冬獅郎はゆっくりと弱っていっている
また倒れるような事があったら、今度はもう・・・と卯ノ花が表情を曇らせたのを記憶している
離れる事など出来ない
出来る筈がない
そう思っていたのに、何故自分はここにいるのだろう
過ぎ去りし思い出 最終話
一護は『浦原商店』と看板を掲げた店を見上げる
周囲は開発の手が行き届いて近代的なビル群であるのに、ここだけ時間に取り残されたように建物が古い
「・・・」
こくり と唾を飲み込み、一護は店の引き戸を開けた
「すいません・・・・誰かいませんか?」
店の中には誰もいない
奥に和室があるがそこにも誰もいない
仮にも営業をしているのなら店番くらい置いておけ!と一護が顔を顰めていると
「はいはいvいらっしゃい」
背後から声
「っ!?」
慌てて振り返ると、そこには帽子に下駄を履いた男
「・・・う、浦原・・・喜助さん?」
恋次に聞いていた通りの風貌
一護が問いかけると浦原はにっこりと笑って頷いた
「この・・・『死神代行』って・・・」
一護は恋次から貰った資料を卓袱台に置き、『黒崎一護』の部分を指差した
浦原はお茶を飲みながら、貴方の事です、とあっさりと告げる
「・・・」
「どうやらまだ記憶の方は戻っていないみたいですね」
ふむ・・・と顎に手を当てて考える浦原に、一護は詰め寄った
「記憶!そうだ!アンタが俺の記憶と力を封印したのか!?」
「・・・私じゃありませんよ。手は貸しましたが」
「っ」
浦原ではない
では一体誰が?
それを一護が問う前に、浦原は意外な人物の名を口にする
「え?」
「ですから、日番谷隊長の事どう思っていますか?」
「どうって・・?」
好きだ
夢でみるあの子供と重ねて見ていた時もある。だが、今は彼の事が一番好きだ
幸せにしたい。笑わせたい。ずっと一緒にいたい
そう答えると、浦原は頷いた
「・・・昔、愚かな子供がいたんですよ」
「?」
「大好きな人の為に自分に呪いをかけたんです」
大好きな人の幸せは「こう」なのだと、その人に何も聞かず
その為に多くの人間から大切な物を奪うと解っておきながら、実行した
「それが貴方の力の封印。そして貴方を含む皆さんの記憶の喪失です」
「なんで・・・そんな・・・」
「幸せになってほしい。そう言っていましたよ」
大好きな人、それは自分の事なのだと言われなくとも解った
そしてその愚かな子供というのは・・・
「夢の・・・アイツか・・・」
「?夢?」
「ああ・・・泣いてる子供だ」
ごめんなさい と泣きながら謝る子供
きっとあの子供は何度も自分達に謝っていたのだろう
力を奪ってごめんなさい
記憶を奪ってごめんなさい と
「・・・それで、呪いって?」
「貴方は卍解を取り戻そうとしていると聞きました」
「ああ」
「今のまま修行しても卍解は取り戻せません。・・・封印を解かなくては」
「・・・どうやれば?」
浦原は頭を左右に振って「何もしなくて良い」と答えた
「?」
「彼は自分自身を封印に使いました。彼に万一の事、つまり彼が命を失えば自動的に貴方の力は戻ります」
「・・・命を・・・失う・・・?」
つまり『死ぬ』と言うこと
頷く浦原を見詰めながら、一護の脳裏に一人の人物が思い浮かぶ
「・・・そうです。貴方が思い描いた人物です」
「冬獅郎・・・が?」
ここで一護は気がついた
冬獅郎が倒れたのは自分が初めて始解出来た時
卍解を手にしようと修行を始めてから冬獅郎の体調は悪くなっていった
そして斬月を強制的に具象化したあの時、冬獅郎は再び倒れた
「俺が・・・力を手にしようとした事で、冬獅郎が・・・」
「貴方の力は隊長と同格のものです。彼も隊長とはいえ、溢れ出ようとする力の封印など、いつまでも出来るものではありません」
「っ」
「日番谷隊長はかなり弱っていると聞きました。・・・もう限界が来ているんでしょう」
一護は、儚く微笑む冬獅郎の顔を思い出した
「どうすればいい?」
「・・・」
「どうすれば冬獅郎を助けられる?俺は力なんて要らない。ただ傍にいられれば、それだけでいいんだ!」
自分が力を取り戻すことが冬獅郎を死なせる事なら、卍解なんて必要ない
今のままで、それでも駄目なら、始解すら必要ない
ただ冬獅郎の傍にいられるのなら
彼を失わずに済むのなら
「・・・綻び始めた封印は、解く以外方法はありません」
「っ」
それは冬獅郎を死なせるという意味ではないのか?
一護が青ざめた顔で浦原を見詰めると、彼は難しい表情で口を開いた
「・・・一つだけ方法があるんです。本当は、貴方が尸魂界に行った時にやっておけばこんな事にはならなかった」
「冬獅郎には?」
「ちゃんと伝えてあります。恐らくその気すら無かったんでしょうね」
一護はぐっと拳を握る
何故?何故冬獅郎はそれを自分にしてくれなかったのか
自分と斬月の力が冬獅郎を傷つける前に、どうして?
今すぐ冬獅郎に訊ねたかった
「それで・・・どうするんだ?」
「日番谷隊長の氷輪丸です。私は彼と氷輪丸とを封印の鍵に使いました」
解りやすく言うと、冬獅郎が一護の力を閉じ込めている扉。氷輪丸がそれを開ける為の鍵である
浦原の説明に、一護は頷く
「扉は鍵を使えば簡単に開くことが出来ます。日番谷隊長の衰弱は、鍵を使わずに無理矢理扉を開こうとした副作用のような物です」
「じゃあ、鍵を、氷輪丸を使って扉を開ければ」
「日番谷隊長を傷つける事無く、貴方は力を取り戻せるでしょう」
その言葉を聞き、一護の表情が明るくなる
だが、浦原は硬い表情のまま続ける
「ですが、それも彼の体調が良ければの話です。弱った今の状態では・・・危険な賭けになります」
「・・・どういう・・・」
「先ほども言いましたが、貴方の力は隊長と同格。その封印は強力です」
「・・・」
「本来なら傷つけるはずの無い開封方法も、ひょっとしたら・・・」
それが冬獅郎の命を奪ってしまう可能性もあると浦原は告げた
****
どうするべきか と悩みながら瀞霊廷に帰ってきた
自然と足が四番隊の冬獅郎の病室へと向かう
『記憶に関しては催眠暗示です。貴方が卍解を発動すれば解けるようになっています』
「卍解・・・・」
暗示を解けば冬獅郎や恋次たちとの思い出が戻ってくる。自分も本来の力を取り戻せる
だが、その為には封印を解く必要があり、それには冬獅郎に負担をかけねばならない
−『殺してしまうかもしれない』
他ならぬ自分のこの手で−
一護は自分の掌を見詰める
死なせたいんじゃない
共にいたいのだ
これからもずっと
悩みながら、一護は冬獅郎の病室へ向かう
すると、徐々に人が騒いでいる声が聞こえる
「っ一護!」
「・・・恋次?」
一護を見つけた恋次が辛そうな表情で駆け寄ってきた
恋次が言葉を発する前に、一護はその事に気がついた
「っ」
四番隊の隊員の制止など聞こえなかった
入らないでくださいと取り押さえられても前へ進んだ
「離せ!冬獅郎のところへ行かせろ!」
固く閉じられた扉の向こうから感じるはずの霊圧が殆んど感じられない
今にも消えてしまいそうなほど弱弱しい
「冗談じゃねぇ!こんな事ってあるかよ!」
納得していない
こんな事納得できない
「勝手なことばかりしやがって!俺の考えも聞かないで、自分の都合で何でもやりやがって!」
勝手に一護の力と記憶を奪い
勝手に死のうとしている
「お前はこれで良いだろうよ!死んで後は知らないって顔すりゃ良いんだからな!でもな、俺はっ」
生きている時から夢で見てきた子供
もう泣かないで と夢で言い続けた
一目惚れした死神
悲しげな表情をしてほしくなくて、傍にいきたいと願った
「俺は終わらせるつもりなんてこれっぽっちも無いんだよ!」
まだ終わりではない。自分たちはやっと同じ場所に立つ事が出来た。再び始めることが出来る所に
「俺達はこれから一緒に生きていくんだろうが!」
思い切り叫ぶ一護に、誰も何も言う事が出来なくなっていた
身体を抑える死神はもう何処にもいない
一護はゆっくりと扉に手をかける
「・・・死なせねぇ」
閉じられていた扉を一気に開いた
まるで待っていたかのように、卯ノ花や乱菊は冬獅郎から離れた
一護の目の前には目を閉じて横たわる冬獅郎
呼吸は小さく、殆んど出来ていない
一護はベッドの傍にある氷輪丸を手に取った
そして鞘から引き抜いた
「死なせなぇよ・・・てめぇ勝手な冬獅郎なんか、死なせてやらねぇ」
一護は氷輪丸を両手で持ち、刃先を冬獅郎の胸に向ける
普通なら止められる行為である筈なのに、誰もそれを止めなかった
『封印を解く方法は、氷輪丸を日番谷隊長の胸に突き刺す事です』
失敗すれば冬獅郎に止めを刺す事になる
しかし一護に迷いは無かった
「俺とお前はここから始めるんだ!」
一護は一気に氷輪丸を突き刺した
幸せになって欲しかった
幸せにしたかった
その為には離れなければならないと思った
何故なら彼は人間
自分は死神
本当なら出会う筈のない自分達
心にある想いは許されない
その為に傍にいたいと思った
自分は人間。彼は死神
本当なら出会う筈のない自分達。それでも出会ったのなら
この想いは、心に仕舞う必要はない
これが最後と思い、彼の家へ行った
彼を本来あるべき道へ戻す為。自分の想いを断ち切るために
ここから始めようと、彼を呼び出した
遥か遠くにいる彼を、自分の下へ引き寄せる為に
すべては、彼を愛しているから
『ほら、やっぱ止めとけば良かったんや』
-うるせえ
『こんな事して、結局はあの子苦しめるだけだったやろ?』
-うるせぇっつってんだよ
『幸せなんて人それぞれや。君の考えとる幸せがあの子の幸せとは限らん』
-・・・ああ、そうだな
『あの子の幸せに何が必要か、もう解った?』
-・・・たぶん
『ほな、ちゃんと謝らなな』
-ああ、そうだな・・・・・それにしても
『なに?』
-お前は誰だ?
『・・・』
-市丸は死んだ。俺が殺した。ここは尸魂界。死者である俺達は、死ねば霊子になる、消えるだけだ・・・なのに・・・
『僕は・・・・いや、俺はお前だ』
-・・・
『ずっと押し殺していた。アイツを求めていたお前だ』
-・・・すまない
『それは皆に言えよ・・・・ほら、来てくれた』
一度は捨てた想いだった
一度は忘れた想いだった
彼が再び目の前に現れた時、罪を償うときが来たのだと思った
再び彼を目にした時、二度目の恋に落ちた
彼はきっと力を取り戻す。自分は死ぬと解っていた
罪を償うには自分の命を引き換えにするしかないと思った
力を取り戻すには彼を殺さなくてはならない。だが、自分にそんな事出来る筈がない
二人で生きると決めた
思い出にすらしてもらないかもしれない
思い出になんてするつもりはない
その腕の中で目を閉じることが出来たらどんなに幸せだろう
腕の中で、彼が微笑んでくれたらどんなに幸せだろう
「死ぬな、冬獅郎」
強い力で腕を引かれる
誰だ?と問う必要は無い
誰かは解っている
「俺とお前は一緒に生きるんだ」
****
あたたかい腕が自分を抱きしめていてくれていた
重い瞼を上げると、オレンジ色の光
「終わりになんかするなよ・・・」
「・・・」
「俺達、まだ始まったばかりだっただろ?」
泣きながら笑う一護に、冬獅郎はふ・・・と微笑んだ
「もう一度言うぞ」
「・・・」
「ずっとずっと好きだった。これからもずっとずっと好きでいる」
一護は冬獅郎の手をとって口付けた
「もう・・・この手は離さないから」
身体に力は入らない
それでも必死で身体を動かした
ゆっくりと、でも大きく頷く
それを見た一護が心から嬉しそうに笑った
自分たちはここから新しく始める
手を繋いで、隣に立って
笑いながら、泣きながら、怒りながら
これからも自分たちはお互いを傷つけてしまうかもしれない
泣かせてしまうかもしれない
手を離してしまうかもしれない
でも、遠回りして、きっともう一度この手は繋がる
そしてそんな出来事も思い出になる
過ぎ去っていく、悲しい思い出ではなく
ずっと心に留まる、幸せの記憶として
な・・・長い・・・
小さく纏まらないうえに、なんだか中途半端・・・
特に市丸・・・ってか、何故市丸が出てきたのか・・・未だに謎
そして意外に出番の多かった恋次。反比例して出番の少なかった乱菊・・・