会さえ作れない」
ならば強引に機会を作ろうと考えた
「告白して恋人になろうと思ったんだ」
「・・・どうしてそこへ行く・・・・」
はぁ・・・と大きな大きな溜息を吐いた冬獅郎は、後方の師範代席へと座る。一護もその後へ続いた
「恋人になったら俺がお前を笑わせる。幸せにだってする。市丸なんて忘れさせてやる」
良い考えだろ?と一護は得意げだ
冬獅郎は米神を押さえると「違う」と一言告げる
「へ?」
「市丸との噂だ。俺とアイツはそんな仲じゃない」
「・・・マジ?」
「どうしてそんな噂になったのか・・・それは俺も悪いんだろうが、とにかくあの男と恋人になった覚えはない」
本当か!?と再度確認する一護に、冬獅郎は苦笑しながら頷いた
一護は喜ぶと、「だったら」と詰め寄る
だが、冬獅郎は頭を左右に振った
「俺は・・・誰とも付き合わない」
「なんで?・・・俺の事好きじゃないからか?俺、好きになってもらうように努力する。だから」
「違う・・・俺はお前に好きになってもらえるような人間じゃない」
一護だけではなく、何処の誰だろうと自分には勿体無いのだと冬獅郎は微笑んだ
「俺は罪を犯した・・・許されない罪だ」
「・・・何・・・したんだ?」
冬獅郎は寂しげに微笑むと頭を左右に振る。教えるつもりはないと言っているようだった
一護は無理矢理にでも聞きたかったが、冬獅郎の気持ちを察して、それ以上は聞かなかった
「罪人の俺に、お前は眩しすぎる」
「・・・」
「お前だけじゃない。皆もそうだ・・・俺には・・・」
それでも気持ちは嬉しかった と冬獅郎は礼を述べた
「・・・また・・・」
「え?」
「またその顔・・・そんな泣きそうな顔してんじゃねぇよ」
一護は冬獅郎の頬を包み込む
「っ」
冬獅郎が驚きに目を開く
「罪人だから誰とも付き合わねぇ?んな馬鹿な話で引き下がれるか!」
一護は冬獅郎を抱きしめた
「好きだった期間は短い。けど簡単に諦められるほど小さい想いじゃねぇんだよ!」
「っ・・・黒・・・」
「好きだ!俺はお前が好きなんだ」
冬獅郎の手が一護の背に回る。抱きしめようと伸ばした手は、ギュッと固く拳を握り締めて下ろされた
「・・・・俺は・・・駄目だ・・・」
「っ」
「すまない」
冬獅郎は一護の胸を押して身を離す。一護はぐっと唇を噛み締めて俯く銀の頭を見つめた
ありがとう と一言呟き、立ち上がった冬獅郎を見上げながら、一護は名を呼んだ
「もし・・・もし俺が卍解に達したら、もう一度だけ俺との事を考えてくれないか?」
「・・・何を言って・・・」
「俺の気持ちが本気だって事、それで証明する」
「お前は未だ始解すら」
「出来ねぇ・・・それどころかまだ浅打だ。だけど、そのくらいやらねぇとお前は話すら聞いてくれないだろ?」
だから と一護は冬獅郎の手を握った
「俺が卍解に達したら、もう一度お前に告白する。その時、もう一度返事をくれ」
「・・・・卍解・・・」
冬獅郎の表情が曇る。一護はグッと冬獅郎の腕を握った
困らせていることは解っていた。だが、そんなに簡単に彼を諦めるつもりはない。本気なのだ。冬獅郎の事も。卍解の事も
「頼む」
冬獅郎は暫く目を閉じて考え込んだ。そしてゆっくりと頷いた
「ほ、本当か?」
「ああ・・・本当にお前が卍解出来たら、な」
ふわり と冬獅郎は微笑んだ
一護はその表情に見惚れる
「お、俺、マジで頑張る!」
ありがとう、冬獅郎 と喜ぶ一護に苦笑しつつ、冬獅郎はある事を注意する
「冬獅郎じゃねぇ、日番谷隊長 だ」
****
「で?何で俺が巻き込まれてんだ?」
一護と冬獅郎が『卍解出来たら』との約束を交わした翌日。恋次は強引に十番隊の修練場へ連行されていた
「だって恋次、卍解もってんだろ?」
「あ?まぁな・・・って勝手に呼び捨てしてんじゃねぇよ!」
「阿散井副隊長」だろ!と恋次が一護の不敬を注意するが、された方は全く気にしていない
「で?どうやって卍解に達したんだ、恋次?」
「だぁかぁらぁ!」
「俺と冬獅郎の甘い生活がかかってんだ。早くやろうぜ?」
「てめぇな・・・」
なんだこの馬鹿は と恋次は天を仰ぐ
末端の死神には隊長・副隊長は雲の上の存在。名字で名を呼ぶのでさえ躊躇する死神も多いというのに、この男は全くの自然だ
自分が一番下の下、底辺の死神である自覚はあるのだろうか?いや、無い
あるのならこんな態度は取らない筈だ
本来なら注意し、不敬だと処罰しても良い。だが何故かこれが自然だと思った
この男に下手に敬語なぞ使われた日には、きっと自分は卒倒してしまうだろう
おかしな事だが、そう思った
「恋次!」
「ったく・・・仕方ねぇな」
始解には斬魄刀本体との『対話』と『同調』が必要になる。どちらも本体の存在を認識し、名を知る必要がある
「心の中で話しかけてくる存在はいるか?」
「ああ。夢ん中でだか、すっげぇ遠くに黒い服来たおっさんがいる」
「それが本体だな。まずはそいつと話が出来るようにならなきゃな・・・」
だからそこを教えろ!と一護は恋次を急かす。徐々にイライラし始めた恋次は、蛇尾丸を抜いた
「うっせぇよ!俺は他人に教えるのは苦手なんだ!」
「それで副隊長かよ?冬獅郎なんかすっっっげぇ教え上手なんだぞ!!」
「あの人と俺を比べんじゃねぇよ!それにな!あの人が教え上手なんだって事、とっっっっっっくの昔に知ってるよ!」
一護は浅打を構える
「なんかムカつく!!昔から冬獅郎知ってんじゃねぇよ!!」
「てめぇなんかと付き合った時間が違うんだよ!」
がんっと刀がぶつかり合う
「付き合うとか言うな!冬獅郎は俺のだ!」
「まだてめえのじゃねぇだろうが!」
「俺のになる予定だ!!」
がんっ!がつん!
刀のぶつかり合う音と二人の怒鳴り声が修練場を通り越して十番隊舎中に響く
「元気ですねぇ」
それはここ隊長執務室とて例外ではなかった
恋次も黒崎も元気だわ〜と暢気にお茶を啜る副官を冬獅郎はにらみつける。そして溜息をはくと、席を立った
乱菊は、クスクスと笑いながら冬獅郎を見送る
「昨日までは黒崎に腹を立ててたんだけど・・・」
何故か応援しなくてはならないと思った
隊長に恥をかかせた一護を一時は除隊させようと本気で思っていた
だが、冬獅郎から「怒るな」と諭され、修練場で二人きりで話した内容を教えて貰った時に怒りはあっという間に消え去った
卍解
副隊長の自分でさえそこまで至っていない。到達できるのは一部の死神だけ
まだ始解さえ出来ない一護がそこまで成長するのに一体何十年かかるのやら・・・呆れる乱菊に冬獅郎は苦笑しながらこう言った
『大丈夫。アイツなら直ぐに卍解を会得するさ』
この言葉を聞いた時、乱菊は冬獅郎があの黒崎一護を高く評価していること、そして「付き合ってくれ」という言葉を心の底では拒否していない事を悟った
もしかしたら彼が冬獅郎を変えてくれるかもしれない
あの戦いが終わる前、いや、あの戦いが始まる前の日番谷冬獅郎に
あんな風に寂しげな表情を浮かべる前の彼に
「どうしてこんなにアイツに期待できるのか自分でも解らないけど」
黒崎一護なら出来る と頭ではない何かが乱菊に教えていた
「そもそも隊長を馴れ馴れしく『冬獅郎』なんてよんでんじゃねぇ!」
「うっせぇ!冬獅郎は冬獅郎だろーが!」
「喧しいぞてめぇら!!!」
「「!!?」」
すぱーーーん!と勢いよく空けられた修練場の扉の向こうには氷の龍を背負った冬獅郎の姿
恋次と一護は、ゴクリと唾を飲み込む
「阿散井!さっさと自分の隊にかえらねぇか!」
「はい!」
「黒崎!仕事はどうした!!」
「申し訳ありません!!」
だだだだーっと一護と恋次がそれぞれの職務に戻る
それを腰に手を当てて見送った冬獅郎は彼らが完全にいなくなったところで溜息をはく
「ったく、あいつらときたら」
『本当は嬉しいのではないのか?主』
ふわり と冬獅郎の隣に長身の男が現れる。青く長い髪・顔に×の傷を持つこの男は冬獅郎の斬魄刀『氷輪丸』。遥か昔にある事件で人型になる事を覚えた氷輪丸は、こうして時折人の男の形をとって冬獅郎の前に現れる
「・・・嬉しい・・・そう見える、か?」
『ああ。見える』
クスリ と笑う氷輪丸から顔を逸らし、冬獅郎は執務室に戻ろうと一歩を踏み出した
「っ」
『主!』
ぐらり と冬獅郎の体が傾く。氷輪丸が慌てて主人の身体を支える
『主・・・』
氷輪丸の腕の中で冬獅郎が真っ青な顔をして苦笑する
「・・・まさかこんなに早く『来る』とはな」
『主・・・今からでも遅くない。全てを黒崎一護に話すべきだ』
冬獅郎は頭を左右に振った。氷輪丸はぎりっと歯を噛み締める
「お前も・・早く主人を探すといい」
『・・・我の主は日番谷冬獅郎だけだ』
馬鹿だな と冬獅郎は目を閉じる
氷輪丸は主の身体を抱き上げると苦しそうに顔を顰めた
****
−ああ、またこの夢か
一護は目の前の世界を見て、自分が今何処にいるのかを悟る
立ち並ぶビル群
しかしそれは縦ではなく横たわっており、現実の、現世のそれとは違って出鱈目
ここが一護の精神世界
斬魄刀の本体がいる世界。今の一護が唯一斬魄刀と話が出来る場所
「オッサン!いるんだろ?出てきてくれよ!!」
一護は大声でここにいるはずの本体に話しかける
真っ黒なコートを着た長身の男
あれが斬魄刀の本体であること、それを一護は知っている
向こうは何か自分に話しかけてきている。自分に彼の声を聞く力が足りないから聞こえないだけ
だが、それも以前の話
今の一護は違う
「毎日恋次と修行してんだ。少しは強くなってる筈だ」
聞こえる筈だ
あいつの声が
「オッサン!!」
遠くに黒衣の男の姿
一護は男に向かって走る
「名前を教えてくれ!」
男の唇が動く
だがやはり声は聞こえない
「俺に、俺にお前の名前をっ!!」
がたん!
何か大きな音を聞いた乱菊はそちらの方へ視線を向ける
「っ!隊長!?」
そこには力なく倒れる冬獅郎の姿
乱菊は慌てて駆け寄った
四番隊 総合救護詰所
その廊下を一護が全力で走る
目的は一つの病室
「冬獅郎っ!」
ばたーん
思い切り病室のドアを開ける
そこにはベッドで上半身を起こした冬獅郎とベッド脇の椅子に座る乱菊。そして見舞いに来ていた浮竹がいた
「冬「五月蝿いぞ!・・・ここを何処だと思っている」
冬獅郎が倒れた と任務から帰った一護は同期の隊員から聞かされた。心配で居ても立ってもおれず、こうして慌ててやってきた
心配して急いでやって来た相手にその言葉は
「・・・ひでぇよ」
一護は唇を突き出して文句を言った
「やぁ、君が黒崎君か」
会いたかったんだよ と浮竹は一護を歓迎しながら椅子に座らせた
一護は「どうも」と頭を下げながら遠慮なく椅子に座る。そして自分を見詰める冬獅郎の表情を伺った
先ほどは怒られたが、その表情は穏やかだった。ただし、顔色は悪かったが
「その・・・大丈夫・・・か?」
「貧血ですって。どこの乙女なのって感じよね?」
倒れた冬獅郎ではなく、乱菊が原因を教えてくれる。なんだ、貧血か・・・一護はホッと息を吐いた
「変な病気とかじゃなくて良かった」
「大丈夫よ。こう見えて隊長って頑丈なのよ」
「こう見えてって・・・どんな風に見えてんだ?」
「・・・薄幸の美少年?」
「・・・減給三ヶ月」
「職権乱用です!」
「こえぇな、冬獅郎」
クスクスと十番隊の三人のやり取りを見て浮竹が笑う
笑われた冬獅郎は、ムッとしながら浮竹を睨んだ
「それじゃ、俺はそろそろ帰るかな」
睨まれた浮竹は、まるで逃げるように席を立つ
乱菊も一緒に立ち上がる
「じゃあ私も」
乱菊は浮竹と一緒に入り口まで駆けて行くと、くるん と一回転して振り返った
「隊長、今日はここでゆっくり休んでください。黒崎、ちゃんと隊長の看病しててよ」
「え?俺が??」
一護は自分を指差しながら驚きに目を開く
乱菊は「よろしく〜」と片目を瞑りながら扉をゆっくりと閉めた
「「・・・・」」
残された二人は数秒顔を見合わせ、同時に反らした
(ふ、二人っきりって!!?)
受け入れられていないとはいえ、好きな人と同じ空間に、しかも二人きり
(な・・なんというシチュエーション)
美味しい・・こんな美味しい話があるだろうか?
(俺だって健全な男。好きな相手が目の前に、しかもベッドと一緒に俺を待っている)
これを据え膳といわずに何と言う!!
くわっと一護は目を見開いた
押し倒すのは今しかない!卑怯だとか、卑劣だとか、そんな事はどうでも良い
理性を蹴っ飛ばした一護は勢い良く椅子から立ち上がった
「と、冬獅郎!」
「始解、出来たんだな」
「・・・・」
だが、一護の勢いは冬獅郎の穏やかな声にアッサリと失速する
「へ?」
「お前の霊圧が昨日までと違う。落ち着いている」
冬獅郎は一護の胸に手を置いた
「っっ!」
一護は顔を真っ赤にしてぴんっと背筋を伸ばした
好意を持っている相手に身体を触られて、全身に力が入ったのだ
「黒崎?」
「あ、ああああ、ああ」
「?」
ごめん!と叫びながら一護は冬獅郎をベッドに押し倒す。そして華奢な身体の上に馬乗りになった
「「・・・・・」」
数秒、二人で見つめあった
冬獅郎の唇が言葉を発しようと動く。そこから自分を責める言葉が出てくる前に、一護は急いでベッドから飛び降りる
そして床に額をつけて土下座した
「悪い!本当にごめん!!」
「・・・」
「駄目なんだ・・・好きで好きで、本当にお前が好きで・・・自分の気持ちばっかで、お前の事何にも考えてなくて、そんで」
冬獅郎が好きだ
好きだから抱きたい
一つになりたい
でも自分と冬獅郎は恋人でもなんでもない。ただの上司と部下
こちらは愛情をもっているが、向こうはそうではない
ここで冬獅郎を襲えば、一護はただの犯罪者
解ってる。倒れるほど体調も悪い。解ってる
でも、心は冬獅郎を欲している。だが、先ほど飛んでいった筈の理性が駄目だと訴える
ぐるぐると様々な声が一護の中を駆け巡る
「・・・自分でも何が言いたいのかわかんねぇ・・・ただ・・・俺はお前が好きで「いいぞ」
「・・・・・・・へ?」
床に正座して自分の思いを言っていた一護だったが、だんだん何を言えば良いのか解らなくなってきた
俺って意味解らない と苦笑していると、冬獅郎が「いいぞ」と声をかけた
「いいって・・・何が?」
「やりたいんだろう?良い。やろう」
「は?」
冬獅郎は一護に「来い」と言って掛け布団を捲くる。一護はこの状況がいまいち理解出来ないまま、冬獅郎に腕を引かれた
「・・えぇっと・・・冬獅っうわ!?」
ぽすっと、今度は一護が冬獅郎にベッドへ押し倒された。一護は「これって・・・俺が下??」と予想外の展開に血の気が引いた
「ちょちょちょ!」
「なんだ?やりたいんじゃないのか?」
必死で、身体全体で冬獅郎を押しのけ、なんとか身体を起こす。邪魔された冬獅郎は不機嫌そうに顔を顰めた
「やりたいけど、なんつーか俺は上が良いって、そーじゃなくて」
「いちいち五月蝿い奴だな」
「重要な事だろ!!ってか、何やる気満々なんだよ、お前!!」
そうだ。ここが一番重要なところだ
「・・・・俺だって男なんだ。性欲くらいある」
「その顔で声で「性欲」なんて言わないでくれ」
「あぁ?てめぇ、俺を馬鹿にしてんのか?」
「してねぇよ!」
ころん と一護は冬獅郎を押し倒す
「ただ一言言いたい。俺はお前を抱きたい。抱かれたいんじゃねぇ」
ムッとした冬獅郎が顔の両脇に置かれた一護の腕の片方を引いてバランスを崩させる。そして、崩れた所を狙って一護を蹴り飛ばした
「ぅお!?」という声と共に一護が床に叩きつけられた
「痛ってぇぇぇぇ」
呻く一護の上に冬獅郎が飛び乗った
「ぅげっ・・・・と、とうしろ・・・」
「お前と俺は幾つ違うと思う?」
「しらねぇよ」
「・・・餓鬼が・・・この俺を抱くなんて百年早ぇえんだよ」
反論しようとする一護を、冬獅郎は唇を重ねる事でねじ伏せる
「っん・・・ぅ・・・餓鬼じゃねぇ・・・よ」
「・・・俺を抱きたかったら、キスでその気にさせてみろよ」
はっ と鼻で笑う冬獅郎を再び押し倒し、一護はその唇を奪う
「っ・・・全っ然抱かれたいと思わねぇ」
「・・・後悔させてやる」
やってみろよ と冬獅郎が口の端を上げて笑う。一護は噛み付くように冬獅郎に口付けた
「はっ・・・・黒さっ・・」
「っ絶対・・・」
「んっ」
「負けねぇ・・・はっ・・」
「・・・黒・・・崎」
キス勝負とでも言うのだろうか
あの時のやり取りの勝敗に関して、自分は負けた と一護は思う
情けない話だが、現世で生きていた時間を合わせても、それほどキスの経験はない
何処をどうすれば相手をその気にさせれるのかも解らない
ハッキリ言って、口付けて舌を絡めて・・・そのくらいしか知らない
きっと冬獅郎を満足させる事等出来ていなかっただろうし、その気にだってさせていなかっただろう
しかし、結局冬獅郎は一護を受け入れた
「仕方ない奴だな」と苦笑しながら一護を自分へと導いた
白くて細く薄い体を抱きしめながら、一護は「これは夢だ」と何度も呟いた
憧れた十番隊隊長を
一目惚れした冬獅郎を
自分が抱いているなんて
「・・・夢っ・・・なんかじゃ・・・はぁ・・ねぇよ」
荒い呼吸の中で冬獅郎が笑った
「お前っと・・・俺はっ・・・」
「冬獅郎、俺」
「・・・黒崎・・・」
「・・・すっげぇ、嬉しい」
素直に今の自分の気持ちを口にした一護に、冬獅郎は微笑んだ
そしてゆっくりと首に腕を回し、一護を引き寄せる
「・・・好きだ、冬獅郎」
口付ける寸前、想いを告げる
冬獅郎はクスリ と笑うと、「知ってるよ、馬鹿」と呟いた
一護は死神一年生。原作の年齢よりしっかり八十年くらい生きてそれから尸魂界に
ってことは、じぃちゃんですが、老人一護×冬獅郎はビジュアル的に如何なもの?なので、このお話では原作くらいの年齢ってことで・・・
つまり外見的に同年齢くらいの二人です・・・って、ここで説明かよ?