こんな事あって良い筈ない
黒崎一護が呆然と学校の屋上で座り込んでいた
「俺、これからどうしたら良いんだ・・・?」
僕は何度でも君に恋をする
一護が僅かな眩暈を覚えつつ目を開けると、そこは空座町町外れの廃屋の屋上だった
なぜ自分はここにいるのだろう?体を見ると一護は死神化していた。では虚相手に戦ったのかと思ったが、どうにも覚えがない
しかし、ここで悩んでいても仕方がない。一護は疑問に思いつつ自宅へと向かった。
「なんだよ・・・これ?」
しかし、一護は自宅前で立ちすくんだ
「どうなってんだ?」
あったはずの自宅は無く、十数年誰も住んでいないような廃墟となっていたのだ
一護は慌てて辺りを確認する。もしかしたら寝ぼけていて場所を間違えたのかもしれない
しかし、何度確認してもその廃墟こそが一護の記憶している黒崎家のあった場所であった
「・・・・・何なんだよっ!!」
一護は走った
向かった場所は浦原商店。浦原喜助ならば何か知っているかもしれない。そう思ったからだ
「・・・マジかよ・・・?」
最早笑うしかないと思った。浦原商店のあった場所には何も無く、広い空き地があるだけ・・・
誰か、この異常を知っている者はいないのか?
一護は知り合いの家を訪ねた
しかし、一護の記憶どおりの場所に住んでいるもの、住んでいないが違う場所に住んでいるもの、空座町にいない者等様々だった
しかも今の一護は死神化しており、普通の人間には話すどころか姿さえ見えない
ならば、と石田に話しかけたが「死神に知り合いなどいない」とあっさりと追い返された
何度も粘って話しかけたが本気で攻撃された為石田と話すことを諦めた
他にも井上や茶渡などを探してみたが、二人は今この町に住んでいないようだった
「・・・これからどうするか・・・」
結局行く場所が見つからず、一護は学校へとやってきたのだった
「まずは俺の体を・・・コンを捜さなきゃな」
家や家族が消えた事も大事だが、町の人間に事情を聞こうにも自分の姿が見えないのでは話にならない
いち早く体に戻らなければならいと判断した
「だけど何処を探すべきか・・・」
「・・・おい」
「また追い返されるかもしれないけど、石田に話しかけて・・・」
「おい!」
「ぅひゃぁぁぁ!!」
背後からの大きな声に一護は驚き、さらに大声をあげた
恐る恐る振り返る
そこにいたのは・・・
「と・・・冬獅郎?」
「何なんだ貴様?」
耳を押さえて一護を睨みつける冬獅郎が立っていた。
「冬獅郎!!」
「!!」
一護は思わず冬獅郎に抱きついた。
抱きしめた感触も、温もりも香りもよく知る冬獅郎のもの
それまでの心細さも相俟って、細い体を思い切り抱きしめた
「放せ!!」
しかし、冬獅郎は思い切り抵抗し一護から離れた
そして一護が話しかける前に氷輪丸を構えた
「ちょ」
「貴様、何番隊所属だ?」
一護がなんとかして宥めようとしたが冬獅郎の怒りは収まらない
「隊長!」
「松本か」
「乱菊さん!」
冬獅郎の霊圧の揺らぎを感じたのか、乱菊が血相を変えて現れた
その乱菊は一護に名を呼ばれ驚いた表情をとった。そして冬獅郎に「知り合いか?」と訊ねられると頭を左右に振った
「何言ってるんですか?」
「あんたこそ何を言っているの?所属と名前を名乗りなさい」
乱菊は冬獅郎と共に一護に向かって斬魄刀を向けた。一護はそれに慌て、この二人も石田と同じように自分を知らないのだと理解した
「ちょっと待ってくれ!話を聞いてくれ、いや、聞いてください!」
「・・・信じられないわ・・・隊長はどうなんです?」
「・・・・・」
「俺だって信じられねぇ・・・ないです」
一護は信じてくれ、本当なんだと何度も何度も説明し、やっと二人と話すことができた
乱菊に話しかけられた冬獅郎は黙ったまま一護を暫く見つめ、ため息をはいた
「とりあえず瀞霊廷につれて行こう。涅辺りに話せば本当かどうか調べてくれるだろう」
「そうですね」
「それって十二番隊の・・・大丈夫かよ」
一護は二人について瀞霊廷へと向かった
「・・・信じられないねぇ」
「そんな事があるのか?」
「確かに、我々死神と少し違う霊圧を感じますね」
緊急に開かれた隊首会で一護は事情を説明した。
自分は死神の力を持った現世の人間であること。色々あったが瀞霊廷にも認められ、代行として空座町で虚退治をしている事。ここにいる隊長、そして他の死神達とも顔見知りである事。現世で自分の住んでいた家、家族がいなくなってしまっている事など全てを話した
しかし、いつも一護を歓迎してくれる浮竹やその親友の京楽、穏やかな笑顔で接してくれている卯の花。彼らも現世の石田や冬獅郎たちと同じように一護のことを知らないと言った
「・・・涅隊長、お主の意見はどうなのじゃ?」
それまで黙って話を聞いていた総隊長の山本が口を開いた
すると涅はニヤリと笑うと一歩前へ出た
「いくつか可能性があるがネ。例えば彼の言っていることが全て嘘である可能性」
「嘘じゃねぇ!」
嘘だと言われて怒りを感じた一護は大声をあげて抗議した。しかし、涅はそれを気にする事無く続けた
「他には、彼の言うことは事実で、我々の記憶がおかしくなっている可能性」
「いくらなんでも全員というのはおかしいでしょ?」
「最後まで聞きたまエ。最後に、彼がパラレルワールドに迷い込んでいる可能性」
パラレルワールド
決して重なり合うことのないもうひとつの世界。涅は一護は自分達とは違う世界の住人で、何らかの理由でこの世界に迷い込んだのではないかと説明した
「恐らくこれが一番可能性が高いネ」
「じゃあ、どうやったら戻れる!?」
見た目は同じでも彼らは一護の知っている彼らではない。ならば一刻も早く自分が知っている、そして自分を知っている彼等の所に帰りたかった
「解らないネ」
「解らない!?」
しかし涅は両手を挙げて笑った。そして、知っていれば自分の目で他の世界を見て回っていると答えた
「・・・・・」
もう、自分は戻れないのだろうか
一護はグッと手を握った
「仮眠室になるが・・・」
「・・・いや、有難う」
一護は十番隊の仮眠室にやってきていた。
あの後、一護をどの隊で預かるかの話し合いがされた。どの隊も一護を預かる事に躊躇した。一護と涅の話から彼が別世界から迷い込んだのだろうと結論付けられたが、まだ一護に対し警戒心を持っているのだろう。誰も名乗りをあげなかった。
『・・・では一番隊で『待ってください』』
誰も名乗りを上げないのでは仕方ない、と山本が一番隊で預かると言いかけた時、それを遮る者が現れた
『・・・何じゃ、日番谷隊長』
冬獅郎だった
『彼を発見し連れてきたのは俺です。ですから、十番隊で彼を預かります』
『良いのか?』
『はい』
「明日にはちゃんとした部屋を用意する。・・・・今日はもう休め」
「ああ・・・そうする」
じゃあな
冬獅郎はそう言い残すと一護を振り返る事無く去って行った
一護はゆっくりと息を吐くと用意されていた布団へと倒れこんだ
「・・・夢じゃ・・・ねぇんだよな?」
頬を抓っても痛いだけ。だったら眠れば現実で眼が覚めるかもしれないと、一護は眼を閉じた
「ひっどい顔ねぇ」
「はぁ・・・」
翌朝、部屋へ訪れた乱菊は開口一番にそう言った。結局、一護はあの後良く眠れなかったのだ
「今、護廷の業務が滞っててアタシも隊長もあんまりアンタの相手してあげられないけど・・・」
「あぁ・・大丈夫、だと思います」
適当にやってますから、と笑うと「ゴメンね」と乱菊は手を合わせて頭を下げた
その直後、本当に忙しいのか乱菊は瞬歩で姿を消した。
一護は運ばれてきた朝食を食べた後、この後どうするかと悩んだ
一護の事は隊長格や十番隊だけでなく、護廷中に知らされているようで、その辺を歩いてもいきなり刀を向けられる事はなかった
しかし、誰もが一護を遠巻きに見てはコソコソと話をしている。ハッキリ言って良い気分ではない
こうなったら十一番隊で一角辺りと試合していた方が良いとそちらの方に向かって歩き出した
「へ?なんだって?」
「だから言ってるだろ。斑目なんて隊員ウチにはいねぇよ」
対応に出た十一番隊の隊員の言葉に一護は耳を疑った
「一角がいない?」
「それに、ウチの隊長は更木なんて名前じゃねぇし」
「え?」
一角だけではなく更木もいない。やちるも、弓親も
「そんな・・・」
一護はフラフラしながら十一番隊を離れた
これが平行世界という物なのだろうか
知っている人物がいない
自分を知っている人物もいない
「・・・ハッ・・」
一護は訳も判らず笑った。暫く笑った後、その場に蹲る
こんな世界でこれからどうやって生きていけば・・・・
「・・・黒崎」
名を呼ばれて顔をあげると冬獅郎が立っていた
「十一番隊の隊長からお前が十一番隊に来て訳の判らないことを言っていると連絡が来てな」
「・・・悪い」
冬獅郎は一護をつれて十番隊執務室の屋根の上にやってきた
「誰かを捜していたのか?」
「あぁ・・・俺の世界で三席をやってる奴なんだけど・・・いなかった」
昨日は混乱していて気がつかなかった。
昨日の隊首会で、冬獅郎の隣に立ち十一の番号を背負っていた人物は更木ではなかったと今頃になって思い出した
「・・・俺の知ってる世界と違うって解ってた筈なのにな。誰も、俺を知らないって」
「・・・・俺は・・・」
「え?」
一護が冬獅郎に視線を向けると、冬獅郎はじっと一護を見つめていた
そして、何か言いたげに口を開いたが、何も言わずに顔を背けた
「なんだよ?」
「いや、なんでもない」
「何だよ?気になるから言えよ」
「・・・・」
「・・・だんまりかよ?」
こうなったら答えないだろう事は元の世界の冬獅郎と同じのようだ
一護は仕方なく、無理に聞き出すことを諦めた。
そして「これから」の事を考える
もしこのままもとの世界に帰れない場合、自分はどうすれば良いのだろう
現世には家族はいない。もし、どこかに居たとしてもそれは本当の家族ではない
ならば尸魂界に暮らす事になるのか?
死神の力のある一護ならば、すぐにでも護廷十三隊に入隊出来るだろう
「なぁ?」
「・・・なんだ?」
「俺が護廷に入隊したいって言えばすぐに入れてくれると思うか?」
尸魂界では霊力のある者は食料を必要とする。つまりここで生きていくためには働かねばならないのだ
「・・・今の護廷はどこも人員不足だ。大丈夫だろう」
「人員不足?どうしてだ?」
「・・・・・・それは・・・」
冬獅郎から語られた話に、一護は驚いた
一護の世界でもあった藍染の反乱
ある日、藍染は市丸、東仙と共に尸魂界を裏切った。その際、大勢の死神が彼らによって殺された
「その為、護廷の業務に支障が出ている。藍染達の討伐計画の準備もあるし・・・」
「ルキアは?朽木ルキアはどうなったんだ?」
「十三番隊朽木ルキアは最重要機密を持ち出した罪で処刑された」
「!?」
「・・・彼女がどうかしたのか?」
一護の世界ではルキアの中に隠された崩玉を手に入れる為にルキアは処刑されかけた。この世界では違うのだろうか?
「彼女が機密を持ち出す所を何人もの死神が目撃している。実際、捕らえられた時、彼女はそれを手にしていた・・・兄の朽木隊長でも彼女を庇えなかった」
「・・・機密って?」
「崩玉と呼ばれる物だ」
百年前に浦原喜助が開発した霊具
技術開発局で保管されていた物をルキアが盗み出した。
そして、ルキアから取り戻した崩玉を藍染が奪い、尸魂界から去っていった
「!浦原さん!?」
「ああ。元技術開発局局長の・・・知っているのか?」
一護の知っている浦原ではないだろうが、彼ならば一護が元の世界に帰る方法を知っているかもしれない
「浦原さんは!?何処にいるんだ?」
「五十年ほど前に引退した後、流魂街に・・・今何処にいるかまでは・・・」
だが、少しだけ希望が見えたような気がする
「・・・探すのか?」
「ああ!」
ニッと笑った一護に冬獅郎も微笑んだ
****
「そう簡単に見つかるとは思ってなかったけど・・・」
予想通りというかなんと言うか
浦原の行方は二週間経っても解らなかった。
流魂街は番号が大きくなればなるほど危険が増すと言われ、番号の小さい地区だけを回っていたのだが見つからなかった
だが、二週間の間に色んな事を知ることが出来た
一つはルキアの事。
一護の世界のルキアは、現在はともかく、兄との間に溝が出来ていた
しかし、この世界の二人はとても仲が良く、最後まで白哉はルキアを擁護し続けたという事
そして、そのルキアは捕まった時、明らかに様子がおかしかったという事
どうやら藍染はこの世界の死神たちに自分の能力を教えずに去ったようだ
きっとルキアは藍染に操られていたのだろう。崩玉を手に入れる為に彼女を使ったのではないだろうか
もう一つは恋次の事
ルキアの事を聞いた時、恋次は何をしていたのだと腹をたてたが、阿散井恋次という死神は瀞霊廷にいなかった
そして・・・冬獅郎の事
一護の世界とは違い、冬獅郎は他の隊長たちと共にルキアの処刑を見ていたらしい
そして、その間にこちらでも幼馴染であった雛森が藍染によって殺された
当然、冬獅郎は誰が犯人か捜した。だが、捜査している間に藍染の反乱が起き、彼らを止められぬまま逃亡させてしまった
それからずっと自分を責め続けているらしい
それともう一つ
「よ」
「・・・黒崎か」
十番隊の執務室を訪ねると冬獅郎だけが仕事をしていた。
どうやらこちらの乱菊もサボりの常習犯らしい。そして冬獅郎がそのフォローをしているのも同じだ
クスリを笑いながら一護はソファに腰掛けた
「何か用か?」
「ん〜。昼飯奢ってもらおうかと思って」
「・・・なんで俺が・・・・」
思い切り嫌そうな表情をする冬獅郎だが、最終的には奢ってくれる
それどころか、一護が言わなければ冬獅郎の方から一護に声をかけただろう
「んじゃ、行くか」
「・・・」
席を立った冬獅郎をつれて一護は執務室を出た
「・・・・」
「・・・・」
冬獅郎と一護が十番隊舎を出た所で、一護は一瞬だけ見えた影に眉をひそめた
隣の冬獅郎は気がついているはずなのにピクリとも表情を変えていない
もう一つ、冬獅郎について知ったこと
それは冬獅郎の傍に、常に隠密機動がついているという事
理由は聞いてもいないのに噂好きな死神が教えてくれた
その死神曰く
冬獅郎が裏切る可能性がある為見張られている
という事らしい
それは、藍染が裏切って姿を消す直前まで市丸と冬獅郎が恋人の関係であった為だという
最初は嘘だと思った。一護の世界では、確かに市丸は冬獅郎を想っていた。だが、いずれ裏切ると解っていた彼は、冬獅郎に想いを告げる事無く尸魂界を去った
だが、冬獅郎本人に「事実だ」と言われ、納得する以外なかった
「・・・気になるなら一人で行くか?」
ちらちらと何度も後ろを気にしていたからか、冬獅郎がため息をはきながら言った
「いや。一緒に行こうぜ」
****
「浮気だと怒られるかな」
一護は布団に入り天井を眺めながら元の世界の冬獅郎を思い出した
「・・・ごめんな・・・」
心変わりしたわけではない。今でも冬獅郎を愛している
だが、この世界の冬獅郎も放ってはおけない
仲間である瀞霊廷の死神から、『裏切るかもしれない』と思われて見張られているなんて・・・
彼の為に何か出来ないだろうか・・・
『ここは・・・?』
一護は自分が現世にいる事に気がついた
しかもそこは見慣れた自分の部屋
『な・・・?』
今までの出来事は夢だったのだろうか?一護は部屋を飛び出す
『ぅわ!?』
『わぁ!』
扉を開けた所で誰かとぶつかった。聞こえた声からそれが誰か知る
『冬獅郎!?』
『一護?何をそんなに慌ててるんだ?』
冬獅郎が首を傾げながらそこに立っていた。着ている服が現世の物であることから、遊びに来ているのだと解る。
『・・・・そうだった』
(思い出した)
その日、冬獅郎は非番で一護の所に遊びに来ていた
乱菊に教えてもらったという料理を冬獅郎が作ってくれるという事で、楽しみにしていた
『出来るまで出てきたら駄目だからな!!』
きつく何度も言われた。何を作ってくれるのかも教えてくれなくて、時々様子を見に行っては怒られていた
(それから・・・)
『日番谷隊長!一護!虚だ!』
ルキアが飛び込んできた
そして、三人で虚が出現した所へ向かった
『たいした事ねぇな』
現れた虚は数は多いが力はたいした事のないレベル
三人で次々と倒していく
『これで・・・最後!』
一護が最後の虚を倒した
姿の消えていく虚を見ながら「やれやれ」と息をはいた
『一護!』
それと同時に聞こえてきた冬獅郎の声
一護が振り向くと、小さな体が倒れこんできた
『・・・え?』
『日番谷隊長!』
ルキアが叫び声をあげながら駆け寄ってきた。その時になってやっと一護は事態を理解した
先ほどで最後だと思っていた虚だが、実はもう一体居り、背後から一護を狙っていたのだ
そして、それに気がついた冬獅郎が一護を庇い、ルキアが倒した
『冬獅郎!!』
『・・・・』
呼びかけるが反応はない
一護の手に温かい血が流れる
『嘘だ・・・・冬獅郎!!』
一護が叫んだのと同時に世界が揺れた
冬獅郎とルキアの姿が遠ざかり、暗闇に包まれた
そして・・・・
(そして俺はこの世界に来た)
一護はゆっくりと目を開けた
周りはまだ暗く、静かだ
「『冬獅郎』・・・」
あの後、『冬獅郎』はどうなったのだろう
ルキアが一緒にいたので、すぐに織姫なり瀞霊廷なりに連絡を取って治療してくれていると信じたい
しかし、今すぐにでも元の世界に帰りたかった
「・・・クソッ!」
一護は再び眠りなおす気にもなれず、部屋から出て行った
何処へ行くともなく歩いていると冬獅郎の霊圧を感じた
今は会いたくない、だが一番会いたい相手と同じ霊圧
一護の足は自然とそちらへと向かった
「何か用か?」
「・・・・なに・・・してんのかな、と思って」
十番隊の修練場の屋根の上で空を眺めていた冬獅郎は、振り向きもせずに一護に話しかけた
「・・・・」
「俺、ここに来る前の事思い出したんだ・・・で、眠れなくなってさ」
一護は冬獅郎の隣に並ぶ。
冬獅郎は「そうか」とだけ答えてそのまま空を眺めた
数分、何も会話のない時間がすぎる
「・・・・あのさ、「よく・・・」え?」
冬獅郎は視線を空に向けたまま話し始めた
「市丸とここで会ってた」
「・・・好きだったんだな・・・」
一護の言葉に冬獅郎はフッと笑う
「嫌いだった」
「え?だって・・・?」
冬獅郎は市丸と恋人同士だと認めた。そして頻繁に会っていたと話した。つまり二人の間に愛情があったということではないのか?
「暇つぶし。ただの性欲処理だったらしい」
「・・・・」
「なんだ?こういう話は嫌いか?」
一護の世界の冬獅郎とは間逆のようなこの冬獅郎に、ただただ驚くばかりだった
しかし、疑問に思う。冬獅郎は何故嫌いだったという市丸と一緒にいたのだろう
本当は冬獅郎は市丸の事を好きだったのではないだろうか
「俺が相手しないと松本や十番隊の隊士に手を出すと言いやがったからな」
「だからって」
「俺は男だ。どうって事ない」
そう言いながらも表情が平気そうではない。明らかに冬獅郎は傷ついている。
一護は思わず抱きしめた
「そんな事言うな」
「・・・黒崎・・・」
「平気じゃねぇだろ?嫌だったんだろ?」
「・・・・」
「自分をそんな粗末に扱うなよ」
冬獅郎はゆっくりと一護に体を向けた。
「お前が・・この世界の住人だったら良かったのに」
「・・・そうだな・・・」
そのまま二人は口付けたのだった
「良かったのか?仕事」
「昨日サボった罰だ。かまわない」
一護と冬獅郎は現世に来ていた
冬獅郎が一護の住んでいた町を見たいと言った為だ
そして、十番隊の仕事は昨日サボった罰として今日は松本一人で行っている
そういえば
「こっちの空座町の担当って十番隊なのか?」
一護の世界では十三番隊だった。しかし、元の世界とこの世界とは多少違う所がある
担当が十番隊であってもなんら不思議ではないのだが
「いや。浮竹の所だ」
「え?じゃあ、なんであの時この町に?」
「・・・それは・・・」
冬獅郎が言いにくそうに口を開きかけた時、二人の背後から聞き覚えのある声が聞こえた
「仲良さそうでええねぇ」
「!」
「・・・・市丸!」
二人で同時に振り返ると、そこにはニヤリと笑ってこちらを見ている市丸がいた
冬獅郎は氷輪丸を構える
「僕がおらんようになったら、次はその子なんや?」
「貴様っ!」
今にも飛び掛らんとする冬獅郎を抑えながら、一護は市丸を睨んだ
それに気がついた市丸がニヤリと笑う
「君、見たことないけど何処の子なん?」
「・・・説明しても解ってもらえねぇよ・・・」
市丸の口調は落ち着いているように思える
しかし、先ほどから一護に対し殺気を向けていた
「やろうってんなら受けてたつぜ?」
一護が斬月をかまえると、市丸が襲い掛かってきた
「っ!」
「怖いもの知らずやね」
市丸と戦うのはいつ以来だろう
戦ったのは元の世界の市丸とだが、一護はあの時よりは強くなったと思っている
しかし、市丸は一護よりも上だった
「黒崎っ!」
「っ来るな!冬獅郎!」
冬獅郎が一護を助けようと動くが、一護はそれを声で制した
市丸は本気だ。本気で一護を殺そうとしている
もし、冬獅郎が飛び込んでくれば巻き込んでしまうかもしれない
元の世界でのあの出来事が蘇る
(どの『冬獅郎』だろうと傷つけさせねぇ!)
しかし、その決意が一護に一瞬の隙を生じさせた
そして市丸はそれを見逃さなかった
「隙ありや」
目の前の市丸が消えたと思った瞬間、聞こえた声は自分の後ろからだった
(間に合わない!)
今から振り返っても間に合わない事が解った。しかし、今更無駄であるのに身体は振り向こうと動く。
頭のどこかで死ぬんだな、と他人事のように感じた
「さいなら」
「一護っ!」
市丸と冬獅郎の声が重なって聞こえた。
次に感じたのは何かが自分にぶつかる衝撃
「何?」
「っ!」
市丸と一護は同時に息をのんだ
先程一護にぶつかったのは冬獅郎。その腹部には市丸の神鑓
「冬獅郎!!」
一護は神鑓を引き抜くと崩れ落ちそうになる冬獅郎の身体を抱きしめた
市丸は真っ青な顔をしてその光景を見ていた
「どうしてっ俺を!?」
手で傷口を押さえる。しかし血は止まらず。次々とあふれ出してくる
「しっかりしろ!すぐに瀞霊廷に「・・・た」・・・え?」
冬獅郎は苦しそうに息をしながら一護に笑いかけた
「今・・・なんて?」
「俺・・・『一護』の事・・・知ってたよ」
一護は眼を大きく開く
「ずっと夢で見てた・・・・夢の中の『俺』と・・・『一護』」
「冬獅郎・・・」
「羨ましかった・・・『冬獅郎』には『一護』がいる・・・でも、俺には・・・」
冬獅郎はゆっくりと一護の頬をなでる
一護も冬獅郎の髪をなでた
「一度で良いから・・・会いたかった・・・『冬獅郎』じゃなくて俺を見てほしかった」
だから夢で見た一護の住む町、空座町を見に来た
もしかしたら一護が住んでいるかもしれないと思って
「そしたら・・・会えた・・・」
「・・・・・冬獅郎。俺は」
一護が言葉を発しようとした時、世界が揺れた。一護を眩暈が襲う
(まさか!?)
それは一護がこの世界に来る前と同じ状況
「・・・帰るんだな・・・良かった」
「冬獅郎!」
抱きしめていた冬獅郎の姿が遠ざかる。やはり元の世界に帰ろうとしているのだと悟る
「待ってくれ!まだ言いたい事があるんだ!」
「・・・さよなら・・・」
冬獅郎が微笑んで眼を閉じたのが解った。
一護は力の限り叫んだ
「冬獅郎!俺は必ず存在する!
お前がいて俺がいないなんてことあるはずない!俺たちはまだ出会ってないだけだ」
一護の周りを暗闇が包む
冬獅郎の姿は完全に見えなくなった
だが一護は更に叫んだ
「必ず俺たちは出会う!そしたらきっと・・・!!」
****
一護は手に何かを握っている感触に気がついた。斬月だ
目の前が暗いのは目を閉じているからだ。
一護はゆっくりと眼を開ける
そこには消えかけている虚
(そうだ!この後)
背後から虚に襲いかけられて、冬獅郎が一護を庇うのだ
「一護!」
振り返ると大きな爪を振り上げている虚
それと共に飛び込んで来ようとしている冬獅郎が眼に映る
「ったく!何度もさせるか・・・よ!」
一護は自分と虚の間に入ろうとする冬獅郎を引き寄せた
そして斬月で虚を一閃する
「・・・・・」
その虚が完全に消えた後、一護は大きなため息をはいた
冬獅郎は不思議そうな表情をして一護を覗き込んでいた
「・・・一護?」
「・・・冬獅郎・・・」
「何?」
一護は冬獅郎を自分の目の前に立たせると、大きく息を吸い込んだ
「馬鹿野郎!!」
「!」
一護の大声に冬獅郎はびくっと体を震わせた
「あんなふうに飛びこんで来て!怪我したらどうすんだ!!」
「・・・ぅう・・・」
「ぅう・・じゃねぇ!!」
「ご・・・ごめんなさい!」
その後、一護はたっぷりと冬獅郎に説教し、こってりと絞られた冬獅郎はじわりと涙を浮かべていた
二人のやり取りをルキアは少々呆れた表情で見ていた
「心配させんなよ?」
「ぅん」
一護は冬獅郎をきつく抱きしめた
そのぬくもりを感じながら一護は向こうの世界の冬獅郎を思い出す
きっとあの冬獅郎は死んでなどいない
なぜなら・・・
「俺たちは・・・・きっと・・・」
****
「あ・・・気がついたか?」
冬獅郎が眼をあけると、ぼんやりした世界に飛び込んできたのは鮮やかなオレンジ色
どこかで見たことがある
そう思いながら手を伸ばすと、オレンジ色に届く前に誰かに手をつかまれた
「あ。俺こっち」
「・・・?」
数度瞬きをするとぼやけていた視界が徐々にはっきりし、そのオレンジ色が髪の色であると解った
そして、その髪の持ち主が自分の手をつかんでいる事に
「・・・誰?」
「俺は一護。お前は冬獅郎・・・だよな?」
君が存在する世界に、僕は必ず存在する
「なぜ・・・俺の名前を・・・それにここは?」
「ここは俺んち。お前の実家の隣だ」
今まで、僕らは出会っていなかっただけ
「それよりも聞いてほしいことがあるんだ」
「?何だ?」
やっと今日、会う事ができた
「俺、お前に一目惚れしてんだ」
出会えば僕は君に恋をする
「え?」
出会えば
僕らは何度でも
必ず恋におちる
終
