市丸が日番谷に出会って三年経った
日番谷は四年生になり、市丸は相変わらずサボり魔の隊長をしている











「隊長ってのは暇人が多いんだな」


今日の日番谷の開口一番の台詞はこれだった











「暇人って・・・・」
「お前にしろ浮竹にしろ、余程暇なんだな。その証拠に頻繁に姿を見せやがる」



日番谷の口から病弱な同僚の名前が出た事で納得する
十三番隊隊長 浮竹十四郎
彼が日番谷を気に入り日番谷に会うために霊術院を頻繁に訪れている事は瀞霊廷で有名だ
しかし、浮竹が暇かというと決して暇ではなく、隊長という地位ゆえに送られてくる書類の山をちゃんと処理して日番谷の元へとやってきているのだ。


「そんで、何言われたん?」
「『お父さんと呼べ』とか『ウチの隊においで』とか、まぁいつもどおりだ」


だが、毎回同じ事を言われては流石にもうウンザリらしく、ここ最近は力ずくで追い返しているのだとため息とともに話した。


「あの人、悪い人やないんよ」
「知ってるよ。でなきゃ最初から相手しねぇ」


なんだかんだと言いながら、日番谷の方も浮竹を気に入っているようだった






「浮竹はともかく、お前はどうなんだ?」


何が?と問い返すと「暇人なのか」と聞かれる

実は浮竹よりも日番谷と会っている回数・時間が多いのは市丸の方だったのだ
尤も、こっそりと隠れるようにして会っている為、殆ど知られてはいないが・・・


「暇ちゃうよ。隊長ってな、めちゃ忙しい役職なんやで?」
「の、割にはお前しょっちゅう来てるよな?」


最低でも週一回
多ければ週の半分は日番谷の下に来ている


「ものすごーーーく頑張って仕事してるんに決まってるやろ」
「・・・ふぅん・・・俺が聞いた噂じゃ、三番隊長は史上最悪のサボり魔って噂だったんだがなぁ」
「・・・・」


史上最悪なんて言われてるんや・・・とちょっと落ち込む
自業自得といえば自業自得なのだが、これでも帰ってからは真面目に働き残業だって休日出勤だってしている。そういう所は評価してくれないのね・・・と市丸はガックリと肩を落とした


「でも・・・・」
「・・・・ん?」


日番谷の言葉に市丸は彼を見つめた。しかし、日番谷はくるりと市丸に背を向けてしまう


「日番谷はん?」
「そのサボリ癖のお陰で俺の相手が出来るんだもんな。三番隊の人たちには悪いけど・・・・お前がサボリ魔で良かった」


『お前が〜』の辺りから小声になったが、はっきりと市丸の耳には届いた


「日番谷は〜んw」
「ぅわ!?」


ぎゅっと抱きつけば、腕にすっぽりと収まった小さな身体は次の瞬間、思い切り暴れ市丸の顎に見事なアッパーをお見舞いしてくれた

















「・・・・」
「・・・おや?不満そうだね市丸」


不満?そんなものではない
市丸は答えるかわりにぐっと拳を握った

二人は今、霊術院内に幾つかある会議室の一室にやってきていた
隊長の職務の一つ、『学院訪問』の為である


「これは私的な訪問ではないからね。そう心配するような事は起こしはしないよ」


今回、三番隊と五番隊隊長の二人で霊術院を訪問した
表面上の目的は各学年上位五名との歓談
しかし本当の所は藍染による日番谷の品定め
勿論、日番谷だけが目的ではなく、他にも大勢いるのだが・・・


「・・・信じられませんわ」
「キツイ言葉だね」
「言われてあたりまえやろ」


各学年上位五名と言いながら、日番谷の四年生とは日番谷一人としか会う事になっていない
それは四年生が課外授業に出ている為だ
本当は今日訪れる予定ではなかった。だが、急遽藍染が今日という日を望んだ
慌てた学校はせめて主席の日番谷だけでも・・・と彼を課外授業先から呼び戻した


「最初からあの子だけが目的やったんですね」
「その他大勢はいらないんだ。私が欲しいのは本物だけなのだから」
「・・・」


このまま日番谷が来なければ良い
藍染に良い判断をされ、仲間になればずっと共にいられる
だが、その真逆の事が起こったら・・・・

『彼を失ってしまうかもしれない』

市丸が日番谷を藍染に会わせたくない大きな理由はこれだった


「・・・君が心配するような事態にはならないと言っているのに、心配性なんだね」
「・・・っ」


市丸が藍染に反論しようと口を開いた時、扉の向こうから入室許可を求める声が聞こえた














出来ればこの日は永遠に避けたかった

『大丈夫』
この男はそう言ったが、市丸は信じていない

藍染の一番近くで、彼が今までどんな残忍な真似をしてくきたか知っているからだ
尤も、自分もそれに一枚噛んでいるのだが・・・





「君の事は雛森君から聞いていたよ?」
「・・・・はぁ・・(アイツ、変な事吹き込んでないだろうな?)」
「それで僕も君に会うのを楽しみにしていてね。今日やっと会えた訳だ」
「・・・どうも」


藍染は日番谷と他愛ない話をしている
市丸は緊張した面持ちでそれを見守っていた


(・・・教師が隣に居るから何も出来んのやろうか・・・?)


日番谷の隣には学院の教師が座っている
流石に学生一人に隊長二人の相手は無理だと思ったのか
普段なら「邪魔だ」と思っただろうが、今日はそれで「助かった」と安堵する

いくら藍染でも教師の目の前で日番谷に何かするとは思わなかったからだ



「・・・・藍染隊長市丸隊長、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
「おおきに」


その教師が一旦席を離れ、お茶を入れて帰ってきた
その間三分ほどだろうか。だが、その間も藍染は日番谷に話しかけているだけで変化は見られなかった


「日番谷君も」
「・・・すいません」


出されたお茶を三人とも口にする
決して上等とは言えない茶葉を使っているようで、不味くは無いが美味くもない

ちらりと藍染を盗み見たが、彼はいつもの微笑を浮かべていた














「・・・四年生の君にこんな事を言っても迷惑なのだろうけど」
「・・・・は・・い?」
「いずれ出すだろう所属希望用紙に『五番隊』と書いてもらえないだろうか?」
「・・・・・」
「今まで多くの隊から勧誘されただろうけどね・・・どうだろう?」


藍染は『五番隊隊長』をちゃんと演じていた
いつその演技を止めて本性を現すのかとドキドキしていた市丸を嘲笑うかのように・・・


「五番隊なら幼馴染の雛森君も居る。きっと君にとっても過ごしやすい環境だと思うんだが?」
「・・・・有難うございます・・・でも・・・」


日番谷は僅かに顔を伏せる。困っているようだった


「五番隊では不満かな?それともどこか希望する隊でもあるのかい?」
「いえ・・・そうでは・・・・なく・・・・・て・・・?」


市丸は日番谷の様子がおかしい事にこの時になって気がついた


「日番谷はん?」
「・・・・あ・・・・・・」


のろのろと日番谷が顔をあげる
その表情は、どこかぼんやりしていていつもの彼と様子が違っていた


「どないした?」


日番谷の様子に驚いた市丸が席を立とうとするのを藍染が留める


「藍染はん?」
「静かに」


藍染は日番谷を見つめたまま微笑んでいる
やっと藍染が彼に何かしたのだと知った


「アンタ!この子に何を!?」
「・・・・・お・・・れ・・・」
「っ?」


藍染に詰め寄ろうとした市丸だったが、聞こえてきた日番谷の声に再び彼へと眼を向けた


「・・・何も・・・かんがえられ・・・・な・・・・」


そこまで言った後、日番谷はぴくりとも動かなくなってしまう


「日番谷はん!?」
「・・・・・」


市丸が呼びかけても何の反応もない
キッと藍染を睨むと、彼はゆっくりと立ち上がった


「日番谷君?」


藍染はぼんやりとした日番谷の眼前で数度左右に手を振った
日番谷は何の反応も示さず、空を見つめている


「・・・・成功したようだね」


藍染は満足そうに微笑むと、日番谷を抱きかかえる


「アンタ・・・何を・・・」


藍染が日番谷に何かしたのは間違いない
だが、いつどこで何をしたのか?
ずっと市丸は藍染の隣に居た。彼が日番谷に何かしたようには見えなかった

そして、その時におかしい事に気がつく


この場には日番谷と市丸、藍染の三人。そしてもう一人居た
彼は生徒の異常に対し何故何も言わない?

市丸はゆっくりと学院の教師に眼を向ける


「・・・・」
「・・・・上手くいきましたね藍染様」
「そうだね。・・・さて、準備してくれるかな」


彼は藍染と普通に会話している
この事から彼が藍染の息のかかった者だと悟った








「藍染はん・・・一体何をする気や?」


日番谷を抱えたままの藍染に市丸が詰め寄る
日番谷は相変わらずピクリとも動かない


「少し調べたいだけさ」
「調べるって・・・?」


市丸と藍染が会話している間、教師は床に大きな布を敷いた
それにはなにやら文字や図で出来た術式が書かれており、藍染は日番谷をその上へと横たわらせる


「藍染はん!!」
「・・・日番谷君の潜在能力がどのくらいか・・・だよ」






藍染は教師に部屋の外で見張っているように命令し、そこには三人だけになる
日番谷はぼうっとしたままで、市丸は彼に近寄った


「ギン。少し離れていてくれると助かるんだが・・・」
「その前に言い!この子に何をしたんや?」


藍染はフッと笑った後、日番谷の胸の上に手を置いた。市丸はその手をぐっと掴み睨みつけた


「・・・ただ、意識・・・思考を止めただけだよ。一時間もすれば元に戻る」
「止めた・・?」
「そう。今の彼は自分がどうなっているのか解らない。何も感じない。元に戻っても、何があったかなんて疑問に思ったりもしないよ」


いつの間に日番谷にそんな事をしたのだろうか。市丸が問いかける前に藍染はニコリと笑う


「さっきのお茶に仕込ませた。お茶の中に分子レベルにまで分解した術を入れて、飲めば体内で結合し発動する」


誰も術を飲んだ事に気がつかない。だが発動までに時間がかかるのが欠点なんだよ と藍染は市丸の手を外しながら答えた


「ギン。私は早く目的を達成したいんだ。でないと、日番谷君を連れ帰らねばならなくなってしまうよ?」
「・・・・・調べるだけ・・・他に何も」
「しないよ」


その言葉、どこまで信用できるかわからない。一時間経てば元に戻るという言葉も怪しい
だが、日番谷の命は藍染が握っているのも同然


「・・・解りました。でも、僕は近くで見させてもらいますよ」
「どうぞ、ご自由に」





再び日番谷の胸の上に右手を置いた藍染はゆっくりと目を閉じる
そして彼が霊力を手のひらに集中させると日番谷の下にある術式が赤く光る
その時になって初めて日番谷がビクリと反応した

まさか術が解けたのだろうか と市丸は焦るが、藍染は顔色一つ変えず更に霊力を集中させる
日番谷も反応したのは最初だけで、その後はまたピクリとも動かない


「・・・・・日番谷はん」


市丸はぐっと手を握り締めたまま、日番谷を見つめた




そのまま十分以上藍染は術を発動させ続けた。
だが、突然「困ったね」と言葉をこぼす


「・・・何が困ったんですか?」


苦笑している風の藍染は視線を市丸へと向けた


「日番谷君だよ。この子の潜在能力は底が見えない。それに・・・見てみなさい」


藍染は自分の右手を指差した
市丸が言われるままに右手を見ると・・・


「・・・凍り始めてる?」
「そう。これは彼の僕への抵抗だよ」


精神を止めた。心を眠らせていて抵抗など出来る筈が無いのにと驚くというより藍染は感心しているようだった


「これ以上自分の中に入ってくるなという事なのだろうね」


藍染は右手を引き、術を停止させた。市丸は日番谷を抱き上げ、その顔を覗きこむ


「自分の・・・中?」
「そう、彼の心の中に入った。どんな能力、そしてどんな斬魄刀を持つ事になるのか知りたかったからね」


術が発動してすぐの反応は、藍染が日番谷の中に入った時の反射だったらしい


「この子は凄いよ。育て方を間違えずにちゃんとその力を引き出せれば、間違いなく最強と呼ばれる一人になれるだろうね」
「・・・・隊長になれるって事ですか?」
「それに能力は『氷雪系』。山本総隊長の対極だ」


老人ではあるが全ての能力において最強の死神


「彼に対抗出来る力だ」















「・・・日番谷君」
「・・・・え?」


はっとした日番谷が顔をあげる。目の前には笑っている藍染と心配そうに覗き込む市丸の姿があった


「え?あれ?」


日番谷は今まで自分はどうしていたのだろうと考える

そうだ、藍染隊長と市丸が視察に来て自分は彼らと話をしていたのだ


「・・・すいません。少しぼんやりとしていました」
「良いんだよ。長い時間話していたから疲れたんだろう」


藍染の言葉に日番谷はもう一度「すいません」と頭を下げた






「じゃあ、今度は五番隊に遊びにおいで」
「・・・・はぁ・・・」


結局あの後三十分ほど話をし、藍染達は霊術院を後しにした
見送っている日番谷の様子が普段と変わらないものに戻っていて戻っていて市丸はホッとする

だが、藍染の事だ。まだ油断は出来ない
明日にでももう一度日番谷の様子を見にいかねばならない
市丸がそう心に決めていると藍染がクスリと笑った


「・・・信用ないね」
「信じろ言う方がおかしいんや。アンタがどれだけえげつないお人か、よぉ知ってますからな」


クククと笑う藍染を睨みつけ、市丸は日番谷が元に戻るまでのやり取りを思いだす










「彼に対抗出来る力だ」


藍染は日番谷をそう判断した
それは彼が藍染に認められた事と同じ

市丸はひとまずホッと息をはいた
不要と判断される事を一番恐れていたのだから


「・・・でも、難しいね」


ポツリと藍染がこぼす


「・・・難しい?」
「彼の力は強い。出来る事なら仲間に欲しいところ。けれど」


日番谷はまだ子供だった。たとえ隊長になれるほどの力を持ち、頭脳も判断力もその辺の大人以上であったとしても彼は子供だった。まだ完成されていない精神
全てを話し、仲間になると言えばそれで良いが、嫌だと言えば洗脳するしかない。だが、不完全な心を力でねじ伏せれば、なにが起こるか解らない。折角の逸材。精神崩壊などして失うわけにはいかなかった


「そして逆に精神が完成されてしまっては洗脳も難しくなるし・・・・さて、どうしたものか・・・」







結局藍染の結論はこのまま様子見だった
日番谷が大人になるまでまだまだ時間がある
そして自分達が尸魂界を裏切るまでにも時間がある
限られてはいるが時間はあるのだ


「ギン。これまで通り、日番谷君との繋がりを維持していてほしい」












言われなくとも市丸は日番谷とこれまで通り会うつもりでいた
洗脳などさせたくないし、もし事実を話し「嫌だ」と言えば仲間としてではなく捕虜としてでも連れて行くつもりでいた。この藍染という男は本心で何を考えているのか未だに理解できない
理解できたと思っていても、まだその下に何か隠れていそうなのだ
きっとこの男は誰にも本当の事を話さないだろう
信用されていないのではない
話しても理解できないと思っているのだ





「よぉ知ってる・・・けど解らん。せやからアンタが恐ろしいんや」




市丸は三番隊と五番隊の分かれ道で別れ、独り歩いていく藍染の後姿を見つめながらポツリと呟いた