明後日は、2月14日バレンタインデー
それは現世から持ち込まれた尸魂界の新しい行事となっている
現世と同じように女性達はチョコレートを買い、意中の男性に自分の想いと共に贈る日
そしてそれはここ瀞霊廷でも・・・
「たいした事なくて良かったですね」
「そうだな。卯ノ花の話では三日ほどで退院出来るそうだ」
本当に良かった
と乱菊はほっと胸を撫で下ろす
現世任務中の隊員が負傷して戻ってきて四番隊に運ばれた と知らせを受けたときはとても慌てた
直ぐに冬獅郎と二人で四番隊に向かった
だが怪我はたいした事無く、三日で退院一週間もあれば一般業務に復帰出来るだろうと診断された
「アイツが休みの間その仕事を・・・!」
「そうですね、今から調整・・・!」
四番隊に入院となった隊員の仕事を誰かにフォローしてもらわなければならない
その相談を始めようとした時、良く知った霊圧がこちらにやって来るのを感じた
「やちる・・・か」「そのようですね」
その霊圧の主は十一番隊の草鹿やちる
十三隊一小さい彼女は、その次に小さい冬獅郎を良い遊び友達だと思っている様で、時々十番隊執務室にやってくる
大人ばかりの護廷の中で、自分より年下なのはやちるだけ
冬獅郎も彼女の事は気に入っている
しかし、彼女に執務中に来てもらっていては仕事にならない、やちるの来訪は迷惑意外の何者でもなかった
普通の者なら凄んで「帰れ」の一言で済むのだが、やちるには効いたためしがない
かと言って、入れないように扉を開かないようにしておけば蹴破って入ってくる
そして、それを片付ける為に仕事を中断せねばならず、やはり仕事にならない
「どうします?」
「居留守使っても無駄だろうし、松本 襖開けとけ」
また壊されたのではたまったものではない
「解りました」
乱菊が入り口を開けたと同時にピンク色の物体が入ってくる
「ひっつーVv」
「誰がひっつーだ。・・・で、今日は何の用だ?」
やちるはにこにこしながら冬獅郎の真横に立つ
そしてあのね と眼をキラキラさせながらこう言った
「つるりんに『ばれんたいんちょこ』の作り方を教えてもらうの。ひっつーも一緒にやろ!!」
ばれんたいんちょこ?
冬獅郎がやちるの言った言葉の意味を理解するのに三十秒かかった
「はぁ?」
「どうしても剣ちゃんに手作りのちょこを渡すんだ!!っつって聞かなかったんすよ」
一角は意外と料理上手で有名だ
やちるのおやつから更木のおつまみ
たまにお昼にピクニックをしたいと言うやちるのお弁当を作っているのも彼だ
そんな一角にやちるが教えてくれと言うのは当然だ
ちなみに、よく冬獅郎もそのおすそ分けを貰っている
「で、どうして俺が付き合って作らなきゃならねえんだ?」
やちるが十番隊で「一緒にチョコ作ろう」と誘いに来てから三十分後
冬獅郎は一角の所に事情を聞きに来ていた
尸魂界のバレンタインは現世の日本の影響をとても受けていて、女性から男性へと贈る習慣になっている
冬獅郎は男性
一応貰う側だ
そもそも何故自分が付き合ってやらねばならないのか
「それは・・・」
「一角が『日番谷隊長と一緒にやるなら教えてやる』って言ったからだよね」
言いよどむ一角の後ろから弓親が顔を出す
「ゆ・弓親!!」
「・・・だから、なんでそこで俺なんだよ」
一角の言い分はこうだった
やちるに食べ物を作る行為が出来るとは思えない
もし、作ったとして 完成までの過程で自分や十一番隊の隊舎・隊員が無事でいられるだろうか?
恐らく十二番隊隊長顔負けの物体を作り出すに違いない
出来ることなら教えたくは無い
だが、このまま放置しておいたらきっと他の者に教えを請うだろう
他隊に迷惑がかかる
別に気にはしないが チクチク後で言われるのは嫌だ
なら、やちるが諦めるようにすれば良い
絶対にこんなイベントに参加しそうに無い人物
その人物と一緒でないと教えないと言えば良い
暇人で変人ばかりの十三隊でこういった事にまず参加しそうになく、やちるに何を言われても大丈夫そうなのは・・・
「で、俺か?」
「・・・はい」
冬獅郎はため息をはいた
当然、やちるには「ふざけた事言ってんじゃねぇ!!」と怒鳴りつけた
「ひっつーのいじめっ子ぉぉ!!」と当然泣かれた・・・
ひっつーが居ないと作れないのぉと大声で泣くものだから、一応こうして事情を聞きに来てみれば・・・
「やちるには悪いが俺は付き合う気は「やだ、隊長。つめたーい」」
聞こえてきた声に眉間の皺を深くして振り向くと、そこにはひっくひっくとしゃくりあげているやちると、彼女を連れてきた乱菊
「松本・・・」
冬獅郎は思い切り乱菊を睨む
部屋の気温が五度下がる
だが彼女は気にもせず、鼻歌を歌いながら近づいてきた
「隊長、作りましょうよ」
「まだ言うか!俺は」
「あげなくて良いんですか?」
「!!」
ピタっと冬獅郎の体が固まり、かーっと顔を赤くする
乱菊の顔はニヤニヤと笑っており、冬獅郎の反応を楽しんでいるのが解る
「市販の物も良いですけど、やっぱり手作りが一番なんじゃないですか?」
「!!」
誰に何を それは言われなくても十分解っている
だけど、そんな真似冬獅郎に出来るはずがない
「ああああああのな、おおおおれはな」
「どもってますよ隊長」
「##%%&△◆**??」
「・・・言葉になってませんから」
まぁまぁ落ち着いて、と乱菊は冬獅郎にコップを差し出す
コップを持っていないほうの手は背中の後ろにあり、その手にはビンが持たれていた
「あ」
そのビンが酒瓶であると解った一角が何か言う前に冬獅郎はそれを一気に飲んでしまった
「・・・」
再び冬獅郎の動きが止まり俯いてしまった
「松本、お前子供に何飲ませてんだ」
「お酒」
「あっさり答えてんじゃねぇよ!京楽隊長でさえこの人やうちの副隊長には酒を勧めないってのに」
「まぁまぁ。見てなさいって」
乱菊はニコニコしながら冬獅郎の顔を覗きこむ
「たーいちょ」
乱菊の声に反応し、冬獅郎は顔をあげる
満面の笑みをうかべて・・・
「はぁいvv」
「「!!」」
片手をあげて返事をする冬獅郎
そんな姿を一度も見たことがない十一番隊の二人は驚く
「らんぎく〜vv」
「はぁいvv・・・隊長可愛い!!」
「うん。とうしろーかわいーのぉvv」
ぎゅっと抱きしめあう十番隊のツートップ
その光景はやちるでさえ驚いて何も言えない
「そうだ!隊長、バレンタインのチョコ作りませんか?」
「ぅ?ちょこ?」
首を傾げるそのしぐさは、とても可愛かった
一角達でさえどきっとしてしまう
「そうですよ。きっと一護も期待してますよvv」
「いちご・・」
「作りましょうよ。丁度一角がやちるに教えるらしいですから、隊長も一緒に」
「何言ってんだ松本、日番谷隊長はさっきやらないって「やる〜!!」は?」
一角は耳を疑った
だが冬獅郎は何度も「やるやる」と言っていた
「日番谷隊長?」
「とうしろー、やる。いちごにチョコわたさなきゃいけないのぉ」
「はい決まり。良かったわねやちる」
「やったー!!」
こうして話は纏まった
「はい、隊長。ここに署名してください」
「はぁい」
さらさらと署名する冬獅郎
内容は『私、日番谷冬獅郎は斑目一角にバレンタインチョコレートの作り方を教わります』と書かれていた
酔ってはいても字はいつも通り綺麗
しかし、ここまでしなければならない事なのか?と一角は思う
「酔いがさめたら『知らない』って逃げる恐れがあるのよ。その為の証拠よ証拠」
「・・・苦労してんだな日番谷隊長も」
「苦労してんのは私でしょ?」
「「絶対に違う!」」
乱菊が一角たちと話している間、冬獅郎は喉が渇いたらしく何か飲み物を探す
(あ〜あったぁ)
先ほどの酒瓶を手に取りぐいっと飲む
「あ!!隊長駄目ッすよ!」
「ぅえ?やだ〜もっとぉのむのぉ」
気がついた一角が冬獅郎の手の届かない所に酒瓶を置いた
冬獅郎はぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を伸ばす
「松本!!連れて帰れ!」
「仕方ないわねぇ・・・隊長帰りましょ」
「ノド かわいたのぉ」
「はいはい、帰ったらお水飲みましょうね」
絶対にもう酒飲ますんじゃねぇぞ!!と一角に怒鳴れながら二人は十一番隊を後にした
冬獅郎がお酒を飲むとこうなる事が解ったのはお正月の事
一護の家に遊びに行った時に一護の父一心が試しに・・・と飲ませたのだ
その時、一緒に乱菊も居り一護と二人で冬獅郎の変貌にビックリした
そして皆で抱きついたり頭を撫でたりと思いきり可愛がった
一護は少し面白くなさそうだったが・・・
どうやら酔っている間の記憶はあるようで、翌日になって
「昨日の事は忘れろ!!」と言ってきた
「しつむしつ とうちゃく〜」
執務室に着くと冬獅郎はソファへ向かう
そして「ねむいぃ」と目を擦りながら寝転ぶ
普段なら絶対にしないことだ
「隊長、いつも私に「そこで寝てんじゃねぇ」って言ってませんか?」
「とうしろーがたいちょうだからいいのぉ」
我儘ですねぇとため息をはく
明日は冬獅郎は十一番隊でお菓子作りだ
当然、冬獅郎の仕事はストップする
それを理由に「やらない」と言いかねない
そう言わせない為にも乱菊がフォローしなければならなかった
(今出来るものは今のうちにやっとこうかしら)
と乱菊が自分の机についた時、ふと気がついた
「そう言えば、一護って甘いもの平気なんですか?」
世の中にはチョコレートが苦手な者も居る
更木もあまり得意ではないだろうが、やちるの作った物を粗末にしないだろう
勿論、一護も冬獅郎が作った物を捨てたりはしないだろうが・・・
「ん〜・・・しらなぁい」
「確かめたほうが良くないですか?」
ぅう〜と唸っている所をみると相当眠いようである
酔いは抜けるが一眠りさせてから行かせようと乱菊が考えていると冬獅郎はすくっと立ち上がった
「隊長?」
「いちごんところ いく」
「え?でも」
今の時間は学校ですよ
と乱菊が言う前に冬獅郎は飛び出していた
「・・・今日の分、三席たちに手伝ってもらわないと終わらないわ」
乱菊はもう一度ため息をはくと、部下を呼んだ
一護は五時間目の授業を受けていた
昼ごはんも食べて満腹
その為眠気と闘っている所だった
だけど、その眠気も一気に吹き飛んでしまった
冬獅郎が窓から入ってきた時に・・・
「「「!!」」」
勿論霊体である為一般人には冬獅郎の姿は見えない
見えているのは一護達だけ
彼らはお互いに顔を見合わせる
あの冬獅郎が授業中にいきなりやってくる程だ
何か重大な事が起こったに違いない
一同は気を引き締めた
のだが
「♪♪♪」
冬獅郎は鼻歌を歌いながら一護の机に肘をついてニコニコと笑っている
(((??)))
普段ではありえない冬獅郎の様子に一同は訳が判らないといった顔をする
その中で一護だけが「まさか」と気がつく
だが、こんな昼間からありえねぇだろうと否定した
「いーちーごぉ」
「「!」」
(!やっぱりそうなのか!?)
いつもと違い、甘えて間延びした声を出す冬獅郎に一護以外が驚き、一護は「誰が飲ませたんだ!」と顔を青くした
当の冬獅郎は一護が返事をしないのが気に入らなかったようで、何度も「いちごぉ」と呼びかけていた
「ねぇ、いちご。ねぇってば!」
聞こえてないのぉ と一護の周りをウロウロする
授業中に一般人には見えていない冬獅郎に返事が出来るわけがなく、一護は直ぐにでも冬獅郎を連れて教室を出て行きたかった
「むしするのぉ!?そんないちごにはおしおきだぁ!!」
「ぅわ!!」
一護は思わず声を出してしまった
「どうした黒崎?」
「いや・・・何でもない・・っす」
冬獅郎はおしおきだ、と言って一護にキスをしてきた
まさかそんな事をしてくるとは思っても見なかった為、授業中だと言う事を一瞬忘れてしまった
そんな一護を見て冬獅郎はケタケタと笑っている
(冬獅郎!!)
ぎろっと冬獅郎を睨みつけるが、酔っ払いには効果がなかった
逆にべーっと舌をだされる
(くっそー!冬獅郎の奴!!)
あまり相手をしてくれない一護は放っておくことにしたのか、冬獅郎は他のメンバーの所へと歩いていく
織姫やチャド、石田の周りで同じように名を呼んでは「もぉなんであいてしてくんないのぉ」と文句を言っている
(何とかしろ!!)
という目を仲間に向けられて、一護は「ははは」と笑うしかなかった
(俺だって早くなんとかしたいよ!)
そんな一護の耳に救いの鐘の音
「っしゃーー!!」
音が鳴り終えるその前に一護は冬獅郎を抱えて走り去った
「いちごぉ・・・なに、いきぎれしてんのぉ?」
「はぁはぁ・・・だ・・れのせいだと・・・・」
一護は誰も居ない屋上へと移動してきた
思いきり走ってきた為、まだ息が整わない
「・・・ったく!昼間っから酒なんて飲むんじゃない」
「わかってまぁっすぅ」
解ってないから言ってるんだが・・・
と一護は頭が痛くなりそうだった
「ねぇねぇ いちごぉ」
冬獅郎はそんな一護に構わず抱きつく
「ん?どした?」
「あまいものすき?」
「甘いもの?」
うん と頷いた冬獅郎は説明を始めた
「一角が料理得意とはねぇ・・・顔に似合わず」
「とうしろーもいつももらってるの」
「へ〜・・・つーか、お前!一角たちの前で酔っ払ったのか?」
冬獅郎が酔うとこうなって扱いに困る
困るのだが可愛い
普段、一護には甘えてくるのだがそれ以上に甘えるのだ
しかも素面時の『一護限定』から『不特定多数』に
まぁ、いくらなんでも初対面の人間には甘えたりはしないだろうが・・・
だがそれは一護にしてはとても面白くない事だった
恋人が自分以外の人間に抱きついて嬉しいなんてどうして思えるだろう
こんな状態にしてくれた乱菊を一護は恨んだ
「とうしろーはよっぱらってませぇん」
「・・・酔ってないならなんだっつーの・・・」
はぁ とため息をはいていると つんつんと冬獅郎が袖を引っ張る
先ほどの質問の答えを要求しているのだ
「・・・大丈夫。甘いものは、チョコレートは好きだから」
ぱぁっと冬獅郎の顔が喜ぶ
「楽しみにしててね」
と言い残し冬獅郎は尸魂界へ
「なんでこんな事になってんだ・・・」
冬獅郎は乱菊と隊長の羽織とエプロンを交換しながらブツブツと文句を言っていた
何となくだが昨日の事は覚えている
チョコを作る・・・と言った様な気がする
酒を飲んだ上での口約束だ
と言って無かった事にしてしまおう、と出勤してみたら朝一で十一番隊に集合と副官に言われてしまった
何の事だ?としらばっくれても自分の字で署名された念書のような物を出されてしまっては仕方がない
「ご自分で言ったんですから文句言わないでください」
乱菊は頑張って!と冬獅郎を十一番隊に送り出した
「んじゃ、そろそろやりますか」
「「おねがいしまーす」」
一角が教えてくれたのはトリュフ
溶かして丸めるだけなんだから大丈夫、ちゃんと作れるだろうとの判断だった
しかし相手はやちる
どこをどうやったんだ?と聞きたくなるくらい彼女は自分をチョコレートまみれにしていた
「つるりん!!ちゃんと出来ないじゃん!」
「えぇ!!」
怒って一角に八つ当たりするやちる
そのやちるから逃げる一角
十一番隊の二人が騒いでいるのを他所に、冬獅郎はせっせと作っていく
流石というべきか、一度聞いた事は完璧にやってしまうのだ
「・・・できた」
一角とやちるが疲れ果てて寝てしまったのだが、一人やり続けた冬獅郎はちゃんと完成させることが出来た
そこに乱菊が現れる
「あら、ホント」
「!ま・まつもと!!」
驚く冬獅郎を見てクスクスと乱菊は笑う
それを見て冬獅郎はむっとした
「・・何しに来たんだよ」
「様子を見に 後、完成したチョコを入れる物を渡してなかったなって気がついて」
「・・・さんきゅ」
二人でせっせっとチョコを詰める
このまま十一番隊に置いていたらここの隊員に食べられそうだったのだ
「隊長・・・沢山作りすぎです。いくらなんでも一護はこんなに食べられませんよ?」
「ばぁか。ウチの連中にも配るに決まってんだろ」
「ええ!くれるんですか?」
「流石に一人一個しか出来なかったけどなぁ」
さすがです隊長!と乱菊は冬獅郎に飛びついた
落とすだろ!と叱られたが気にはならなかった
その日、一日早いんだが と愛する隊長からチョコレートを貰えた隊員達は大喜びで帰宅したという
こんこんこん
14日 夕飯を食べ終わり一護が部屋に戻るのを待っていたかのように窓を窓を叩く冬獅郎の姿
「よ、来たな」
「うん。はいこれ」
冬獅郎は綺麗にラッピングされた箱を差し出した
勿論、ラッピングしてくれたのは乱菊
彼女はちゃんと用意してくれていたのだ
「さんきゅ」
と一護が冬獅郎にキスしようとするのを手で止める
「え〜駄目なのか?」
「違う」
キスが嫌なのではない、と冬獅郎は首を横に振る
そうじゃない
「今日は俺から一護にキスしたい・・・から」
もしかして今日も冬獅郎は酔っているんだろうか?と一護は様子を伺う
それに気がついた冬獅郎は酔ってない!と怒る
「チョコと一緒に・・キスも贈りたい」
駄目か?と顔を真っ赤にしながら聞いてくる
誰が駄目だと言うだろう
誰がいらないと言うだろう
答えは一つしかない
「勿論、喜んで・・・」