「お久しゅう・・・十番隊長さん・・・・」
「!・・・市丸っ!」
目の前には銀髪の子供
背負った愛刀を勢い良く抜き、こちらに構える
市丸は一歩だけ踏み出した
するとこちらを警戒してか、子供は同じだけ後退する
やっとこの日が来た
この日を待っていた
自然と顔が笑う
「なにが可笑しい?」
「・・いや、別になんでもあらへんよ・・・」
出来るだけいつもの表情に戻そうとするが、返って警戒させてしまったようだ
子供はキツイ眼でこちらを睨んでいる
辺りを子供の霊気が包む
どんどんと気温が下がり、吐く息も白い
市丸はゆっくりと神鑓を引き抜いた
「なんか言い残す事はない?」
『もし、一つだけ願いが叶うなら』
「なんて酷い男なの!」
あれはどのくらい昔だったろう
確かまだ五番隊の副隊長だった頃だろうか
「・・・・傷つくなぁ・・その言い方」
隊長格で独身ともなると、女性からは理想の結婚相手又は己のステータスをあげる良い材料としてうつるようで、多数の女性から誘われる事も日常茶飯事だ
勿論市丸も何度も誘われ、関係を持っていた
大抵は一夜限りで飽きてしまうのだが、中には数回にわたり関係を持つ事もある
今目の前にいる女もその一人
艶やかな黒髪黒目のその女は、自分でも良く続いたと思える三ヶ月間の相手
そろそろ飽きてきたので、初めて関係を持った人気の無い倉庫で別れを告げると泣きながら縋り付いてきた
鬱陶しいと振り払うと先ほどのセリフである
その酷い男に先日まで気持ち良さそうに抱かれていたのはどこの誰だったというのか
「あんたなんか死ねば良いのよ!誰かにぐちゃぐちゃにされて死ねば良いのよ!」
五月蝿い女や
市丸は腰の斬魄刀に手をかける
しかし、女は気がついていない
「そうよ!殺されると良いのよ!アンタはいつか女に殺されるのよ!」
「あっそ」
ごとん と言う音がして辺りは静まり返る
次に女の体がその場に倒れこんだ
くすくすと笑いながら市丸は先ほど大きな音を出して落ちた「ソレ」を足で突付く
「君の話はいつもツマランものばっかやったけど、最後に面白い事言うとったな」
『いつか女に殺される』
ニタリと笑うと市丸は「ソレ」=女の頭を倒れた体の腹の上に置いた
「どんな女なんやろうか」
副隊長でもうじき隊長になるだろうと噂される自分を殺せる女が存在するのなら、会ってみたい
「君の予言が当たるかどうか・・・確かめたるわ」
女と『完全に』別れ、市丸は上司の待つ五番隊執務室へと向かった
執務室に入ると正面の席に座る藍染が優しい笑みを浮かべる
「・・・袖口に血がついているよ」
「おや?気がつきませんでしたわ」
ヘマしてもうたと笑う部下に藍染は「やれやれ」とため息を吐いた
「また殺してしまったのかい?これで何人目になるのかな?」
「さぁ・・・一々数えてへんから解りかねます」
市丸は自分の机の上にある書類に目を通し始める
そしてその中の数枚は藍染の判が必要なのに気がつき、藍染の前へと移動する
藍染はそれを受け取りながらクスリと笑った
「君の事だからちゃんと後始末していないんだろう?人をやるから場所を教えてくれないか?」
「別にええですやん・・・面倒くさい」
「君が彼女と付き合っていたのは広く知られているからね、そのままにしておいて後で騒がれた方が面倒なんだよ」
はいはい と言いながら市丸は藍染が判を押した書類を受け取る
そしてそのまま書類を提出しようと扉に向かって数歩歩いた所で思い出した
「・・そう言えば、あの女面白い事を言い残したんですよ」
「へぇ?どんな事だい」
「なんでも僕は『女に殺される』んだそうですわ」
「・・・・それは面白そうだね」
「そうですやろ」
市丸が部屋を出て行き、一人になった藍染はぽつりと呟いた
「ギンを殺す女・・・ね」
一年後、市丸ギンは三番隊隊長に就任する
市丸が隊長になってから十数年・・・
「隊長!市丸隊長何処ですか!!?」
夏の暑い日
今日も三番隊隊員による市丸捜索隊が結成されていた
隊長に就任した市丸は、それまでの副隊長時代からは想像出来ないほど仕事をサボっていた
副隊長時代は多少の遅刻は見られたものの、現在のように丸一日姿を消すなど無かったのである
これには隊長に推薦した藍染も放っておく事は出来ず、何度か注意してはいるものの改善されてはいない
「・・・・毎日毎日・・・よう頑張るなぁ、あの子らも・・・」
その市丸は、捜索隊のすぐ近くにいた
正確には三番隊席官執務室の屋根の上だ
そこで「ちょっと昼寝」と横なっていたのだ
「見つかったら執務室に幽閉されてまうな・・・よし、逃げるか!」
勢い良く立ち上がり瞬歩で移動しようとした市丸だが、その場にぐらりと倒れこむ
(な・・・んや・・・?)
目の前がどんどん暗くなっていく
「こらあかん」と呟いたところで意識が途切れた
(?なんや?・・・気持ちえぇなぁ)
市丸は意識が浮上していくのを感じていた
そして、それとともに誰かが自分の頬に触れているのが解った
(冷たい・・・けど、氷とかやない・・もっと柔らかくて・・・)
市丸はゆっくりと目を開いた
「・・・・手?」
「ぅわ!・・・びっくりした」
目を開けると一番に見えたのは手のひら
しかし、それは市丸が声を出すと同時に移動してしまう
それを目で追うと、そこには銀髪の子供が翠の大きな眼を更に大きく開いて市丸を見ていた
「・・・・君・・・なにしてるん?」
子供はごくりと唾を飲み込むと、数度口を開いては閉じるを繰り返した
どうやら隊長を前に緊張しているようだ
「・・君・・・」
「一番隊 日番谷五席ですわ、市丸隊長」
子供に代わって声を出したのは、いつからいたのか
四番隊隊長の卯ノ花
卯ノ花は市丸に近づくとニッコリと笑った
「卯ノ花・・・はん?」
「意識が戻ったようで安心致しました・・・所で市丸隊長」
「・・・・はい・・・」
ニッコリと笑顔なのだが、その背後に黒いオーラが出ているようでとても怖い
「八月の炎天下に屋根の上で昼寝とはどういう事なのかご説明を」
「・・・・え・・・っと」
熱射病で倒れたのだと言われ、こんこんと卯ノ花に説教された市丸は「すいませんでした」とベットの上で何度も頭を下げていた
そしてやっと卯ノ花が往診に行くのだと席を外し、落ち着けたのは三十分後だった
「・・・・あぁ・・・怖かった」
市丸が青ざめて呟くと「マジで怖ぇ」と同じように呟く声
「あれ?君・・・」
部屋の端っこで青ざめていたのは先ほどの子供
どうやら卯ノ花の黒い微笑みにフリーズしてしまい、出るに出れなかったのだろう
「確か日番谷君やったかな?」
「あ・・・はい」
おいでおいでと手招きし、子供を椅子に座らせる
子供はやはり緊張していたが、先程よりかは慣れてくれたようだ
「君、なにしてたん?」
「あ、市丸隊長が倒れられたという事で、俺が看病に」
「・・・君、一番隊って言うてたよな?」
「はい
俺、氷雪系の斬魄刀なんで、卯ノ花隊長に「冷やして差し上げて」と頼まれて・・・」
ふぅん と頷きながら「四番副隊長さんも氷雪系やったよな?」と思い出した
それを問うと、副隊長会議に出ていて不在だった事と、たまたま自分が四番隊に来ており
自分の能力を知っている卯ノ花に捕まってここにいるのだという
「・・・つまり僕は君に感謝せなあかんのやね?」
「いえっ・・そんな・・・俺、何もしてないし」
ぶんぶんと頭を振って答える子供がおかしくて市丸は思わず笑ってしまう
そんな市丸を見て、子供は少しムッとしたようだったが最後には向こうも微笑んだ
「ありがとうな、日番谷はん」
翌日
市丸は一番隊へと向かって歩いていた
昨日倒れたという事で今日は一日休みとなった
自業自得ではあるものの、病人を働かせるほど鬼でもなかった三番隊隊員から「今回だけですよ!」と貰ったのだ
しかし、急に休みになっても特にする事もなく、どうしようかと悩んだ結果、昨日の子供のところへ向かう事にしたのだ
「お礼がしたい」という市丸の申し出を断り、あの後直ぐに出て行ってしまった子供
あの子の名前を思い出しているうちに、あの子供が数年前に瀞霊廷を騒がした子供だと気がついた
子供で死神をしているものは、あの銀髪の子供と十一番隊の桃色頭の子供くらいしかいない
そこからすぐに思い出してもいいものだが、市丸はあまり世間の話題に興味がなかった
(そういえばウチの副隊長も何か言うてたなぁ)
あの子供は「日番谷冬獅郎」と名乗ってはいるものの、本名は「日番谷白雪」といい
女の子なのだ と
別に偽名を使っては駄目だという規則はない
流魂街出身者で、生前の名前で嫌な思いをした者で尸魂界で改名した者だってたくさんいる
だが、性別まで変えた者はいなかった
あの子供はとても綺麗に整った顔立ちをしているのに、名前もあの子供に似合って美しいのに
どうしてそんな事を?
市丸は白雪に興味が湧いた
「こんにちわぁ、日番谷はん 居る?」
「!いい市丸隊長!?」
一番隊の席官室に顔を出した市丸に、そこに居た席官たちからどよめきが起こる
市丸は部屋をキョロキョロしながら再度「日番谷はんは?」と質問した
見回してみてもあの銀髪が眼に入らないのだ
「日番谷なら副隊長に書類を提出に行きました
もうすぐ戻ってくる頃だと・・・・ああ、日番谷!」
答えたのは市丸でも憶えている一番隊の三席
彼が説明をしている途中で白雪がちょうど良く帰ってきた
「はい、なんですか?・・・・市丸隊長?」
「昨日はどうも、ちょっと話があるから付き合うてくれへん?」
とことこと近づいてきた白雪はすぐに市丸に気がついた
そして市丸の誘いにどうしましょうか?と三席に眼で問いかける
三席が「行っておいで」と返事をすると、市丸に「はい」と答えた
市丸は休みだが白雪は仕事中である
そうそう遠くへ連れ出すわけにもいかず、一番隊の庭で話をする事にした
「君にお礼をせんと、と思ってな」
「本当にお気遣いなく、たいした事はしていません」
「でも・・・僕の気が済まんのよ」
だから何か欲しいものとかないだろうか?と問う
白雪はしばらく考え込むが、何もないと返事をした
どうしようかと二人で悩む
このまま何も思いつかなければ白雪は「いらない」と帰ってしまうかもしれない
それだけは避けたかった
どうしてそんなにしてまで白雪に「礼」をしたいのか
どうして白雪に興味をもったのか
この時の市丸は何も気がついてはいなかった
「・・・・市丸隊長」
「ん?なに?なんか欲しいもの見つけた?」
黙り込んでいた白雪が話しかけて来たので、何か思いついたのかと笑顔になった
「お言葉に甘えてお願いがあるのですが・・・」
「うんうん、何でも言うてみ?」
「えっと・・・その・・・」
言いにくそうな白雪を市丸は促した
そして、白雪は市丸に頼むのだった
「俺に稽古をつけてくれませんか?」
「しかし、強うなったなぁ、白雪」
「・・・・嫌味か?」
市丸と白雪が出会って半年がたった
「稽古をつけてほしい」という白雪の願いどおり、市丸は週一回稽古に付き合った
白雪にしてみれば、一度だけで良かったのだが「ほな、週イチでな。場所は僕が見つけとくから」と、市丸が勝手にそう決めてしまった為、毎週金曜の夜に市丸の見つけた秘密の特訓場所で行われていた
(そしてこの関係は白雪が隊長になった後、暫く続き
週一度二人仲良く歩いている所や、二人が笑顔で話しているところが目撃され
二人が恋人同士なのだと噂が流れるようになる)
市丸との特訓の際、最初敬語を使っていた白雪だったが、使いにくそうにしていたので敬語を使わなくて良いと許可した
すると市丸が想像していたよりも男の子らしい言葉遣いで話し始めた
これには驚かされたが、すぐに慣れた
逆に慣れなかったのは白雪の上達の速さだった
市丸が一つの事を教えるとすぐに自分の物にしてしまう
今日出来なかった事でも次の週には完璧に出来てしまう
霊圧もどんどんと強くなってきており、春には十番隊副隊長に昇格する事が決まっている
だが、隊長と副隊長とでは実力にかなりの差があり、白雪は一度も市丸に勝てた事がない
それなのに、強くなったと言われるとは、白雪にとって嫌味でしかなかった
「ちゃうて、たった半年で五席から副隊長やで?褒めてるんや、素直に喜んどき」
「はいはい」
二時間ほど手合わせし、今は休憩していた
「それにしても十番隊とは意外やったな・・・てっきり君を可愛がっとる浮竹はんの所かと思ってたわ」
「あそこの隊長とは顔見知りだからな、学生の頃から「ウチに来い」って言われていたんだ」
それは初耳だぞ?と詳しく聞いた
すると、白雪が霊術院に願書を出しに行った際、受け取ってもらえるように口利きしてくれたのが十番隊隊長だったのだという
「それってあれか?『冬獅郎』って男になれば入れてもらえるって思ったってやつ?」
「・・・そうだよ!悪かったな!入れるとその時は思ったんだよ!!」
何故白雪が「冬獅郎」と名乗っているのか、その理由は初めての稽古の時に聞いた
聞いて大笑いした事を根に持っているようで、その話をすると彼女は顔を真っ赤にして怒った
そんな事で入れると思った彼女も彼女だが、願書を受け付けてやれと言った十番隊長も十番隊長だ
そして、入学後も卒業後も「冬獅郎」の名を名乗ることを許している護廷も護廷だが・・・
「にしても、いつになったら本名を名乗るん?」
「・・・・」
「いつまでも男の子のふりはできんのやで?」
「・・・・解ってる」
白雪はすっと立ち上がり数歩進むと、再び刀(この場合木刀)を構えた
市丸はニッと笑い、白雪に向かい合った
何が起こったのか解らないといった表情で
大量の血を流しながら倒れこむ君
その体が崩れ落ちる瞬間
僕らは眼を合わせた
『本当は連れて来たかったんじゃないのかい?』
瀞霊廷を離れ、虚圏へとやってきた市丸
与えられた部屋でぼんやりと考え込んでいた
『君の為に急所は外しておいたよ』
「今頃・・・怒ってるんやろうな」
誰が誰に・・・とは今更だ
市丸は精霊廷を、三番隊を、そして白雪を裏切ってここへやってきた
別に死神で居続ける事に飽きたわけでも、世界をひっくり返してやろうと考えたわけではなく
単に藍染のしようとしている事が面白そうだったからである
元々、世界の秩序やら正義やらに興味はない
自分の命さえあまり関心がない
面白ければそれで良かった
そのせいで、誰が死のうが生きようが関係ない
白雪を好きだと自覚するまでは・・・
自分が彼女に対し、その想いを抱いていると気がついたのは彼女が十番隊長になった時だ
白雪が「昔からの知り合いなんだ」と阿散井や自分の副官となった吉良と仲良く話をしている所を目撃し、面白くないと感じたその瞬間だった
今まで、白雪からの好意には気がついていた
しかし市丸はそれに気がつかないフリをし、白雪がそのような雰囲気に持っていこうとすると、ワザと話を切り替えたりして受け入れようとはしなかった
過去の市丸であれば、来る者は拒まず去る者は追わずの精神で、好意を表す者はことごとく相手をしてきた
しかし、白雪だけは別だった
市丸はそれを「白雪が子供だから」と思っていた
だがそうではなく、白雪を本気で好きだからこそ受け入れられなかったのである
何故なら自分はいずれここを去るからだ
想いを一つにしてしまえば、離れられる自信がなかった
勿論、白雪を自分達側に引き入れることも考えた
だが、彼女を仲間にする事は困難だと予想がつき、勧誘する為に一部でも彼女に話してしまえば、仲間にならない以上生かしておくわけにはいかなくなる
彼女が死ぬのは耐えられそうになかった
だから市丸は白雪に何も言わず、彼女の信頼を裏切って彼女の前から姿を消した
『彼女はきっと君を殺しに来るだろうね』
ここへ来て何日目かに藍染と白雪の話をした時に言われた言葉
本当なら大事な幼馴染を傷つけた、そして白雪自身を殺しかけた藍染こそが狙われるだろうに、何故か彼も自分も彼女は自分の下へやってくると確信していた
白雪が倒れる瞬間
市丸と彼女は眼を合わせた
白雪は「どうしてこんな事を?」と市丸に問いかけていた
しかし市丸は何も答えず、本心を押し殺した笑みを浮かべるだけだった
きっと来るだろう
白雪は自分の前に必ず立つだろう
自分を殺しに
それで良いと市丸は笑った
「お久しゅう・・・十番隊長さん・・・・」
「!・・・市丸っ!」
目の前には銀髪の子供
背負った愛刀を勢い良く抜き、こちらに構える
市丸は一歩だけ踏み出した
するとこちらを警戒してか、子供は同じだけ後退する
やっとこの日が来た
この日を待っていた
自然と顔が笑う
「なにが可笑しい?」
「・・いや、別になんでもあらへんよ・・・」
出来るだけいつもの表情に戻そうとするが、返って警戒させてしまったようだ
子供はキツイ眼でこちらを睨んでいる
辺りを子供の霊気が包む
どんどんと気温が下がり、吐く息も白い
市丸はゆっくりと神鑓を引き抜いた
「なんか言い残す事はない?」
市丸が斬魄刀を構えると子供=白雪からもの凄い霊圧が吹き出る
どうやら短時間でケリをつけるつもりらしい
「ない!」
「そうか・・・・ほな・・・・」
おいで
市丸がそう言ったのと同時に白雪は卍解し突っ込んできた
その表情に迷いは無い
市丸は一歩も動かず白雪を待った
(白雪・・・・僕にはあるよ)
時間にすると一瞬の筈であるのに、市丸には白雪の動きがスローモーションのように見えた
(君に言い残した事がある)
市丸はゆっくりと目を閉じた
世界が闇に包まれる
(誰か・・・この最後の願いを叶えてくれんやろうか?)
(白雪・・・君に伝えたい事があるんよ・・・)
目を閉じたままの市丸は、いつまで経っても白雪の刀が自分に届かない事に疑問を憶えた
そしてゆっくりと目を開く
「な・・・んやて?」
市丸は驚いて辺りを見回す
そこは先ほどまで白雪と向かい合っていた虚夜宮ではなく、見慣れた場所
「瀞・・・霊・・・・廷?」
自分が望んで捨てた場所
あたり一面雪に覆われた銀世界ではあるが、市丸にはここが何処なのかすぐに解った
「十番隊・・・隊舎近くの・・・庭」
毎年、雪が降ると白雪が雪だるまを作っていた場所
朝早くから作り始める彼女を暖める為、必ず向かっていた場所
「どうなってるんや?」
市丸の足は自然と十番隊へと向かう
さくさくと雪を踏みしめて歩く
どうやら幻ではないようだ
この雪からは白雪の霊圧は感じられない
彼女が作ったものでもないようだ
では、一体いつの間に自分は瀞霊廷に来たのだろう
そして自分と対峙していた白雪は・・・・?
十番隊舎が見えて来たところで、市丸は誰かが外にいることに気がついた
長く伸びた銀色の髪の女性
白い羽織を着ているが、髪に隠されて何番隊なのかまでは解らない
あんな女がいただろうか?と思いながらも更に近づいた
「!?」
良く見てみると、彼女の前には丸い雪の塊が二つ上下に重ねられていた
顔や手がついてはいないが、それが雪だるまだと解った
彼女は出来栄えを確かめているのか、右から左からと雪だるまをチェックしているようだった
体が左右に振られたことにより、その背に刻まれた文字が現れる
(・・・・嘘や・・・)
その背には『十』の文字
かすかに感じられる霊圧は先ほどまで目の前にいたあの子のもの
どうしてと思いつつ、市丸はさらに近づく
ふと、彼女が空を見上げた
市丸もつられた同じ様に見上げる
すると灰色の空から白い雪が舞い落ちてきていた
思わずそれを手にとってみる
しかし、雪は市丸の手をすり抜けそのまま地面へと落ちていった
それは手だけではなく、頭も身体も同じで、市丸の身体をすり抜けていった
(これは・・・・夢?それとも・・・・)
市丸はゆっくりと彼女に近づき、その名を呼んだ
「白雪?」
君に言いたいことがある
僕の気持ち
そして僕の望み
その望みを叶える為に傷つけてしまうであろう君への謝罪
それをどうしても伝えたい
もし、一つだけ願いが叶うなら
君に想いを伝える時間を
君に謝る時間を
与えてはもらえないだろうか
「白雪?」
この声が彼女に届くかどうかわからない
そして、彼女が白雪かどうかもわからない
けれどもし聞こえるなら、もし白雪なら振り返ってほしかった
「?・・・い・・・ちまる?」
振り返った彼女はやはり白雪だった
ずいぶんと大人になってはいるが面影があり、印象的だった翠の眼も変わってはいなかった
ここがどういう世界なのかは知らない
でも、目の前には白雪がいる
不安などなかった
「・・・綺麗になったな」
「どう・・・して、此処に・・・?」
白雪は大きく目を開いて市丸を見つめていた
市丸は嬉しそうに微笑みながら彼女の目の前へとたどり着いた
「君に・・・伝えないかん事があるんよ」
市丸はそっと手を伸ばし、白雪の頬に触れようとした
しかし、その手は白雪をすり抜けてしまう
やっぱり駄目か と苦笑すると、彼女もそれを見たのか悲しそうな表情をする
「君にとっては、久しぶり・・・になるんかな?」
「・・・あ・・・うん・・・」
こくりとうなずいてくれたので市丸は微笑んだ
「本当に綺麗になったな
なんやろ・・・僕、嬉しいわ」
「・・・・」
「もう、立派な女性やな・・・」
「・・・・・・」
「綺麗で強うて優しゅうて・・・文句の付け所がないわ」
「っ・・・市丸っ!」
ぽろぽろと涙を流しながら白雪が叫んだ
ああ・・泣いてほしくなど無いのに
そう思いながら涙を拭おうとするが、自分が触れられないのを思い出し、手を下げた
「どう・・・して・・・今頃・・・っ」
「・・・言うたやろ・・・伝えたい事があるんやて」
市丸はそっと白雪を抱きしめた
すり抜けてしまうので抱きしめるというより、腕で輪を作っている状態なのだが
「君を・・・君がずっと好きやった」
「!」
白雪が息をのむ声が聞こえた
「ずっとこの事を伝えたかった・・・けど、僕は藍染はんと瀞霊廷を裏切ってしもうた
君は僕を殺しに来る・・だから伝えられんかった」
「・・・どう・・・して?」
「君が僕を好いてくれとるって知っとったからや」
市丸は白雪から半歩離れた
微笑みながら続ける
「君を惑わせたくなかった
僕の気持ちを知ったら君は苦しむやろ?」
だからあの時、大事にしていた幼馴染を使って自分を憎ませた
藍染に斬られ倒れる白雪を助ける事もせず去った
「憎んでほしかったんや」
「何故そんな事を・・・?」
それは、藍染に忠誠を誓いながら白雪への恋を自覚し、虚圏に来た時に決めた事
それを実行する為に
「君に・・・僕を殺してもらう為に」
「!!」
白雪が眼を大きく開く
カタカタと震えているようだ
我ながら酷い事を言っていると思う
彼女が自分を好きでいた事は知っているのに、その自分を殺させようというのだから
「白雪・・・君はちゃんと僕の最後を看取ってくれたやろうか?」
「・・・・・」
こくり と涙を流しながら白雪は頷く
市丸はそれに満足し笑った
「ゴメンな、勝手な事ばかり言うて
君に辛い思いさせて・・・でも、これだけは言わせて?」
悲しまないで
苦しまないで
愛した女に殺されて
愛した女に看取られて
僕は幸せだった
僕の死は
僕が望んだ事
僕はこの人生に満足している
「白雪・・・」
市丸はもう一度震える白雪の身体を抱きしめた
そしてゆっくりと眼を閉じる
「ありがとう・・・」
「!市丸っ!?」
白雪が驚いて市丸の名を叫んだ
市丸の体がどんどん薄くなり、消えているからだ
「・・・・さよなら」
先ほどまで感じられなかった冷たくて良く知っている霊気を肌に感じた
市丸が眼を開けると正面には自分に突っ込んでくる白雪の姿
市丸はそれを見てクスリと笑う
この神鑓の能力を知らないわけがないのに、真っ直ぐに突っ込むとは・・・
彼女は相打ちを狙っているのかもしれない
だが、そうさせるわけにはいかなかった
(ゴメンな・・・白雪)
市丸はすっと両手を広げた
そして、右手に持っていた神鑓を放す
白雪がそれに気がつき、攻撃を中断しようとするが、その前に市丸が一歩前に出た
「・・・いち・・・まる?」
一瞬何が起こったのか解らなかった
白雪の氷輪丸は市丸の胸を貫いていた
しかしそれは白雪が行ったものではない
市丸が白雪の刀を持つ手を引き寄せ、自らを貫かせたのだ
「市丸・・・・?」
もう一度白雪は市丸に話しかけた
だが答えはない
ゆっくりと顔をあげると、市丸が白雪を見て微笑んでいる顔が見えた
(・・・願いは叶った・・・やっと君にこの想いを・・・)
「・・・・し・・・ゆき・・・」
「!」
ずるり と白雪の身体に市丸がもたれかかる
その重みに絶えかねて、白雪はその場に座り込んだ
それから二度と、市丸は言葉を発する事はなかった
「市丸っ!」
完全に消えた市丸の姿
白雪はそれを捜して何度も名を叫んだ
呼んでもきっと二度と現れない事は頭のどこかで理解していた
でも呼ばずにいられなかった
「勝手な事ばかり言って!勝手な事して!
お前なんか・・・大嫌いだ!」
白雪はその場に座り込む
「ぅっ・・・きらいだ・・・・」
ひらひらと
再び雪が舞い落ちてきていた
泣かないで
僕の為に泣かないで
僕はいつだって君の傍にいるよ
春は花になって君を喜ばそう
夏は風になって君に涼を贈ろう
秋は月になって君を照らそう
冬は雪になって君と共にいよう
ほら、僕はここにいる
いつでも君の傍に
終
epilogue『銀の雪』へ