藍染は市丸に言ったとおり、日番谷に関しては本当に何もしなかった
ただあの日を境に何度か顔を合わせているようだった
それは市丸も同席していたりいなかったりと状況は様々だったが、あの時のように何か術を仕掛けることもなく、単に日番谷の信頼を得ようとしていたのだろう
「日番谷君の護廷十三隊入隊が決まったよ」
「え?」
虚討伐任務に遠征していた市丸が帰還すると、藍染が挨拶もそこそこに日番谷の事を伝えてきた
入隊・・・今藍染は入隊と言ったのだろうか?
日番谷はまだ五年生。まだ一年学生生活は残っているはずだ
「入隊って・・・」
「『氷輪丸』という斬魄刀を手にした。当然だろう」
斬魄刀
死神が虚と戦う為の武器
新人は『浅打』からスタートするのが当たり前であるのに、日番谷は学生でありながら斬魄刀を手にしたというのか
「一番隊の七席として入隊すると聞いたよ。本当は僕か君の所に入れたかったが仕方ないね」
七席。飛び級で卒業とはいえ、新人が就くには高すぎる地位
それほど彼が手にした斬魄刀は強力だと言う事なのだろう
「霊術院にいるよりも護廷にいてくれた方が接触しやすい。今はそれで満足するよ」
一番隊にも駒はいくらでも存在しているからね と藍染は微笑みながら三番隊を後にした
「・・・・・よぉ」
「日番谷はん・・・」
藍染が去った後、市丸は日番谷の元へ走った。
日番谷はいつもと同じように寮の前の木の下にいた
その背には斬魄刀が背負われている
「聞いたのか?」
「ん・・・護廷に入隊って」
聞いたとおりだ。と日番谷は眉一つ動かさず答えた
「・・・君、どないした?」
「・・・・別に・・・」
市丸は日番谷の顔を覗き込む
彼は市丸から逃れるように顔を背けたが、市丸は肩を掴んで逃さないようにした
「別にやないやろ?」
日番谷は依然として市丸と目をあわせようとしない
いつもの日番谷ではありえない行動。彼はいつだって話す人と目を合わせて話をする
こんな風に逸らすのは初めてだ
「君が話してくれんのやったら草冠君に聞くわ」
「!!」
草冠宗次郎。霊術院で出来た日番谷の親友
市丸も何度か話をした事がある。日番谷が市丸と剣の修行をしていると知った時、非常に驚いていた
そして『俺にも時々で良いので指導してもらえないでしょうか?』と頼んできた
藍染は彼のことにも眼をつけていたので、藍染の命令で数度指導を行った
「彼は教室?」
「・・・・・ぃ」
市丸が校舎の方へと身体を向けると、日番谷が何かを言いながら服を掴んだ
「日番谷はん?」
「・・・草・・・冠は・・・」
市丸が振り返ると、日番谷は今にも泣きそうな顔をしていた。
いや、泣いているのかもしれない。声が震えている
市丸は身を屈め、そっと日番谷の身体を抱きしめた
「草冠・・・死んじゃ・・・っ」
市丸の肩に額を押し付け、震える子供の言葉
彼の表情が固かったのは泣くのを堪えていたから
目を合わそうとしなかったのは市丸にそれを悟られたくなかったから
「泣いたらええ。泣く事は悪い事やない」
市丸は日番谷を抱き上げ、背中をさすってやった
すると日番谷は市丸の服を思い切り握り締めると大きな声で泣き始めた
「ありがとう市丸」
「ん。えぇんよ」
三十分ほど市丸に抱き上げられていた日番谷は、まだ赤い目をしているがちゃんと市丸と目を合わせて会話をはじめた
「俺、一番隊に入るんだ」
「うん。聞いたよ」
「この氷輪丸の事や・・・・草冠の事・・・今は何も話せない」
「うん」
「・・・・ごめん」
「ええって。話せるようになったら話して」
市丸は日番谷を下ろすとニッコリと笑いかけた
日番谷もぎこちないながらも微笑んだ
一番隊七席で入隊した日番谷は主に現世駐在任務に就いていた
斬魄刀を持ち実力も備えているとはいえ、彼には経験が足りない
総隊長も他隊の隊長たちも彼がいずれ卍解を会得し隊長になると解っているようで、機会があれば自隊の討伐任務に日番谷を参加させるように自然と動き、様々なケースでの戦闘を経験させていた
「こうして会うんも久しぶりやね」
「まあな」
深夜、日番谷は市丸と流魂街の森の中にいた
日番谷が入隊してからも時折こうして以前のように修行を手伝っていた市丸だったが、ここ最近は日番谷が尸魂界にいない事や、市丸自身も隊長としての仕事が忙しく会う事が出来ていなかった
「そういえば昇進って聞いたけど」
「ん。五席が一週間前の戦闘で怪我をしてもう死神として復帰できないらしいから」
現在の六席よりも七席の日番谷の方が実力は上。なので日番谷が六席を飛び越して五席の地位に就く事になったのだ
「これはあっという間に副隊長に・・・それとも隊長になってしまうかもしれんね」
「それには卍解しなきゃならねぇだろ・・・まだまだだ」
「でも具象化はできてるんやろ?」
「一応な」
後は屈服させるだけ
だが日番谷曰く『氷輪丸はやたらと高いプライドの塊』らしく、そう簡単に屈服させることが出来ないのだという
「そう簡単に出来るもんちゃうって事や。でも君には才能がある。頑張り」
「・・・言うのは簡単だ」
「そうやね」
市丸自身、卍解を会得するのには苦労した。それは隊長の誰もがだろうが、必ず会得できるのだと自分を信じ修行に励んだ
その時の話をすると日番谷は驚いていた
市丸はなんでも簡単にやってしまうものだと思っていたらしい
「・・・・簡単に卍解出来るわけないやろ・・・」
「・・・だよな」
二人で顔を見合わせてクスクスと笑う
このまま時が止まってしまえばええのに・・・・
市丸は笑顔の裏でそう思った
藍染が予てから捜し求めていた『崩玉』。それの隠し場所が解ったと昼間伝えてきたのだ」
かつて浦原喜助が作り上げた藍染がどうしても手に入れねばならないと言ったモノ
それを彼が手中に収めれば、今の生活は出来なくなるだろう
虚圏に行くか、尸魂界自体存在しなくなるのか
それは解らないが『三番隊隊長・市丸ギン』ではなくなる事は確か・・・
(君を連れて行きたい)
市丸は、目の前の銀色の子供を見つめる
これまで生きてきて初めて愛しいと思った存在
死なせたくない、生きていてほしいと願える人
(けど・・・僕が反逆者やと知ったら、君は僕を許さんやろうね)
どうする事が一番良いのか
市丸の心はまだ決まっていなかった
「日番谷君が卍解を会得したよ」
「・・・え?」
市丸が二ヶ月の遠征に出かけて戻ってきた
そしてもどって来てすぐに藍染に声をかけられる
「藍染はん・・・それって・・・」
「知っているのは僕と総隊長と卯ノ花隊長の三人だ」
一番隊所属の日番谷は、時折山本から稽古をつけてもらっていた。それは別に珍しい事ではなく、一番隊の上位席官ならば誰もがしれもらっていることだった
そして、それは一昨日の出来事
稽古であるので、木刀もしくは斬魄刀使用だが始解禁止のルールのなかで行われるのが通常。だが、一昨日は違った。一番隊の修練場に現れた山本は、斬魄刀を始解させたのだ
勿論、日番谷も始解する
炎と氷
正反対の属性を持つ二人
その対戦を見守っていた藍染は卯ノ花を呼びに出た
このままでは、才能はあるがまだ幼い日番谷が競り負け、怪我を負うだろうと気がついたからだ
そして、藍染が戻ってきた時
修練場は氷に包まれていたのだ
「氷の龍と一体化したかのような・・・そんな卍解だったよ」
大紅蓮氷輪丸と呼んだその卍解を『美しかった』と藍染は感想をこぼした
その夜
市丸が流魂街の森を訪れると日番谷が待ってた
「・・・おかえり、市丸」
「ただいま、日番谷はん」
日番谷は微笑んでいた
卍解を会得し、一つ成長できた満足感からだろうか・・・
「聞いたで・・・おめでとうさん」
「・・・藍染隊長からか?」
「ん」
「そうか」
市丸は日番谷の手を引いて森を散歩し始めた
最初、日番谷は手をつなぐという行為を嫌がったが、市丸がきつく手を握っていた為かすぐに大人しくなり、共に歩き出した
「卍解、出来るようになったんやから隊長になるん?」
「・・・・どうだろう?・・・まだ決めてない」
隊長になる為には総隊長を含む三名以上の隊長の立会いのもと、隊首試験に合格する事
隊長六名以上の推薦を受け、残りの七名のうち三名以上に承認される事
隊員二百名以上の立会いのもと現行の隊長を一騎打ちで倒す事
現在、十番隊が隊長不在だ
卍解が出来る以上、山本は日番谷を隊長に就かせるだろう
日番谷に就きたい隊があれば別だが、このままでは十番隊隊長になる日もそう遠くない
「それに・・まだ俺の卍解は不完全なんだ」
「そうなん?」
「ん・・・氷輪丸は言うには俺が『まだ子供だから』なんだと」
霊力はあるがまだ幼い身体。日番谷の肉体はまだ長時間の卍解に耐えられるようになっていないのだ
「はじめから完璧になんて出来んよ。みんな同じ道を通ってきてるんや」
「・・・・慰められてんの?」
「事実を言うてんのや」
すくすくと笑う市丸に、日番谷はぷぅっと頬を膨らます
暫く、何も話さない時間が流れる
だが、日番谷が小さな声で「なぁ」と話しかけてきた
「なに?」
「市丸は隊長だよな」
「一応な」
一応って何だ?と日番谷に笑われながら、市丸も笑う
「隊長って・・・どうすればなれるんだ?」
「・・・試験に出ぇへんかった?」
確か毎年霊術院の入学試験に出ていたはずだが・・・・と市丸が日番谷を覗き込む
だが、日番谷は頭を左右に振り、違うと言った
「そうじゃない。俺が聞きたいのは・・どうすれば隊員について来てもらえるのか、どんな死神になれば立派な隊長になれるのかって話!」
「・・・立派な・・・ねぇ」
それを自分に聞くのか?と市丸は笑う
自分は決して立派で良い隊長とは言えない。むしろサボり魔の代名詞とされているというのに
「・・・どうなんだ?」
じっと日番谷が見つめる
さて、困った。と市丸は頭を掻いた
こういう質問には藍染が相応しい。きっと彼ならば隊長としての心得など、ちゃんとしたアドバイスを与えられただろうに・・・
「どんなって考えた事ないよ。しっかりと自分の道を歩いとれば、自然と人はついてくるもんや」
「自分の・・・道?」
「うん。自分の信じとる道や」
「道・・・」と日番谷は呟き、考え込んだ
その姿に市丸は理解する
ああ、この子の眼には隊長となる道が見えているのだ
同僚になればまた違う付き合いが出来る
だが、こうして夜の修行の回数も減るかもしれない
市丸は嬉しくも寂しい、複雑な思いを抱いた
三ヵ月後、日番谷の十番隊隊長就任が決まった
続