はじめてのばれんたいん
どん
と机の上に現世の雑誌を置いたのは毎度遅刻してきた副官の松本
時々、こいつは俺に怒られたくてワザと遅刻してるんじゃないだろうかと思うほど、ほぼ毎日遅刻する
現に松本はニコニコ笑っている。
現在午前十時半
出勤時刻は八時半
二時間の遅刻だ
「松本・・・」
「たいちょーVvこれ見てくださいよ〜」
今日こそコイツを反省させようと口を開いたが、それをかき消すような松本のデカイ声
軽く耳を押さえながら、じろりと睨むが相手は全く気にしない
ニコニコと笑いながら雑誌のページを捲りだした
「・・・・貴様・・・」
「あったあったv」
これではどちらが上司かわからない
隊長としての威厳を保つ為にもここはビシッと・・・と言おうとした俺の眼前にずいっと出されたのは雑誌のある一ページ
「これ。あげないんですか?」
「あぁ?・・・・・ば・・れんたいん?」
なんだこりゃ?
首をかしげている隊長
やっぱり・・・知らないと思ったのよね。今まで男のふりをして生きてきたこともあるのだろうけど、それ以前にそういったイベント事自体あまり興味の無かった人だから・・・
だけど、今年の隊長は今までと違うの。やっと本当の名前を名乗り、女性として生きていけるようになったの。
そして優しく隊長を包んでくれる人も出来た。
だから少しずつで良いから今までやってこなかった事も体験してもらいたいの
私は隊長にバレンタインについて教えた
「二月十四日にチョコレート・・・」
「はい。毎年七緒達と作って男性死神に渡してるんです。今年は隊長も参加しましょう?」
ジッと二秒間。白雪と松本は見つめあう。しかし、白雪はあっさりと「興味が無い」と言い、書類へと視線を戻した
松本は負けてなるかと「でも!」と白雪の顔を覗き込む
「隊長には一護がいるじゃないですか?」
「は?一護?なんでアイツがここで出てくるんだ?」
白雪がとぼけている様には見えなかった。本気で言っているのだと松本はがっくりと肩を落とす
「説明したじゃないですか。好きな人にチョコレートをあげる日だって」
「ああ。」
「一護は隊長の恋人じゃないですか!」
松本の言葉を聞き、白雪はきょとんとした表情をする
そして徐々に顔が赤くなっていく
「ななななな」
「何言ってるのか解りません」
「だって。おまおまお前がっ」
「落ち着いてください」
松本は白雪にお茶を出して落ち着かせる。白雪はそれを一気に飲み干して大きく息をはく
「お前・・・な」
「はい?」
「こ・・・いびと・・なんて恥ずかしい言葉使うな!」
その言葉に松本は再び肩を落とした。
この人は今更何を言っているのだろう
先月の初めのこの二人のやり取り。あれだけイチャついておいて今更恥ずかしい等と・・・
「たいちょう・・・」
「それにっ・・・俺達はまだ・・・そんな・・・」
もじもじしている所等以前からは考えられないほど可愛らしいのだが、ここで「カワイイvv」と抱きついて話を有耶無耶にしてはならない
松本はぐっと自分を抑えると、白雪の手をぎゅっと握り締めた
白雪は「ほぇ?」と松本を見上げる
「一護の喜ぶ顔が見たくないんですか?」
「・・・見たい・・・」
「なら作りましょう」
「・・・・うん・・・」
二月十四日
学校から帰り、自室のドアを開けると白雪が出迎えてくれた
それに驚いた一護だったが、白雪が珍しく女性物の着物を着ていたのに思わず見惚れた
本名を名乗るようになってから白雪は髪を伸ばすようになった。それと同時に(まだ一護は数回しか見たことがないが)女性物の着物を着るようになった
松本などは「やっと隊長を着飾れる」と大喜びしていたが、それもこれも、一護が白雪を必死で説得したからだった
「あ・・・勝手に部屋に入って・・・怒ってる?」
見惚れてて何も言えなかった一護を、怒っていると勘違いした白雪がしゅんとした表情になる。一護は慌ててそれを否定した
そして、本当に怒っていないという事を伝える為に一護は白雪を抱きしめた
「怒ってないよ。ビックリしたのとユキがあまりに綺麗だったから・・・・見惚れちゃって」
「・・・・ばか・・・」
白雪も久しぶりに抱きしめられ、一護の腕の中で眼を閉じたのだった
「バレンタイン?」
「一護・・・嬉しい?」
まさか尸魂界にバレンタインの習慣があるとは思っていなかった一護は、当然期待はしていなかった
貰えたら良いなぁとは思ってはいたが、彼女が責任ある地位に就いている事を知っている為、あえてこちらからは何も言わなかったし言うつもりも無かった
それが貰えるなんて・・・
「嬉しいに決まってるだろ!」
早く!早く出して!!と急かす一護に、白雪はもじもじしながら小さな箱を差し出した
「おぉ〜」
奪い取るように箱を手にするとそぉっと箱を開ける
その中にはチョコレート色のケーキ
「・・・ガトーショコラ?」
「・・・そう」
それはほんの一切れだったけれど、白雪の心のこもったケーキを一護は口にする
「・・・・どう?」
「ん!うまい!」
それほど甘くなく、チョコレートの味が濃厚なケーキに一護はにんまりと笑う
贅沢を言うならもう少し食べたい所だが・・・
白雪はホッとしつつ、すまなそうに口を開いた
「あのね、初めて作ったの。それで味見を浮竹に頼んだら「美味しい」って言ってくれてね。そしたら甘いもの嫌いな総隊長も欲しいって言い出して・・・」
仕方ないと分けていると何処から聞いてきたのか、恋次や京楽までやってきた。
そしてあれよあれよという間にケーキは食べられ、残ったのはたった一切れだったのだという
それはきっと一護に対する嫌がらせなのだろう
「ごめんね・・・一護」
悲しそうな表情で謝る白雪の頬に一護はキスをしながら「大丈夫」と囁いた
「・・・でも・・・」
余程気にしているのか、白雪の表情は冴えない
一護は微笑むと「だったら」と続けた
「また作ってよ。今度は尸魂界じゃなくて、うちで作ってくれば邪魔は入らないし」
「なv」と笑うと、白雪もようやくにっこりと笑ってくれた
翌年から一護へのバレンタインのチョコレートは現世で作られることとなり、今年邪魔した者達は翌年悔し涙を流したという
終