君に逢えたら

抱きしめて
ささやいて

それから−








君に逢えたら









「だから、このお嬢さんと会ってみるだけでいいのよ」
「あはは、野崎さん。またまた〜」

俺は患者の野崎さんが持ってきた見合い写真をつき返した
この人は仲人をすることが趣味のようで、30を過ぎても結婚どころか恋人の一人も作ろうとしない自分に頻繁に見合い話を持ちかけてきていた

「でもね一護先生」
「ほらほら、家でご主人がお腹すかせてるぞ?」

ハッキリ言って迷惑だ
ここはさっさと追い返したほうがいい
俺は野崎さんの背を押して診察室から追い出した

「・・・はぁ・・・」

診察室のドアを閉め、溜息をはく
受付で看護師になにやら俺の名前を出して話をしているが、全て無視する
なんど縁談をもって来られても、俺は結婚する気は無いのだから









高校から大学へ進学。そして医者になった俺は、実家に戻って家を継いだ
とはいっても、親父はまだ現役で医者をやっているから、俺は週に何回か派遣医として総合病院で働いている。流石に個人病院で医者は二人も要らない

今日は実家の病院で外来の診察を行う日だった(それを知っているから彼女は見合い話を持ってきたのだろう)

「お疲れさま、お兄ちゃん」
「おう」

妹の遊子が珈琲を用意してくれた
先ほどの彼女で今日の診察は終了した。最後の最後であの人とは・・・運が悪い

「そういえば、夏梨ちゃんから連絡あったよ」
「おお、元気にしてるか?」
「今度彼氏連れて帰ってくるって」

双子の妹のうちの一人、夏梨は家を出て独り暮らしをしながら大学へ通っていた
昔は四人で暮らした家も今は三人だ
自分たちが大人になって、子供のときよりは手狭であると感じる筈の家が、何故か広く感じる
夏梨一人がいなくなっただけでこれだ。もし遊子が嫁にでも行ったら、どれだけ広く感じるのだろう

「・・・・さっきの野崎さんじゃないけど」

その遊子が苦笑しながら正面に座る

「お兄ちゃん・・・結婚しないの?」
「・・・」
「お見合いだけじゃなくて、合コンだって誘われても行かないよね」

俺に彼女がいない事を、コイツも夏梨も親父も、高校や大学の友人も知っている
皆が心配して紹介してやろうと、あの手この手で俺を誘う
だが、俺は・・・・

「俺には・・・・誰も必要ないよ」
「・・・おにいちゃん・・・」
「俺には心に決めた奴がいるから」

遊子は悲しげな表情で俺を見つめた
この話をするのは初めてじゃない
数年前から何度か話し合ってきた。俺はその度にこう答えてきた
【心に決めた奴がいる】と



『ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・』

夢の中で泣いている子供
知らない子供
この子供が、心に決めた奴だった

ただの夢
現実には存在しない
何度も何度も説得された
けど、どうしてもこの気持ちは捨てられない

抱きしめたい
涙を止めたい
この子供が愛しい

この気持ちは変えられない


この子供以外必要ない
コイツじゃないのなら、俺は独りでいい


『ごめんなさい・・・』


どうすればお前の傍へいけるんだ?
どうすればお前の涙を止められるんだ?
どうすればお前と会えるんだ?




****




「大叔父さん」

ゆっくりと目を開ける
起こした?と申し訳なさそうに一護を伺う青年

「・・・いいや、大丈夫だ」

にっこりと笑いかけると、青年はホッとした表情をする
俺は彼の後ろに立っている人物を見つけると、手をあげた

「よ、遊子」
「久しぶり、お兄ちゃん」




長い時間が経った

親父は他界し、妹二人は嫁に出て、今ではそれぞれ孫が生まれた。先ほどの青年もその一人
俺は相変わらず独りを貫いて、とうとう90歳を越えてしまった
今更こんな老人の所に嫁いで来たいと思うような女性はおらず、もうこのまま一人であることは明白だ

「・・・お互い歳をとったね」

遊子が苦笑する
こいつは随分前から俺に「結婚しろ」と五月蝿く言っていた一人。何度もその話でぶつかった

「まだ・・・好き?」

だから一番解ってくれている

「あたりまえだ」
「・・・そう」

俺が誰を思い続けて、ずっと独りでいたのかという事を

「何処にいるんだろうね、その子」

夢の中の子供
現実に存在しない子供

昔は解らなかった。だが、最近解ってきたような気がする
アイツが何処にいるのか

「お兄ちゃん?」

急に黙り込んで窓の外を眺めだした俺を心配し、遊子が声をかけた

「アイツは、きっとこの空の向こうにいるんだ」
「え?」
「だから会えなかった。見つけられなかった」

この空の向こう
人が『死者の国』と呼ぶ世界

「もうじき会える。多分、だけど」

これは予感だ
もう長い時間生きてきた。そろそろこの世を離れても良い筈だ

遊子が悲しげに眉を寄せる。それに気がつかないフリをして、空を眺めた

「・・・会えたら、どうするの?」
「そうだな・・・」

『ごめんなさい』と泣き続けているアイツを

「そうだな・・・・抱きしめて、怒ってないよと囁いて、それから・・・」

それから−




****



「・・・・・ん・・・・い・・・・

布団に入ろうとした一護は小さな声を聞いた

「・・・」

そ・・・っと隣の布団へ近づき、顔を覗き込んだ
そこには眠る冬獅郎。頬には涙が流れている

「・・・・ご・・・・・さい・・・
「・・・冬獅郎・・・」

一護は冬獅郎の名を呼ぶと、軽い身体を抱き上げた

もう何もかも終わったのに
一護の力は戻り、皆の記憶も元へ戻ったのに
彼はいまだに自分を責めている
そして一護たちに詫びているのだ

「もういい・・・誰も怒ってなんかない」

謝らなくていいんだ

もう皆が知っている
どれだけ冬獅郎が苦しんだか
どれだけ冬獅郎が後悔していたか
知っているから、理解したから誰も冬獅郎を罰しなかった

世界の歴史を書き換えた罪
それは重罪であり、通常ならば重い罰を与えたはずである
だがそうならなかった

「お前は90年もたった独りで生きてきたんだ・・・だから」

これ以上の罰は与えられない
それが尸魂界の決定だった

「俺がいるよ」

だから泣かないで



一護が抱きしめても止まらない涙
どうすればいいのか
一護が悩んでいると、懐かしい声が頭の中で聞こえた


会えたら、どうするの?


(・・・遊子)


そうだな・・・・


一護はぎゅっと冬獅郎を抱きしめる


    −抱きしめて


「怒ってないよ」


    −囁いて

    −それから


「泣かないで」

一護は冬獅郎の頬に口付ける

「・・・っ・・・」

冬獅郎の瞼が震える
それに構わず、さらに額に口付けた。そしてもう一度頬に、反対の頬に、唇に


    −それから、涙が止まるまで、何度も何度もキスを


「・・・・ろ・・・き?」

冬獅郎は何度も瞬きをしながら目を開いた
一護はフッと笑い、自分の唇を冬獅郎の唇とを重ねる

「・・・・愛してるよ」
「・・・・夜這いしてんじゃねぇよ、馬鹿野郎」

くすっと笑う冬獅郎は、一護の首に腕を回し、今度は自分から口付けた


    −君が笑うまで、何度も何度もキスを贈ろう














生きてた頃のいっちーと、冬獅郎とイチャつくいっちー(笑)のお話
何処にも一護が独身で生きてきた・・・って話を入れてませんでした・・・・・・・・・よね?あれ?
冬獅郎との記憶は無くても、冬獅郎への気持ちは消えていなかったんですね
それと、これまた何処にも入ってませんが、一護が繰り返し見る夢は現実にあったこと。冬獅郎が一護の力を封印する前に、『ごめんなさい』と泣いている場面(←この部分が何処にも入っていない・・・)を一護は見ていて、心のどこかで覚えていたのです・・・って、またここで説明か・・・orz
っつか、一護・・・医者やってたのか・・・(ヲイ!)