雨の日は決まって悪いことが起こる
母と死に別れたのも雨の日
僕が死んだのも雨の日
『あのこ』が居なくなったのも雨の日
雨の日は碌な事が起こらない
「また雨か・・・」
何度目か解らない溜息と共に一人の死神が独り言のように呟く
一緒に居る五人のうち他の三人とも心の中で同じ事を思った
そして一番前を歩く自隊の隊長の背中を見つめる
背中に背負われた数字は『十』
十番隊隊長の印
彼の名は黒崎一護
オレンジ色の髪をした死神だった
そして優しい雨はやむ
十番隊隊長が虚討伐に出向くと必ず雨が降る
50年ほど前に流れた小さな噂
始めはただの噂話で、多くの者が『馬鹿馬鹿しい』と笑った
いくら彼が隊長で強大な力を持っていても天候を操る事など出来る筈がないのだから
だが、それも10年経った頃には噂は事実となった
確かに彼が討伐に出ると雨が降るのだ
雨男だ
たまたまだと言ってしまえばそうなのだろう
だが多くの死神はこちらを信じた
『死んだ十番隊副隊長の呪い』だと
目標である虚を倒しあの門を越えれば瀞霊廷という所で一護は隊員たちに先に帰るように告げた
隊員たちは疲労と雨に打たれて凍えていた為にそそくさと帰っていった
誰一人一護を振り返ろうとはしなかった
一人になった一護はある場所へと向かう
そこはある人が死んだ場所
「・・・・」
何度きても殺風景な場所だと一護は思う
草木一本無い荒地
瀞霊廷に近いこの地区では珍しい場所
技術開発局の調べでは霊子が安定しない為にこうなるのだという事だった
そんな場所に五十年前に現れた大虚
一護は隊員数名を引き連れてここへとやって来た
雨の日だった
あの時、隊長である自分がいるのだから大丈夫 と、反対する副官を宥めて新人隊員を連れて来たのがそもそも間違いだった
目標には特殊能力があったらしく、霊圧を消して死神に近づき、影に引き込んで殺すという戦法を使ってきた
鬼道系斬魄刀の持ち主が居ればなんて事はなかっただろう
だが一護の斬月では対応しきれない
そして新人隊員はまだ始解すら出来ない者達ばかり
状況は一護たちに不利だった
隊長としてあの時できた事は
一人でも良い
隊員を生かして帰す事
その時、一護は己の死を自覚した
だが、一護は生き残った
どうしても不安を拭えなかったのだと、一護たちを追いかけてきた副官が身代わりになったのだ
「・・・・俺がお前を死なせた・・・・」
あの時、言う事を聞いていれば
今もきっと傍にいてくれた
「・・・ゆう・・・」
何十年経っても覚えている
虚の爪に身体を貫かれて倒れた場所
急いで駆け寄った
流れ出る血は止まらなくて、『いなくなってしまう』とはっきりと解った
一護はその場所に立てた墓石をゆっくりと撫でる
遺体は瀞霊廷内の墓地に埋葬した。だからここに『あのこ』はいない
だが一護にとってこここそが墓だった
『あのこ』の墓ではなく、己の罪が眠る場所
何もない筈なのに、一護にはここに未だに血溜まりが見える気がした
「寒くないんですか?」
どのくらいそうしていただろう
不意に声をかけられた
「?」
一護が立ち上がって振り向くと、そこには霊術院の制服を着た一人の子供
「雨の中で傘も差さずに・・・風邪ひきますよ?」
「・・・それはお前もじゃないのか?」
子供もまた傘を持っていなかった
続けてお前も寒くないのかと問うと子供はクスリと笑った
「俺は大丈夫。雨は俺だから」
「?」
「なんでもありません」
そんな事より と子供は視線を一護の足元へと移す
そこは一護が先ほどまで撫でていた場所
「・・・何かあるんですか?」
「っ。お前には関係ない」
この場所は自分の戒めの場所
誰にも触れられたくない
知られたくない
『何も聞くな』
そういう意味を込めて一護は子供を睨みつけた
睨まれた子供は何かを察したようで、ゆっくりと頷く
「ところでお前は何の為にこんな所へ?」
霊術院の学生が流魂街をうろついていても決して不思議ではない
だが、霊術院は厳しい規律がある
長期休暇でもないこの時季に、しかも一人でこんな場所に来る事等ある筈がない
「・・・実家がこの地区にあるんです。そこで偶然隊長たちとすれ違って・・・その時に」
これを と子供は手に握っていた物を出しだした
『それ』は丸い銀色の装飾品
「っ」
『それ』を見た一護はさっと懐を探る
あるべき場所に『それ』が無く、子供が持っている物は間違いなく自分が毎日身につけているものだと解った
「きっと隊長の物だと思って」
「届けてくれたのか・・・ありがとう」
一護は子供から『それ』を受け取ると大事そうに握り締めた
「懐中時計だったんですね」
「っ」
一護が驚くと子供は申し訳なさそうに「気になったので」と勝手に中を見た事を詫びた
「あ・・・ああ、壊れて動かないが」
一護はゆっくりと固く閉じたままの蓋を指で撫でる
この懐中時計の本当の持ち主は一護ではない
これは形見
五十年前、葬儀の前に三席から、これも一緒に埋葬しても良いかと聞かれ、咄嗟に奪い取った物
あの日からどんなに修理しても動かない時計
一護の言葉に子供は首を傾げた
「?動きましたよ」
「え?」
「ちゃんと動いてました。あ、これ開いたら音楽が流れるんですね」
とても綺麗な音でした
子供はにっこりと笑った
一護は信じられないと、急いで懐中時計の蓋を開ける
すると聞こえてきたのは五十年前に失われた筈のメロディー
流石に任務中には開かなかったが、執務中には時折時間の確認をする為に開けていた
その時に聞こえていた懐かしい音
「・・・・・」
「なんて名前の音楽なのか、知りたくなりました」
いつの間にか子供は隣まで近寄ってきており、一護の持つオルゴールの音に耳を傾けていた
一護も目を閉じ、同じ様にメロディーを聴く
「・・・俺も・・・知らないんだ」
「そうですか」
「いつか聞こうと思っていたんだ」
だがその機会は二度と訪れない
聞こうにも相手は何処にもいないのだから
あの日から動かなくなった時計
鳴らないオルゴール
止まない雨
噂のとおり
君が僕を怨んでいるからだと思っていた
だが
動き出した時計
再び聞けたあのメロディー
君は僕を赦してくれたのだろうか
貧乏くじを引いた
一護は不機嫌である事を隠そうともせずに十番隊へと急いでいた
今朝行われた隊首会。そこで総隊長山本は、現在霊術院に所属している学生を特別待遇で護廷に入隊させると発表した
その人物はすでに己の斬魄刀を手に入れており、始解も出来るとのことであった
成績も常に第一位。つまりエリート中のエリートである
「へぇ、学生で始解も出来るんや。将来がたのしみですなぁ」
三番隊隊長市丸がにんまりと笑って感想を述べる
それには一護も小さく頷いた
成績は中の上。斬拳走は良かったが鬼が全く駄目であった自分でさえ隊長になれたのだ、きっとその人物はいずれ隊長格に登ってこれるだろう
市丸の言うとおり将来が楽しみだ
だが、今の自分には関係ない
それだけの才能を持った人物。どうせ一番隊に入隊するに決まっているのだ
「それでその者の配属先じゃが」
続けて山本から放たれた言葉は、隊長たちを驚かせるに十分な威力を持っていた
「松本」
「はぁい、おかえりなさい一護・・・じゃなくて隊長」
執務室には三席の松本乱菊が待っていた
先に地獄蝶を飛ばして待っておくように連絡しておいたのだ
一護は席に着きながら隊首会での内容を伝えた
「・・・もう一度言ってください」
「だから、霊術院生を特別待遇で副隊長に就任させる事になったって「どうして断んないの!!」
ばん!!と乱菊は一護の机を思い切り叩いた
一護の引いた貧乏くじ
それは例の学生を十番隊の副隊長として就任させる事だった
「断れなかったんだよ。副隊長がいないのはうちと浮竹さんとこだけだろ?」
「だったら十三番隊で良いじゃない!」
「海燕に義理立てしてるから嫌なんだと」
「なによそれ!」
うちだってそうじゃない と乱菊は小さな声で呟いた
山本は例の学生を隊長格として迎えると宣言した
いくらなんでも昨日まで学生だったヒヨッコをいきなり隊長格という無茶な話に、隊長たちは全員反対した
だが、山本の「その人物は未完成ながら卍解に達しておる」と言う言葉に納得せざるを得なかった
そこまでの才能があるのなら、なにも低い地位からはじめる必要はない
いずれはどこかの隊を率いる可能性もある人物。早いうちから隊長の近くでその職務を勉強させ経験を積ませる
それが上層部の出した結論だった
そこで話し合われたのはどの隊に入れるか
当然、副隊長のいない隊へという意見が一番に出た
現在副隊長が在籍していないのは十番隊と十三番隊
どちらも何度優秀な席官を推薦されても拒否してきた隊だ
「光栄な話ですが十三番隊は遠慮させてもらう。いや、その子が気に入らないって訳じゃない」
一護よりもまず先に浮竹が意見を述べた
彼が言うには十三番隊ではその人物を育てられないと言う事だった
浮竹は病弱で、寝込む事も多い。そんな彼の副官を勤めるためにはそれなりの実力と経験が必要だと訴えたのだ
「勿論才能には文句がない。だが、昨日まで学生だった子供に俺の代わりに隊員二百名を率いて戦えというのは、あまりに酷だと思う」
次に一護が意見を述べた
勿論一護も拒否するつもりでいたし、実際拒否の返答を出した
だが浮竹のような止むを得ない事情は無い。副隊長を新しく迎えたくないのは個人的感情からだったからだ
「もう!この役立たず!」
「ちょ!乱菊さん、仮にも上司に向かって」
「役立たずは役立たずでしょ!」
どかっと乱菊はソファに勢いよく座った
その表情はまだ納得していないらしく、苛立ちを隠そうともしていない
はぁ・・・と一護と乱菊。同じタイミングで吐く
すると窓の外からクスクスと笑い声が聞こえた
「・・・ちょっとぉ・・・」
「何やってんだ、ギン?」
「いやぁ、なんやオモロそうなことやってるなぁって思ってな」
ひょこりと窓から市丸が顔を出した。そしてそのまま執務室へと入ってくる
「そんなに反対か一護」
「・・・・俺は・・・あいつ以外の副官は要らない」
「乱菊も?」
「・・・あの子の居場所が無くなってしまいそうで嫌よ」
そっかぁ と市丸は残念そうに眉を下げる
「でもきっとその考えも変わるで」
「「は?」」
「会ってみたら解るんちゃう?」
時々不思議な事を言う
一護はこの霊術院時代の先輩にあたる人物を見つめた
「それってどういう「一護」」
どういう意味だ?と問いかける言葉を遮って市丸は一護の名を呼んだ
「・・・なんだ?」
「あの懐中時計。この間動いたって言っとらんかった?」
一護は、はっとなって時計を取り出した
あの時動いた時計とオルゴールは、まるで夢だったかのように再び止まってしまった
「また動くかもしれんで?」
「え?」
「いや、きっと動く」
絶対や と市丸は何か含んだような笑みを浮かべた
****
「松本ぉおおおおお!」
「ひえええええええ!」
またやってる
一護はガクリと肩を落とした
例の人物を迎え入れてからと言うもの、この十番隊は随分と騒がしくなった
その原因は必ずと言って良いほど同じ人物で、一護はこの二人さえ黙っていれば静かなのにと毎日嘆いていた
「てめえは何十年死神やってきたんだ?」
「女性に年月の話しちゃ駄目なんですよ副隊長ぅ」
「いいから黙って仕事しろ!」
「あぁーん!意地悪ぅうう」
席官執務室から聞こえてきた会話。少し離れた場所であるにも係わらす、ここまで聞こえるなんてどれだけ大声で話しているのか
明日あたり東仙から苦情を言われそうだ と一護は胃を押さえる
そして、こんな時は癒しだ と懐中時計を開いた
止まっていた時計は再び動き出した。市丸の予言通りに
「日番谷、お前は・・・」
一護は新副隊長が自分の前に出仕してきた日の事を思い出した
やって来た人物はまだ子供であった
事務局まで迎えに行った乱菊も、新しい副隊長がどんな人物か興味津々であった隊員たちも驚いた
勿論一護も驚いた
「お・・・お前、あの時の」
「お久しぶりです。そしてよろしくお願いします」
子供は日番谷冬獅郎と名乗った
一護が雨の中出会ったあの子供だった
「あれ?何や、知り合いやったん?」
「先日少しお話をしただけです」
そうなんや と市丸は冬獅郎ににっこりと笑いかけた
何故十番隊に三番隊隊長が居座っているのかは後で考えるとして、一護は目の前の出来事に混乱していた
常に成績トップのエリート。始解はおろか卍解まで達した学生
それが・・・
(こんな子供だっただなんて)
聞いていない。一護は山本をぶん殴りたい気持ちで一杯だった
こんな子供を副隊長に迎えてどうするのか
ブルブルと肩を震わせる一護を他所に、市丸と冬獅郎の会話は続く
「そう言えば、浮竹はんと藍染はんが入隊おめでとうって伝えてくれやって」
「ありがとうございます。落ち着いたら御挨拶に行くとお伝えください」
「うんえぇよ。それとな、今度お昼奢ったるってじいさんが言うとった」
「はい」
「あとなぁ」
どうやらこの二人は自分以上に顔見知りだったらしい
市丸に説明を求める視線を送ると、クスクスと笑いながら教えてくれた
数百年に一度の天才
その噂はかなり前から流れており、隊長達はその子供を手に入れようと何度も霊術院に出向いていたのだ
その話を聞いて一護は「何故」と思った
何故そこまで手に入れたかった子供を「受け入れられない」と十番隊に回してきたのか
特に市丸の話では浮竹は随分とこの子供を気に入っているという事だった。そんなに気に入っているのなら副隊長でなくとも何席でもいいから入隊させれば良かったのに
「へぇ、時計を」
「はい」
どうやら二人の会話は何故一護と面識があるのかという方向へ進んだようだ
ふぅーん とニタニタと笑う市丸の表情に、一護は薄ら寒いものを感じる
「黒崎はん」
「何だよ?」
「その時計開いてみて」
ジロリと一護は市丸を睨んだ
開いてどうしようというのか
あの時計は確かに動いた。しかし再び壊れてしまったのだ
確かにあれは形見でとても大切な物。一護を癒してくれる存在。だが同時に一護を責め続けるもう一つの罪の証でもある
まさか市丸は自分を苛めたいのだろうか。それとも『二度とあんな事をするな』という戒めのつもりか
一護はぐっと時計を握り締めた
―また、動くかも知れんで。いや、きっと動く。絶対や―
「!」
一護は先日市丸が言った言葉を思い出した
市丸は『動く』と言った。冬獅郎の入隊を嫌がっていた一護との会話中にいきなり言い出したのだ
あの時はどういう意味なのか教えてくれなかった
一護は数秒市丸と目を合わせた後、ゆっくりと時計の蓋を開けた
「っ」
「相変わらずええ音色や」
一護と乱菊は信じられないと時計を見つめた
治った と喜んで乱菊と二人で開けた時には何の反応もしなかったのに
まるでずっとそうであったかのように時を刻み音楽を奏でた
「・・・市丸」
「ん?」
「どういう事だ?」
何故動いている?何故動かなかった?何故動く事を知っていた?
一護の言葉の裏にはこれだけの疑問が込められていた。きっと市丸は気がついた。気がついている筈なのに答えは返してはくれなかった
何も言わず執務室を去ろうとする市丸に一護は声をかけた
市丸は足を止め、振り返るとこう言った
―少し考えたら解る事や―
―その時計には今まで重要なモノが欠けてた。そしてそれがやっと戻った―
戻った?という言葉に一護は一瞬だけ傍に控えていた冬獅郎を見た
―おっと、喋りすぎたな。ほなまたな、黒崎はん、日番谷はん。と、乱菊―
私はついで??と起こる乱菊の声をどこか遠くに聞きながら、一護は手の中の時計を見つめた
―重要なモノ?―
それが何なのか
一護は気がついていた
だが、もしそれなのだとしたら・・・・・
「・・・日番谷・・・」
まるで嘘のように時計は正確に時を刻む
まるで五十年前のあの時が戻ってきたかのように変わらず、同じ様に
『戻ってきた』
市丸は言った
君は戻ってきた?
僕のところへ?
雨は嫌いだ
お互いが隊長・副隊長に就任して間もない頃、一護はそう教えたことがある。その時は酷い嵐で担当する地区に被害が出る可能性があると徹夜で執務室に待機していた日だ
何故?と問いかけてきた為、一護は素直に答えた
母が死んだのも、自分が死んだのも雨の日だった
雨の日は碌な事が起こらない と
『あのこ』はクスクスと笑って、自分は雨が大好きだと答えた
「雨か」
一護は自室の庭を眺めながら呟いた
夕方まで晴れていたのにどうした事か土砂降りの雨
気分が滅入りそうだ と溜息を吐いた時、一護は一つの霊圧を感じた
戻ってきたのか と一護は立ち上がり廊下へと出る
徐々に近づいてくる足音
「おかえり日番谷」
「!たっただいま戻りました」
霊圧も気配も完全に消していたからだろう。冬獅郎は突然現れた一護に驚いたようだ
そのビックリした表情と今の彼の格好を見て一護は苦笑する
「びしょぬれだな」
「突然降ってきたものですから」
どうやら彼は雨の中を傘も差さずに戻ってきたらしい
一護は冬獅郎の手を掴むと部屋へと引き入れた
「早く拭こう。でないと風邪をひく」
「は、はい」
新しい着物を着た冬獅郎の髪を一護はガシガシと拭く
普段一生懸命立てているのだろう銀色の髪は、すっかり力をなくし本来の姿を一護にみせていた
「やっぱり下ろしていた方が良くないか?」
「駄目です」
「その方が松本に受けてサボらなくなりそうだぞ」
「きっとカメラもって俺にべったりですから、仕事しないのは一緒ですよ」
今でさえ『副隊長の写真集を作るんです』と極上の笑顔で冬獅郎を追いかけてくるのだ。いつもと違う髪形(立てずに下ろす)で出勤した場合、どれだけの写真を撮るか
想像したのだろう。冬獅郎は身を震わせた
「それに、子供っぽくなるから嫌なんです」
ぷぅ と頬を膨らませる仕草に一護はクスリと笑う
大人の世界で働くこの少年は、必死で自分を子供に見せまいとしている様だった。髪を立てているのもその一つなのだろう
だが、そういう背伸びが、ところどころ出てしまう子供っぽい仕草が、余計に子供らしさを出させている事に気がついていないようだった
始めは何の悪戯かと思った
迎え入れる気が殆んど無かった一護は冬獅郎の部屋やその他の手配を全て乱菊に任せていた
勝手にやっちゃって良いんですか?という言葉にああと答えたのは確かに一護で、後で怒らないでくださいね?という言葉にも怒らないと返したのも一護だった
自分が何を怒るのだろうと少し気にはなったものの、その時は深く考えなかった
乱菊が何をやったのか。それに気がついたのは冬獅郎が入隊したその夜だった
「・・・やっぱり御迷惑じゃないですか?」
「何が?」
「その・・・俺と同室ってのが」
冬獅郎の髪を乾かした後、二人は夕食を食べる事にした
食事の用意は交代制。今日は一護の日だった
乱菊の『勝手にやっちゃった』事は一護の部屋の一室を冬獅郎の部屋にした事
隊首専用のこの部屋は無駄に何部屋もあって、確かに全てを使ってはいなかった。冬獅郎の入隊がいきなりであった事も含め、すぐに使える部屋が無かったのも事実
だからと言って無断は無いだろう!と腹をたてたものの、仕方ないとすぐに諦めた
冬獅郎はその時一護が腹を立てたのを知っているのだ
「迷惑じゃない」
「・・・」
「お前は・・・嫌か?」
「いいえ」
冬獅郎の即答に一護は微笑んだ
「なら良いだろ」
「はい」
迷惑だと思ったのはその時だけ
今は違う
今は寧ろ感謝している
夕飯の後、一護が時計を開くと音楽が部屋に流れた
冬獅郎はその隣で一緒に曲を聴いている
執務室で市丸に言われるままに開いてからこの時計は止まることなく動いていた
何故動くのか、何故動かなかったのか、一護には一つの答えが出ようとしていた
(昔動いていた頃と止まっていた頃、そして再び動き出した今。あったモノと無かったモノ)
それは―
一護はすぐ傍にある小さな頭を撫でた
冬獅郎は一瞬驚いたものの、すぐにニッコリと笑った
(『あのこ』と『このこ』)
****
昔から馴染みのある居酒屋に一護は市丸を呼び出した
市丸もまるで待っていたかのようにその呼び出しに簡単に応じた
「ギン」
「ん〜?」
「いつから知ってた?」
市丸はニィと笑って「昔から」と答えた
霊術院に小さいのにもの凄い霊圧をもった新入生が入ってきた
その情報は早くから市丸の所に入ってきていた。優秀な死神を多く隊に入れる事。それが隊の強化になり、自分を楽にさせる方法でもある
己を瀞霊廷一のサボリと自覚している市丸は、当然その新入生を手に入れようと護廷の中で一番早く動いた
そして冬獅郎と誰よりも早く接触したのである
「会って霊圧探ったら解るやろ?って、気がつかんかったな、君は」
まだ幼い子供から感じる霊圧はどこか懐かしいものだった
それが昔失った人の物だと気がつくのに時間はかからなかった
「藍染はんも浮竹はんもすぐに気がついた。乱菊やって気がついたから、昔みたいにのびのび仕事してるんちゃう?」
「サボリがのびのび?」
「乱菊なりの、や」
たとえ冬獅郎が嘗て『そう』であったからと言って再び十番隊にくれてやる必要はどこにもない
市丸たちはあえて一護には何も言わず、冬獅郎を勧誘した
「けど事件は起こってしもうた」
「事件?」
「四十六室に揉み消されとるけどな」
それは斬魄刀『氷輪丸』をめぐる悲しい事件
「えらい強い力もって帰ってきたと思ったら、そんな事になってしまって僕らも正直どうしようか思ってた」
「・・・」
「そんで、日番谷はんをどの隊で引き取るか、裏で話し合った」
四十六室は冬獅郎をすぐに入隊させよと山本に圧力をかけた
だが、隊長達は喜んで入隊させる気になれなかった
「ひょっとして瀞霊廷に牙を向けるんやないかって心配になったんよ」
冬獅郎が瀞霊廷を、死神を怨んでいる可能性は高い
そんな彼を自分の隊に入隊させる?隊長達は悩んだ
そして万が一、冬獅郎が反逆した際、自分達にあの子供が斬れるだろうか?ずっと見てきた子供を。昔、『あのこ』であった子供を
「で、何も知らない君の所に入れて様子を見ようって話に纏まった訳」
「・・・ウチの隊はいけにえか?」
「でも感謝してるやろ?」
一護は小さく頷くと代金を置いて立ち上がった
市丸は「ごちそうさんv」と手を振っている
「あ、一護」
「?」
市丸の呼びかけに一護は振り返る
「今度は、守らなあかんよ」
一護は何も答えず店を後にした
そっと頬に触れる
あたたかかった
部屋に他人が侵入しても気がつかない。触れても起きる気配すらない
自分は信用されているのだと解る
―今度は 守らなあかんよ―
「ああ」
言われるまでもない
「今度は 絶対に」
雨は自分
言ったのは誰だっただろう
君は雨
僕はずっと―
「いつかの逆ですね」
嬉しそうに冬獅郎は一護の髪を拭いていた
今度は一護が雨に打たれて帰ってきたのだ
「俺が虚討伐に出ると雨が降る」
聞いた事は?と訊ねると冬獅郎は言い難そうに「はい」と答えた
「事実だ」
「でも・・・」
「お前と会った時もそうだった」
あの時も討伐の帰りで、やはり雨は降っていた
冬獅郎も解っているのだろう。何も言わなかった
「雨といえば、お前の斬魄刀」
一護が冬獅郎の斬魄刀について話そうとした時、地獄蝶が二人の前へ現れた
「「っ」」
「・・・大虚」
「隊長」
一護はゆっくりと冬獅郎を振り返る
地獄蝶が伝えたのは突然現れた大虚の情報
それも一体どころではなく、何体も現れたのだ
護廷十三隊は全戦力でこれを撃退せよという指令が下った
「二手に分かれよう。そっちの部隊はお前が指揮を執れ」
「はい」
「松本、日番谷をサポートしてやれ」
「はい」
離れるのは不安だった
だがそんな事を言っている場合でもなかった
死ぬなよ と心の中で祈る
それしか出来なかった
雨 大虚 傍にいられない
やはり雨の日は碌な事が起こらない
一護は忌々しげに目の前の虚を斬る
この場に居るのは大勢の虚と一護だけだった。他の隊員には別の場所に現れた虚と戦わせている
早く応援に行ってやらねばならなかった
そして、早く冬獅郎の無事を確認したかった
「なのにっ!」
次から次へと現れる虚。焦りと不安が広がっていく。自分が死ぬかもしれないという事ではなく
冬獅郎たちが危機に瀕しているのではないかという焦り。また失うのではないかという不安
「っ!?」
その焦りが一護の油断を生んだのか
一護は腹部に広がる痛みに顔を歪ませた
「くそっ!」
見てみると虚の爪が突き刺さっている。それを痛みに耐えながら引き抜くと虚から距離を取った
「・・・」
ぬるり と流れる血の感触が気持ち悪い。こんな所で手間取っている場合ではなかった
今度こそ守るのだと誓った
今度こそ、お前を―
「・・・・ゆ・・・」
「隊長!」
「っ!」
聞こえてきた叫び声に一護は驚いて振り返る
全力で走ってきたのだろう。そこには冬獅郎が大きく肩で息をしながら立っていた
「・・ひつ・・・」
何故?どうしてこんな時に来るんだ?
まだ傍には大勢の虚。自分は負傷し、近くには援軍となる死神の気配は無い
「来るな!」
「嫌です!」
来ないでくれ!一護は駄目だと頭を左右に振る
だが冬獅郎に引き返す気配は無かった
虚も突然現れた小さな死神に気がついたらしく、何体かが冬獅郎へと向かう
「やめろ」
一護は手を伸ばした
「やめてくれ」
もう二度と
「俺から」
奪わないで
「霜天に坐せ『氷輪丸』!」
氷の龍を従えた子供
それが一護の最後の記憶だった
―私は雨が好きですよ―
クスクスと笑う副官に一護は「俺は嫌い」と再度言った
―雨は優しいですから―
優しい?
一護が首を傾げると副官は頷いた
―雨のおかげで植物も動物も、人も生きているんですよ―
―でも俺には優しくない―
クスクスクス と副官は楽しそうに笑う
―なんだよ?―
―仕方ないですね。そんな隊長に良い事を教えてあげます―
―良い事?―
―私の斬魄刀は雨を降らせることが出来るんですよ―
―ああ、そうだったな―
―覚えていてください。雨が降る時、貴方は絶対に死なないって―
―は?―
―雨は私。離れていても雨が、私が貴方を守る―
―忘れないで―
「気がつきましたか?」
「・・・卯ノ花?」
目を開くと優しく微笑む卯ノ花の姿
そして見えたのは救護詰所の天井だった
一護が眼を覚ました時、事件は全て終わった後だった
あの虚との戦いからすでに三日経っていると教えられ、一護は酷く驚いたのと同時に何故自分がここに居るのか不思議だった
「日番谷副隊長が貴方を背負って救護班の所へ運んだのです」
「日番谷・・・・あいつはっ!?」
「御無事です。貴方を預けた後も部隊の指揮をちゃんと執っていました」
無事 という言葉に一護は身体の力を一気に抜く
守るつもりが結果として守られたのだが、生きているのなら一安心だ
「目を覚ました事をお伝えしておきます。きっと直ぐにいらっしゃいますよ」
卯ノ花も冬獅郎の事を知っている一人なのだろう
一護は「ありがとう」と礼を言うとゆっくりと目を閉じた
―忘れないで―
さっきまでみていた夢を思い出す
『あのこ』が忘れないでと言った事を一護は今の今まで忘れていた
自分は雨なのだと
雨である自分が守るから一護は雨の日には絶対に死なないのだと
「・・・ゆう・・・」
冬獅郎が現れたのは夜遅くだった
少し痩せた副官の姿に一護は心を痛めた
「悪い。迷惑かけたな」
「いえ、隊長の補佐が自分の仕事ですから」
自分を安心させるように笑う冬獅郎の頭を一護は撫でた
冬獅郎は頬を染めながら照れたように笑う
まだこんな子供なのに、苦労させた
守るつもりが守られた
今自分が出来る事といえば怪我を治し一日も早く復帰する事であった
「はいはい、ラブラブはそこまでにしてください」
「・・・松本」
「・・・」
遠慮なく病室へと入ってきた乱菊は、一護そして冬獅郎の手元に食べ物の乗ったトレイを渡した
「隊長はたくさん食べてさっさと復職してください。副隊長はちゃんと毎食食べてくださいね」
毎食 という言葉に一護が反応した
「・・・食べてないのか?」
「っ!!まつもとっ!」
「そうなんです。副隊長ったら隊長が戻られるまで俺が十番隊を守るんだって、頑張って頑張って」
「松本!!」
「頑張るのは良いんですけど、手伝わせてくれないし、集中するあまり食事も睡眠も抜いちゃうし」
何言ってんだ!と冬獅郎が乱菊の口を塞ごうと手を伸ばす。しかし身長差がある為にあっさりとかわされ、次々と暴露された
「皆疲れているだろうから自分が行くって言って、今朝も早くから任務に出ちゃうし」
「・・・日番谷」
「っ!・・・はい」
次から次へと出てくる冬獅郎の頑張り。いくら隊長である一護が不在だったからといってもやりすぎだ
一護は冬獅郎に椅子に座るように命じた
「俺が居ないからと言ってそこまでやらなくて良い。何の為に三席や四席が居る?」
「・・・すみません」
「俺の補佐がお前なら、お前の補佐は松本だろ?」
「・・・はい」
「部下は使う為にいるんだ。もっと扱き使え」
一護の言葉に、ひっどーい!と乱菊は文句を言っていたがニコニコ笑っていたから承知しているのだろう
代わりに冬獅郎が酷く落ち込んでしまい、このままでは泣き出してしまいそうだった
一護はクスリと笑うと、もう一度冬獅郎の頭を撫でた
「でも・・・よく頑張った」
「っ!」
「ありがとう」
ふにゃ と冬獅郎の顔が歪む
乱菊が「あーあ」とこぼし、一護は驚く
「た・・・たいちょ・・・・」
ぽろぽろと涙を流し始めた冬獅郎を一護は自分の膝に抱き上げた
「そういえば、良く駆けつけられたな」
落ち着いた冬獅郎と共に食事を摂った一護はちょっとした疑問を口にした
「?」
「お前と俺の部隊はかなり離れていただろう?」
たとえ冬獅郎が一護の霊圧を常に感知していて、怪我を負った事でその乱れを知ったとしてもあまりに早すぎる
あのタイミングで辿り着くにはせめて一護が虚に囲まれた時くらいでないと・・・
一護の疑問について、冬獅郎は照れたように笑った
「雨です」
「雨?」
雨がどうしたというのだろう?
一護は首を傾げた
「俺の斬魄刀は空、天を支配します。当然雨も」
「ああ」
「空の下、雨の降っている場所なら何処で何が起こっているか知ることが出来ます」
「・・・」
「雨は、俺です」
―雨は私―
「!」
二人の声が重なった
「雨が降る場所で貴方は死にません」
にっこりと微笑む冬獅郎の向こうで『あのこ』が笑う姿が見える
「「俺が―私が―貴方を守る」」
****
「雨男卒業おめでとうさん」
復職して初めての討伐から帰った一護を隊舎門の前で市丸が出迎えた
傍にいた隊員たちは皆ぎょっとしてそそくさと隊舎へと入っていく。薄情者とぼやきながら一護は溜息をはいた
「なんの用だ、ギン」
「せやから、雨男を無事卒業できた君をお祝いしに来たんやって」
「は?」
「雨、降られんかったんやろ?」
そういえば・・・と一護は今回の任務中の天候を思い出した
市丸の言うとおり一度も雨が降らなかった
五十年ぶりに晴れの天気の中で討伐が出来た
「おお!」
「気ぃついてなかったんかい!」
びしっと突っ込みながら市丸は「君らしいわ」と大声で笑った
「あのこは新しいあのこになったけど、きっと君を心配する心だけはずっと傍におったんやろうね」
「・・・」
「よく言ってたもんな『雨は私です』って」
市丸の脳裏にはあのこの姿が浮かんでいるのだろう
二度と見ることの出来ないあのこの姿が
「・・・なぁ?」
「何だ?」
「今でも雨は嫌いか?」
市丸の問い掛けに一護は「そうだな・・・」と考える
雨の日は碌な事が起こらない
自分が死んだときも母親が死んだときも、あのこを無くした日も雨だった
「・・・雨は嫌いだ」
「そうか」
雨は自分にとって忌むべきものだと思っていた
雨は自分にとって罪を思い出させるものだった
「けど・・・」
今は違う
気がつくことが出来た。思い出すことが出来た
―雨は私―
―雨は俺―
「優しい雨は・・大好きだ」
十番隊隊長が討伐に出ると雨が降る
瀞霊廷で有名であったその噂はある日を境に無くなった
それまでの雨が嘘のように常に晴れ渡り
今度は十番隊長は雨に嫌われている という噂が流れ出した
もう雨は降らない
自分を責め続けていた男が何処にもいなくなったから
雨は降らない
雨が男を心配しなくても良くなったから
もう雨は降らない
そして優しい雨は止む
『あのこ』
時折一護に『ゆう』と言わせていた事と、タイトルから察することが出来ると思いますが『優雨』と書いて『ゆう』
この時にやってるゲームがばれる(拙いかしら・・・)
性別は考えてませんが、どうも女の子だったようです。外見年齢は一護と変わらない感じで
冬獅郎の能力模造してます(雨が降っている所で起こっている事を全て知る事が云々の所)