僕は君に何をしてあげられるだろう?


安心できるよう抱きしめてあげる事?
笑顔のなれるようにキスしてあげる事?
愛していると囁いて、ずっと傍にいるよと約束する事?


君を護ると誓ったけれど、今の君を見ていて・・・・本当にそれが正しい事なのか・・・・解らなくなった










愛しきみへ 3












「・・・出かけないのか?」
「ん〜。冬獅郎が一緒に行ってくれるならな」


そっか・・・と、冬獅郎は先程まで読んでいた本へと視線を戻した


少し前、一護は冬獅郎に出かけないか?と誘いをかけた。しかし冬獅郎の答えは行かないであった。その為、一護は出かけるのを止め、二人とも部屋にいるのだ




「・・・・」


一護はチラリと隣の冬獅郎を伺った
一応本を読んでいるが、それは昨日も読んでいた本。一度読めば内容を覚えてしまう冬獅郎が二度同じ本を読むのは珍しい


(珍しいっつーか変だろ)


一護は一昨日の事を思い出す
冬獅郎が何者かにつけられ、怯えてしまったあの日
その翌日から冬獅郎は家に篭って一歩も外へ出ようとしなくなった

一護だけでなく家族もなんとか外へ出そうと頑張ったが、冬獅郎は頑なに拒否し続けた
一人ではない。一護や家族が一緒だからと説得しても駄目だった




このままで良いはずがない
一護は悩んだ

冬獅郎が死神の隊長をしている限り、冬獅郎は尸魂界に帰らねばならない
引きこもる原因が現世でつけられた事だったとしても、尸魂界にも同じような輩は存在するだろう
現に、不眠の原因は八番隊の隊員の強姦事件なのだから


(このまま現世にいるなら・・・護ってやれる)


だが、例え冬獅郎が現世に居続ける事が出来たとしても、本当にそれで良いのかと思う時がある
護ってやりたい・・・・その思いは嘘じゃない
何故なら一護は冬獅郎を愛しているのだから

でもこのまま一護の傍で一護に護られて生きて、冬獅郎に未来はあるのだろうか
いつか冬獅郎は駄目になってしまう


(そんな予感がする・・・でも・・・どうすれば冬獅郎を立ち直らせてやれるんだろう)











ぴとっと一護にくっついた冬獅郎の元へ尸魂界の松本から連絡が入ったのはその日の夜の事だった


「・・・ああ・・・解った」


ピッと伝令神機の通話を終わらせた冬獅郎が一護の腕の中に飛び込む
一護は冬獅郎を抱きしめて優しく訊ねた


「乱菊さん、何だって?」
「ん・・・・緊急隊主会があるから、明日戻って来いって」
「・・・そっか」


緊急隊主会・・・穏やかではない内容に一護の体が一瞬強張る。だが、冬獅郎を不安にさせてはならないと何でもないように答えた


「俺、明日は学校休みだから送ってってやるよ」
「え・・・でも・・・」
「俺が行きたいんだ・・・良いだろ?」


冬獅郎は一護の同行になかなか同意しなかったが、「絶対に行くからな」と冬獅郎の反論をキスで閉じ込めた





「・・・なんでテメェがいるんだ?」


隊主会に向かった冬獅郎と別れ、一護は恋次に会いに六番隊へとやってきていた
生憎恋次は出かけていたが、すぐに帰ってくると隊員に聞いていたので待たせてもらっていた
そして恋次が帰ってきて第一声がこれだ


「そう嫌そうな顔すんじゃねぇよ」
「地顔だ地顔・・・って何しに来たんだ?」


恋次はゴソゴソと一護をもてなす為にお茶の用意をする
一護は「ん〜」とハッキリしない返事をしながら恋次が傍に来るのを待った


「ほらよ。んで?」
「さんきゅ。・・・・聞きたい事があってさ」
「聞きたいこと?」













『緊急隊主会の内容?・・・そりゃ機密事項で・・・あ?あの事件の事知ってんのか?じゃあ隠す必要ねぇな』


今回の隊主会は先日の強姦事件の事だった
被害者の訴えもある
加害者もとりあえず認めている
なかなか現れなかったが目撃者もいる

だが加害者は貴族の一員
被害者は流魂街出身の死神
訴えても権力にモノを言わせ有耶無耶にしてしまうかもしれない
悪くすれば被害者が更に酷い目にあうかもしれない
難しい事件だった


『相手が貴族じゃな・・・・襲われた住田には気の毒だが・・・・何もなかった事にされるかもしれねぇ』




一護は襲われた住田の元へと向かっていた
何故なら・・・


『でもあの住田は凄いヤツなんだ』
『こういう事件の場合、女は傷物呼ばわりされたくないと決して訴えたりしないんだ』
『けど、住田は訴えた』


『これ以上、私と同じ目にあう女性を増やしたくないんです・・・ってな』


住田と言う女性は戦う事に決めたのだ

強い人なんだな と一護は思う
何故そんなに強いのか
何故戦う事にしたのか
それを知りたかった




「・・・・アンタが住田さん?」
「・・・・・はい」














「以上のことから泉川の犯行で間違い。女性死神協会からも重罪に処してほしいとの嘆願書も貰っておる」


山本は護廷十三隊として泉川を訴える事を決めた
泉川の上司である京楽も賛同する


「しかし襲われた彼女はどう考えているんです?・・・下手をしたら彼女が更に傷つく」


訴えれば被害者の住田の名前も公に晒される
今回の事件は隊長格や四番隊の一部の隊員しか知らないのだ
浮竹は辛い目にあったというのに、また辛い思いをさせるのには反対した


「それは大丈夫じゃ」


山本は大きく頷く


「彼女の方から申し出たのじゃ。彼奴を罰してほしいとの」


勿論ちゃんと彼女の人権は護るし、出来るだけ実名を公表しない事にしている と付け加えた


「「・・・」」


隊長たちの多くはざわめいた。これまでの被害者は全員が沈黙し、事件の全てを無かった事にしてくれと言っていたのに・・・


「彼女は戦うと決めたのじゃ」









(・・・戦う・・・)


冬獅郎は一人隊舎へと帰りながら住田の事を考えていた

どうして戦えるのだろう
なぜあんな怖い目に遭っておきながらそんなに強くいられるのだろう

冬獅郎は歩くのを止め、ぼんやりと空を眺めていた


「日番谷隊長」
「・・・・・あ・・・」


名を呼ばれ振り返るとそこには先程まで姿を思い描いていた住田の姿
どうしてここへ?彼女は四番隊で静養していると聞いていたのに、と疑問に思っていると住田がニコリと笑った


「もしかしたら私に会いたいのではないかと思って」
「・・・・どう・・して・・・?」


解るのかと思った
会いたいと考えていた。どうしてそんなに強くいられるのか?どうして戦えるのか?
彼女の話を聞けば、自分もあの恐怖から逃れられるのではないかと思った





「あの事件のことは怖いし、思い出したくも無い。出来るなら何もかも忘れたかったです」
「・・・でも住田は・・・」
「はい、彼を訴えました。貴族だろうと関係ありません。私はこれ以上仲間が傷つくのを見たくないんです」
「・・・・強い・・・んだな」


住田は『怖い・思い出したくない』と言ったが逃げずに正面から向き合う事を決めた
なんて強い女性なのだろうと思った
それに比べて・・・自分は・・・


「・・・・」


冬獅郎は俯いて黙ってしまう
そんな冬獅郎に住田は微笑むと、話を続けた


「私は強くなどありません」
「・・・え?・・・でも・・・」
「私一人では立てなかったでしょう。死神を辞め、流魂街へと帰っていたかもしれません」


でも、と住田は穏やかな笑みを浮かべていた


「私には私を護ろうとしてくれる人がいました。傷ついた私を抱きしめて癒してくれました」
「・・・・恋人?」
「・・・はい。・・・そしてその人は私に逃げてはいけないと言ってくれたんです」


逃げるのは簡単
目を閉じて、耳を塞いで、部屋から出ないで誰とも会わずにいれば良い
でもそれで良いのか?一生怯えて暮らしてそれで良いのか?


「そう聞かれて、私は嫌だと言いました」


彼と一緒に歩きたいと思った

だから住田は戦う決意をした
戦うのは泉川とではない
自分の中にある恐怖


「・・・・」
「逃げることが悪い事だとは思いません。戦う事が良い事かどうかわかりません
ただ私が選んだのは戦う事だった・・・それだけです」


住田は冬獅郎の手を取るとギュッと握った


「隊長は・・・今のままでよろしいのですか?」
「・・・・え?」


冬獅郎は目を大きく開いて住田を見つめた
どうして知っているのか・・・?
だが、その疑問はすぐに解消された

彼女の少し離れた後方に、一護の姿を見つけたからだ



「貴方にも護り、支え、癒してくれる人がいます。その人に逃げるのも良いでしょう・・・でも本当に良いのですか?」
「・・・・・」


住田は冬獅郎の手を引き、そのまま一護の方へと背中を押した


「私は一人で戦うのではありません。大切な人が支えてくれてるから戦えるんです。隊長、貴方にも・・・・彼がいます」


冬獅郎はそのまま一護の元へと向かう




逃げるのは簡単
でも・・・本当にそれで良いのか?

冬獅郎はその言葉を自問自答する


(・・・・良い訳がない・・・でも・・・・怖い)

優しく微笑んでいる一護の前へと立った

一護は何も言わなかった
何も言わずに、抱きしめてくれた


「・・・・一護・・・」
「・・・・冬獅郎・・・」


一護は近くに来た冬獅郎を抱きしめる
その腕の中で冬獅郎は目を閉じる

あったかい・・・・優しい大好きな人
一護の腕の中は怖いことは何も無い
あの記憶も薄らいでいく
・・・・でも・・・


「帰ろう、冬獅郎」


一護はあまり多くを語らず、冬獅郎の手を引いて現世へと向かった









『私は一人で戦うのではありません。大切な人が支えてくれてるから戦えるんです。隊長、貴方にも・・・・彼がいます』


冬獅郎は、一護の自宅の窓から夜空を眺め、今日の住田の言葉を思い出していた


「・・・一人で戦うんじゃない・・・・」


住谷は支え励まし護ってくれる恋人がいる・・・そしてそれは自分にも


「・・・・俺には一護が・・・・」


いや、一護だけじゃない
松本も、浦原も、卯ノ花、虎徹、事情を知らなくとも元気の無い冬獅郎を励まそうとしていた部下達


「俺は、一人じゃない」


「・・・・・」


冬獅郎は一つの決断をする