24時間の恋人 
最終話
















一月五日

その日はとても寒く、空にはぶ厚い雲
予報では雪が降るといっていた




(今から織姫と出かけるんだけどなぁ)




部屋の窓から空を見上げていたたつきは、夜まで降らないでよね と誰に祈るのか解らないまま手を合わせた

その瞬間、来客を告げるインターフォンが鳴る




「よぉ」
「・・・一護」




出てみるとそこには一護の姿
学校が冬休みと言う事もあり、久しぶりに会う幼馴染はどこか雰囲気が変わっていた




「なに?」
「ん・・・これ、返しに来たんだ」




差し出された袋の中にはクリスマスに一護に渡したたつきの服
「ああ・・」と思いながら受け取る




「一応クリーニングしてあるらしいから」
「うん、別に良かったのに」




服を返して用事は終りなのか、一護はすぐに帰ろうとする
たつきはそれを呼び止めて気になっていた事を聞いた




「お母さんとの約束、ちゃんと守れたの?」
「・・・あぁ・・・まぁ・・・な」




どこか寂しそうに笑う一護を見て、たつきはそれ以上声をかけれなかった
織姫から事情のある子なのだとは聞いていた
きっと何かがあの後あって、結果として二人は離れ離れになったのだと解った




「なぁ・・・雪、降るかな?」
「え?」




たつきに背を向けて一護は空を見上げていた
同じように見上げて予報では降ると言っていたと教えると、一護は「積もると良いな」と呟いた




















一方、冬獅郎は一番隊で隊主会に出ていた




「取りあえずは無事で良かったの」
「・・・・はい」




冬獅郎が魂魄に合わない義骸を使おうとし、意識不明に陥った事は各隊長達には既に知られていた
時期が年末だった事、そして冬獅郎が数日体調を崩した為、処罰は年始の仕事始めの時にと先延ばしにされ今日に至った




「皆様には大変ご心配をおかけしました
そしてお騒がせいたした事に深くお詫び申し上げます」
「良い良い・・・こうして元気なお主の顔を見れたのじゃからな」




山本がニコニコと冬獅郎に笑いかけた後、今年初めての隊首会が始まった








「・・・では、今年一年宜しく頼む、解散」




結局隊首会では冬獅郎のした事について何も話されることは無かった
どうして? 混乱しながら冬獅郎は山本に駆け寄る




「総隊長!」
「ん?なんじゃ?」




雀部と共に奥へ向かおうとする山本を引き止めた冬獅郎は、何故自分への処罰が言い渡されないのかと尋ねた
すると山本は目を大きく開いて驚き、その後大きな声で笑った




「なんじゃ、おぬしは罰を受けたいと言うのか?」
「だってそうでしょう?俺は許可無く現世に下りました
それも魂魄に合わない義骸で・・・不具合が出ると解っていて・・・」




例え非番であったとしても、隊長格が現世に下りるには許可が要る
自分はその決まりを守らなかった
何らかの罰は受けるべきなのだ

それに・・・・



(一護を・・・利用しようとした)



市丸の面影を一護に求めた
一護を身代わりにしようとした
そんな冬獅郎に一護は優しく接してくれた
馬鹿な事をしたと解っている
彼になんと謝れば良いか・・・・だが、まだ彼に会うことは出来ない
会えばきっと彼に縋ってしまう
彼の優しさに甘えてしまう



(俺は・・・最低だ!)





「ふむ・・・許可無くとは何じゃ?」
「え?」




その言葉に驚き、冬獅郎は山本と視線をあわせる
山本はにんまりと笑っており、隣の雀部が冬獅郎に一枚の書類を手渡した


それは『実験結果報告書』と書かれており、被験者は冬獅郎で『魂魄に合わない義骸を使用した場合』の結果が書かれていた




「・・・これは・・・」
「お主は技術開発局から『頼まれて』あの義骸にはいったのであろう」
「え?」
「そして『現世で行動するとどうなるのか』という実験で現世に下りたのじゃ
今回の事は任務であり、お主を罰する原因は何処にも見当たらぬ」




のう?と山本は冬獅郎の背後に向かって声をかけた
振り返るとそこには解散したはずの隊長たち
全員が冬獅郎を見て微笑んでいた(一部除く)




「・・・・でも・・・」
「何じゃ?其れほどまでに罰が好きか?」




ふぉふぉ と笑いながら山本は冬獅郎の頭を撫でた
そして身を屈ませ視線をあわせると「では一つだけ・・・」と言った























翌日の早朝、冬獅郎はまだ誰も出勤していない十番隊の庭に居た

昨日から降り続いた雪は瀞霊廷を白銀の世界に変えており
そこで独り、ごろごろと大きな雪玉を作っていた
毎年作っている雪だるまを作るためだ

こうして素手で作っても自分を暖めてくれる市丸はいない
解ってはいるが既に習慣になってしまったのか、気がつくと雪を転がしていた




『では一つだけ・・・・』




昨日総隊長から言われた言葉
それを思い出していた













「そろそろ本当のお主に戻る気は無いか?」
「っ・・・・」




本当の自分・・・・それは・・・・




「ワシも、皆も、年々美しくなるお主をこのままにはしておけぬ
もうそろそろ本当の名を名乗り、女性として生きてはくれぬか?」




冬獅郎とは本名ではない
そして男ではない
それは隊長格の全員が知っている事
いや、もしかすると死神の殆どが気がついているかもしれない








(あれは確か雛森が霊術院を卒業した年の事だ・・・)








ドン臭くて頼りない幼馴染
その彼女がついこの間卒業し、正式な死神として春から護廷十三隊に入隊すると知った日の事だ

(そう簡単に死ぬとは思えないが、アイツ、ドジだからな・・・)

雛森を心配した彼女は、自分も死神になる事を決意した
そしてその日のうちに願書を提出しに霊術院へ
しかし、受付にいた係員に「ここは君のような女の子が来る所ではないよ」と追い返されてしまった
係員は彼女がまだ幼いから受け付けなかったのだが、彼女は「女だから」と勘違いした
翌日「これで文句ねぇだろ!」と名前を「冬獅郎」と改め願書を提出
その時霊術院に顔を出していた当時の十番隊隊長に「面白いから受け付けてやってよ」と言われ、受付は願書を受け取った
(それが縁で卒業後一番隊を経て十番隊に入隊する事となる)













(その日から俺は「冬獅郎」として生きてきた・・・
でも、桃は「折角綺麗な名前なのに」と、俺がやめろと何度も言っても「しろちゃん」と呼び続けた・・・ばぁちゃんもずっと俺の本当の名前で・・・・「白雪(しらゆき)」と呼んでたっけ)




自分自身もいつまでも「冬獅郎」として生きれるとは思ってはいなかった
時が経ち、身体が成長すれば望まなくとも女の身体になるだろう
どんなに誤魔化しても男と女では身体のつくりが違う
護廷十三隊は男だから良いとか、女だから駄目とかという世界ではない
性別や名前を偽ったからと言って処罰される事は無いのだ
だが・・・




(今更女に戻れと言われても、俺の言動は昔からこうだったんだがなぁ)




くすりと笑いながら大きな雪玉を二つ並べる
後は小さい方を上に乗せれば一応完成だ
毎年その状態で放置しておくと、そのうちやちるがやって来て
手や顔を作り完成させる
自分の役目はここまでなのだ
きっと十一番隊の連中と楽しそうに飾り付けるのだろう、その光景が眼に浮かぶようで、白雪はクスリと笑いながら、小さい雪玉に手を伸ばした

しかし、それは白雪が触れる前に浮かぶ




「これ、重ねれば良いのか?」
「!」




聞こえてきた声は思い出すと苦しい人の声
見上げると、いつの間にやって来ていたのか一護が立っていた




(どうして・・・ここに?)




白雪は一護が雪玉を重ねる姿をじっと見つめる

なぜ彼はここにいるのだろう
暫く会う事などないと思っていたのに・・・
彼はあの時の少女が自分だと知っているはずである
きっとちゃんと記憶が戻ったか確認しに来たのではないだろうか、恐らくそうだろう
自分はあの時の事を憶えていない事になっている
このまま知らぬフリをすればすぐに帰ってくれるはずだ




「・・・なぁ・・・お前」
「!な何だ!?」
「ちょっと見せてみろよ・・・・あ〜やっぱりな」




一護は白雪の手を取ると優しく包み込んで暖め始める
それはかつての市丸と同じ




(!どうして!・・・どうして同じ事ばかりするんだ!)




それを一護に望んだはずなのに、白雪は慌てて一護から手を引いた
一瞬、一護はそれに驚いていたがすぐにニコリと笑いかけた


白雪は直視出来なくて視線を逸らし一護を見ないようにした
それに一護は悲しそうな顔をしたが、すぐに真剣な表情になり「話がある」と切り出した


















十二月二十七日

ぼんやりとベットに寝転んでいた一護に来客があった
それは乱菊で『ユキ』が着ていた服を返しにきたのだ

その時一護は乱菊から『ユキ』が無事に義骸から出れた事と、熱を出して意識不明だったが今は眼を覚まし、元気であると伝えた

そして同時に『冬獅郎』から『ユキ』の記憶が無いようだとも伝えた




「・・・・そうですか・・・・でもアイツが無事ならそれで良いです・・・」




解っていた事だ
あの子が何も憶えていなくとも自分が覚えていれば良い
『ユキ』は確かに一護の前に存在した
一護と約束をしてくれた
自分達の思い出は彼女の残したノートにある




「・・・・一護、アンタ隊長の事本気?」
「・・・・え?」
「本気なのかどうなのか、それだけを答えて」




乱菊は真剣な表情で一護を見つめた
なんなのだろう そう思いながらも一護は「本気だ」と答えた

本気だ あの子を愛している
あの子が『ユキ』として現れる前から、そしてこれからもずっと・・・




「なら、アンタに良い事を教えてあげる」




ニッコリと笑った乱菊の表情はとても優しかった


















「話・・・・?」
「ああ、大切な話なんだ」




じりっと一護が白雪に近づく
それを感じ取り、反射で白雪は一護から離れる

一護の話を聞きたくない、だけど聞かなければならない様な気がする
白雪はどうして良いか解らず、俯いてしまう

一護はそんな彼女を優しく抱きしめた




「っ!放せ!」
「嫌だ」
「ふざけんな!放せ!!」




じたばたと暴れるが腕力で敵うはずが無く、こうなったら霊力をぶつけるしかないと力を出そうとした時、囁かれた言葉




「好きだ」




ぴたり と白雪は動きを止めた
そしてゆっくりと顔をあげる

そこには『ユキ』だった時に何度も見た優しい一護の笑顔




「っ」




一護に抱きつきたい衝動に駆られる

しかしそうする訳にはいかない
自分は何も憶えていないのだ
彼との一日は自分の中には存在しない
駄目だ!

なんとか自分を押さえ込むと、白雪は「馬鹿な事を言うな」と笑った




「嘘じゃない、本気だ」
「っ・・・だったらてめぇは変態か?こんな男の餓鬼に好きだなんて」




お願い、好きだなんて言わないでくれ
自分は一護に好かれる資格など無い
一護を市丸の代わりにしようとした、こんな自分を




「男でも何でも良い、好きだ」
「!」
「・・・・市丸が好きだってのも知ってる
それでも俺はお前が好きだ」




知っているのならどうして・・・・
白雪は無意識に胸元を握り締める

一護は白雪の髪をなでながら続けた




「俺の気持ちを受け入れてくれとは言わない、でも少しでも俺の事を好ましく思ってくれているのなら、守らせてくれないか?」
「・・・な・・・にを?」




一護はそっと白雪の胸元の手を握り締めた




「・・・俺とお前の『約束』を」












「ユキ『約束』しよう」
「?」
「これを受け取ってくれないか?」









「これ・・・なぁに?」









「これは・・・ずっと一緒にいるっていう約束の指輪だ」
「ずっと一緒?」
「ああ・・・俺とユキはずっと一緒、絶対に独りにしない・・・離れない
その約束のしるし・・・」










「・・・・い・・・・ちご・・・・知って・・・?」




憶えている事を知っている?
白雪は驚いて眼を大きく開く
先ほどから白雪が握り締めているものは約束の指輪
鎖をつけ、首にかけていたのだ

眼が覚めた時、どうして握り締めていたのかは解らないが捨てたりしまったりは出来なかった
一護と『ユキ』であった自分のとの思い出


一護は微笑みながら頷いた










乱菊が教えてくれた良い事


それは「冬獅郎」が「ユキ」の指輪を処分しなかった事
そして、隠しているがそれを身につけている事だ




『多分・・・ううん、絶対に憶えているはずよ』




100%保障するわ と乱菊は自身ありげに笑った
だが、一護は指輪を持っていてくれているという事だけで嬉しかった




『会いにきて』




乱菊はそういい残し尸魂界に帰っていった
そして、少し時間はかかったかもしれないが、やっと今日こうして来る決意が出来たのだ







「傍に居させてくれ・・・・ユキ・・・」
「っ」




ぽろぽろと白雪は涙を流し始める
どうしてこんなにも一護は優しいのだろう
市丸の代わりにしか一護を見ていなかった自分に
己の事しか考えていなかったこの自分に




「ユキ?」
「・・・めんなさい・・・」
「え?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」




急に謝りながら自分にしがみついて泣き始めた白雪の背中を一護は優しく撫でた
それでも白雪は何度も何度も「ごめんなさい」と謝りつづける




「俺・・・自分の事しか考えてなくて・・・・一護が市丸と同じように笑ったから
市丸と同じ事をしてくれたから・・・一護を通して市丸に会いたかった」
「・・・・・」
「でも一護は優しかったの・・・一護と一緒に居たとき・・・幸せだったの
本当はすぐに謝りたかった・・・会いに行きたかった、だけど・・・」




白雪は解らなくなってしまったのだ
一護に会いたいという気持ち
これは「一護」に会いたいのか、一護のなかに見える「市丸」に会いたいのか


きっと一護は優しく白雪を受け入れてくれるだろう
しかしそれではいつまで経っても自分の気持ちは解らないと思った




「俺・・・最低だ」
「どうして?」
「市丸が好きなのに・・・・一護も好き・・・なんだ」




一護はその言葉を聞いて本当に嬉しそうに笑った

「好き」と白雪が言ってくれたのだ
記憶の無いユキの時には言ってくれてはいたが、記憶のある状態で言ってくれるとは思ってなかった




「それで良い」
「え?」
「市丸を好きなままで良い・・・それでも良いから一緒にいさせて?」




今は市丸を好きでいても良い、いつか一護だけを好きだと言わせて見せる

一護はそっと白雪の顔をあげさせる
涙にぬれた瞳はとても美しかった




「独りにしない・・・離れない・・・・ずっと一緒だ」
「・・・一護・・・・」
「俺とお前の・・・二人だけの約束・・・だ」




「うん・・・・」




頷いた白雪を一護はきつく抱きしめた


























あの神童と謳われた日番谷白雪よりも短期間で隊長格となった死神が今日、十三番隊副隊長に就任する

しかし、白雪が隊長に就任した時よりも周囲は驚かなかった
なんせ彼は人間であったころから死神としてその実力を見せていたからだ

本来なら隊長でもおかしくない力の持ち主なのだが、やはり経験不足と言う事もあり、馴染みのある十三番隊の副隊長に任命された




そんな彼の元に急ぐ一人の少女
腰の辺りまで伸びた長い髪は、頭の高い位置で一つに括られている
その色は見事な銀髪で、護廷では知らない者は居ないとまでいわれる人物
日番谷白雪である


とても美しく成長した彼女は、あと少しで少女というより女性という方がしっくり来る年齢になろうとしていた




「一護」




ひょこり と一護の自室へと顔を覗かせる白雪を、その部屋の主は笑顔で迎え入れた




「ユキ」




とことこと近づく彼女を抱きしめると二人で笑いあう




「おめでとう一護」
「ありがとうユキ・・・っと、日番谷隊長だよな」
「・・・・今まで何度言っても言わなかったのに・・・」




くすくすと笑う白雪に一護は苦笑する
そうだったか?と頭をかきながら・・・




「うん、初めて言われた」
「う〜ん・・・だって今まで俺、護廷隊じゃなかったからなぁ」
「でも、今日からは言うんだ?」
「はい、ちゃんと言いますよ
日番谷隊長」




また二人でクスクスと笑いあう








「でも仕事以外のときは「ユキ」だからな」
「うん、ユキって呼んで」






幸せそうな二人に十三番隊隊員が申し訳なさそうに声をかける


これから任命式があるのだ




「行こうか、ユキ」
「一護、ユキって言った」
「あ!・・・くそっ」
「一護、変な顔」










むすっとする一護の隣で笑う白雪の指には銀色の指輪


それは昨日一護から贈られた指輪


永遠に一緒だと誓った約束の指輪




その日から二人は永遠の恋人となったのだった