そして僕は君に出会う




最初はなぜこんな夢を見るのだろうと思っていた

それは数日続く事もあれば、一月の間に一度も無い事もあった
けれど毎回必ず現れる子供
白に近い銀の髪
綺麗な翡翠色の瞳
意志の強そうな眼差し

音の無い、映像だけを見ているような
そんな夢に現れる子供に

逢いたいと思うようになった

いつしか
その子供を『好きだ』と思うようになった


そして・・・


子供を探す旅に出た










「・・・それは『冬獅郎』かもしれないね」


西の第一地区潤林安
今日、隣に引っ越してきた少年に「こんな外見の奴は住んでいないか?」と訊ねられ、その家に一人で暮らしていた老婆は、今も昔も可愛がっている子供を思い出した


「!マジ?その『とうしろう』は何処にいるんだ!?」


身を乗り出して老婆に詰め寄る少年を両隣にいた男女が押さえつける


「こらこら。いけませんよ、一護サン。ご婦人が怖がっているじゃありませんか」
「しかし、一護の言っておった『子供』が実在するとはの。世の中何があるか解らんものじゃ」


二人はニッコリと笑うと、老婆に詳しい話を聞かせてもらえないかと頼んだ





「じゃあ、今は死神をやってるのか」


この村にはいない事を知り、一護はガックリと肩を落とす
死神でも貴族でもない彼は瀞霊廷に入る事が出来ない。
『とうしろう』はたまの休みにこの老婆の元に里帰りしているようだが、一護としては今すぐにでも逢いたかった

一方、一護の両隣に座っていた喜助と夜一は、二人同じように考え込んだ後「ああ」と何か思い出したようだった


「ワシらが引退するのと入れ替わりに騒がれた天才児!」
「そういえばそんなお名前でしたねぇ」


その二人のセリフに、一護はくわっと目を開く


「何だそりゃ!?俺、聞いたよな?一番最初に!しかも何回も聞いたよな!?」
「仕方ないでしょう?アタシ達は彼とは会った事無いんですし」
「一護の説明の仕方が下手なのじゃ」


喜助と夜一
この二人は元々精霊廷に住んでいた
しかし、五十年ほど前に自分達の役職を引退し、二人で流魂街を旅している時に一護と出会った


『俺、夢で見た奴を捜してるんだ』


聞けば、一護は家族で尸魂界にやってきた
貧しいが、それなりに楽しく暮らしているという
だが、一護だけがその家族から離れ、旅をしているのだ
ずっと見てきた、『夢の中の子供』に逢う為に

現実に存在するかどうかも解らない
尸魂界にいないかもしれない
けれど一護は捜すたびに出た


『存在する!絶対!俺はそう信じてる』


はっきりと言い切った一護に、二人は30分近く笑い転げ、一緒に探すと言ったのだった


そしてやっとその『子供』に近づけた



「でもまぁ、もう住んでる場所も判明しましたし、後は『とうしろう』さんが帰ってくるのを待つだけですね」
「おう!・・・だけど、休みが終わったらまた離れ離れか・・・」
「ならお前も死神になれば良い。ワシらの友人らもまだ精霊廷に居るし、口利きをしてやっても良いぞ?」


本人の自覚は薄いが、一護はかなりの霊力を持っている。
喜助らも説明した事はないが、「身体を鍛える為」と言っては、それなりに修行を積ませてきた


「死神かぁ・・・同じ隊に配属されたら、毎日一緒だしな」


その事を想像したのか、一護はにんまりと笑った
それを見て、喜助と夜一、そして『冬獅郎』の祖母も笑いあった







「そうそう、この家。」


一護は一人外に出て『とうしろう』の住んでいた家を眺めていた

夢で『とうしろう』があの老婆や、黒髪の少女と暮らしていた、あの家だ


「・・・逢ったら、何て言おう」


一護は目を閉じて『とうしろう』を思い出す
一護の見ていた夢の中では彼は普通の子供で、死神の姿をしている所など一度も見たことがない
もしその姿を見ていたら、もっと早く彼の元へと辿りつけていたのではないか
そう思うと少し悔しいが、喜助の言うとおり彼の居場所も実家も解っているのだ
後は、会って自分を知ってもらうだけ


「流石に初対面で「好きだ」ってのは・・・ないよなぁ」


自分は何年も彼を見てきた
けれど、彼にしてみれば一護は初めて会う人物なのだ

じっくり・・・じっくり仲を深めて、それから・・・

と、一護が実行できるかどうか自信の無い人生計画をたてていると、背後から呼びかけられた







「なぁ、君?」
「あ?」


一護がその声に振り返ると、そこには長身の男


「・・・キツネ?」


一護の第一印象はそれだった
銀色の髪をした、目の細い男
白くて大きな布を大事そうに抱えていた


「・・・君、初対面の人にそんな事言うもんやないで?」


自分の事を言われたのだと解っていながら、男はクスリと笑った
一護は「悪い」と謝りながら、目の前の男に警戒心を抱いた

(なんだ・・・?コイツ・・・なんか嫌いだ!)

一護の考えている事が解ったのか、自然と睨みつけていた為解ったのか、男は「僕も何でか君が気に入らん」と言った
そして大きく息を吐くと、抱えている白い布へと目をやった


「?何を持ってるんだ?」
「・・・・その家に浦原喜助って人、居てる?」


無視かよ!と一護がムッとした時、家の中から喜助が声をかけた


「一護サン!そろそろ・・・・・市丸サン?・・・」


喜助は一護と一緒に居る男に気がつくと、表情を硬くした


「・・・・・お久しゅう、浦原はん」





この子を助けて欲しいんです


そう言って市丸は喜助に抱いていたものを渡した

「子?」
その言葉に疑問を浮かべながら、一護は喜助がそれを受け取り、開くのを彼の隣で見ていた


「!」


そこに居たのは逢いたいと思っていた『とうしろう』
全ての布を剥がすと彼が腹部に怪我をしている事が解った
すぐに「コイツがやった」と解った
別の誰かがやったとは思いつかなかった


「てめぇ!」
「一護サン!!?」


思わず一護は市丸に殴りかかった
そして、市丸はそれを避けようともせずに微動だにせず、殴られた


「許さねぇ!コイツを傷つける奴は誰だろうと許さねぇ!!」
「静かにせんか!」


さらに殴りかかろうとする一護を夜一が怒鳴りつける
それにハッとした一護は、慌てて『とうしろう』の元へと駆け寄った


「浦原さん!コイツ、助けてやってくれ!」
「解ってますよ。ですから、大人しくしていてください?」


言い聞かせるように浦原は一護を諭す
一護はゆっくりと頷くと、真っ青な顔をして硬く目を閉じている『とうしろう』に囁いた


「大丈夫だからな?浦原さんが必ず助けてくれるから・・・頑張れ・・・『とうしろう』」
「・・・・その表情・・・気持ち悪いですよ、一護サン」





どんな表情だよ!!
怒鳴る一護を無視し、喜助は自分達の家へと入っていった。一護もそれに続こうと後を追ったが、夜一によって止められた


「夜一さん!?」
「お主がいても役に立たん、邪魔になるだけじゃ。今は喜助を信じよ」


その言葉に一護は悔しそうに唇をかみ締めた


「それはそうと、市丸」
「・・・・なんやろか・・・・?」


市丸はじっと喜助が冬獅郎を連れて入った家を見つめていた
夜一の呼びかけにも視線を外さないまま答える


「何があった?話せ」


何があったのか。それは一護も知りたいことだった

この市丸という男。喜助らの知り合いらしい事から、きっと死神なのだろう
それにしては以前見た死神と服装が違うが・・・


「それが・・・・解らんのよ・・・」


市丸の言葉に再び一護の頭に血が上る
思わず市丸に飛びかかろうとした所をまたしても夜一に抑えられた


「詳しく話せ」
「・・・・」


市丸自身、何があったのか良くわからない
暇つぶしに現世に出向いたいた市丸。
その時、偶然冬獅郎の霊圧を感じ、そちらへ向かった
彼は『誰か』と共にいた。そして、なぜか二人が共にいることが腹立たしかった

そして『誰か』を殺してしまおうと思い、刀を抜いた


「あの子が『誰か』を庇ったんや・・・」
「その『誰か』は・・・どうしたのじゃ?」
「居らんようになってしもた」


あの時までは、その『誰か』の姿や声を覚えていた
しかし今はどうだろう?『誰か』がいなくなった途端、記憶の中からスッポリとその姿が消えてしまっている
一体、『誰か』は何者だったのだろう?そして何処へ行ったのだろうか・・・?


「あの子に怪我させてしもうて・・・それもかなり深い傷や。慌てた。・・・なんとか応急手当したんやけど、かなりの出血で、呼びかけても眼を覚まさん」


助けるために虚圏に連れて行くことも考えた。しかし、冬獅郎が眼を覚ました時の事を考えると連れて行くことが出来なかった


「捕まってもええから、この子を瀞霊廷にと思うて尸魂界に来たら、喜助はんらの霊圧を感じてな」


そしてここへ来たのだと市丸は話した

『捕まってもええから』という言葉に一護は首を傾げた。しかし、夜一は何も言わない
はぁ、と大きなため息をはいただけだった


「夜一さん・・・?」
「・・・・」


夜一は眼を閉じ、暫く考え込んだ後、市丸を見つめた


「喜助ならば何らかの説明をしてやれたのじゃろうが、ワシには良く解らんの」
「・・・・僕かてそうや」
「じゃが、解った事もある」


それは何だ?と一護が見つめていると夜一はニヤリと笑った


「市丸と一護が恋敵という事じゃ」
「「はぁ?」」


二人は同時に向き合い、お互いをにらみつけた
そして再び同時に夜一へと向き直る


「俺の方がずっと『とうしろう』の事、好きだったんだぞ!俺の敵じゃないね!!」
「何言うてんの?僕の方が日番谷はんとの付き合いは長いんや!君はさっさと諦め!」


言い争いを始めた二人を見て夜一はますますニタニタと笑う
これは面白い事になったものだと思っているのだ
そんな夜一を出てきた喜助が咎めた


「なんて顔してるんですか、アナタは」
「おお。喜助」
「「浦原さん!!(はん!!)」」



冬獅郎の治療を終えて出てきた喜助に、二人は言い争いを止めた
そして黙ったまま喜助の言葉を待つ


「大丈夫ですよ。市丸さんの手当てが良かったのでしょう、今は落ち着いています」


その言葉にホッとする二人。良かった、と一護はその場に座り込んでしまった


「・・・それはそうと、市丸さん。まだココに居て大丈夫なんですか?」
「そうじゃのう。瀞霊廷とて無能ではあるまい。もう気がついておろう」
「・・・・やろうね」


三人の会話に再び一護は首をかしげた
彼がここに居ては何か不味い事でもあるのだろうか
聞いて良い事なのだろうかと三人の顔を見ていると、夜一が一護の名を呼んだ


「なんスか?」
「市丸を連れて流魂街の奥の方へ逃げてくれんか?」
「へ?」


何でこいつと?という一護の声を無視し、夜一は話を進める


「・・・・これは二番隊隊長さんやね」
「まっすぐこちらに向かって来てますねぇ」
「ワシが足を止めておいてやる。アヤツはワシが大好きじゃからの。必ず市丸ではなくワシの相手をするじゃろ」

「って!俺は無視かよ!!」










夜一や喜助に鍛えられていた一護
移動速度も夜一には追いつけなくとも、他の奴等よりは早いと自負していた
ところがどうだ
目の前を走る市丸についていくのがやっとだった
それどころか、市丸は一護を振り返りきつそうなのが解ると少しスピードを緩めているのだ


(くそ〜!!こいつだけには負けたくないのに!!)


ずっと想ってきた『とうしろう』を傷つけたのだ
たとえ夜一らの友人だろうが、『とうしろう』と顔見知りだろうが一護は絶対に許さないと決めていた


「・・・・何か言いたい事でもあるん?」


睨みつけていたのだろうか、市丸はクスリと笑って立ち止まった


「・・・・」
「ここまで来たら大丈夫やろ」


何?と市丸は一護に振り返る
一護は市丸から三メートルくらい離れて止まった


「まず・・・・どうして逃げてんだ?」
「・・・・僕は瀞霊廷の・・・尸魂界の敵になってるんや」
「敵?」


市丸は瀞霊廷であった事を話した
それを聞いて一護は大きく眼を開く


「じゃあ・・・お前は『とうしろう』の敵って事か?」
「そうなるね」


あっさりと市丸は認めた
一護は何故?と聞いた。
市丸は冬獅郎が大丈夫だと解るまであの場を離れようとしなかった。手違いで傷つけてしまったとはいえ、ちゃんと手当てをし、助けてもらおうと喜助の所まで連れてきたではないか。それはつまり・・・・


「だってお前・・・『とうしろう』の事・・・」
「・・・・好きや・・・」


はじめて見た時、彼に恋をした。けれど市丸はそれを素直に言うことが出来なかった。でも、彼がどうしても欲しかった
だから彼に自分の相手をしろと持ちかけた。でなければ、彼の大事にしている乱菊や十番隊の隊員を襲うと脅迫したのだ
結果、市丸は冬獅郎を手に入れることが出来た。しかし、身体だけ

夜を過ごす時、どんなに市丸が甘い囁きを繰り返しても冬獅郎がそれに耳を傾けたことが無い
どれだけ優しく抱いたとしても、冬獅郎は常に眼を、心を閉じていた
全てを知っている藍染に「やり方を間違えたんだよ、君は」と笑われた事もあった


「僕は、あの子に憎まれとる。解っとった・・・でも、諦められんかった」


藍染と共に虚圏に行った後も冬獅郎を想った。
彼を求めた







「やり直せるならあの子と会った時から・・・いや、藍染はんと会う前からやり直せたらええなと思う時がある」
「・・・市丸・・・」


市丸は一護を見てフッと笑った


「何で君とこんな話してるんやろな?」


時は戻すことは出来ない
解っているのに・・・・


「なんでやろ?変な気分やけど、君になら話してもええと思った」


理由はわからないが、一護に聞いてもらいたかった
彼ならば自分の気持ちを解ってくれるのではないかと思った


「俺・・・お前が許せない」
「そうやろうね」
「二度と『とうしろう』の前に現れて欲しくない」
「・・・・」
「だけど・・・」


なぜかこのまま冬獅郎に本当の想いを告げずに居なくなって欲しくなかった
本当の気持ちを伝えさせてやりたかった


「ありがとう」


一護の気持ちに市丸は礼を言う
だが、市丸はこのまま虚圏に帰ると言い出した


「なんで?」
「あの子と僕に身体の関係があった事は広く知られとる。きっと見張られてるはずや。そんなあの子の所に僕が行ったら、ますますあの子が疑われるやろ?」


これ以上、冬獅郎を自分のせいで仲間から疑わせたくない
自分のせいで傷つけたくなかった


「・・・そうか・・・」


市丸は虚圏への道を開く
一護はそれを黙って見守っていた


「君にこんな事頼むんは変な感じやけど・・・」


開いた道の前で市丸は一護に振り返らずに話す


「あの子の傍に居たってな。・・・あの子、護ったってな」
「・・・・・ああ」


一護の返事に市丸は一度だけ振り返ると笑って姿を消した


一護は暫くその場に立っていたが、ゆっくりと元来た道に振り返ると冬獅郎を思い出して笑った


「・・・今から・・・帰るから」










****


「一目ぼれしてんだ」
「・・・え?」


やっと目覚めてくれた冬獅郎に、一護はつい嬉しくて初対面で告白してしまった
勿論、冬獅郎は大きな眼をさらに大きくして固まってしまった
告白した一護も数秒間硬直する


(・・・・まぁ・・・良いか・・・・)


いずれは言うつもりだったし、それが少し早まっただけだと自分に言い聞かせた
一護は、やっと言われた事を理解したらしく、顔を真っ赤にし始めた冬獅郎をゆっくりと抱き起こした


「あ・・・・の・・・お前・・・」


どうやらパニックに陥っているらしい冬獅郎を見て、一護はクスクスと笑う


そして再度こう告げたのだった





「好きだよ・・・ずっと冬獅郎に逢いたかった」