十番隊隊長 日番谷白雪は機嫌が悪かった
このところ毎日のように愛の告白を受けるからである
今もその帰りで今日の相手は六番隊三席の男だった
永遠の約束
「帰ったぞ、松本」
「お疲れ様です」
本当に疲れた、とすぐに席につかずソファに座り込んだ白雪にさっとお茶を差し出す副官
どうやらちゃんと仕事はしていたようだと、彼女の机の上を確認する
それを見た松本は「信用してくださいよ〜」と泣き真似をしながら訴えたが白雪は「普段の行いが悪いせいだ」と言ってやった
「それにしても今月に入って何人目ですか?」
「・・・・十五人目くらいか?」
白雪はうんざりしながら答えた
松本は「凄いですね」と感心したように言う
「冬だからですかね?」
「なんで『冬だから』なんだ?」
「う〜ん、寒くて人肌が恋しいから?」
「意味が解らん」
俺にとっては迷惑な話だ
と怒りながらお茶を飲み干す
そして直ぐに立ち上がり席についた
元々白雪に恋心を抱いている者は多かった
しかし、その想いを告白してくる者はそれほど多くはなかった
理由として
昔は子供だから、犯罪者になりたくない、というのが多かったが
彼女が大人になり始めると、恋人がいるからに変わった
隊長格と対等にやり合えるだけの実力を持った人物
黒崎一護
彼の存在が在ったから
しかし、それがここ最近告白してくる人数が増え始めた
その訳は『日番谷白雪と黒崎一護は近々別れる』という噂が広まった為だ
勿論、二人は別れるつもりなどない
各方面から問い合わせがあったが、一護も白雪も共に否定しあった
しかし・・・
「これだけ告白されてると一護もヤキモチ焼くでしょう?」
俺と別れるなんて言わないでくれ〜とか言って
松本が一護の声色を真似ながら祈るようなポーズをとる
白雪はそれをチラリと眺めた後、「さぁな」と返した
その後も何かと質問してくる副官を何とか席につかせ仕事を再開させた
終業時刻が過ぎ、一人執務室に残った白雪はぽつりと呟いた
「一護は・・・ヤキモチなんか焼かねぇよ・・・・」
護廷十三隊の平隊員は大部屋住まいだが、上位席官には個室が与えられる
そして隊長格になるとそれなりの大きさの家が支給される
白雪も支給された自宅を持っており、毎日そこに帰りそこから出勤している
日もすっかり落ち、辺りが暗くなった頃白雪は自宅に帰った
しかし、家には明かりがともり誰かがそこにいる事がわかった
「・・・ただいま」
玄関で帰宅を告げると今からひょこりと現れる人物
「お帰り、お疲れさんユキ」
黒崎一護だった
どちらかが非番の時はその者が夕飯を作る
一護が護廷に入隊した時に決めた事だ
そして今日は一護は非番だった
夕飯を作り、白雪の帰りを待ってくれていたのだ
「いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせ一護の作った夕飯を食べる
その時にする会話といえば仕事の事
もっと他にも話す事がありそうなものだが、二人とも隊は違えど護廷の隊長格
どうしても仕事の話になってしまう
「あ、来週からの現世出張、明日からになったから」
「・・・・聞いてねぇよ・・・」
初耳だ
いや、現世出張の事は聞いていた
しかし明日からだと言う事は聞いてはいなかった
一護は今日は非番だったはず
「ん?ああ、昨日決まったからな」
「・・・・そうか・・・」
ふぅと白雪は息をはく
ならば昨日のうちに話しておくべきなのではないか?そう思いつつ一護から視線を外す
一護が副隊長になる前の方が良かった
思ってはならないことかもしれない
でもこの所頻繁に思うようになった
「なら今日は早く休んだ方が良いな」
「そうだな・・・ユキ」
「何だ?」
白雪が一護に目線を合わせると、一護が少しムッとした表情をしていた
そんな顔をされる意味が解らなくて、白雪が首を傾げていると「言葉」と注意された
「あ・・・」
「仕事中じゃないんだから、男言葉はやめろ」
白雪が『冬獅郎』から名を改めた時、一護と約束した事の一つ
『男言葉をやめる』
別にそのままでも良いじゃねぇかと一護と口論になった事もあったが、白雪の周囲からも『直したほうが良い』という意見が多かった為直す事となった
しかし、死神になる前からこの口調だった事と、隊長としての威厳が損なわれるんじゃないかと白雪が心配した為、仕事中は今までの口調で
仕事が終わった後は直すと言う事で話は落ち着いた
「ごめんなさい・・・つい」
「・・・少しずつ直していこうな?」
「うん」とうなずくと、優しく微笑まれ、白雪も一緒になって笑った
「んじゃ、明日から暫くいねぇけどちゃんと飯食えよ」
「・・・うん」
自分がいなければ二・三食は平気で抜いてしまう白雪に注意する一護
白雪もそれにうなずきながら玄関に向かう一護の後を追う
「ユキも早く寝ろよ」
「うん」
一護と白雪はまだ一緒に暮らしてはいない
こうして夕飯を一緒にとるものの、一度も一護が白雪の家に泊まったことはない
そしてその逆もない
その事を聞いた松本に「何やってるんですかあなた達は!?」「子供の恋愛ごっこですか?」
と何度も言われたが、一護が帰ってしまうし、また帰そうとするから仕方がないのである
白雪個人としては、自分はもう子供ではないし一護も死神になった
自分達にはなんの障害もないのだからそろそろ大人の付き合いをしたいのだ
本当に一護に愛されていると、何かの形が、何かの言葉がほしい
そう思ってはいるものの、それを言葉や態度に出せないだった・・・
「・・・おやすみ・・・ユキ」
「・・・・ねぇ一護」
「うん?」
出て行こうとする一護を白雪が引き止める
振り返った一護に白雪は今日も告白を受けたと報告する
「・・・・そうか・・・」
「それだけ?」
「・・・・・ああ」
「・・・・・そう」
一護の言葉を聞いて白雪は俯く
「これだけ告白されてると一護もヤキモチ焼くでしょう?」
松本の言葉が甦る
(やっぱり一護はヤキモチなんか焼かないよ松本)
この報告はこれが初めてではない
二人の会話の殆どは仕事関係だか、ちゃんとその日何があったかという事も放したりする
白雪は告白され始めた当初から一護に報告していた
そしてその事に怒ってほしかった
「ユキは俺の恋人なのに」と言ってほしかった
嫉妬してほしかった
しかし・・・
「じゃあ、俺帰るな」
「・・・・・ん」
おやすみ と言って一護がしてくれたのは額へのキス
直ぐに離れてしまう一護を引き止めてしまいそうになる心を白雪は押さえ込んだ
松本が居れば「引き止めなさい」と怒る所だったかもしれないが、彼女はここには存在せず
一護はそのまま白雪の家を後にした
自分の部屋で布団に寝転がった白雪は再び思う
一護が副隊長になる前の方が良かった と
一護が人間であった頃の方が自分達は近くにいたように思う
住む世界は違っても、手を伸ばせば触れ合えるだけ近くに彼の心を感じれたのに、今では・・・
「一護の心が・・・わからない」
二人の間に出来た僅かな心のズレ
周囲の者達はそれを感じとっており、その結果白雪への愛の告白が増えていったのである
一護が出張に出かけて一週間後
白雪のに思いもよらない話が持ち上がった
「・・・見合い・・・ですか?」
白雪とやちるを孫のように可愛がる総隊長に呼び出され、「実はの・・・」と持ち出された話がこれだった
「左様・・・そろそろ身を固めてもよいではないかのうと思うての」
ふぉふぉと笑う総隊長に
「俺を心配するより前に、他にもたくさんいるだろうが」
と心の中で毒づきながら無表情で答えた
「生憎、私には恋人がおりますので・・・」
今は一護の心はわからない
けれど自分は一護を恋人だと思っているし、彼も自分の事をそう思っていてほしい
だから見合いなど出来ない
話はそれで終りだな?と退出しようとすると、総隊長からドキリとする言葉が
「黒崎はお主と身を固めようとは思ってはおらんのではないか?」
「・・・・」
ゆっくりと総隊長に振り返る
そんな事はない
きっぱりと言いたいが、二人の間で一度もその話があがった事はない
「聞いた話によると、何人もの男がお主に言い寄っても
アヤツは何も言わぬそうじゃの?」
「・・・それは・・・」
「普通であれば、何らかの反応があって良いのではないか?」
「・・・・」
何も言い返せない白雪に、総隊長はニコリと笑った
「で、会うことになったんですか?」
「一度だけだ・・・」
結局、押し切られる形で見合いする事になった白雪は、執務室に戻ると、一番に一護の出張がいつまでなのかを副官に確かめた
一護から聞いてはいたが、変更になっているかもしれない
出発日も変更になったのを自分は知らなかった
帰ってくる日も自分は知らされていないかもしれないからだ
結果、帰ってくるのは明後日
見合いは明日
一護に知られる事無く終われそうだと一息つく
「どうして断らなかったんです?」
「・・・押し切られた」
「でも・・・それにしたって・・・」
「相手が貴族で、しかも四十六室の一人の甥なんだそうだ」
かつて、藍染が惨殺した四十六室は、その後新たに人員が任命され、再び機能している
見合い相手はその中の一人の身内
いくら隊長の白雪でもアッサリと断るに断れなかった
「松本、この件に関しては他言無用
誰にももらすなよ」
「・・・・はい」
「何じゃ?もう少し着飾るという事を知らんのか?」
翌日、相手と会うために高級料亭にやってきた白雪を見て付き添いの総隊長は呆れた
彼女の装いが、隊長羽織に死覇装だったからである
白雪はつん と顔を逸らすと冷たく言い放った
「私は護廷十三隊 十番隊隊長です
これが私の最高の衣装です」
「・・・仕方ないの・・・・」
総隊長は白雪を連れて料亭の門を潜った
一方その頃、十番隊に思いもよらぬ客が訪れていた
「一護・・・もう帰ってきたの?」
「・・・帰ってきたらいけないんスか?」
白雪に帰還の報告に来た一護は、十番隊執務室に入ると同時にこんな事を言われ
ムッと眉間に皺を寄せた
その表情を見て、言った方の乱菊は慌てて「そうじゃない」と引きつった笑みを浮かべる
「そうじゃなくて、今日帰ってくるなんて聞いてなかったから・・・ね、驚いたの」
「?聞いてませんか?俺、ウチの部下に十番隊には伝えるようにって言っといたんですけど・・・?」
聞いてない と乱菊は頭を横に振った
一護は「忘れちまったのかな」と首をかしげた
絶対に伝えてくれよ!と頼んだのにおかしいな と思いながら・・・
「それはそうと、ユ・・・日番谷隊長は?」
「私しかいない時は『ユキ』でも良いのよ?」
一護が副隊長に就任してかなり経つが、未だに白雪の事を公の場で『ユキ』と呼びそうになる
殆どの者は気にしないが、一護自身のけじめとしてプライベート以外では『日番谷隊長』と呼ぶようにしている
「そういう訳にもいかないんです・・・で、隊長は?」
「あ・・・・えっと、隊長はね・・・」
言いにくそうにしている乱菊に一護は再び首をかしげた
何をそんなに言いにくそうにしているんだろう
「乱菊さん?」
「隊長は・・・そう!総隊長のお供でお昼ご飯を食べに出かけたの!!」
何故か大きな声で叫びだした乱菊に、一護は耳を塞いだ
「あの?一体どうし「だから夕方には帰ってくると思うのよ!うん!ゴメンね一護!」」
「・・・・はぁ・・・」
ニコニコと笑顔なのだが明らかに作り笑いです という表情の乱菊
だが何故かそれ以上は突っ込んで聞くことも出来ず、一護は十番隊を後にしたのだった
「・・・あ〜ぁ・・・せっかく早く終わらせて帰ってきたのにな〜」
一護は六番隊の食堂で不貞腐れていた
向かいには一緒に昼食を摂った恋次が座っている
「総隊長との付き合いなら仕方ねぇだろ?」
「そうなんだけどさ・・・」
一護は白雪に八日間会えなかったのだ
一護が現世に居た頃は、そのくらい会えない事のほうが多かった
白雪には隊長としての責務があり、一護も人間としての生活があった
しかし、一護が尸魂界に来てからは会えなかった最長日数は五日だった
それが今回は八日
しかも出張の前日、あんな風に別れた事がずっと気にかかっているのにも拘らず だ
『・・・聞いてねぇよ・・・』
出張が早まったという事を知らないと言ったときの白雪の表情
怒っているというより悲しそうだった
その事をずっと気にかけていた一護は、帰還が早まりそうだと解った段階で自隊と十番隊、特に白雪には必ず伝えるようにと命令した
はずだったのだが・・・
「ユキ・・・また悲しむかな・・・」
ポツリとこぼした言葉は恋次には聞こえなかったようである
一護は再びあの日の悲しそうな白雪の顔と、その後に交わした会話を思い出し、ため息を吐いた
告白されたと告げる彼女の眼は、一護に何か言ってほしいと訴えていた
自分達が付き合いだしてかなりの時が流れた
昔と違って一護はもう正式な死神だし、白雪ももう子供ではない
彼女が一護との関係をもっと深く持ちたいと考えている事を知っている
それは白雪が考えるよりも早く、一護の方が思った事だったからだ
彼女も望み、自分も望んでいるが、今の一護にはどうしても行動に移せない大きな理由があった
「・・・・あぁ・・・ユキ、早く帰ってきてくれよ〜」
「あのな、一「それが本当ならすげぇんじゃねぇの?」」
一護と恋次の後ろの席に六番隊の死神が二人座る
彼らは一護達に気がついてはいないらしく、大きな声で話をしていた
「上級貴族と隊長格との結婚だぜ?大騒ぎになるだろうな」
「それにあの人が結婚するとなるとどれだけの男が泣く事になるやら・・・」
隊長格の誰かが貴族と結婚するという話題だった
一護と恋次は顔を見合わせ首を傾げた
その隊長格が誰の事なのかは知らないが、自分達は何も聞いていない
死神に年齢などあってない様なものだが結婚しそうな人物と言えば・・・?
「・・・京楽隊長と伊勢がやっと結婚するとか?」
「だったら『貴族と』なんて言わないだろ?隊長格同士っていうんじゃね?」
こそこそと小声で二人は話し始める
別に普通に話しても良いと思うのだが、ついつい小声になってしまったようだ
「男が泣くって事は、かなりモテる人みたいだな」
「だな・・・・・もしかして・・・・日番谷隊長・・・とか?」
恋次の言った人物の名に、「そんな訳ねぇだろ」と一護が口を開きかけたと同時に耳を疑う言葉が聞こえた
「俺も憧れてたのにな、日番谷隊長」
「「!?」」
一護は硬直し、恋次はすぐさま振り向いて直ぐ後ろの部下の方を掴む
「えぇ!?阿散井副隊長!?・・・黒崎副隊長!」
「・・・今の話・・・詳しく聞かせろ」
四十六室から総隊長経由でもたらされた白雪の見合い話
実は見合いというのは真っ赤な嘘で、本当は既に結婚の日取りも何もかも決まっていて、今日は両家(白雪は流魂街出身なので総隊長が身内代わりとして出席)の顔合せを兼ねた昼食会なのだという
「ただの噂にしちゃ詳しく出来てるんで、本当の事なんだと信じてたんです・・・・あの・・・嘘・・・なんですか?」
人気の無い部屋に先ほどの二人を連れ込んで話を聞いた一護は眼を大きく開いて固まっていた
本当の所はどうなんだ?と興味津々な自隊の部下を睨みつけ、恋次すぐにその部屋から追い出した
「・・・ただの噂だ、あの人はお前以外と結婚なんてしねぇよ」
「・・・・」
「一護?」
一日早く帰ってきた自分に驚いていた乱菊
ユキの居場所を聞いた途端言いにくそうにしていた
「・・・そういう事だったのか・・・」
一護は十番隊へと走り出した
「松本、帰ったぞ」
「お帰りなさい隊長Vv」
丁度その頃、白雪が十番隊に帰ってきていた
その手にはいくつかの包みがあり、それをテーブルに並べた
「これ、どうしたんです?」
「じぃさんが今日のご褒美じゃって買ってくれた
流石に十番隊の全員分はないけど、席官の奴等ぐらいまでなら分けられるだろう」
「さすが総隊長Vv」
乱菊は白雪と共に包みを開こうと手を伸ばした
その瞬間、勢い良く執務室の扉が開かれる
「ユキ!!」
「「!?」」
白雪たちは驚いて身体を跳ねさせた後、二人同時にゆっくりと扉へと目をやる
そこには肩で大きく息をして、酷く不機嫌な一護が立っていた
「一護・・・帰ってたのか?」
「ああ・・・お陰様で」
白雪が話しかけると一護は笑って答えた
しかし、それはいつもの笑みとは違い、笑ったのは口元だけで眼は全く笑っていない
一護が不機嫌なのは解ったが、どうして自分にそんな態度をとるのかが解らない白雪は少しムッとする
「・・・・入室の許可も取らないで他隊の執務室に入るなんて感心しないな」
「・・・・急に入られたら不味い事でもあるのか?」
「・・・・」
一体なんだ?と白雪は眉間に皺をよせる
久しぶりに会ったというのにどうしてこんな喧嘩腰な会話をしなければならないのか・・・
「ユキ・・・今日は何をしていた?」
「・・・何って・・・」
その事を問われ、見合いの事が一護の耳に入ったのだと漸く理解した
きっと内緒にしていた事を怒っているのだと思った
「その・・・今日は・・・」
「相手は良い男だったか?」
「・・・一護・・・?」
「上級貴族様だ・・・金だって持ってる」
「なに・・?」
「広い屋敷でのんびりと暮らせるじぇねぇか」
「!」
この時、やっと一護が見合いを内緒にしていたから怒っているのではなく、白雪がこの縁談を受け入れると思い怒っていると気がついた
(どうして・・・?)
どうしてそう思うのか
どうして自分を信じてくれないのか・・・
白雪は黙って俯く
口を開けば泣いてしまいそうだったからだ
「ちょっと!何言うのよ!?」
「アンタは黙っててくれ乱菊さん」
「!」
間に入ろうとした乱菊を一護は突き飛ばした
倒れる事はなかったものの、よろめいた
それを見た白雪は、我慢できず一護に一言言おうと口を開いた
「いち「俺はユキに話が「おやおや」」
一護と白雪の言葉を遮って、一人の男が執務室へと入ってきた
「女性に乱暴を働いてはいけませんよ」
「・・・誰だテメェ」
黒髪に茶色の眼をした、人間で言えば三十前半の男がニコリと一護に笑いかけた
一護はジロリと睨みつける
(死覇装を着ていないし、十番隊でも他隊でも見たことのない男
どうやら死神ではないようだが・・・)
一護がいくら睨みつけても男は全く動じることなくつかつかと乱菊の傍へ寄った
「大丈夫ですか?」
「はい・・有難うございます・・・あの?」
乱菊もその男は初めて見る人物だった
男が「ああ・・」と納得し、名前を言おうとする前に白雪がその名を呼んだ
「・・・橘殿・・・」
「日番谷隊長、先ほどはどうも」
ニコリと白雪に笑いかける男を見て、一護にはこの人物が白雪の相手だと直感した
翌日の一護の機嫌は最悪だった
昨日の十番隊でのやり取りの後、すぐに執務室を追い出された
まだ話は終わっていないともう一度入ろうとしたが、白雪が結界を張ってしまったらしく入る事が出来なかった
ならば夜にでもと思い、白雪が帰って来ているであろう時間帯に彼女の自宅を訪ねてみたが、帰っていない
残業でもしているのだろうと家の前で待っていたが、結局帰ってこなかった
自宅前で待っている間、「言いすぎた」「噂を信じてユキから話を聞こうとしなかった」「謝らなきゃ」と反省していた一護だったが、一晩帰って来なかった事にショックを受けた
(本当に・・・結婚しちまうのかよ、ユキ)
夜から翌日の始業時刻までどんよりと落ち込んでいた
この時はまだ不機嫌ではなった
どうして機嫌が悪くなったかと言うと、始業開始と共に次々と来客が訪れたからだ
それは、噂を聞きつけた八番隊長であったり、どうして知っているんだと聞きたくなるような黒猫だったり、心配性の三席二人だったり、九番隊副隊長だったりと一護と白雪の関係を良く知っている者達だった
挙句の果てに上司の浮竹からは「気持ちが落ち着くまで休暇とっても良いぞ」等と労わられる始末
結果、「放っといてください!」と全員を仕事に戻らせ、ブツブツと怒りながら一護自身の仕事を再開させた
そして現在に至る
「・・・・くそっ」
一人きりの執務室で考える事は白雪の事(浮竹は雨乾堂に追い返した)
どうしてこうなったのだろう
何がいけなかったのだろうと考え込む
もっと早く彼女に自分の意思を伝えるべきだったのか・・・
(変なプライド持っちまったからな・・・)
護廷に入隊した時に決めた
もしかするともっと前かもしれないが、一護は「その時」が来るまで白雪にその意思を伝えないと決めていたのだ
「・・・ユキ・・・俺の事・・・嫌いになった?」
執務室の窓から十番隊舎の方向を見る
会いに行けば良いのだろうが、昨日結界を張ってまで拒絶された事と、昨夜帰って来なかった事が心に引っかかって一護にそうさせなかった
一方の白雪も一護の事を考えていた
乱菊に乱暴を働いた一護に少しの怒りがあり、見合い相手でもあった橘 左京がいた為に、結果として一護を締め出してしまった
もしかしたら家に来ているかもしれない、顔を逢わせ辛くて乱菊の家に泊めてもらった
そうすると、翌日の今日もますます顔を逢わせ辛くなってしまいこうして執務室で悶々と考え込む事となってしまった
(一護・・・どうして俺を信じてくれないんだ・・・?)
白雪はギュッと首からさげた指輪を握り締めた
かつて一護から『ユキ』に贈られたもの
その時に交わした大切な約束
ずっと一緒だと、離れないと約束をした
「忘れてしまったの?・・・一護・・・・」
結局、二人はお互いを気にしながらもお互いを避け続け、仲直りの糸口も見つからないまま時間だけが過ぎていく
その間も頻繁に橘は白雪の十番隊に通い続け、もうじき二人は結婚するのだと護廷中に噂が流れていた
そして、事態が動いたのは白雪の見合いから10日経った日の事だった
その日は副隊長会議が行われていた
しかし会議とは名ばかりで、早い話が隊の近況報告ついでの昼食会だ
午前中に執務を終わらせ午後からは飲んで食べて帰って寝る
副隊長にとっては公にサボれる日なのだ
そして、今人が集まると必ず話題に上る話がある
一護と白雪の話だ
現在もその話を聞こうと一護の周りを各隊の副隊長が囲んでいる
「それで?日番谷隊長とはちゃんと話しあったのかい?」
「相手が貴族じゃな・・・隊長格とはいえ、副隊長のお前じゃ勝てないかもな」
「乱菊さんから聞いたわよ?女性に乱暴したらしいですね?」
徐々にイライラが大きくなる一護
それを爆発させる直前で恋次周りを追い払う
周囲が静かになったことでやっと一息つけた一護は恋次に礼を言った
「悪い」
「・・・礼を言う前にあの人とちゃんと話し合えよ」
一護の正面に座った恋次はため息をはいた一護に話しかけた
「言うべき事はちゃんと言った方が良いぞ」
「・・・あぁ・・・」
「待ってくれるか聞かねぇと・・・このままじゃどちらも辛いだけだ」
「・・・・待ってくれっかな・・・?」
恋次は一護の親友ともいえる立場に立つ人物で、一護の白雪に対する意思を聞いているただ一人の人物だった
待ってくれるだろうかという一護の呟きに、恋次は「待ってくれるさ」と笑いかけた
◇◆◇◆
「・・・・・今日は槍でも降ってくるんじゃねぇか・・・?」
「酷い事言いますね〜」
白雪が妙な心配をするのも無理なかった
副隊長会議がある日は前日からウキウキで、他の隊の副隊長が必死で片付ける午前中の仕事ですらちゃんとやらず、昼になると隊長である自分に挨拶の一つもなく走り去ってしまう副官がそれに出ず、こうして執務室で仕事をしていればそうなる
「今からでも行ってきて良いぞ?」
「何回も言わせないでください、今日は真面目に仕事するんです」
次々に仕事を片付けていく副官に「どうして常にその力を発揮しないのか」と呆れると同時に、彼女が自分を気にかけてここに残っているのだと解った
もし、一護が再びあのように乗り込んできた時、白雪を守る為だ
(このままではいけない事は解ってる・・・でも・・・)
どんな表情で一護に会えば良いのか、天才と謳われるその頭脳をもってしても答えは簡単には出そうになかった
「失礼します、日番谷隊長にお客様です」
◆◇◆◇
「決めた!俺、ユキん所行ってくる!」
がたんと一護が立ち上がった時、それは白雪の元に来客が告げられた時と同時刻だった
立ち上がった一護を見て恋次はニヤリと笑う
やっと覚悟を決めたのか と
そして部屋を走って出て行く一護に「頑張れよ」と手を振った
上手くいってくれよと祈りながら
◇◆◇◆
「・・・・そうですか、決まりましたか」
「ええ、日番谷隊長には一番にお知らせしようと思い、急いで参りました」
来客の招待は白雪の見合い相手の橘
二人はソファに向かい合って座り楽しそうに話をしている
乱菊はお茶を出した後、すぐに退室しようとしたが二人に「必要ない」と止められた
自然と聞こえてくる話に耳を傾けながら、近づいてくる霊圧に気がついた
「!たいちょ「ユキ!」」
「守ってくださいね?」
「ええ、一生かけて守りますよ」
乱菊が声をかける前に一護が執務室の扉を開けた
一護が近づいている事は気がついてはいたものの、きっと入室許可を求めるだろうと踏んでいた為、白雪はそのまま橘と会話を続けた
そして、白雪の問いかけに橘が答えた所をしっかりと聞いた一護は、一瞬固まったものの、すぐに我を取り戻しスタスタと白雪の元へ
白雪も橘も乱菊も、一護の動きに注目した
「ユキ」
「一・・・え!?」
急に腕を引っ張られたかと思うと一護の腕の中に閉じ込められる
「何をするんだ!」と暴れるが、一護の力は緩まない
キッと睨みあげるとその眼が真剣であることに気がつき抵抗を止める
一護の眼には先日のような怒りはない
けれど今までに見たことないくらい思いつめている
「・・・一護・・・?」
名を呼ぶと柔らかくなる表情
一護は白雪を自分の後ろに立たせ、橘に向かい合う
「・・・先日は失礼致しました」
「いえ、こちらこそ失礼を・・・黒崎副隊長」
一護が頭を下げると橘も笑って頭を下げた
そのやり取りを一護の背後に立つ白雪は見てはいなかった
彼女が見ていたのは自身の手
それは一護にしっかりと掴まれたままであり、心なしか一護の手が震えているようだったからだ
(一護・・・どうして?)
疑問に思っている間に、一護と橘の間で何らかの話が終わったらしい
白雪は一護に手を引かれて執務室から連れ出されようとしていた
「待て一護っ!俺はまだ橘殿と話が「俺との方が先だ!」」
痛いくらいに掴まれた手
それに顔を顰めながら白雪は大人しくついていく
一護の表情から重要な話なのだと悟ったからだ
一護が連れてきたのは白雪の自宅だった
居間に入り、向かい合った二人は黙ってお互いの顔を見つめていた
もしかしたら別れを切り出されるのかもしれない
白雪の心に暗い影がよぎる
(それが言い難くて何も話さないのかも・・・)
思わず白雪が俯くと、やっと一護が口を開いた
「聞いてほしい事があるんだ」
「・・・・」
白雪はぎゅっと手を握った
「もし」の事を考えるとこの先の言葉を聞きたくない
けれど体が硬直したように動かず、耳を塞ごうにも手が動かない
思わず眼を閉じてしまった
「ユキ・・・いや、日番谷白雪さん」
「・・・え?」
初めて一護に呼ばれたに等しい自分のフルネームに驚いて、白雪は眼を開ける
すると目の前には白雪の手を取って微笑む一護がいた
「俺と結婚してください」
一護に今なんと言われたのだろう・・・
白雪がその事を理解するのに三十秒かかった
その間、頭が何時もの数倍時間をかけてその言葉を脳に伝えたようで、それを理解した瞬間、一護に飛び掛っていた
「ちょ・・・ユキ!?」
勢いあまって押し倒される格好になってしまった一護は慌てて身体を起こそうとする
しかし、白雪が泣いているの気づき、そのまま抱きしめた
「・・・嬉しい・・・ずっと言ってほしかったの・・・・」
「・・・・待たせて・・・悪かった・・・」
「へ?十番隊の隊員と結婚する?」
「そう」
実は、白雪の見合い相手だった橘にはかなり前から付き合っている女性がいた
しかしその女性は流魂街出身の死神
それも席位すら持っていない下位の者だった
その事を両親に話すと勿論反対され、このままではいけないと両親は貴族の女性と結婚させようと相手を探し始めた
その話が纏まる前に何とかして彼女と結婚したかった橘は、叔父に相談
両親に悟られないように上手く計画を進行させてきたが、両親の手の者の監視が厳しく相手の女性と上手く連絡が取れなくなってきていた
そこで、叔父の友人である総隊長の元に話が行き、相手の死神の上司である白雪を通して連絡を取り合っていたのだ
「十番隊に来ていたのは俺に会うためじゃなくて、その子に会う為だよ
流石の監視役も隊舎内では自由に動けないし、俺が動かせない」
「・・・・だったら俺に一言言ってくれても良かったんじゃないか?」
そうすればこんなに苦しむ事もなかった
事情を知れば協力だってしたし、白雪や乱菊にあんな事をしなくて済んだのに
「だって・・・一護怒ってたから・・・」
「それにしてもだな」
「ゴメン・・・」
手を合わせて上目使いで謝られ、それが可愛くて一護はこれ以上何も言えなくなってしまった
◇◆◇◆
「・・・一護・・・ちゃんと言えたのかしら?」
「大丈夫でしょ、アイツなら」
白雪と一護の出ていった後、十番隊に恋次がやって来ていた
きっと、一人で取り残されたであろう乱菊に事情を説明する為だ
「それにしても一護が変なこだわりを持つからこんな事になっちゃったんだわ」
「後、総隊長達のタイミングも悪かったと思いますよ?」
瀞霊廷に広がった白雪結婚の噂
それは、総隊長が橘の両親の眼を誤魔化す為に仕掛けたものだった
護廷十三隊の隊長との結婚なら両親も納得し、暫くは結婚相手を探すのを遅らせれるだろうと考えての事だった
「一言言えば良いのに・・・きっと一護への意地悪だったのよ」
白雪がずっと何か言葉を待っていたのにも拘らず、何も言おうとしなかった一護
それには一護なりの理由があり、それを聞いた時の乱菊は「アイツ馬鹿?」と呆れた
『俺、ユキと同じ位置に立ちたいんだ。だから、隊長になるまではユキに結婚を申込まない』
その理由のせいで大切な上司は思い悩んでいたのだ
せめていずれ結婚する意志があることくらい白雪に伝えていてほしかったものだが、一護はそれすらせず、白雪がどんなに告白されても何も言わずにいた
「人騒がせな子達だわ・・・」
「でも、これでやっと収まる所に収まりますよ」
コクリと頷いた乱菊は、幸せそうな表情をして帰ってくるであろう上司を想像し、微笑んだ
その後、僅か三日で橘は結婚した
勿論相手は十番隊の隊員
一護も白雪と共にその場に出席し、二人を祝福した
次は貴方達ですね と言葉を貰ったが、二人は微笑みあっただけで何も言わなかった
白雪が一護の『隊長になるまでは』という意思を受け入れたからである
一護が隊長になる
それはもう直ぐの事なのか、数十年先の事なのか
二人には解らない
だが、以前のように白雪が不安になる事もないし、一護もこれからは今までの様に黙ってはいないだろう
二人の間にはそれまでとは違って確かな繋がりがある
されが解っているからこそ、白雪は待つ事を決めた
「ユキ、俺頑張るから」
白雪は一護に微笑みかける
もう何も心配はいらない
かつて交わした約束は今もずっと守られている
そしてこれからずっと
それこそ永遠に守られていくことを知っているから
「うん、一護」
一護の差し出した手を、白雪はしっかりと握り締めた
「なんじゃ?アヤツ、そんな理由で白雪に求婚せなんだのか?」
「そうらしいです先生」
「もっと早くにこの事を知らせておけば良かったかもねぇ」
一番隊で話し合う三人が同時に一枚の紙を見る
それは春の人事異動で発表される辞令の一つ
『十三番隊副隊長 黒崎一護を
三番隊隊長に任命する』
四十六室、総隊長の判の押されたその辞令
それが発表され眼にした一護が、その場にいた白雪に大勢の死神の前で結婚を申込むのは
あと少しの未来
→『銀の雪』