『砂漠に咲く花』














市丸が『彼』に出会ったのは、彼が霊術院に入った年の春の事
かつての上司藍染から、霊術院に天才が現れたと聞かされたときだ


『天才?』
『そう。総隊長に「数百年に一度現れるかどうかの天才」と言わせた逸材だよ』



入学からまだ一ヶ月だというのに同学年の生徒と比べ物にならないくらいの実力を持った一年生。もしかすると上級生よりも才能があるかもしれない


『興味が湧いてこないかい?』













「ひつがや・・・とうしろう?・・・・随分立派な名前やなぁ」


市丸は藍染から貰った紙を見ながら霊術院へと向かった
かつての上司・・・そして裏では未だ上司である彼から噂の天才に接触するよう命令されたのだ


(面倒くさ・・・)


天才だかなんだか知らないが、何故わざわざ自分が行かねばならないのか・・・
これまで何人もの実力があると見込んだ者を藍染から聞いた
しかし毎回藍染自身が接触し、こちら側に引き入れるか、駒とするかを判断してきた




『こういうのは早い方が良いんだが、生憎明日から討伐任務でね』
『・・・ほな、帰ってからでもええんとちゃいます?』
『ギン・・・早い方が良いと言ったばかりだろう?』




藍染の話では総隊長や浮竹が『日番谷冬獅郎』に頻繁に接触しているらしい
それだけ優秀な人材であるのだろうが、後手に回り『彼』を引き入れるチャンスが無くなってしまっては眼も当てられない

藍染の任務期間は一ヶ月
その間に少しでも親交を深めておいてほしい・・・と藍染の『頼み』という名の『命令』が下された













「は?休講?」


面倒くさい面倒くさいと言いつつも、霊術院へと出向いた

隊長という役職についている市丸。勤務中に抜け出して来た為、死覇装に隊長羽織という目立つ格好をしている
騒がれて日番谷と接触出来なくなってしまっては藍染に何を言われるか解らない
一度は教師に挨拶の一つでも・・・と考えていた市丸だったが、全て省略し日番谷の元へ・・・つまり一年の教室へと向かった

しかし一年の教室は静まり返っており、どのクラスも誰一人いなかった

そこで、通りかかった上級生と思われる生徒を捉まえて訊ねると「休講になった」という


「・・・なんでなん?」
「日番谷っていう生徒が霊圧を開放して皆倒れたんです」




今日の午前中に一年だけが校外授業を行っていた。そしてその際、日番谷の才能に嫉妬した一部の生徒が彼に暴力を振るおうとしたのだ
それは教師に隠れての行為だったようで、怒った日番谷が霊圧を開放した事で発覚した
しかし、日番谷の霊圧は一年生には強すぎた様で、あっという間に殆どの一年生が倒れてしまった




「・・・そらまた・・・」


霊術院に入学し死神になろうと志している以上、一年とはいえ霊力の在る者ばかり。なのに一年の殆どを昏倒させるほどの霊力


「・・・どんな厳つい奴なんやろうか」


七番隊長さんみたいな奴やったらどうしよう・・・と市丸は日番谷がいるであろう寮の方角へと歩いた






「この木・・・まだあったんや」


市丸は寮から少し離れた場所にある一本の大きな木の真下で呟く

かつて自分がここにいた時にも在った木
昔、よくこの木の根元に寝転がって昼寝をしていたものだ


「・・・・」


市丸は懐かしくなりごろりと昔のように寝転んだ





『やっぱりここに居たのね!』


眼を閉じて心地よい風を感じながら市丸は昔の事を思い出した

ここの生徒だった頃の市丸は、決して成績は悪くない寧ろ良いと言える生徒だった
しかし授業をよくサボる生徒でもあった

一年、二年と頻繁にサボっていると教師も諦めたのか市丸をあえて探そうとはしなくなった。ただ、昔、独り置き去りにし霊術院で再会した幼馴染だけが探しに来てくれた
最も、彼女もサボりたい為だったのだが・・・


『あたしは木の上にしよっとw』


そう言って僕を踏み台にして木に登っていたっけ・・・と市丸は眼を開けて木を見上げる



「・・・・あれ?」


見上げた木の上
かつて幼馴染が昼寝を楽しんでいた場所よりも少しだけ高い場所
そこに誰かの気配を感じる

今になるまで気がつかなかったとは・・・
市丸は懐かしさのあまり気が緩んでいた自分に苦笑する
そして、昔の自分のようにここを昼寝の場所と選んだのであろう後輩の姿が見たくなった


(こんな時間にここに居るやなんて・・・一年の子?それとも僕らのようなサボリ魔?)


市丸は気配を殺し、音をたてないようにゆっくりと木を登った






そこに居たのは子供。まだ幼い
よく入学できたな と市丸は感心する

死神に性別も年齢も関係ない。ただ、その能力が在るか否か

とはいえ、ここまで幼い子供が在学しているのは初ではないだろうか?



「・・・・よう寝てるなぁ」


市丸はそっと子供の銀色の髪に触れた
自分の髪より白に近い銀髪。それは思ったよりも柔らかだった

綺麗な顔立ちをしている。眼の色は?どんな声をしているのだろう?


市丸は無意識にまだ幼さの残る丸みを帯びた頬に手を伸ばしかけた
   すると


「テメェ・・・何してやがる」


声変わりしていない子供の声
へ?と市丸が瞬きを繰り返していると、ゆっくりと閉じられていた子供の眼が開いた


「・・・・・」


翠色

市丸はその眼に見惚れた
まっすぐに市丸を見つめるその眼は、彼が今までに見たこと無いほど美しい色をしていた
澄んだ翠の瞳
このままずっと見ていたい。そう思わせるほど


しかし、そんな市丸のささやかな願いを先ほどの声がぶち壊す


「何してるって聞いてるだろうが?」
「・・・何って・・・何してるんやろうね?」


先ほどの、そして今の乱暴な言葉
それはこの美しい瞳を持った子供が言っているのか・・・と市丸は苦笑した

どこをどう見ても市丸は彼よりも年上
おまけに市丸は死覇装に羽織を着ている。霊術院の学生である子供が気がついていないはずがないのに・・・


「・・・なんで疑問系なんだ?」
「う〜ん・・・なんでやろうね?」


ここまで態度が大きいと返って気持ちが良い
市丸は子供に注意する事無く、そのまま話し始める


「それよりも君、何年生?授業中やろ?」
「一年だ。授業は休講になった・・・ってか、どけよ。下りるから」


市丸は子供と共に地面へと飛び降りた


(・・・・改めて見ると・・・・)


小さいな と呟く
それは子供の耳には届かなかった様で、彼は思い切り伸びをしていた

その姿を見て、市丸は微笑む
なぜか心が温かくなった。この時、市丸は自分がおかしい事に気がついた


子供はくるりと振り向くと「で?」と訊ねてきた


「へ?」
「へ?じゃねぇよ。何してるんだって質問の答えもらってねぇんだけど?・・・市丸三番隊隊長殿」
「ありゃ。ばれた?」
「羽織着た狐顔といえばアンタの事だろ?」


狐・・・・確かに幼馴染からもそう言われた事があるし、陰でそう言われている事も知っている。だが、改めて言われると・・・


「・・・凹むなぁ」
「ってか、あまりに適切な表現で驚いた」


ここにきて初めて子供から笑みがこぼれた
その笑顔にも市丸は見惚れてしまい、初めて自分がおかしい事に気がつく


何故、彼に見惚れるのか
何故、彼を見て心が温かくなるのか


(・・・嫌やなぁ・・・気がつきとう無かったわ)


「もしかして学校の視察?隊長格って時々来てるし」
「あ〜・・・まぁ、そんな所やね」


市丸は曖昧に答えて微笑んだ
あからさまな作り笑いだったのだろう。子供は怪しむように眉を寄せた
しかし、彼がそれについて何も言わなかった事を良い事に、市丸はそのまま続ける


「一年を視察に来たんよ。そしたら休講やって言うから」
「寮を見に来た・・・と。暇なんだな」


すたすたと子供は一人で寮へと向かって歩き出す
市丸は慌てて後を追った


「どないしたん?」


急に会話を終わらせて歩き出した子供に市丸は横に並んで話しかける

もう少しで良いから彼と話がしたかった
せめて名前やクラスを聞き出したかった

なぜなら自分はこの子供に興味があるからだ
また会いたいからだ

いや、違う


市丸はこの子供に恋をしてしまったからだ



「・・・別に」
「別に・・・やないやろ?僕、気悪くするような事言うた?」


それなら謝るから と市丸は子供を引き止めた
しかし、子供は俯き市丸と眼を合わせようとしない


「・・・・君「休講になった原因」は?」
「休講になった原因・・・知ってんのか?」
「ああ・・まぁ」


日番谷が霊圧を開放させて生徒の殆どを昏倒させた為だ

しかしそれがどうしたというのだろう


「・・・・」
「・・・・」


とちらも沈黙する
市丸には訳がわからず、ただ彼が話をしてくれるのを待った


「・・・れ・・・なんだ」
「ぅん?」


ゆっくりと子供が顔をあげる
先程までと違って半分泣いている様な表情をしていた


「それ、俺がやったんだ!アンタの視察、駄目にしたの俺なんだ!ごめん!ごめんなさい!!」


がばっと頭を下げた子供を見ながら市丸は彼の言った言葉をゆっくりと理解する

一年の授業が休講になった理由→日番谷冬獅郎が霊圧を開放させた為→それをしたのが目の前の『彼』→つまり彼は


「き・・・君が日番谷冬獅郎・・・君?」


こくり と頷いた子供


「えええええっ!」

























「まぁたここに居ったんやね」


市丸が日番谷と出会ってが二ヶ月経った
隊長職に就いている市丸は頻繁に日番谷に会いには来れない
だが、必死で仕事を処理し、週一回は霊術院へとやってきている


「・・・邪魔」
「ぅわっ!酷っ」


日番谷は昔の自分とよく似ているのかもしれない
彼はかつて市丸が昼寝をしていた寮の近くにある木。その木の上で頻繁に昼寝をしているのだ。それも授業をサボって・・・


「こんなに授業サボって進級できんでもしらんよ?」
「てめぇに言われたくねぇよ」


市丸は日番谷の隣に腰を下ろす
日番谷もため息をはきながら市丸のために場所をあけた
なんだかんだと言いながら、日番谷も市丸との話を楽しみにしているのだ


「そもそもあんな授業、つまらねぇ」
「ほぉ・・・天才児さんは違うねぇ」


日番谷は一度教科書を見れば大抵の事は理解できるのだと言った。そしてそれは事実で、市丸が出した一年の学年末で習う問題まですらすらと答えたのだ
彼にとって学友と同じレベルの授業はつまらないものでしかない


「・・・ほな、今日も剣でええ?」
「ああ」


すとん と同時に地面に下りた二人
授業がつまらないという日番谷に市丸が剣の稽古をしていたのだ






稽古には竹刀を使う
しかし打ち込んでくるのは日番谷のみで市丸はその攻撃を避けているだけだ


『僕に竹刀使わせたら僕も攻撃したるよ』


何故打ち込んでこないのかと腹をたてた日番谷の質問に市丸はこう答えた



「ほらほら、何してるん?そんな剣じゃ眼ぇ閉じてても避けれるで?」
「っ!五月蝿い!!」



ひょい と日番谷の攻撃を避けながら市丸はクスクスと笑った


「余裕かまして笑うんじゃねぇ!!」


ぶん!と振り下ろされる竹刀
しかし市丸はすっと紙一重で避ける

それすらも日番谷には癪に障るようで、更にムキになって市内を振るった



(筋は悪ぅないんやけどなぁ)


流魂街にいた頃は刀など持った事などなかったのだろう。今の日番谷の剣はただ振り回しているだけの剣だった
今の時期の一年ならば当たり前なのだろうが、鬼道も知識も他の生徒よりもずば抜けている筈の彼も剣術は人並みだったようだ


(まぁ、剣術は本を読めば覚えられるっちゅーもんでもないからね)


それでも前々回よりも前回の方が、前回よりも今回の方が様になってきている
もしかしたらそう遠くない将来、自分は日番谷に竹刀を向ける日が来るかもしれない


(その日が楽しみやね)







「クソッ・・・・っ一・・・本も取れなか・・・・った」


どさりと日番谷はその場に座り込む
息はすっかりあがっておりもう限界だった


「でも上達しとるよ」


クスクスと笑いながら市丸は水を手渡す
日番谷はジロリと市丸を睨んだ後、奪うように水を受け取った


「いつかその狐面に打ち込んでやる」
「うわ〜、怖っ」








二人で並んで木の根元に寝転がる
もう少しで夏が来る。いくらここが木陰とはいえ、もう昼寝するには厳しい場所となるだろう


「あ〜・・・あっちぃ」


日番谷はぱたぱたと手を動かして風を起こしていた
市丸の何倍も動いていた彼は汗をたくさん流している


「服、着替えたほうがえぇかも」
「ん、そうだなぁ・・・でも面倒」
「着替えておいで。教室戻ったら皆にビックリされるよ?」


もどらねぇから良い と言った子供の頬を市丸は抓る


「いだだだだだ!」
「何言うてんの。戻って授業受け」
「あぁ?」


なんで?と睨む日番谷に市丸は笑みを向けると数回頭を撫でる


「授業中にな、時々やけど先生が裏技みたいなもん教えてくれるんよ。勿論教科書にも載ってない」
「・・・嘘・・・じゃないだろうな?」
「本当の事や。昔、僕もサボってて聞いてなくて勿体無い事したって後悔したんよ」


だから着替えて教室に戻り と日番谷を立たせ、寮へと送り出した






ぱたぱたと走っていく後姿を見送りながら市丸はため息をこぼした


(もしかせんでも・・・そうなんやろうか?)


週一回とはいえ市丸が日番谷の元へ来る日は決まっていない
しかし、市丸がここへ来ると必ず日番谷は居る
つまりほぼ毎日彼がここに居る事を物語っていた


(友達、おらへんのやろうか)


かつての市丸には(自分もついでにサボる事が目的だったが)探しに来てくれる幼馴染がいた。だが、日番谷には探しに来る誰かの存在がいないように思える


(・・・こればっかりはどうもしてやれんしなぁ)


日番谷に友人を作ってほしいが彼が教室に居なければどうにもならない。そう考えて戻るように仕向けたのだが、これからどうするかは本人次第なのだ


「はぁ・・・・・ん?」


もう一度市丸はため息をはいた。それと同時に近づいてくる何者かの気配を感じる
誰だろう?と市丸は気配を完全に消し、木の陰に隠れた
丁度その時日番谷が寮から出てくる




「日番谷っ」
「・・・・草冠」


紫紺の髪をした学生が日番谷の元へ駆け寄った
こっそりと市丸が二人の様子を伺う。どうやら日番谷は『草冠』と呼んだ学生に怒られているようだ。少し拗ねた表情をする日番谷が年相応の子供に見えた


「ほら!学校行くぞ」
「あ・・・あぁ」


ぐぃっと手を引かれる日番谷は視線を市丸の方に向けた
「すまない」
日番谷の眼はそう言っていて、市丸はにこりと笑みを向けると軽く手を振った


(気にせんでもええよ)


「・・・・」


市丸の言葉は日番谷に伝わった様で、彼は軽く頭を下げて草冠と共に校舎の方へと駆けていった


「ちょっと安心・・・かな」


一人とはいえ、日番谷を探しに来てくれる友人が居た事に安心し、市丸もその場を後にした




















「ちゃんと仲良くしているようで安心したよ」


久しぶりに藍染に呼び出され、開口一番に言われたのはこの言葉


「・・・・まぁ・・・ぼちぼちですね」
「結構難しい性格だと聞いていたから君には無理かと思っていたんだが」


無理だと思う事をさせたのか?とすこしムッとしたが、彼のお陰で自分は日番谷に出会えた。その恩もあり軽く睨む程度にしておく


「ぜひ私も会って話がしてみたいね」
「藍染はんにならもっと懐くんちゃいます?」


にこっりと笑いあいながら市丸の心の中は穏やかではなかった

藍染が日番谷に会うという事
それは藍染が彼を品定めするという事なのだ

日番谷が藍染に良い判断をされれば良い。だが、利用価値無しとみなされれば・・・


「・・・安心しなさい。別に気に入らないからといって殺したりはしないよ」
「・・・・っ」


表情に出ていたのだろうか?藍染はぽん と市丸の肩を叩いた


「彼の才能から言って無駄に殺すには惜しい」


それに・・・と藍染は続ける


「君が随分と気に入っているようだから、君の望むようにしてあげようと思っているんだよ」


仲間としてでも
人形としてでも


「望むと良いよ、ギン。その願い、叶えてあげよう」


にこりと笑っているはずの藍染の笑顔
素敵だと女性死神の何人もが賞賛する彼の微笑み

だが、その笑顔を向けられて市丸は背筋を冷たいものが走ったような気がした