俺は忘れないよ
『ユキ』
君があの日の事を忘れても
俺だけは忘れない
俺とユキが一緒に居たあの時間を
俺とユキの『約束』も
24時間の恋人
その日の昼間、俺は駅に家族を見送りに行っていた
オヤジが福引でどこかの温泉旅館の宿泊券を当てたとかで
妹二人を引き連れて出かけたのだ
三人分しか貰えなかったとか何とか言っていたが
普通ペア宿泊券とかじゃねぇ?
とツッコミを入れると焦りだしたので
ペア、もしくは四人分だったのだろう
別に行きたかったとか、俺だけ仲間はずれとか
そういうのを言いたい訳じゃないけれど
せめて一言言っといてほしかった
なんせその事を聞いたのは前日だ
知ってれば俺だって尸魂界に遊びに行ったりしたのに
とにかく俺は、家族を見送り
クリスマスイブで賑わう街中を通り、自宅へと向かった
今日を共に過ごす彼女もいない俺は一人寂しくカップ麺でも食べるかな
そんな事を考えていると、ふわりと白い物が落ちてくるのを発見した
「・・・・雪だ・・・」
ふわりふわり と落ちてくるそれは徐々に数を増していく
このまま一晩振れば積もるかもしれない
そう思いながら手を広げて雪を受け止める
体温によってすぐに解けてしまう
あの子の創るものとは違うんだなぁ と
あの子を思い出す
それは苦い思い出
こことは違う世界で
俺はあの子に出会った
出合った場所は病室
お互い怪我をしていて、眠っていた間に
俺の学友の井上とあの子の副官の乱菊さんとが仲良くなって
紹介されて出会った
白銀の髪に碧の眼
肌も白くて
妹と同じくらいに見えるのに
隊長だって言われた
季節は夏だったのに、あの子からは冬の匂いがした
それから俺が現世に帰るまで、一回しか会えなかった
しかもその時も病室だった
剣八達十一番隊の奴等に追い掛け回されて
熱射病で倒れた俺を、丁度四番隊に来ていたあの子が看病してくれた
というか、卯ノ花さんに「氷で冷やしていただけますか?」と頼まれて
(氷雪系の斬魄刀を持っていた為)
本当に俺を氷付けにして冷やしていただけだけど・・・
『・・・・熱射病だなんて・・・子供か・・・』
気がついた俺に一番に言った言葉
『これで死ぬ事もあるんだ、気をつけろよ』
注意しているが、その表情は優しかった
俺が気がついた事で自分の役目は終わった と席を立とうとしたあの子を
俺は思わず引きとめた
もっと見ていたい
もっと声を聞きたい
もっと一緒にいたい
もっと君を知りたい
必死の形相だっただろう俺を見て
あの子は苦笑しながら座ってくれた
その時だ
『氷が創れるなら、雪も創れるか?』と聞いた俺に
あの子は微笑みながら、小さな雪兎を創ってくれた
それは、夏の暑さにも体温にも融けることのない
雪兎
あの子の霊力が込められているからなのだそうだ
流石に、一日経ったところで融けてしまったが
今でもあの時の雪兎を
あの時の時間を覚えている
好きだ
自覚はあった
でも俺は何一つあの子に言わずに帰ってきた
理由は俺が人間であの子が死神だと言う事
それと、裏切り者である市丸とあの子がそういう仲だったと聞いたから
夏の雪兎はあの子が毎年市丸に創って渡していた物なのだそうだ
あの子は、いなくなってしまった恋人を思い出しながら
あれを創った
あの時の微笑みは、恋人に向けられたものだったんだ
それを知って
俺は何も言えなくて
そのまま帰ってきた
けれどこうして雪が降るたび
あの子を思い出す
あの子が誰を好きでも
俺はあの子が好きなんだ
「・・・・・?」
自宅前で俺は妙なものを発見した
それは大きな白い毛布
こんもりと膨れている所をみると、中に何か包まれているのだろうか
もしかして不法投棄?
これ、誰が片付けると思ってるんだ?
そんな事を思いながら、つん と靴の先で軽く蹴ってみた
すると毛布はもぞもぞと動いた
「!!!?」
生き物!?
生き物なのか!?
かなり大きいから大型犬か?
息を殺してじっとそれが出てくるのを待った
「・・・・・・」
しかし、出てこない
外は寒いし
時期に日も暮れる
近所の人の眼も気になりだした
そこで俺はゆっくりと毛布をめくった
「・・・・・マジかよ・・・」
毛布に包まれていたのは人間
しかも真冬にノースリーブのワンピースを着た少女
「と・・・兎に角家に入れて暖めないと」
何かの事件かもしれない
警察に連絡した方が良い
そう思いながらもこのまま外に置いてもおけず
俺は抱き上げて家へ
冷えた居間に暖房のスイッチを入れて暖める
少女は目を覚まさない
俺は毛布ごと抱きしめて身体をさする
顔も手も氷のように冷たくて
必死でさすり続けた
30分経った頃にはやっと頬に赤みが戻ってきた
良かった とホッと息をはくと同時に
少女のまぶたが震えた
眼を開ける
そう思った瞬間
ゆっくりと少女は眼を開く
「・・・・・・っ」
開かれたその色は、先ほどまで思い出していたあの子と同じ色
落ち着いて良く見ると髪の色も同じ
一瞬、あの子かと思ったが
あの子は男の子
そうであるはずがない
眼をパチパチさせている少女に
俺は微笑むと「大丈夫か?」と声をかけた
「おい?」
少女は暫くの間、じっと俺を見た後
にこりと笑った
「・・・・・」
美しい笑顔だった
俺は微笑まれて身動きできずに固まる
少女はそれを気にかける様子もなく
するりと俺の腕の中から抜け出した
きょろきょろと辺りを見回した少女は俺の目の前に戻ってきて
首を傾げてこういった
「ここは何処?あなたはだぁれ?」
少女は自分の名前すら覚えていなかった
今は俺と向き合ってコタツに座っている
流石にあの格好では寒いだろうと俺の上着をかけてやった
妹達のでは小さくてサイズが合わないからだ
ぶかぶかの上着を着た少女は、俺と眼が会うとにこりと笑う
俺も笑い返し、もう一度良く彼女を見た
キラキラ光る銀髪は背中の中ほどまでの長さ
すっと伸びた癖のない真っ直ぐなそれは
意識を失っている時に触った感触では、とても柔らかかった
眼は、あの子を思い出させる碧色
肌も髪も白いのに、瞳の色だけがハッキリとしている
けれどそれが彼女の美しさをより一層引き立てていた
身長は150cmくらいだろうか
もう少し高いかもしれない
年齢は解らない
名前も解らない
彼女は自分を特定する物を何も持っていなかったから・・・
「これ、美味しいの」
「おかわりする?」
「うん」
持っていたマグカップを差し出して笑う少女に
俺はもう一度同じ物を淹れて渡した
その辺で売られているインスタントのココア
それを気に入ったようだ
ふぅふぅ と少し冷まして
もう大丈夫かな? と恐る恐る口につける姿が可愛くて
思わず微笑んでしまう
その視線に気がついて、にこりと笑いかけてくれた
穏やかな時間
けれどずっとこのままではいけないと解ってる
彼女を待っている人がいるかもしれない
必死で探している人がいるかもしれない
俺はその人の所に帰れるようにしてやるべきなのだ
(もしかしたら・・・)
テレビのニュースで流れているかもしれない
俺はリモコンを手に取り
電源を入れた
ぶつん という音がして
映像と音が聞こえてくる
その内容からして、ちょうどニュース番組のようだ
「!!?」
「っえ!?」
急に少女の身体が大きく跳ねた
そして慌てて俺の傍に駆け寄ってくる
「どうしたんだ?」
彼女は何も答えず
ぎゅっと俺の手を掴み、震えている
その手を握り、もう一度「どうしたんだ?」と尋ねた
「・・・誰かいるの?」
「は?」
今にも泣きそうな顔で
そこの箱に誰かいるの?と指をさす
箱?
俺はさされた方向に眼を向ける
そこには先ほど電源を入れたテレビ
「ああ・・・・そっか」
さっきまで二人きりだったのに、急に誰かの声がして驚いたのか
俺は急いで電源を切った
「大丈夫、この家には二人だけだから」
「でも、声がしたよ?」
「これはテレビだから・・・ってわかんねぇか」
「???」
解らない と首を傾げるしぐさが可愛くて
思わず笑ってしまう
どうして笑われたのか解っていない彼女は
俺が笑うと一緒になって笑う
家に帰してあげないといけない
解っているのに
俺は、彼女の家を捜す事を止めた
「雪が降ってる時に見つけたから『ユキ』」
「ユキ?」
「そう『ユキ』
どう?」
「うん、今日からユキは『ユキ』」
名前がないと不便だ
だから名前を考えようと思った
もう少し良い名前をつけてあげれば良かったんだけど
雪の降る日に出会って
肌も雪の様に白くて
ユキ しか他にないように感じた
ユキも気に入ってくれたようだ
にこにこ と俺の隣で笑っている
テレビの件からユキはずっと俺の隣にいる
離れようと俺が動くとユキもついてきて
ユキに離れるよう言うと「嫌」と言う
あんまりキツク言うと
泣き出しそうになるから、傍に居させることにした
そのうち、ぴったりと身体をくっつけてきて
正直どうしようと焦った
いくら男のあの子が好きだと言っても
俺だって健全な高校生
異性に対してそれなりの関心と
それなりの性欲というものは持ち合わせている
ユキは俺にくっついていると暖かくて気持ちがいい
と言っていた
湯たんぽ代わりといった所
だから俺は
記憶を無くした後、初めて見たのが俺で
その俺を親のように思ってるだけなんだ
きっとそうだ
そう自分を納得させるが
意思とは関係なく、口が勝手に言葉を発していた
「恋人同士みたいだ」
「こいびとどうし?」
「あ・・・いや・・・その・・・」
きょとん と首を傾げて俺を見るユキ
俺は焦りながら曖昧に笑うしか出来ない
何言ってんだ俺・・・
「こいびとって何?」
どうしよう
何て教えたら良いのだろう
悩む俺の心情を全く解っていないユキは「何?一護、それ何?」
と何度も何度も俺の身体を揺すった
「一護、こいびとってなに?」
はぁ・・・
ため息をひとつはいて、俺はユキに振り返った
「恋人・・・好きな人の事、その人も自分の事を好きでいてくれる人・・・かな?」
「・・・・よく解らない・・・」
「・・・だろうな」
うーん と考え込むユキの頭を撫でてやりながら
ユキがあの子なら良いのに と思ってしまう
ここにいるのがあの子だったら・・・
このままウチにいさせて・・・ずっと一緒にいるのに
記憶なんか二度と戻らないように
死神から・・・尸魂界から隠してしまうのに・・・
『ユキ』が・・・『冬獅郎』だったら・・・
「一護はユキが好きなの?」
『一護は俺が好きか?』
ユキの声が、姿が
冬獅郎と重なる・・・
「ユキは一護のこいびと?」
『俺は一護の恋人?』
にこりと微笑まれる顔が、冬獅郎に見える
あの子のこんな表情なんて見たことないのに
ユキは冬獅郎じゃない
「・・・・ああ・・・恋人だ」
「わぁい!ユキは一護の恋人!」
恋人だ・・・・そう思わず答えてしまった
ユキは冬獅郎じゃないのに・・・・
俺はユキを冬獅郎の身代わりにしてしまった・・・・
「すぐ帰ってくるから、な?」
「嫌〜!ユキも一緒に行く!!」
「だってその格好じゃ出れないって!待て待て待て!!」
「やだ!一護と一緒に行くの!」
ユキを冬獅郎の身代わりにしてしまった と自己嫌悪していても
時は経ち、腹は減る
俺一人ならカップ麺で済ませれるが、今はユキもいる
記憶がないのでいつから食べていないのかは解らないが
本人曰く、「もの凄くお腹が空いている」んだそうだ
そうとなれば、それなりに食事の用意をしてやらねばならない
しかし、生憎と冷蔵庫は空っぽ
妹が「面倒くさがって料理しないでしょ」と前日までに殆どの食材を使ってしまったからだ
結果、買出しに出かける事に・・・
そしてユキがそれについて来ると言い出し
現在に至る
「だから待てって!」
「やだー!!」
玄関で「待て」「やだ」と言い合いながら
外へ飛び出そうとするユキを捕まえる
ユキの着ているものはワンピースと俺の上着
部屋の中なら良いものの
外に出るには随分とおかしな格好じゃないか?
「ユキは一護と一緒が良いの!」
「だからなぁ・・・・はぁ・・・・どうしよう」
妹の服では小さいし
俺のじゃでかいし
オヤジのは論外だし・・・・
服服服・・・・・
「あ!」
そうだ、石田!
あいつ、ルキアに服作ったりしてなかったか?
いや、してた
井上の服も改造してた
「よし!」
俺はユキを抱えたまま携帯を手に取った
「っつー訳で、ぱぱっと服作ってくれ!」
「・・・・・・・」
「・・・・・だれ?」
一大事だ!すぐに来てくれ!!
そう言って電話を一方的に切ってやると
石田は五分もしない内にやってきた
一体どこにいたんだ?と聞きたいところだが
機嫌を損ねては不味いと判断し
簡単に事情を説明し、服を作ってくれるように頼んだ
ユキは俺の後ろに隠れて石田を恐る恐る見ていて
石田は俺の説明を聞いていたのか解らないが
ユキをじっと見つめていた
「・・・・ろさき・・・」
「あ?何だよ?」
石田は視線をユキから俺に移すと
一発俺の頭を殴った
「ってぇ!何してんだてめぇ!」
「何してんだはこっちのセリフだ!」
「!!」
俺が叩かれたのと
石田と二人で怒鳴りだしたのに驚いたユキが慌てて居間に逃げて行く
ユキを追おうとする俺を石田が引き止める
「何だよ!?」
「君!本当に彼女の事に気がついていないのか?」
「何の事だ?」
暫く俺をじっと見ていた石田はため息をはく
なんだって言うんだよ?
むっとして石田を睨んでいると
「本当に感知能力ゼロなんだな」と呟いた
「だからなんの話なんだって聞いてんだよ?」
石田はもう一度、先程よりも大きく息をはいた
そしてゆっくりと『その事』を俺に告げた
『・・・浦原さんにでも相談した方が良い』
石田はすでに家を後にしてた
俺は暫く玄関で固まっていたが
ゆっくりとユキの逃げていった居間へと向かった
「・・・・ユキ?」
ユキはコタツに潜り込んでいた
俺が声をかけた事で、恐る恐る顔を出した
「・・・・いちご・・・」
「怖がらせてゴメン
もう大丈夫」
腕を広げてやるとユキはそこに飛び込んできた
ユキを受け止めて、ぎゅっと抱きしめる
正直、どうするべきか迷っている
ユキの為を思うなら、早く帰してやれるようにしたほうが良い
でも、俺の中のもう一人が囁いている
『このまま誰にも知らせず、家で一緒に暮らせば良い』
『ユキは俺が望めば一緒にいると言うだろう』
『この機会を逃したら、二度とこんなふうに抱きしめられなくなるぞ』
この腕の中の存在を放したくない
だけど、ユキには・・・この子には待っている人がいる
この子を必要としている人がいる
帰るべき場所がある
俺はゆっくりとユキから身体を離す
「一護?」
「ユキ・・・今から出かけようか」
出来るだけ優しい笑顔をつくる
ユキが怖がらないように
ユキが安心するように
「どこへ?」
「いろんな物を置いてるお店
楽しいよ」
ユキは不安そうな表情をしていたが
楽しい と聞いて顔を綻ばせた
結局、石田にユキの服を作ってもらえなかったな
と気がついたが仕方ない
だきあげてでも出かけるしかないな
ユキの手を取ろうとした時
来客を告げるチャイムが家に響いた
「こんにちわ、黒崎君」
「井上?・・・とたつき?」
家にやってきた人物は井上とたつきの二人
二人は俺が玄関の扉を開けると、紙袋を突き出してきた
なんだ?と中を覗くと、そこにはコートや靴など服一式が入っていた
どうして?と問うと、二人は石田から聞いたと言う
「黒崎君の家に女の子がいるから、服を貸してくれないかって言われたの」
「織姫よりも私と体型が似てるらしいから、私の服を持って来たけど」
石田君から話を少し聞いてるから と井上はにこりと笑う
たつきは理解しているのかどうか解らないが、何か事情があると言う事は知っているようで、俺に荷物を渡すと出て行こうとする
「もう・・・帰るのか」
「うん、これからたつきちゃんとでぇとするんだもん」
「ただあんたん家で晩御飯食べるだけでしょ?」
笑いながら帰ろうとする二人
俺は井上を呼び止めた
「黒崎君?」
「もし・・・・俺がアイツの事・・・誰にも、何処にも知らせなかったら・・・家に帰してやらなかったら、とか考えないのか?」
きょとんとした後、井上はくすっと笑った
どうして笑うのか、今度は俺がきょとんとしてしまう
「黒崎君がそれで良いと思うなら良いんじゃないかな?」
「・・・・え?」
それで・・・良い?
「だって『好き』だったもんね」
知ってたよ と井上は笑う
そんなに解りやすかっただろうか と俺は顔を赤らめた
井上の隣ではたつきが驚いている
「へぇ〜そうだったんだ」
「・・・・悪いかよ」
「悪いなんて言ってないじゃない
でも・・・ふぅん、一護がねぇ・・・」
ニヤニヤと笑い出した幼馴染をじろりと睨む
しかし、俺が多少睨みつけたぐらいではたつきにはどうって事がないようだ
「さっさと帰れ!」
「ちょっと!追い出さないでよ!」
「わわわぁ〜黒崎君押さないで〜」
俺は二人を追い出して玄関のドアを閉じる
その向こうではたつきと井上のクスクスと笑う声が聞こえた
くそっ!
「はい、できたよ?」
「・・・うん、じゃあ行こうか」
俺はユキの手を引いて浦原商店を目指した
先ほどまで降っていた雪は止んでいて、地面がぬれてはいるがその形跡はすっかりなくなっていた
少し残念に思いながら隣のユキに視線をやる
ユキは何が珍しいのかキョロキョロしながら楽しそうに笑っていた
時々何かを発見してはそちらへと行こうとするので俺はしっかりと手に力を込める
・・・・ユキが何処にも行かないように
『♪♪♪』
あと少しで浦原商店 という所で携帯にメールを知らせる着信音
見てみるとそれはたつきから
メールを開こうとボタンを押した時、ちょうど店から出てきた浦原さんと会った
「あれ黒崎サン・・・・と、」
俺は携帯を仕舞い、浦原さんに挨拶をする
浦原さんはユキをじっと見詰めている
やはり解ってしまうんだな とため息をはいた
「・・・・とりあえず中でお茶でも飲みながら話しましょうか」
最初は浦原さんに警戒心を抱いていたユキだったが、出された色んな種類のお菓子を食べるうちにすっかり気を許したようだった
俺はユキと出会ったときの事、ユキが何も覚えていない事を伝えた
浦原さんはそれを黙って聞いていたがその表情はとても険しいものだった
「・・・本来、義骸はその魂魄に合わせて作られるんですよ」
「・・・はい」
「着ぐるみだと思ってもらえれば解りやすいですかね?
大きくても小さくても動かし難い、一歩も動けなくなったり脱げなくなったり・・・
彼女は記憶障害だけのようですが、霊力を失ったり魂魄が消滅したり という事例もあります」
俺はユキに目をやった
ユキは浦原さんに貰った本を読んでいる
楽しそうにしている姿を見て、俺の顔も綻んだ
俺は一つ気になっている事を浦原さんに聞いた
それはユキの記憶喪失
ちゃんと元に戻るのか、それともこのままなのか
「記録に残っている事例では義骸から出れば元に戻ります
ですが、その間の記憶は残らなかった と聞いています」
残らない?
ユキの記憶は残らない・・・・
俺の表情を見て浦原さんが顔色を変える
そして、俺が何か行動をする前に と考えているのか
ゆっくりと、諭すように話しかけてくる
「今の状態は彼女にとって良いとは言えません
出来るだけ早く出してあげた方が良いと思います
それも、何かあった時の為に四番隊の方の付き添いで・・・」
浦原さんが何を言いたいかは解ってる
ユキを家に帰してやれ と言っているのだ
そうだ・・・一度は決心した
ユキを本来いるべき場所に帰してやるって・・・・だけど・・・
「黒崎サン?」
「ユキ・・・帰ろう」
俺はユキを立ち上がらせる
そんな俺を浦原さんが引き止める
「このままではいつどうなるか解らないんですよ?」
解ってる そんな事は解ってるんだ
だから・・・
「今日だけで良い・・・一日だけで良いから、俺とユキを一緒にいさせてくれ」
「・・・・黒崎サン・・・」
「頼むっ」
頭を下げて頼み込む
きっとユキを帰してしまえばこんな風に二人でいられる時間はない
だったら、一日で良いから二人だけで過ごしたかった
「・・・・解りました」
「!浦原さん」
「ですが・・・今日だけですよ」
「ああ、解ってる」
「一つだけだからな」
「うん・・・どれが良いかな?」
俺とユキはケーキ屋に来ていた
今日がクリスマスイブと言う事もあってか随分と混んでいたが、俺もどうしてもユキとケーキが食べたかった
流石に二人じゃホールでは食べられないから、一人一個ずつ選ぶ事にした
ユキはショーケースに並ぶケーキを楽しそうに選んでいる
俺はそれを見て苦笑しながらポケットから財布を取り出した
それと同時に携帯の存在と、先ほど見ないままにしておいたメールの事を思い出した
『一護へ
まさか一護に好きな女の子が出来るなんて思ってなかったからビックリしたよ
何か事情がありそうだけど、アンタなら「そんなの知るか」って感じだよね
でも、良かったね・・・これでアンタのお母さんとの約束守れるじゃない
・・・まさか無くしたとか言わないよね?
たつき』
約束?
無くした?
何の事だろう
俺はおふくろと何か約束しただろうか?
たつきにメールを送ろうとしたが、ユキがケーキが決まったと報告してきたのでまたそのままポケットに仕舞う
「どれ?」
「これ、いちごのけぇき」
「・・・・・ユキ、お前なぁ」
俺と同じ名前(漢字は違うが)だからなのだろうか
ユキは「いちご、いちごのけぇき」と楽しそうに歌っている
時折発音が「苺」ではなく「一護」と言っている所を見ると、苺のケーキが食べたかったと言うよりも、その言葉(イチゴ)で選んだのだろう
しょうがないなと思う反面、これ程までに俺を好きでいてくれるユキが可愛かった
俺は何にしようかなと見ていると、ユキが「一護も同じのが良い」と言ったので俺もイチゴのケーキを選んだ
ケーキを買った後、晩御飯の買出しも済ませて家へ向かう
帰るときも手を繋いで
ユキはケーキの箱を持って嬉しそうに時折見つめては、俺に笑いかけてくれる
俺はそんなユキと繋いだ手を更に力をいれて握り締めた
この手が離れなければ良いと
明日が来なければ良いと思いながら・・・
家についた後、ケーキを冷蔵庫に入れながらふとおふくろの写真が眼に入った
オヤジが家のあちこちにおふくろの写真を飾ってあるので、いろんな所でおふくろに会うことが出来る
じっと写真を見つめながら、たつきのメールを思い出した
『アンタのお母さんとの約束』
つまり俺はおふくろと何かの約束をした
勿論、おふくろが生きている時に
そしてそれは俺の好きな奴・・・この場合ユキに係わることで・・・・
うーん・・・・
俺は少ないだろうおふくろとの思い出を思い返す
・・・・
・・・・
・・・・
『これは一護が 』
「あ!!」
思い出した
「ユキ!俺ちょっと二階行って来るから」
俺はユキにテレビを見させて(テレビにはもう慣れた)自分の部屋へと急いだ
慌てて机の引き出しを開ける
そう
おふくろがまだ生きていた頃
死ぬ前の年の夏祭り
俺は出店でおふくろのプレゼントを買った
その時、たつきも一緒にいて俺がおふくろに言われた事を一緒に聞いていたんだ
「ユキ、お待たせ・・って、ユキ?」
探し物を終えた俺が居間に戻ると、ユキが眼に涙を溜めた状態で座り込んでいた
どうしたのかと近づくと、ユキは俺に抱きついてくる
「ユキ?どうかした?」
細い身体を抱きしめてやると、ユキがゆっくりと顔をあげる
ぽろぽろと涙を流しながらユキは「嫌だったの」と呟いた
「え?」
「ユキ、独りは嫌だったの
一護と一緒が良いの・・・でも一護いなかったの」
「・・・・ユキ・・・」
「独りにしないで・・・」
再び顔を埋めるユキを俺は抱きしめた
そしてそのまま座り込んで、何度も謝った
ごめんね
大丈夫、もう絶対に独りにしない
俺とユキはずっと一緒だ
『 その人に渡しなさい』
優しいおふくろの声が聞こえた気がした
「ユキ『約束』しよう」
「?」
「これを受け取ってくれないか?」
俺はポケットから探し物・・・青いガラスの指輪を取り出した
「これ・・・なぁに?」
ユキが伸ばして来た手を取ってその指にはめる
すると、ユキの薬指にピッタリ合った
まるでその為に作られたかのように・・・・
「これは・・・ずっと一緒にいるっていう約束の指輪だ」
「ずっと一緒?」
「ああ・・・俺とユキはずっと一緒、絶対に独りにしない・・・離れない
その約束のしるし・・・」
『これは一護が大きくなった時、ずっと一緒にいたいと思った人と出会った時
その人に渡しなさい』
昔、夏祭りで買った指輪をおふくろにプレゼントした時言われた言葉
その時は理解できなかった
どうして俺からのプレゼントは受け取ってもらい無いのかと泣いたような気がする
でも、もしかしたらおふくろには解っていたのかもしれない
俺が未来でユキに会う事を・・・
「約束・・・」
「そう、俺とユキの・・・二人だけの約束だ」
独りにしない 二人だけの約束
この言葉に安心したのか、やっとユキは笑ってくれた
そして何度も指輪を眺めては嬉しそうに微笑む
俺はそれを見つめながら寂しさを覚えた
ユキと俺の約束は今日だけのモノ
明日になればユキの中から消えてしまう約束
時間は止める事は出来なくて
ユキとの一日は終わりが来ようとしていた
結局、浦原さんは昼前まで連絡を取らないでいてくれた
だからユキの迎えが来たのは俺とユキが出会って24時間後
昼過ぎの事だった
「っ・・・無事で良かった」
迎えに来たのは当然と言えば当然な乱菊さんで
いきなり抱きつかれてユキはとても驚いていた
けれどどこかで覚えているのだろうか、石田達の時のように警戒することなくあっさりと受け入れた
「ありがとう一護、保護してくれたのがアンタで良かったわ」
「・・・・いえ・・・」
乱菊さんはどうやら急いであちらに帰りたいようだった
それはそうだろう
浦原さんも急いで出した方が良いと言っていたし、向こうでも同じ答えが出ているのだろう
「さぁ・・・いきましょう」
乱菊さんに手を引かれ玄関を出るユキ
俺は何も言う事が出来ず、その姿を見つめる
本当は引き止めたい
ユキは独りにしないで と言っていたが、本当はそれは俺が言いたい言葉だった
ユキ、俺を独りにしないで
「一護っ」
俺の心の声が聞こえたのか、ユキは乱菊さんを振り払って俺のところに帰ってきた
思わずユキを抱きしめる
「っユキ!」
「一護も一緒に行かないの?ユキと一護は一緒じゃないの?」
今にも泣きそうな・・・いや・・・泣いているユキ
出来ることならこのまま一緒にいたい
ユキも俺もそれを望んでいるのだから・・・・
だけど・・・・
「・・・一緒だよ」
「一護・・」
「だって『約束』したじゃないか」
俺はユキの手を取り、指輪に口付ける
これは俺達の『約束』
ユキがユキでいる間だけの
そして、俺がこれから一生忘れないであろう
俺達の約束のしるし
「『約束』・・・」
「そう・・・ずっと一緒だ、絶対に独りにしない・・・離れない」
だろ?と笑ってやると、ユキも安心したようで微笑んだ
「先に行ってて・・・必ず後から行く」
「うん、すぐに来てね」
俺達のやり取りを見て、乱菊さんには俺の気持ちが解ってしまったようだった
俺に何かを言いかけたが、俺は「ユキをよろしく」と笑いかけた・・・・
乱菊さんに「笑えてないわよ・・・馬鹿」と呟かれたのに気がつかないフリをして、俺はユキを乱菊さんに託した
俺の家を離れながらユキは何度も俺を振り返っていた
その度に俺は手を降って精一杯笑顔を作った
心の中で何度もユキにさようならを言いながら・・・
独りになってしまった家の中で、ぼんやりとこれからどうしようか と考える
悲しくて仕方がないのに、人間て生き物は食べないと生きていけないらしい
体が空腹を訴えるので仕方なく食事をする
昨日の夜とは違って美味いとも何とも思わない食事
ユキと一緒に食べた時は何もかもが美味しかった
そう言えば家の中も暗い気がする
まだ昼間だというのに、俺は明かりを点けた
だけどまだ暗い気がする
ユキが居たときはこんな事感じなかった
ユキ
お前がいないだけでこんなにも世界が違う
夜、眠くは無いけれど一般的に寝る時間だから布団に入ろうと自分の部屋へと向かった
朝、ユキとこの部屋を出てから一度も入っていない
だから真っ暗で、俺は電気のスイッチをいれる
ぱっと暗かった部屋が明るくなる
昨日の夜、ユキは俺のベッドに寝転んで俺が与えたノートになにやら落書きをしていた
何を書いているのか 何度聞いてもユキは教えてはくれなかった
盗み見ようとしてもすぐに気がついて「内緒」と閉じられていたノート
それがそのまま俺のベッドの上に置かれていた
俺はそれを手に取り、ページを開く
『ゆき ユキ 雪
いちご イチゴ 一護』
そこには何度も何度も書かれた俺とユキの名前
字の練習でもしてたのか と笑う
次のページにはケーキの絵
昨日食べたイチゴのケーキだ
あまり上手とはいえない絵を見て、また笑う事が出来た
『ユキは今日からユキ
ユキは一護がつけてくれた名前
一護に最初に貰ったモノ
一護とユキは恋人同士
一護はユキが好き
ユキは一護が好き
次に一護はユキに指輪をくれた
約束の指輪
ユキと一護はずぅっと一緒
一護はユキを独りにしない
一護はユキから離れない
ユキと一護だけの約束』
ぱたっとノ−トにしずくが落ちる
気がつくと俺は泣いていた
ユキと別れる時はユキが不安にならないようにずっと我慢していた
ユキと別れてからは心が止まってしまったかのように悲しさなんて感じなかった
だけどもう良いよな
泣いても良いよな
俺はユキが書いた最後のページを捲った
『約束
ユキと一護の約束
一護がユキを独りにしないように
ユキも一護を独りにしない
一護がユキから離れないように
ユキも一護から離れない
ユキはずっと一護と一緒』
「・・・・ユキっ・・・」
その夜は寝る事なんて出来なくて、俺はユキの残したノートを抱きしめて・・・
泣いた
後日、俺のところに乱菊さんがやって来た
ユキの着ていた服を返しに・・・・そして報告に・・・・・
『日番谷隊長は、現世に居た一日の事を何も憶えていない』 と・・・
それは解っていた結末
続