「冬獅郎。ぼさっとしてると食べ損ねるぞ!」
「そうだぞ、冬獅郎君。・・・おっと、夏梨!それは父さんの育てた肉っ!?」
「油断してるのが悪いんだろ?ほら冬獅郎。これも焼けてるぞ」
「見っともないから喧嘩しないでよ?冬獅郎君、食べてる?」












愛しきみへ













『ちょっと隊長を預かって』


乱菊さんから突然の頼まれごと

伝令神機に出た途端、一言『預かって』と言われた
『預かってって犬や猫の子じゃないんだから・・・』と心の中で呟くと、伝令神機の向こうから『なんだその言い方!』と冬獅郎の怒る声が聞こえた

詳しい事情はその時に説明してくれず、何事かと思いながら冬獅郎の到着を待った


『隊首室の改装だって。で、邪魔だから現世行ってろって』
『・・・・』


そんな理由で・・・と呆れたが、同時にホッとした
乱菊さんからの連絡の時、どんなに理由を聞いても教えてくれなかったから、冬獅郎自身か十番隊に何かあって冬獅郎を尸魂界においておけなくなったのかと思ったからだ


『俺の部屋なのに俺の意見を無視しやがるんだ』


それは『あの事』があって気分の沈んだ冬獅郎の事を思った乱菊さんの提案だったらしい。『ちょうどボロくなってる事だしリフォームしましょう』と突然言い出した
冬獅郎としては隊の予算を使ってまで改装するほど古くなっているとは思えなかったし、このままでも問題は無かった。しかし、結局乱菊さんに押し切られる事となった

そして翌日、業者が早速やってきて見積もりと間取り図を見せられたという


『・・・・』
『その時にやっと気がついたんだ。松本が前から計画していた事に』


ムッとして怒った顔をしているが口調は全く怒りは感じられない


『それで、どうせ俺が使うんだから・・・と俺の意見も取り入れてもらおうとしたら・・・』


本が大好きでたくさん持っている冬獅郎は書庫を作ってほしいと訴えた。それを作るためなら少々他のスペースが狭くなっても構わない・・・と
すると乱菊さんからの猛反対。どちらも譲らず睨み合いに・・・・
三席や四席達が間に入り、冬獅郎が説得され乱菊さんの案で改装する事になった
だが、それでも冬獅郎は何処かで諦められなかったらしく、こそこそと業者の元へ行っては自分の意見を入れてもらおうとしていた
そこを乱菊さんに見つかって、『邪魔です!』と俺の所へ強制的に行かされる事となったのだ


俺個人としては乱菊さんに礼を言いたい
改装には一週間かかるらしく、その間は冬獅郎は俺の家に住む
恋人と一週間どころか二日でも同じ家に暮らせて喜ばない奴がいるだろうか?

乱菊さん・・・今度酒の一つでも差し入れしますw













冬獅郎の滞在を伝えると家族は大喜びした。親父や遊子はともかく、夏梨までもが喜んだのは意外だった。なんでも夏梨のフットサル仲間が冬獅郎に会いたがっていたというのだ。俺は冬獅郎が夏梨はともかく、その友達と繋がりがあるとは知らず驚いた。助っ人として試合に出たんだそうだ


「とにかく、冬獅郎君の歓迎会しないとなぁ」


小さく呟かれた親父の台詞。俺達兄弟はピクリと反応する


歓迎会

即ち・・・・



「「「「焼肉だ!」」」」


「・・・・・・は?」


冬獅郎だけが解っていなかった















黒崎家の焼肉は戦争だ
例え焼き始める前に『ここからここまでが俺の陣地で、ここからここまでが夏梨の、ここからここまでが親父の・・・』と決めたとしても途中から争いが起こる

それは俺のだ!俺が置いた!俺がひっくり返した等等・・・

大抵の奴は始めて来た時には何も食べれずにご飯だけを口にする事となる
しかし冬獅郎は違った


「一護・・・自分の肉ばかり焼いてないで冬獅郎君にも食べさせてあげなさい」
「やってるよ!ってか、てめぇがそれを横から盗っていっちまうんだろうが!」


「あ、ご心配なく」
「「は?」」


俺と親父がホットプレートの上で言い争っていると、冬獅郎がその下からひょいひょいと肉や野菜を取っていく
あの・・・それ、親父が乗せて俺がひっくり返したヤツ


落ち着いて見て見ると冬獅郎は案外どころかかなり食べているようだ
涼しい顔をしておかわり三杯目


((いったいいつの間に??))


「もっと落ち着いて食べた方が良いと思うんだけど・・・?」
「「・・・はい」」


冬獅郎に注意され、黒崎家にしては珍しくおとなしい夕食となった










「俺と同じベッドで良いのか?」
「?ああ」


寝る時間になって俺は冬獅郎にこんな問い掛けを何回か繰り返した
その度に冬獅郎は頷きその後不思議そうな顔をする


「一護?」
「・・・・解った。じゃあ、寝るか」


俺は冬獅郎を抱きしめてベッドで横になった









「・・・・一護・・・」
「・・・眠くないのか?」


横になって一時間が経つ。俺もそうだが、冬獅郎もまだ眠っていないようだった
多分・・・このままでは冬獅郎は眠れないだろう

俺は身体を起こし、ベッドから降りる


「・・・どうしたんだ?」
「ん〜、喉渇いたから水飲んでくるよ」


冬獅郎は寝てて良いよ と頭を撫でてやる
その時、冬獅郎がピクリと反応したが気づかなかったフリをしてそのまま部屋を後にした










「はぁ・・・」


俺はキッチンでため息をはいた
一杯の水を飲み、椅子に座る

そして隠してあった乱菊さんからの手紙を開く



『一護へ

いきなりちゃんとした説明もなしに隊長を押し付けてごめんなさい。
でもどうしても一護のところに隊長を行かせたかったの』



この手紙は冬獅郎が来る直前に十番隊の隊員が持ってきたものだ



『実は、最近の隊長は不眠症みたいなの。一応眠ってはいるみたいだけど、眠りが浅かったり、嫌な夢を見たりしているんじゃないかしら』



嫌な夢・・・それは多分・・・



『あの事件の後、復帰した直後はどうもなかったんだけどどうやら思い出してしまったみたいで・・・』



あの事は心に深い傷となって冬獅郎の中に残っている
あの日から三ヶ月が経った。すぐには元の精神状態にはなれないだろうと解ってはいたが、一ヶ月前に会った時はいつもどおりだった
もう大丈夫だろうと安心していただけに、この連絡は意外だった



『一護の傍ならちゃんと眠れるんじゃないかと思って・・・・』



俺も最初はそう思った。俺の家に来たときも、ご飯を食べている間も普通だった
大丈夫
冬獅郎は俺と一緒なら大丈夫だって

だけど・・・


(・・・怯えてたな・・・)


俺と同じベッドに入っている間、冬獅郎はずっと緊張していた。それは俺もだったから俺の緊張が伝わったのかもしれない
そして、頭を撫でた時。僅かだが反応した。こんな事、あの時以前は無かった事だ

他人に触れられる事で思い出すのか・・・?それとも他に何か原因が?


(どうしたもんかな・・・・)


悩んでいるとコトリ という音が聞こえた









「・・・冬獅郎?」


振り返ると冬獅郎が立っていた。不安そうな眼をして、ぐっと唇を噛み締めている
どうしたのだろうと席を立つと冬獅郎が勢い良く抱きついてきた


「?どうした?」


冬獅郎は何も言わず、ぎゅっと俺にしがみつく
抱きついてきたくらいなのだから恐れはしないだろうと、俺も冬獅郎を抱きしめた


「冬獅郎?」
「・・・俺、変なんだ」


俺は冬獅郎の言葉を待った


「眠れない。眠ったらあの時の夢を見る。一護が助けてくれたのに・・・終わった事なのに・・自分の部屋で寝ているって夢だって解ってるのに・・・あの場所にまだ居るみたいに感じて・・・」


俺は屈むと冬獅郎と目線を合わせた。その眼は怯えていて思わずもう一度抱きしめた

そうか・・・と俺は悟った
眠るとあの夢を見る。それが怖くて眠ろうとしない
俺と同じベッドで寝ようとしてみたが、また夢を見るかもしれないと思うと不安で寝ることが出来なかったんだな


「・・・・もう・・・終わった事なのに・・・」


俺の肩に冬獅郎が額を押し付ける。少し震えている。恐ろしいから?いや、泣いているのかもしれない

自分の弱さを他人に見せようとしない冬獅郎の事だ。ずっと自分の中で溜めて、なんとか自分だけで乗り越えようとしていたに違いない


「・・・・変じゃないさ」
「・・・」
「すぐに忘れる事なんて出来ない。何かを見たり、聞いたり、同じような場所に立っただけで思い出す」


俺が毎年お袋の命日に自分を責めていた様に。墓参りに行く度にあの日の事を思い出す様に
何年経とうと辛い記憶は完全に消えたりはしない


「でも、その記憶を少しだけ奥の方に追いやる事は出来る」
「・・・どうやって?」


冬獅郎は俺を見つめる
俺はにっこりと冬獅郎に笑いかけた


「楽しい思い出をいっぱい作るんだ。俺と何処かに行くとか、美味しいものを食べるとか」
「・・・そんな事で?」
「ああ。そんな事をたくさん積み重ねていけば、辛い記憶は頭の奥に隠れちまう」


忘れる事なんてできない。辛くて悲しくて恐ろしい記憶だけど、それも自分達の通ってきた道だから・・・


「でもすぐには隠れてくれないから」
「うん」
「今の冬獅郎みたいになっちまう」


だから と俺は冬獅郎の額に口付けた


「その時は俺の所においで。いつでも、どんな時でも良い。授業中だろうが夜中だろうがかまわねぇ」


一晩中だろうと冬獅郎を抱きしめてやる
冬獅郎が怖くなくなるまで、ずっと・・・

冬獅郎が弱さを見せられる存在
それは俺だけなのだから・・・

そうだろ?と微笑むと冬獅郎はにこりと笑って頷いてくれた




「一護・・・」
「大丈夫だよ・・・俺がついてる。ずっと・・護るから」









俺はこの後冬獅郎を連れて自分の部屋に戻った
そして、冬獅郎が眠るまでずっと抱きしめていた・・・