「今日は『桃ゼリー』ですよw」
綺麗なガラスの器に入ったゼリーが目の前に置かれる
冬獅郎は眼を輝かせてそれを見つめた
愛しきみへ 2
目の前に喜助や夜一がいる事を忘れてしまっているのだろうか
冬獅郎はニコニコしながら一口目を口に運んだ
「!・・・・♪〜」
一瞬大きく目を開いた後、にっこりと笑った。どうやら気に入ったようだ
「「・・・・」」
夜一も同じようにニコリと笑い、口に運ぶ
喜助は2人ともが満足してくれた事に喜んだ
そして冬獅郎の顔を見てホッとしていた
冬獅郎が市丸に襲われたあの時、喜助もあの場所に一護と共にいた
精神的なショックの事を思うと自分よりも四番隊隊長 卯ノ花の診察を受けたほうが良いと判断し送った
その後、すぐに帰ってきた一護に驚き、数日後に彼を再び尸魂界に行かせた
行く前と帰ってきた後では明らかに表情の違う一護を見て、冬獅郎は大丈夫なのだと安心してはいたが一度で良いから元気な姿を見たかった
今回の滞在が部屋の改装のためだという理由に疑問符を浮かべたが、この様子なら大丈夫そうだ
「美味しいですか?」
「ああw」
「黒崎さんにお土産に持って帰りますか?」
「!・・・一個だけか?親父さんや遊子や夏梨にも食べさせてやりたい」
「大丈夫ですよ。勿論、日番谷隊長の分もね」
喜助が冬獅郎の分も用意してあると告げると、彼は本当に嬉しそうに笑った
(この笑顔が見れるからあの二人(一護&市丸)に殺されそうになっても日番谷隊長におやつを作ってあげたくなっちゃうんですよね)
「ではお気をつけて」
「ああ。ありがとう浦原。じゃあな四楓院」
「またの、日番谷」
夜一と喜助に別れを告げ、冬獅郎は黒崎家へと向かった
楽しくて嬉しかった
久しぶりに食べた喜助のデザートは美味しくてもっと食べたいと思った
すると、喜助が持って帰りますか?と訊ねてきた
しかも一個だけかと思えば自分の分を含めた五つ
嬉しくて仕方がない
早く一護の家に帰ってこの事を伝えたかった
楽しくて嬉しかった
でもそれは先程まで
(・・・・やっぱり・・・)
冬獅郎は神経を集中させて自分の少し後方を探った
(誰かにつけられている)
それに気がついたのは情けない事につい先程
だが、誰かが後ろにいたのは知っていた。ただの通行人で同じ方向へ向かうのだと思っていた
しかしその人物はずっと冬獅郎の後をついてきた。距離さえ変えずにずっと
(・・・どうしよう・・・)
冬獅郎は無意識に早く歩き出す
すると後ろの人物も歩みを速めた。これはもう間違いない
(どうしよう)
冬獅郎は焦った。辺りに人通りは無く静まり返っている。普段なら平気なはずの状況
たとえ後ろの人物が冬獅郎に危害を加えようとしたとしてもいつもの冬獅郎ならあっさりと撃退できる
だが、今の冬獅郎は違った
(どうしよう・・・・・怖い)
このまま捕らえられてしまいそうで怖かった
一分でも早く一護の家へ辿り着きたい
本人は気がついてないようだが、冬獅郎は既に走り出していた。其れほどまでに彼は動揺しているのだ
「・・・一護っ」
思わず冬獅郎は一護の名を呟く
昨日の夜、冬獅郎を抱きしめてくれた温かい・・・大好きな人
「冬獅郎!」
「!!」
突然名を呼ばれ、肩を掴まれる
冬獅郎は驚いて肩をつかむ手を跳ね除けた
「やだっ!」
「・・・・っ」
一護は驚いて一瞬固まった。冬獅郎はぎゅっと目を閉じて蹲ってしまう
学校の帰り、冬獅郎を見つけた。だが、様子がおかしい。早歩き、というより小走りだし、顔色も悪いように見えた
気分でも悪くなったのだろうかと慌てて後を追った。
そして追いついて冬獅郎を止めようと肩に手を置いた
すると払われてしまった
「・・・・・・・」
何かあったのだろう。もしかしたら昨日の夜のようにあの事を思い出したのかもしれない
一護は優しく冬獅郎の名を呼んだ
「冬獅郎」
「・・・・・・ぇ?」
すると冬獅郎から反応が返り、ゆっくりと顔を上げ一護へと向ける
「・・・いち・・・・ご・・・?」
「ああ。ビックリさせちまったか?」
ごめんな と笑うと、冬獅郎は一護に抱きついてきた
身体が震えている。ぐっと抱きしめた後、軽い身体を抱き上げた
「・・・かえろっか」
「・・・・・」
何があったのか聞きたかったが、今は冬獅郎を落ち着かせる事が先決だと思い一護は自宅へと急いだ
一護が冬獅郎を抱きかかえて帰ると、一心達黒崎家の面々はとても驚いていた
父親の一心は最初二人のアツアツ振りに「ひやかしてやろう」と思ったらしいが、一護の表情がいつもよりも険しいものだった為、何かを悟ったのだろう。「夕飯、先に食べてるぞ」と一護に話しかけた。一護はそれに頷くと自分の部屋へと向かった
「・・・ベッドに横になるか?それとも」
「このままが良い」
冬獅郎は一護に抱きついたまま一度も顔を上げようとしない。もう身体は震えてはいない。口調も弱いが答えてくれるだけマシというものだ
「・・・・何かあったか?」
「っ・・・・」
一護は冬獅郎に問いかける。びくりと反応した冬獅郎が息を呑んだ
「言いたくないかもしれない・・・だけどずっと自分の中に溜めておくのって・・・辛いだろ?」
昨日の夜、一護に『怖くて眠れない』と告白した後眠れたように。ほんの僅かでも良い。怖かった事、辛かった事を誰かに話すだけで楽になれる
一護は冬獅郎に優しく話した。そして微笑を向けたまま冬獅郎が話してくれるのを待った
「・・・れかに・・・・」
「ぅん?」
誰かにつけられた と冬獅郎は途切れ途切れに告白した。怖かった、どうしたら良いのか解らなかった。と、思い出したのか再び震えながら一護に話した
「・・・話してくれてありがとう」
ぐっと冬獅郎を抱きしめ背中をさすりながら、一護は安堵のため息をはいた
あの時、冬獅郎は何者かから逃げていた。もし、自分があの時あそこを通らなかったらどうなっていただろう
最近この辺りで変質者が出るという話を今になって漸く思い出す。冬獅郎に決して一人では出かけないように言っておかなければ、と一護は強く思った
あの後の冬獅郎はやはり精神的にキツかったのか、夕飯もあまり食べようとせず、食べた後も一護にずっと抱きついていて離れようとしなかった。昨日と同じように抱きしめて冬獅郎を寝かせた一護は、そっと部屋を後にする。伝令神機を持って・・・
(ごめんな冬獅郎)
一護は自分の部屋で眠る冬獅郎に心の中で詫び、リビングへとやってきていた
(確かに、市丸との事は冬獅郎にとって深い傷になってるんだろうけど・・・)
ふとした弾みで思い出すこともあるだろう
だが、一護にはそれだけではないような気がし始めていた
(他にも何か原因があるはず。そしてそれは尸魂界に・・・)
一護は伝令神機のボタンを押した
電話の相手は乱菊
尸魂界で一番冬獅郎の傍にいて、一番冬獅郎を理解している女性
きっと何か知っているに違いなかった
夜遅くだというのに電話に出た乱菊は怒る事もせず一護の言葉を静かに聞いていた
そして、冬獅郎のあの怯え方は異常だ。現世に来るまでの間に一体何があったのかと一護は訊ねた
『全てはある事件のせいなのよ』
事件は二十日前に起こった
その日の午後、乱菊は半休を取っており執務室には冬獅郎しかいなかった
「日番谷隊長っ!」
十番隊執務室に飛び込んできたのは五番隊の席官
五番隊は隊長が謀反を起こし空席。副隊長も療養中で不在。その為、隊務は上位席官が行っている。しかし、隊長・副隊長が揃って不在では隊が成り立たない。そこで六番隊の朽木白哉が五番隊を管理している。だが、旅禍騒ぎの際、一時的に五番隊の面倒を見ていたのは日番谷だった。其れゆえ、時折こうして五番隊隊員が日番谷を頼って十番隊を訪れる事があった
「・・・どうした?」
席官の様子から何か重大な事が起こった事が予想された。冬獅郎は目を通していた書類を置き、席官へと顔をあげる
「うちの住田が・・・・!!」
住田は五番隊の女性隊員。それほど席位は高くないが真面目で他の隊員からも慕われていた
雛森とも仲が良く、冬獅郎も何度か会話した事があった。
彼女がどうかしたのだろうか?
冬獅郎は続きを待った
「住田が八番隊の隊員に 」
冬獅郎は席官の言葉に目を大きく開いた。そしてすぐさま瞬歩で住田が収容されたという四番隊へと急いだ
冬獅郎は四番隊に駆け込むと近くにいた隊員に住田の病室を聞き出した
だが、その病室の前には四番隊副隊長虎鉄清音が立っており、誰であろうと入室させてはならないと固く卯ノ花から命令されているのだという
たとえ冬獅郎も同じ隊長だとは言え、卯ノ花の命令は清音にとって絶対であり総隊長だろうと入れるつもりは無いと力強く答えた
「・・・どうしても駄目か?」
「はい。少しでも事情をお聞きになられていらっしゃるのなら・・・・察してください」
「・・・・」
冬獅郎はこくりと頷いた
清音はホッと安堵の息をはき 「ありがとうございます」と冬獅郎に頭を下げた
「住田が八番隊の隊員に・・・・・・襲われたんです」
冬獅郎はその報告に耳を疑った
(襲われた?どういう事?それってまさか・・・)
冬獅郎の脳裏に一瞬であの出来事が甦る
薬で自由を奪われ、一糸纏わぬ姿にされた
ぞくり
日番谷は震える身体を抱きしめた
身体を嘗め回され、自分の意思を無視され
(アレと同じ事を・・・?)
足を開かされ、自分の中に
(嫌だ!)
あの恐怖を自分以外にも体験した人がいる
きっと自分のそれよりももっと辛い体験を
あの時冬獅郎を助けてくれたのは一護だった
その後ショックで寝込んだ時も一護は救ってくれた
怖くて悲しくて、眠っても夢を見て逃げられない
そんな冬獅郎を一護は救ってくれた
きっと住田も苦しんでいるはず
なにかしてやれる事はないだろうかと冬獅郎は彼女の元へと急いだ。しかし、卯ノ花の忠実な部下の清音に阻まれてしまった
『察してください』
彼女の言葉は冬獅郎ならば辛さや苦しみは解るだろうと言っていた。冬獅郎はその言葉で思い出す
一時的とはいえ、男の全てが自分に襲い掛かってきそうで恐ろしかった。きっと今頃彼女も・・・
冬獅郎は頷き、四番隊から離れた
「こんな牢屋に僕を押し込んで、罰せられるのは貴女ですよ。砕蜂隊長」
次に冬獅郎が向かったのは八番隊の牢
そこには砕蜂と住田を襲った犯人の泉川が居た
彼は貴族出身で、その為、権力を使って流魂街出身の死神に非道を働いていたことは有名だ
「そんな脅しがこの私に通じるとでも?」
「脅しているのではありませんよ。忠告です」
泉川はニタリと笑うと再度砕蜂に牢から出すように告げた。しかし彼女はそれに応じない
冬獅郎はこっそりと牢へと入った。そこには既に白哉がやって来ていて、二人のやり取りを見つめている
「そもそもあれは強姦ではありませんよ。彼女もそれなりに満足していたはずです。何度もイってましたから」
泉川の言葉に顔を顰めた砕蜂が報告書に目を通す
「住田の証言ではクスリで意識を奪われ、気がついた時にはすでに犯されていた・・・とある」
それに卯ノ花の内診、胎内に残された体液から強い媚薬成分が検出されている
「!」
冬獅郎は泉川と砕蜂の言葉に真っ青になる
(意識を奪われ、クスリを使われて・・・)
それは自分が市丸にされた事と同じではないか
ふらり と冬獅郎の身体が傾く。
「隊長!」
「・・・あ・・・」
それを支えたのは阿散井だった。阿散井は冬獅郎を外へと連れ出した
彼は冬獅郎の身に起こったことを知らない。子供ゆえ、こういった事件に慣れていないのだと判断し、連れ出したのだ
「あんなヤツと同じ場所に居ちゃ駄目ッスよ」
「・・・・」
「最低です。しかも噂じゃ過去にも何度か同じ事をしてるみたいですし」
「・・・・え?」
カタカタと震え、冬獅郎は阿散井の言葉に目を大きく開いた
「・・・何度・・・も?」
「あ・・・」
阿散井はしまったという顔をする。つい弾みで言うべきでは無い事を話してしまった
「阿散井・・・泉川は・・何度もあんな事をしているのか?」
「隊長・・・」
「あんな・・・・・力で無理矢理押さえつけて・・・信じられないところを触られて」
やっと阿散井は冬獅郎の様子がおかしい事に気がついた
「隊長?」
「嫌だ・・・止めてって何度も何度も頼んでも・・・聞いてもらえなくて」
「・・・あの・・・?」
「体は自由にならなくて・・・怖くて・・・・恐ろしくて・・・」
一体何の話をしているんだ?と阿散井が訊ねようとした時、慌てた乱菊が遮った
「隊長!!」
彼女は冬獅郎が泉川の下へ向かったと聞き、慌ててやってきたのだ。そして、白哉から阿散井が冬獅郎を連れ出したと聞き、探しに来たのだ
乱菊さん と阿散井が呼びかける前に乱菊が冬獅郎を抱きしめる
「・・・松本・・・・」
「大丈夫ですよ。もう大丈夫」
ぎゅっと乱菊にしがみついた冬獅郎を見て、阿散井は言葉を失った。こんなに弱っている冬獅郎を彼は見たことが無かったからだ
「乱菊さん・・・?」
「恋次・・・詳しい話は出来ないけど、隊長を外に連れ出してくれて有難う」
「・・・いえ。礼を言われるほどの事ではありませんよ」
『連れ帰って、卯ノ花隊長から精神安定剤を頂いて飲ませたんだけれど・・・・あまり効果は無かったみたいなの』
翌朝の冬獅郎の顔は酷いものだった。どうやら眠ると冬獅郎自身の体験を思い出すようで、悪夢に魘され目を覚ました後は薬に逆らって眠らないようにしたようだった
そして、それは日が経つほどに酷くなっていく。悪夢を恐れて眠ろうとしない
見かねた乱菊が『一護の傍なら・・・』と現世へと冬獅郎を送り出したのだ
『何も知らせなくてごめん・・・』
「謝らなくて良いです。それよりも冬獅郎を俺に託してくれて有難う」
一護ならば と思ってくれて有難う
『一護・・・隊長の事、お願いね』
「はい。勿論」
一護は部屋に戻ると眠る冬獅郎の髪を撫でた
今は穏やかな表情で眠っている
「護るよ・・・必ず」
一護は冬獅郎の髪に口付け、他の誰でもない自分自身に誓った
続