まるでそれは影のように・・・



それは最初から知っていたのかもしれない

彼らの眼に

自分はあまり写っていないことを

ただ・・・俺がその事に気がつかない振りをしていただけだ






「本当に・・・・・似てるのね」


またか

と一護はため息をはいた


目の前にいるのは浮竹の友人という女性
どこかで一護の噂を聞きつけたのだろう
浮竹に会わせろとしつこく言ってきたのだという

「君が良ければ・・・なんだが・・・」と済まなそうに話した浮竹に一護は了承の返事をした
浮竹には世話になっているし、今回拒否してもきっと何度も会わせろと言って来るに違いないからだ
だったら早い方が良い
見世物になっているような気がするが、仕方がない
死神の力を持った人間が、隊長相手に互角に戦ったのだ
暫くの間は珍しいもの扱いされてしまうだろう


それはさておき
先ほどの「似ている」とは、殉職した十三番隊副隊長の事
名前を志波海燕


「まるであの方が帰ってきたよう・・・ね?」


ね?と話しかけられた浮竹は「はは」と引き攣った笑みを浮かべていた





志波海燕に似ていると言われた事は初めてではない
ルキア処刑から藍染謀反までのあの騒動
あの後仲良くなった死神たちから散々言われてきた

似ている





「髪や眼の色を変えたら・・・ああ、懐かしい」


一護は自分が誰に似ていようが自分は自分だと解っている
けれど殆どの者が自分を『黒崎一護』として見てはいないのではないか・・・
そう思える時がある









「一護。晩御飯は何にする?」


モヤモヤとした気分で帰ってきた一護を笑顔で冬獅郎が迎えてくれた

色々と嫌な思いをしたが、こうして堂々と冬獅郎に会えるからこそ、何とか耐えられる
・・・別にコソコソしてる訳ではなく、やはり現役の学生である為頻繁に尸魂界に来るのはどうか・・・という声がチラホラあがっている(主に貴族から)


「・・・とーしろぉぉぉ」
「いっ一護っ?」


一護は ぎゅうぅぅぅ と冬獅郎を抱きしめる
抱きしめながら冬獅郎のぬくもりと匂いを思い切り全身で感じる

やっと息が出来た
そんな気持ちだ


「一護?」
「ん~・・・・はぁ、生き返った」


たっぷり五分間冬獅郎を抱きしめていた一護はやっと身体を離した

頭の上にはてなマークを飛ばしている冬獅郎は意味が解らず首を傾げていた
それを見てクスリと笑った一護は、「腹減った」と冬獅郎に告げた











「お腹いっぱい♪」
「だなぁ。にしても、こっちにも美味いお好み焼き屋があったんだなぁ」


今日の夕飯はお好み焼き
本音を言うと、冬獅郎の部屋でゆっくりと食べたかったが、冬獅郎も仕事のある身
疲れている冬獅郎に無理は言えないし、かと言って自分も疲れていて作る気になれないし・・・と言う訳で外に食べに出たのだ


「店主さんが『おおさか』って所の出身なんだって」
「へぇ~・・・どおりで」


現世の地元で食べるよりも、生地もソースも美味かった。と一護は先程食べた味を思い出す


「今日は豚玉だったから、次は牛すじってのを食べなきゃね。有名なんだって言ってた」
「ふぅん・・・・って?冬獅郎は何回も行ってるんじゃなかったのか?」


冬獅郎がどうしてもここに行きたいと言うのであの店にした


「うぅん。初めて」


そう言えばどうやって焼くのかも解っていない風だった事を思い出す
一護や周りの客を見て真似ていたようだ


「昔、流魂街にいた頃に教えてもらってたんだ。いつか行きたいと思ってたんだけど」


雛森とか言う幼馴染にでも教えてもらったのだろうか?と一護は「へぇ」と言っただけで追求はしなかった














「昨日、お好み焼き食べてましたね?」
「あ?」


遅刻してきた副官は開口一番こんな事を言った

まず最初に謝るもんじゃねぇのか?と何百回目になるか解らない事を思う
しかし、もう何百回も繰り返した事なので、今更か・・・とため息をはきつつ、先ほどの松本の言葉を思い出した


「・・・お前、あの店にいたのか?」
「いいえ。そのお向かいの居酒屋に」


また飲んでいたのか、今度は誰が犠牲になったのやら
と昨日松本と居たであろう誰かを不憫に思った

この松本はお酒は大好きなのだが自分ではあまり代金を払った事がなく、大抵付き合わせた誰かに払わせている


「窓際の席だったんで、隊長と一護が出てきたのが見えたんです」


隊長、ご機嫌でしたよ~とニコニコする松本に、冬獅郎は眉間にシワを寄せる事で答えた

遅刻の事を言っても仕方がないかもしれないが、決して忘れたわけではないんだぞ という意味を込めて・・・




「・・・ええっと・・・隊長、あの店の事ご存知だったんですねぇ」


タラリと冷や汗を流しつつ、何とか冬獅郎の気分を変えようと、話題を再び昨夜の話へと向けた

昨夜訪れた店はいわゆる隠れた名店で、裏通りにあり店の看板などは一切出していない
お金も地位も力も知識も持っている冬獅郎だが、あまり娯楽というものを知らない
そんな冬獅郎がよく知っていたな、と松本は意外に思ったのだ


「ん?ああ・・・昔教えてもらってな」
「雛森ですか?」


冬獅郎に何かを教えるといえば雛森だ
彼女の方が冬獅郎よりも瀞霊廷で過ごした時間は(ちょっとだけ)長い
その彼女から聞いていたのだろうか

しかし、冬獅郎の答えは意外なものだった


「いや、雛森は甘味処は教えてくれたが、ああいった店は教えてくれなかった」
「あら?・・・じゃあ、誰なんです?」


松本は記憶にある死神の顔を思い出す
冬獅郎に何かを教える人物・・・たくさん居るように思える
自分も含め、この隊長を構いたい人物などごまんといるのだから



しかし、冬獅郎の口から出た名前は、松本が思い描いた人物の誰とも一致しなかった




「志波海燕だ」























「志波海燕だ」



それは、冬獅郎の口からは聞きたくなかった名前



仕事中だとは解っていたけれど最近は暇だと冬獅郎が言っていたのを思い出し、十番隊を訪れた一護
執務室の扉の前に立った途端、あの名前が聞こえた


(お前もなのか?お前も俺を通して『志波海燕』を見ていたのか?)


中には松本もいるらしい
何の話をしていたかは判らない
だが、冬獅郎の口から志波海燕の名前が出た事が重要で
一度思い出すとどんどん悪い方へ考えてしまう

冬獅郎と海燕には繋がりがあり、一護と付き合おうと思ったのは
一護が海燕に似ていたからなのではないのか

あの笑顔も、安心して腕の中で眠った顔も、好きだと言った言葉も


全て自分ではなく海燕に向けて発せられた言葉だったのでは・・・



「・・・そだ・・・」


ふらり と一護の身体がよろめく



どん と大きな音をたてて壁にぶつかった





「誰?」


その音を聞きつけた松本が扉を開く


「・・・一護?なにしてんの?」


名を呼ばれ、一護はのろのろと顔をあげた


「一護?」


松本の後ろ
離れた場所から冬獅郎が一護を呼んだ

一護は冬獅郎を見つめた後、近寄ってきた松本に触れられる前に瞬歩で十番隊を離れた











「!ちょっ・・一護っ!」


執務室の前で座り込んでいたかと思ったら、急に姿を消した一護に何なのかと首を傾げる
どうせ冬獅郎に会いに来たのだろうが、それにしては話一つせず消えるのはおかしい

その事を告げようと上司を振り返ったが、その声は思わぬ所から聞こえてきた


「松本」
「へ?・・・隊長、いつの間に?」


冬獅郎は松本の脇をすり抜け廊下へと出た所だった


「少し・・・出る」
「・・・・・はい」



松本の返事を聞いた瞬間
冬獅郎も瞬歩を使い十番隊を後にした













何をしているのかと思った

ゆるゆるとあげられた顔が青ざめていて何かあったのだと解った

そして自分を見つめた後、いなくなった



















「・・・見つけた」


一護は双極の丘にいた
背中を丸めて蹲っている

いつもは力強く頼りがいのある背中
しかし、今は頼りなく寂しそうだ


「・・・一護」


冬獅郎はゆっくりと一護に近づく


「一護」


一護のすぐ後ろに立つが一護は振り返らない
声が聞こえていないはずがない
冬獅郎に気がついていないはずがない

冬獅郎はそっと一護に手を伸ばす
拒まないでほしいと祈りながら



「・・・一護」


冬獅郎は一護の右肩に手を置く
瞬間、ビクリとされたが振りほどかれる事はなかった
ほっとしていると、一護の方も冬獅郎の手を握ってきた


「昼休みか?」
「う・・・ん。・・・そんなとこ」


一護がいつも通りとはいかないものの、笑ってくれたのに安心し
冬獅郎は一護の隣に腰を下ろした


「一護、何が「昼食いに行くか」」


冬獅郎の言葉を遮り、立ち上がる一護
そしてそのまま歩いていこうとする一護に冬獅郎は思わず叫ぶ



「一護っ!」
「!」


一護はぴたりと止まるものの振り返る事はしなかった


「何で何も言わないんだよ!?何かあったんだろ?」
「・・・・」
「いつも・・・何も言わない俺に・・・しつこいくらい聞いて、いつだって俺を助けてくれる一護がっ」
「いつだって俺を助けてくれる一護が・・・なんで俺に何も言わないんだよ!?」


そんなに自分は頼りないのか
悩みや苦しみを告白できないくらい信頼されていないのか
冬獅郎は悔しくて涙を流す


「・・・俺っ・・・そんなに・・・・・」


必死で涙を袖で拭う冬獅郎を一護はゆっくりと抱きしめる


「・・・ごめん・・・ごめんな」


「ぅ・・・一護・・・」


冬獅郎は一護の身体を思い切り抱きしめた













泣き止んだ冬獅郎と一護は双極の丘から瀞霊廷を眺めて座っていた
暫く無言でいたが、一護からポツリと呟くように質問される


「え?」


聞き辛かったのと、まさかその名が一護の口から出てくるとは思っておらず驚きのあまり聞き返してしまった
すると一護は再度同じ言葉を口にした


「志波海燕・・・と仲良かったのか?」
「・・・・」


志波海燕
十三番隊の副隊長をしていた死神


何故今更海燕の事を?
疑問に思いながら一護を見つめる
一護も冬獅郎を見つめており、その眼はどこか寂しそうであり、何かに怯えている様でもあった
本当は冬獅郎の答えを聞きたくないのかもしれない。だが、一護は答えを求めている
そう感じた




「冬獅郎?」
「・・・兕丹坊って知ってるよな?西門の門番」
「ああ」
「俺、アイツと仲良くてさ」


そんな話をあの騒動の後、兕丹坊に会った時に聞いた気がする
小さくて生意気だけど本当は優しい、大切な友人の話


「志波海燕もアイツと仲良くて、門の所で時々会ってた」


当時、冬獅郎は死神ではなく流魂街の魂魄だった


「俺、霊力は強かったけど死神になろうとかこれからどうしようかとか全く考えてなかった。そんな俺に海燕はいつも言ってた「死神になれ」って」


冬獅郎ならば上位の死神になれると
もしかしたらあっという間に隊長位に就けるかもしれないと何度も冬獅郎を説得した


「俺には本当の家族の記憶は無くて、ばぁちゃんと桃と暮らした思い出しかない
からかわれたりもしてたけど、海燕の事兄貴のように感じてた」


冬獅郎の知らない事をたくさん教えてくれた
色んなものを見せてくれた
聞いてもいないのに瀞霊廷の事や流魂街の他の地区の事を教えてくれた


「だから・・・兕丹坊から海燕が死んだと聞いた時、すごく悲しかった」




冬獅郎の話を聞き終えた後、一護は「そうか・・・」とだけ答えた
そして、また瀞霊廷の方へと視線を向けるとまた黙る






「・・・俺は・・・」


視線は瀞霊廷に向けたまま一護は独り言のように話し始める


「志波海燕に似ていると言われるんだ」


冬獅郎は何も言わず一護の言葉を聞く
先ほどの質問といい。一護が海燕にやたらと拘っていたのはこれが理由だったのかと悟る

確かに一護は海燕に似ている
髪の色や眼の色の違い。それと一護のほうが年齢が若く見える所が違うが・・・



「俺は俺だし。ここは尸魂界だ。先祖とかいるかもしれねぇ・・・似てる奴がいてもおかしくねぇよ
解ってる」


一護は冬獅郎にずっと隠してきた気持ちを話す


もしかしたら誰も『黒崎一護』を見ていないのではないだろうか
皆にとって一護は『志波海燕』と思い出すための手段にすぎないのではないか
一護を一人の人間として見ていないのではないか


「『俺』は何なのだろうと思うと・・・悲しくなった」


けれど『一護』よりも『海燕』の方が彼らと過ごした時間が長い
『一護』よりも『海燕』の方が彼らの心の中で大きいのは当たり前だ


「だけど、それでも何とか卑屈にならずにやってこれたのには理由がある」


一護に笑いかけて一護を喜ばせ一護を幸せにしてくれる
たった一人の人


「お前がいてくれたからだ」
「・・・俺?」


冬獅郎がいてくれたから代わりとして見られていても平気だった
冬獅郎だけは自分と海燕を重ねてみていない
信じていた


「でも・・・さっきのお前の言葉を聞いて・・・不安になった」










志波海燕の先輩後輩達
特に十三番隊の隊員達を中心に、一護を見て海燕の事を思い出している者がいること
少しは気がついていた

浮竹や京楽も時々言っていたから

でも、一護は何も言わなかったし
冬獅郎は気にもしなかった

冬獅郎にとって海燕は『兄』、一護は『恋人』で、まったく違う人間なのだから


その事を告げると、一護は寂しそうに笑った




「・・・一護」
「疑ってごめん・・・俺、お前も海燕を思い出すために俺と付き合っているのかと・・・・」


ぎゅっと冬獅郎は一護を頭から抱きしめる
大切なのは一護なのだと伝わるように・・・・


「俺が好き・・・うぅん、愛してるのは一護だけだ・・・」
「うん」
「・・・・一護だけだよ」
「ああ、知ってる・・・知ってたよ」













きっと一護はこれからも同じ思いをするのだろうと一護を抱きしめながら冬獅郎は思った

誰も他人の思い出まで制限する事はできない

これからも何人もの死神が一護を見ては海燕を思い出すだろう

それほどまでに彼の存在は大きかったのだ

誰にとっても・・・





志波海燕は黒崎一護にこれからも付き纏うだろう


まるでそれは影の様に・・・・